第30章 ── 第41話
二人を連れてアースラ大神殿へ向かう。
話によるとラムノークの国教はアースラ教らしい。
シグムントが事情を説明しただろうけど、国軍がアースラの手の者と戦う事になったなんて大神殿の連中もビックリだったろうな。
元老院の建物から大神殿まではかなり近い。
そりゃ国教なら国の中心である建物から近くても当然だろう。
などと考えているウチに大神殿が見えてきた。
大神殿の門の前に巨躯鎧がトレードマークのシグムントが立っているのが見える。
その横に高そうな神官服を着た初老の人物が、某宇宙戦艦アニメの乗組員みたいに胸の前に拳を当てて立っている。
「ケント殿! 話は付けておきましたよ!」
相変わらず声がでけぇ。
そういうのは周りに聞こえないようにやってほしいんだが。
「お疲れ~。
他の仲間は?」
「裏の広場で炊き出しです!
かなりの人間が集まってきていますから、他の神さまの神殿にも共同で当たってくれるように頼みました!」
「おお、いいね。
さすがはアースラの使徒だ」
「それほどでも……というか、段取りはアルベルティーヌが全てしたんですけどね!
私は重いモノを運んだだけですよ、がははは!」
シグムントは脳筋だが、意外と役割をわきまえているんだな。
ちゃんとした役割分担ができているパーティは強い。
アースラの教育の賜物なんだろうけど、彼らも相当努力したんだと思う。
「君たちは良いパーティだな」
「ありがとうございます!」
「で、そちらの方は?」
シグムントが「あ」と少しマヌケな声を漏らした。
どうやら、彼の事を忘れていたらしい。
俺が紹介を促すように言ったからか、神官服の人が一歩前に出て拳で胸を叩く。
「初めまして、ケント様。
私は、この大神殿をまとめているウィルヘルム・エクノールと申します」
ローブの下に鍛え上げられた肉体が隠れているが、その動きから良く分かる。
「これはどうも。
オーファンラント王国トリエン地方領主ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申します」
丁寧な挨拶をしてくる人物に居丈高に接する趣味はないので、俺も丁寧に返しておく。
ここが地球の中世ヨーロッパなら司教の手の甲にキスの一つもするんだろうけど、この世界の宗教家はそこまでの地位にない。
「今回は使徒の方々に色々とご協力賜りまして」
「神々の御為でございますれば」
神の威光の為なのは間違いないが、下界的にはオーファンラントが復興に肩入れしている国が攻め込んだ為に国が崩壊したワケなので、神殿にとっては一方的な被害を受けている感じなんだが。
「でも、突然のことに大変な事になっているでしょう?」
「アースラ様から神託を預かっております」
司教は自分のベルトポーチから封がされたスクロールを取り出して俺に渡してきた。
「これは?」
「本日未明ですが、我らが神から
その一部を記し、ケント様にお渡しするようにとの事でございました」
ああ、ここにも
俺はスクロールを開いて中を読む。
『ここの者には、ケントが来たら話をよく聞き従うように伝えてある。
全ては神界の意向である事も弁えている。
好きなように使ってくれ』
やれやれ、アースラに命令されて俺が動いていると思われているワケか。
アースラは当事者じゃないんだが、色々と助けられてしまいますな。
「ささ、こんなところでは神々の反逆の徒がバカな事を考えるやもしれません。
奥へお進み下さい」
エクノールは腕全体を使うように俺とシグムントを神殿の奥へと誘う。
俺はお言葉に甘えて素直についていく。
中は以前行った事がある、アースラのクランが入っていた本拠地みたいな感じだ。
大マップ画面で確認すると、表通りに接する方は普通の神殿みたいな四角い建物だが、裏通りに接する方は円形闘技場のような造りになっている。
とはいっても、ローマのコロッセオみたいにゴツイ感じではなくて、野外劇場みたいなすり鉢状に地面を掘り、その周囲を階段状の観覧席のようなスペースが取り囲んでいる感じだ。
その円形の場所に無数の光点が表示されている事から、避難してきた国民の炊き出し会場になっているようだ。
こういった光点は、隣にあるマリオン神殿の裏手にも多く見える事から、他の神殿勢力も炊き出しを代表とする救援活動を行っているのは間違い無さそうだ。
いい感じですな。
こういう時に頼れる団体があるのは、民にとってはありがたいはずだ。
狙い通り、神々への畏怖と感謝の気持ちが生まれるだろう。
もっとも、そうは思わないヤツもいるもんだけどね。
例えば、神は自分をこの窮地に追い込んだくせに、いまさら救済とか自作自演かよなどと曲がったように考えるヤツもいるだろう。
まあ、俺もそんな感じに考える心の捻れた存在の一人ではある。
人の行為を素直に受け取れないし、その行動の裏を想像してしまうのは、俺の短かった人生の大半を占める実家や学校での暮らしが関係しているので仕方がない。
もちろん、品行方正で素直な心持ちってヤツには憧れはある。
仲間たちから向けられる視線は、そういう真っ直ぐで眩しいものだ。
そこに居心地の悪さと共に安心や温かさを感じる
まあ、理解してもらえる感覚ではないだろうから、これ以上は止めておこうか。
さて、案内された場所は広めの応接室といった感じの場所だった。
壁際には様々な武器や鎧がおいてあったり立て掛けてあったりする感じが、マリオン神殿によく似ている。
ウルド神殿は軍人の立像みたいな、少しアートな感じの置物が多いので、その違いは面白く感じるね。
戦いの神も色々って事ですかな。
応接室には、入ってきた俺たちとは別に、何人かの
俺たちの姿を見ると凄い勢いで立ち上がって胸を叩く仕草をした。
俺も「ご丁寧にどうも」って感じでペコリと頭を下げておいた。
エクノールは直ぐに部屋の真ん中にあるソファに俺とシグムントを座らせ、その対面のソファにちょこんという感じで座った。
シグムントのような巨体と俺が並んで座れるほどの頑丈なソファですからな。
エクノールも体格は悪くないのだが、ソファが大きすぎて「ちょこん」って感じに見えるんだよ。
ふんぞり返って座ったならそうは見えないんだろうけど、背もたれに身体も預けずに背中をビシッとまっすぐにしているから余計そう見えるんだろうな。
「さて、シグムント様たちから大凡、事情を聞いております」
「うん。
神々は下界の民たちに罰を与えた。
それは完了しているので、これからは生き残った者をまとめていかなくちゃならないでしょ?」
「左様で……」
エクノールと俺が話し始めると、元から部屋にいた
俺たちの会話を記録に残す人たちか。
だとすると、滅多な事は言えないな。
何かあった時に責任を取らされかねないし。
俺は慎重に言葉を選びながら会話を続ける。
「ただ、神々は今までのような民主制度は時期不相応だと考えているんじゃないかと思う。
教育も文化も未熟なこの世界で、人々に指導者を選ぶ自由を与えるのは、問題がある」
「民衆に教育が必要だとお考えですか?」
「そうだよ。
教育のされていない者に考えさせるのは愚かな事だ。
俺が元いた国では『バカの考え休むに似たり』という言葉がある。
愚者がいくら考えても妙案は生まれないって意味の慣用句だよ」
「興味深い教えでございますね」
まあ、本来は「下手の考え休むに似たり」ってのが元の言葉だ。
確か囲碁だか将棋だかに関連する言葉だったと思うが、今回の場合は派生型の方がしっくり来るだろう。
「愚者は少ない方がいい。
王や皇帝といった世襲支配者を置いた方が国政は扱いやすいとは思うけど……」
「長年民主制度に慣れ親しんできた国民には中々難しいやもしれません」
「だろうね。
だから、神殿勢力が今は取りまとめるように願いたい。
そのうち、アゼルバード王国から占領軍が来るはずだし、それまでのつなぎかな」
「やはり、そうなりますか……」
「当たり前だろう。
ラムノークは負けたんだからね」
負けたヤツが勝者の自由にされるのはどこの世界でも時代でも変わらない。
もちろん、そこに一定のルールを設けておくという方法もあるのだが、この未成熟な世界では思うように進まない。
それは地球の歴史を振り返って見れば当然の事実だ。
まあ、隣国などの近い国では条約等のルールで縛り合う事はできるが、国際法のようなしっかりしたルールは作りようがないんだよねぇ。
だからこそ、世界全体を俯瞰する神々の存在が大きい意味を持つんだよ。
神のような存在がいないと混沌の渦に放り込まれるのとあまり変わらないからなぁ。
それは共通認識がないからだ。
あっちの国とこっちの国で共通認識がなければ、軋轢となるのは当たり前。
それが拗れれば最終的には戦争になる。
ティエルローゼには神々が存在し、その神々による教義や教訓というものが、情報伝達が未発達なこの世界で共通認識になっている。
それは「弱肉強食」という単純なルールだが、この世界においては真理に近いモノとして誰にでも信じられている。
なぜ強者にそこまで拘っているのかは俺にも解らないが、あらゆる場所や文化、考え方にその思想が盛り込まれているんだよね。
特に神が関わっているであろう場所には顕著だよ。
レリオンの迷宮しかり、世界樹の内部しかり。
「神々がそうお考えであれば、我々は従うのみでございます」
少々トゲがある返答だなぁと思うが、どこの馬の骨とも解らん俺から言われても信用ならんって事かな?
当然の反応と言えば当然だよな。
「ま、そこは君たちが自由に選べば良いと思うよ」
「は……?」
「いや、神々がどう考えているか、
「そ、そうかもしれませんが……」
どうやら、俺のリアクションが彼の期待通りではなかったらしい。
まあ、強制するのは気が引けるので自由に選べば良いって言ってるんだけどな。
それで彼らが不幸になろうが、俺にとっては知ったこっちゃない。
もちろん幸福になれる可能性もあるしね。
「ただ、言っておくと……
現在のラムノークが置かれた状況だけど、外国勢力からの支援はないと思って良いよ。
貿易しようにも全て門前払いなのは間違いないね。
ラムノークが自給自足できる国なら別に問題にもならないだろうけど、この国って結構輸入に頼ってる物資もあるよね?」
エクノールの目が俺を探るような目つきになっている。
「ああ、戦争が始まる前にね。世界各国の首脳陣に連絡させてもらったんだよ。
俺の国が支援しているアゼルバードに攻め込んだ奴らがいるってね。
もし、この戦いに関わるならば、当然俺の敵に回る事が解るようにね」
ニッコリと笑っている俺に何とも言えない恐ろしいモノを見るような表情をエクノールは浮かべる。
「西はフソウ竜王国、南はルクセイド領王国、東は言うに及ばずだね?」
ここでバルネット魔導王国の名は出さないところが情報操作だよね。
あそこの国とはまだ関わってないけど、結構影響力の強い国っぽいから。
バルネットにも通達しているなんて嘘を言ったらバレた時に困る。
もちろん、通達していない事を知られるのも困る。
バルネットに救援を求められたり、ラムノークがバルネット陣営に走るなんて事態になるのは大いに困る。
何せ、あそこは魔族が牛耳っているという話だからな。
魔族に我々の隙を見せるわけにはいかないんだよ。
それにしては、魔族どもの動きが最近ぱったりと見られないのが不気味なんですけどね。
「ケント様は……我々にどうせよと……」
「選択は自由だとさっき言ったでしょ。
選択は自由、だけど俺たちに都合の悪い選択を選ぶなら苦労する程度には手心を加えさせてもらったよ。
苦境を試練と考えて敢えて立ち向かうというのも神々の下僕たちには、ままある選択だとは思うけど……
到達する場所に何の実りもないなら、選択損ってヤツになるんじゃないかな」
地球の宗教だと神々の試練に見返りなんてもんを期待するヤツはいない。
自分の成長などが見返りになるのかもしれないが、そんなものは自分が努力したから得られた結果でしかない。
大抵は見返りもなく宗教家自身だけが満足している感じで終わるのだ。
このティエルローゼは本当に神がいるので、信者は自ずと見返りがあるものだと思っているはずである。
地位の高い信者は特にそうだろう。
「神々がそれをお赦しに……」
「何を言っているのかな?
俺は神々の名の元に行動しているんだぜ?」
というか、俺が喋っているのにシグムントが何も口を挟んでこない段階でそういう事だと思うべきじゃないのか?
話は通してあると言ってた気がするんだが……
シグムントを見ると、出されたお茶と茶菓子を口に運ぶのが忙しそうだ。
我関せずという態度のようだ。
その態度が、エクノールを勘違いさせているんじゃないのかな?
うーん。
まあ、いいか……
お望みとあらば、選択肢なんか残してやらなくてもいいね。
その方が彼らにしても楽に国の混乱を収められるだろうし。
俺としてはそっちの方が楽だしな。
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