第30章 ── 第43話

 裏庭探索をシグムントとしているワケだが、回復魔法とか物資とかの余分を持っていないシグムントは、従順な大型犬よろしく俺の後ろをついて回っている。

 俺はといえば、救護所で足りていない部分に手を貸してやって、力仕事はシグムントに振る。

 シグムントは黙って俺の手伝いをしてくれる。


 しばらくするとエクノールが数人の神官プリーストと身なりの良い男を連れてやってきた。


「クサナギ辺境伯さま」

「おう、来たね」


 炊き出し用の鍋をかき回しながら、エクノールが連れてきた人物を値踏みする。


 神官プリーストの一人は、結構良いローブを来ているので神殿のナンバーツーなのではないかと推測する。

 他の数人は、上級神官プリーストかなにかだろう。

 そして、身なりの良い男だけど、元老院の議員か何かだろうな。


「救護所をお手伝い頂きありがとうございます」


 エクノールがさっきに比べるとかなり下手に出て話しかけてきているので、それ相応に対応する。


「いや、手が空いていたし、当然手伝うさ」


 俺は近くにいた炊き出し要員の神官プリーストにオタマを渡して、エクノールたちの方へ行く。


「ご紹介致します。

 こちらは元老院と神殿の橋渡しをして頂いていた議員の方で……」

「アドルウス・ストラトスか……」


 俺がボソリと言うとエクノールと身なりの良い男は驚く。

 神官プリーストたちは「知り合いかな?」という顔だ。


「知っておられるので?」

「いや、知らんけど」


 光点をクリックしたから解りましたとも言えないので、正直に知らないと言っておく。


「あの神罰の中生き残っているんだし、それなりに神の加護を受けているって事でしょ?」

「御見逸れしました。

 やはりアースラ神さまからお聞きになっているのですね。

 私は、ラムノーク民主国にて一議員ではございますが、アースラ神さまより加護を頂いております」


 だろうねぇ。

 元冒険者アドルウス・ストラトス……

 そうにフレーバー・テキストに出てるもんな。

 レベル三四だし、この世界では結構な手練れだろう。


 だが、一つ訂正させてもらうかな。


「ラムノークは滅んだよ。

 神に弓を引いたんだ、それくらいは覚悟していただろう?」

「ですが、国がなくなれば民は露頭に迷いま……」


 俺がすごく冷めた目で見つめいてるのに気付いたようでアドルウスの言葉は止まった。


「神に楯突いておいて、国が存続できるとでも思っているのかな?

 神が許すとでも?」

「しかし、それはケンゼン議長が……」

「それを選んだのも国民だろうが!

 任命責任を果たさず、何が民主国か!!」


 俺の言葉にアドルウスは言葉を失う。


「そもそも、民主制度ってのはそういうものだ。

 最終的な責任は国民が負うことになる。

 それを解ってて民主制度に甘んじているのだろうが。

 履き違えるんじゃねぇよ」


 周りはずっとガヤガヤしていたが、俺が怒鳴ったあたりでピタッと静かになっている。

 救護している者も救護を受けている者も聞き耳を立てている。


「そもそも、バカな指導者を選んだ段階で、どんな政治をされたところで国民は文句を言えないんだよ。

 選んだのは自分たちなんだからな」


 俺は周囲の人間をジロリと見る。


「その選択が神に弓を引くモノならば、国民自身が神を敵に回したと認識するべきだ。

 今、ここで救護してもらえているのは、神からの温情だと肝に銘じるべきだろう。

 助けてもらえて当然と考える不届き者は、神の怒りを知れ!!」


 俺はそこまで言ってから、踵を返して神殿内に戻る。


「さっきの会議室だか応接室で続きを話させてもらう」


 シグムントが肩を一瞬だけ竦めて俺の後に続く。

 当然、秘書だったか行政官だったか忘れたけど例の男女もね。

 殆ど空気だったから忘れてただろ?

 何を隠そう俺も忘れてた。


 ポカーンとした顔だったエクノールたちが慌てて俺の後に続いたのは言うまでもない。



 さっきの部屋に入りソファにもう一度座る。

 シグムントと男女二人はソファの後ろに立った。


「さて、続きを話すとしようか」


 慌てて付いてきたエクノールと神官プリーストの一人、アドルウスが俺の対面のソファにおっかなびっくり腰を下ろす。

 他の神官プリーストは窓際の席に座って懐から紙を取り出していた。


 ああ、あの二人は書記の神官プリーストだったか。

 上級神官プリーストなのは間違いないんだろうけど、顔まで認識してなかったわ。


「はっきり言って『神々の力を以て全国民を絶息せしめる』ってのが当初の神々の意思だった。

 明確に今回の戦争を止めなかった君たちも同罪なんだよ」


 この部屋にいる俺とシグムント以外の全員が顔面蒼白になる。


「だが、それだと間違いを正しく伝える者がいなくなる。

 神々の威光を正しく伝える者を神々は欲せられた。

 だから君たちは生きているんだよ」

「神々は、我々に何をせよと……」

「だから、神々の威光を正しく伝導するんだよ」


 俺は、男女二人に目配せをして、ソファに座らせた。


「この二人を紹介しておこう」

「元老院長補佐官アイアス・マルコスです……」

「イメルダ・メリアエル……筆頭秘書官です……」


 エクノールもアドルウスも知ってますって顔だ。

 当然、ゴットハルトの関係者なんだから知らないワケないわな。


「この二人は、ゴットハルトの最後を目撃した者たちだ。

 神々の怒りが何をどうするのか。

 まあ、その生き証人だな」

「それはどういう意味になるのでしょうか……」

「今まで神の怒りは神罰という力で命を奪われた。

 そうだよね?」

「左様でございます」

「だが、神は最近『地獄』というモノを用意した」

神託の神官オラクル・プリーストから託宣は受けましたが……」


 エクノールを筆頭に神官プリーストたちは、いまいちピンと来ていないといった様子だ。


「神罰に変わる、より重い罰を神は用意されたんだよ。

 彼らはその生き証人……

 な? そうだよな?」


 俺が話を振ると、二人は例のイメージ映像を思い出したのかガタガタと震え始める。


「とまあ、この世のありとあらゆる責め苦なんかよりも酷い『地獄』が神の手で用意されたってワケ。

 ゴットハルト・ケンゼンは今、生きたままその『地獄』にいるんだよ」


 俺は凄みのある笑顔でエクノールたちを見つめる。


「この二人は、今後その『地獄』を喧伝して世界を旅する事になっているんだ。

 君たち、神殿勢力は彼らを支援しなさい」

「支援……?」

「ああ、衣食住は当然の事ながら、旅先で命の危険に出会うような事もあるかもしれないが、当然助けなければならない。

 いいか、これは神の意志だ。

 解るよね?」


 エクノールたちには「解らない」と答える権利がない。

 神に仕える者として「解る」事は義務なのだ。

 でも俺は、そんなことを説明もなしに強要するような酷い男ではないので教えてやる。


「神の意向はこうだ。

 神に楯突く事は許さない。

 神は畏れ敬うべきである。

 その為に、神への反意を抱く者がどうなるのかを知らしめよ。

 ここまで言えば解るよな?」


 ここ数百年、神々は下界への権限を控えてきた。

 その理由を俺は知らんので割愛。


 だが、その神の御姿が下界になかった事は、下界の民に神々を軽視するような風潮をもたらしたと言えるだろう。

 それが神を畏れぬ人間の増加に繋がった。


 今回の出来事は四系統の神々の怒りを買ったのだが、これを契機に神々全体への畏れを喚起する事に利用できればいいのではないか。

 そう神々は考えたのである。

 だから、神々が俺の計画に全面的に協力しているのである。


 アースラ自身はどうでも良かったようだが、彼は基本的に神界の意向には従うので使徒を貸し出してくれているのだ。


「彼らは、神々の力を見た生き証人。

 神々の威光を伝導する為に神々によって選ばれた者たちだと思ってくれていい」


 エクノールはたらりと流れる汗をローブの裾で拭いた。


「神々の威光を深める為に選ばれたという事ですね……」

「そうだよ。

 アースラ大神殿の舵を任されているはずの君ですら、神の意向に疑いを持っていたんだろ?」


 俺への態度からもそう思うよ。


「無知な民は、もっと酷い状態なのは明白だろう。

 神の意向に従わないなら神官プリーストには何の意味はない」


 暗に君たちの信仰心に神が疑いの目を向けているって事だ。

 俺の言葉の裏の意味くらい読み取ってくれよ?

 できなきゃ「全員、明日から一般人ね?」って事になるだろう。


 パラディを作って正解かもしれんな。

 神々が下界に降臨している場合が結構あるので、運が良ければ神に直接会うことも可能だ。

 陰った信仰心を復活させる機会も増えるに違いない。


 神々が神界のルールを曲げるかもしれないあの場所に反対しなかった理由が、今回みたいな神の意向に忖度しない下界人が増えた所為なのかもしれない。

 ブリギーデたちがアゼルバードで色々やってたのも、ソレが原因みたいだしなぁ。


「解ったかな?」

「わ、解りました!!」

「良い返事だ」


 俺がそういって笑ったので、エクノールたちは少しだけホッとした顔になる。


「ま、そういう事なんで、ストラトス氏も協力たのむね。

 本来なら貴方は神々の怒りで死んでても可怪しくない立場でしょうからねぇ」

「承知いたしました……」


 アドルウスは無理やり笑顔を作っている。


「で、もう一つ。

 君たち神殿勢力は、国を失った地に住む民たちを救済する事を神は求めている。

 理由は解るかな?」

「神の名のもとに救済することで、神を敬う心を養わせる……」

「その通り。

 解ってきたな?

 畏れと敬い。

 信仰心はそこから生まれるワケだからね。

 その信仰心は神々の力となる」


 それが神力だ。

 今回の件は、最終的に神々の集められる神力を増強させる為のモノって事だ。

 あればあっただけ神々は強くなれる。


 神界ですら強者育成のシステムを取り入れている感じですね。

 何が怖くて強くなろうとしているのかは解らんが。


 神々がそうお望みなので、俺もその計画に加担しておくとしますよ。

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