第30章 ── 第42話
俺が神の名の下にと言うと、エクノールは「はっ」と思い出したような顔になった。
忘れてたのかよ。
既に面倒くさくなっている俺は、少しぞんざいな感じで言ってやった。
「面倒になってきたので率直に言おうかな」
エクノールの喉がゴクリとなった。
失礼な態度をとっていたと気づいたのだろう。
「ラムノークはアゼルバードの占領軍が来たらあの国の属国になれ。
それ以外に国民が生きていく道はない。
選択肢を省いて一本道にしてやったよ。
これで君たちの望み通りかな?」
エクノールは肩を落とす。
やはりラムノークの行く末に絶望したのかな。
自分の煮え切らない態度で神からの使者の機嫌を損ねたんだから仕方がない。
神々とは理不尽なモノなんだよ。
宗教者ならよく解っているはずなんだがな。
「道を一本としてやった方が君たちは安心みたいだから、選択肢を無くしたんだけど、そういう反応は心外だな。
デメリットしかないと考えての反応なんだろうけど」
確かに占領されれば国民は奴隷のように扱われたり、国内のあらゆる資源を搾取される可能性がある。
そういう状況がやってくると悲観するならば、そういう反応にもなるだろう。
「メリットを考えないのもどうかと思うけどなぁ……」
「利点があるとお考えなのですか……?」
「あるねぇ。
支援が必要なら、占領軍が負担しなくちゃならなくなるだろう?
今、ヤバイ状態にあるラムノークが負担しなくてよくなるんだから、これはメリットじゃないのかな?」
「負担……するでしょうか……?
既に我々は食料や薬、衣服など、ほとんど全てを持ち出して負担しております。」
ああ、この人は、戦勝国がひどい仕打ちしかしないと思っているのか。
という事は、ラムノークが戦いに勝ったらアゼルバードがそういう目にあう側だったと思っているワケか。
民主制度に絶大な自信を持っていたラムノーク国民なら宗教指導者とて当然の反応なのだろう。
それに神殿で蓄えていた物資を殆ど放出するような事態なら行動が慎重になるのも仕方がないかなぁ。
これ以上何をすれば良いんだと俺でも考える。
俺と彼ら敗戦国の人間の考えのギャップを埋めておかないと色々と話が違うなんて事になりかねないし、協力に関しては物資面、資金面でもこっちは出すつもりってのも伝えないとまずい。
もちろん、俺ばかりが負担してもラムノーク人の為にはならない。
そのあたりも含めて話をしておかないといけないワケだな。
了解だ。
ここからはアゼルバード軍が来るまでに、こういったギャップは埋めておかねばならないな。
やはり、きっちりと俺のイメージした感じに落ち着くように型に嵌めた方が楽に進められそうな気がするねぇ。
「まず、君はこの極限状態で救援物資が足りない事に不満を抱いているワケだな。
神々が、それを放っておくとでも思ったのか?」
「え、あ、いや……
神々は全てを見ているので、いつか救済されるとは思っております」
「それは今直ぐではないと?」
「ど、どういう事でしょうか……」
「まあ、いいや。
協力してもらってる神殿の偉い人、全員集めてくれるかな?」
「は?」
「いいから、集めろ。
おい、シグムント。
裏の炊き出し会場に案内してくれ」
「承知。
ではエクノール殿、貴重なお茶とお菓子ありがとうな」
貴重だと解ってるなら頂いてんじゃねぇよ!
シグムントが立ち上がって扉に躊躇なく歩き出した。
俺も勢いよくソファから立ち上がると、エクノールに視線も向けずにシグムントの後に続く。
エクノールはアワアワしつつ立ち上がったような気配が音で伝わってきた。
「ケント殿、少し怒られたようで」
「当然だろ。
何だよ、あの態度は」
「うーん、俺としては外の人間に対する防衛反応としては間違いじゃない気がするんですよね」
まあな。
慎重派の人物なら当然だ。
「でも、自分のところの主神から神託降りてきてたはずだけど?」
「確かに。
でも、どこまで協力しろってのは無かったんじゃないでしょうか?」
「いや、あったよ」
俺はスクロールをシグムントに渡して読ませた。
「ああ、ありますね。全ては神界の意向ってボスは言ってたんですね」
そう。
神界の意向なんだよ。
これは全ての神々の意向と同義だろ?
アースラの意向ではないと勘違いしたなら、理解力が足りないぞ。
「でも、ここまで真っ直ぐな文言で下界に伝わるのは珍しいですね」
「ん? どゆこと?」
「ああ、いつもならボスの言葉は
聞いただけなので詳しくは知らないんですが」
そういや、アンデッドに関して誤解されてたのなんかも、神託の解釈間違いだったな……
「だから、
だから、こんなにはっきりとした言葉で神託が降りてくるのは珍しいって事です」
「で、今回はなんで、こんなにはっきりなんだ?」
「それこそが、神界の意向って事なんじゃないですかね?」
なるほど……確かにそれは、わかりみが深いな。
「ということは、今回の神託は微妙に偽物臭いと」
「うーん、俺たちが来てるんで、ボスの意向でもあるのは感じてはいるんでしょうな」
「そうだね。
貴重な物資も出してるみたいだし」
「はい。
まあ、ボスの上の方にいる神にボスが顎で使われているとか思ったのかもしれませんねぇ。
彼ら信徒にとってはボスが一番上なので、それは面白くないでしょうし」
ふむ。
まあ、それでも俺に協力しないなら俺の対応は塩対応になるよ。
俺だけの事情じゃないんだからな。
「にしても、詳しく説明しておけば、あんな態度にならなかったんじゃないか?」
ジロリとシグムントを睨むと彼は頭をかきながら苦笑いを浮かべた。
「すみません。俺はどうもそういうのが苦手で……」
俺はがっくりと肩を落とす。
こいつの所為じゃないか……
まあ、仕方ない。
俺は神の名の下に動いているのだから、どんな事情だろうとあんな態度で接して良い理由にはならない。
その分は苦労してもらいましょう。
一度階段を降りて長い廊下を進む。
そして突き当りにあった扉をシグムントが開くと外に出た。
裏の野外劇場みたいな部分の一番したの円形の広場だ。
十分な広さがあるので、模擬戦とか訓練とかに使えますね。
その広場では何十人もの
怪我人の世話や炊き出し、必需品の配給など、その仕事は多岐にわたっている。
だが、怪我人の世話には魔法が使われていないのが気になった。
俺は怪我人のお世話ゾーンに近づいて、近くで怪我人の傷に包帯を巻いている
「何で魔法で治療しないの?」
こういう
一度舌打ちをしてから無視しやがった。
「おい。何だその態度は」
シグムントが低く威圧の乗った声をその
「え? あ! シグムント様!?」
どうやら俺の同行者がシグムントだとようやく気付いたようだ。
あの巨躯をどうやったら見逃すのだろうか。
「す、すみません!
応急処置に専念しておりましたので……」
必死に笑顔を作ろうとしているが失敗しているので哀れに見えてきた。
「だから、どうして魔法で治さないんだ?」
「神聖魔法は御神の御力でございます。
無闇に使用しては、御神の力が削がれてしまいます」
ふーん。だから神殿は治療の対価が高いんか。
まあ、言ってる事はワカランでもない。
だが、今は緊急事態だろうが。
俺は無詠唱で「
一瞬で救護所にいる全員の傷が全て癒えた。
怪我人だけでなく、救護に参加している
本来の効果以上に効果出たな。
これが神としての力かね?
「こ、これは!!!」
眼の前の
「神は緊急時に神力の出し惜しみなぞしないぞ。
杓子定規に社内マニュアルを固守してんじゃねぇ」
「え? しゃないま……?」
変な事言われて頭がフリーズしたか。
俺は
配給を配っているテントに行くと、近くの
「物資は足りてるかい?」
「そろそろ色々と足りなくなりそうです……」
関係者だと思ったのだろう、
「軍用品だけど、色々置いていくよ」
俺は木箱で二〇箱ほどテント付近に出してやる。
布やテントなど、帝国軍から接収した野営用品などは使う必要がないので大量にストックがあるんだよね。
二万人くらいで使う量だからねぇ。
放出しても全然問題なし。
「ありがとうございます!
良く軍のヤツが出しましたね!?」
「いや、これはブレンダ帝国の物資だよ。
ラムノークのじゃない」
「ブレンダ帝国……ですか?」
「ラムノーク軍は、国民を守ってないのか?」
「そうですね。
神殿には手を出してきませんが、都の中で衛兵隊や暴徒と戦っている事があるようです。
敵とは思いませんが、彼らの戦闘で罪もない民衆に被害が出ているような気がしてなりません」
ふむ。覇を唱えるでもなく陣取っている感じですかねぇ。
その辺りの情報はハリスが調べてくるだろうから、彼らを待つとしよう。
今は、神殿裏の炊き出し会場や救護所の運営に手助けしておくとしますかね。
俺の持つ物資だけでは色々と足りないと思うし、持ってそうなヤツに協力してもらうとしますか。
白羽の矢を立てるのはケンゼン商会だな。
アポリスで一番デカイ商会だそうだから、色々と倉庫に持ってるだろう。
そこから買い上げる形で救済に使おうか。
まあ、全額出すつもりはない。
当然ケンゼン商会にも負担してもらうよ。
本来、俺の問題じゃなくて、ラムノーク民の問題なんだからね。
ぶっ壊したのは俺なので良心の呵責から逃げる為にも少しは負担しますけどね。
ああ、我ながら小っちゃいなぁ……
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