第30章 ── 第39話

「ケンゼンの代表は暴漢どもから助けておいた」

「ハリス、ありがとう。

 彼女にはまだやってもらうことがあるからね。

 引き続き秘密裏に護衛してくれ」

「承知した。分身を一人付けておく」


 大通りを街の中心に向かって歩きながら、仲間たちからの情報をまとめる。


 アポリスの現状は三つの武力がぶつかり合っている状態だ。


 一つは、都市の衛兵隊を中心した市民たちによる秩序を守ろうとする勢力。

 この勢力は今まであった秩序を維持しようと努力しているワケだが、神々の意図とは反しているね。

 もっとも、既に一週間経ったので、今は何の罪もないですな。


 二つ目なんだが、一週間掛けてアゼルバードから引き上げてきた侵攻軍の一部が、この勢力だ。

 衛兵隊のいる勢力とは違い、街の治安を守るような行動は最小限しか行わない。

 かといって略奪などを行うこともあり、とらえどころがない勢力ではある。

 指揮官がいないために統率の取れた行動ができないんじゃないかと推測した。

 指揮官がいないのに崩壊しない部隊ってのも、この世界では珍しいな。

 普通なら崩壊したり脱走したりで野盗になったりするのが普通なんだが。


 最後は、略奪する市民、および武装組織を主とする勢力。

 単純に、混乱に乗じて得をしようとする奴らの事です。

 日本では殆ど見ないタイプだが、日本の外では殆どがこのタイプの人間だねぇ。

 一番、解りやすい単純な奴らではあるね。


 略奪勢力が一番多い勢力だが、他の勢力とぶつかった場合、一番損害が多いのもこの勢力だ。

 武装は最低限だし、基本的には連携した戦いは苦手だ。

 ただ、少数ながらしっかりした武装で、それなりの連携ができる奴らが混じっている。

 元々冒険者を名乗っていたヤツラなんじゃないかと思うんだが、厄介な奴らなのは間違いない。


 大通りをずんずん進んで行くと、そういった勢力からちょっかいを掛けてくることが何度かあったが、有無を言わせずに蹴散らした。

 ソロで歩いているからって舐めすぎ。


 一時間ほど歩いていくと、ようやく総合庁舎ってのかな、城みたいな大きさの建物があった。

 もちろん、俺の魔法で半壊した状態だが。


 大マップ画面で確認してみると、中にはいくつも白い光点が存在している。

 それぞれをクリックして確認していく。


 大抵は入りこんだ市民だが、結構な数の光点が元老院の議員やその関係者だった。

 そいつらを一人ずつ捕まえて事情を聞く。


「ひい! 助けてくれ!」

「助けてくれじゃねぇよ。

 元老院議員だな?」

「そうだが、お前は誰だ!?」

「誰でもいいんだよ。

 お前はアゼルバード侵攻の反対派か賛成派か?」


 俺が質問すると議員はキョトンとした顔をする。


「なぜそんな事を……」

「今回のこの惨状はアゼルバード侵攻を決めた奴らの所為だろ?

 神々に弓を引いた一派なんだから、神殿に突きだそうかと思ってね」

「むろん、私は反対派だ」


 得意げに議員は言い放つ。

 途端に光点が真っ赤に染まった。

 悪意ある嘘を俺に吐いたからだろう。


「ああ、そうか。では死にな」


 俺は目にも止まらない速さで剣を抜き首を跳ねる。


「神に嘘を言って無事にいられると思うな」


 自分から「神」と言うのは気が引けるが、今回は神として行動しているので目を瞑ってくれ。

 こういった処刑を何度か行ったが、本当に反対派も何人かいた。


 反対派には罪はないので一箇所に集めて後で助けてやろうかと思う。


 さて、そろそろ最奥である。

 最奥には厳重に守られた大きな部屋があった。

 中には二~三個の光点があった。

 一つはゴットハルト・ケンゼン。

 俺はこいつをターゲットにここまで来たんだよね。


 それにしても……


 目の前にある扉は横二メートル、縦三メートルの両開きの巨大な扉で、素材はどうやらミスリルだ。


 一体いくら掛かってんのか聞きたくなる代物である。

 市民からの税金を湯水の如く使って手に入れたのだろうか。


 調べてみればファルエンケールから輸出された品のようだ。

 マストール家のではないが、ファルエンケールのドワーフ工房の名が入っていたので間違いない。


 結構な大きさの扉なので押し入るのにはかなりの労力が掛かるだろう。

 まあ、一般人だったらの話だ。

 俺なら一瞬で破壊可能だが、せっかくなので中から開けてほしいものだ。


 俺は単純にノックしてみた。


──コンコン


 ノックした途端、中の全光点の動きが止まった。

 しばらく待っていると、何事も無かったように再び動き出したので、もう一度ノックする。


 再び動きが止まったものの、一つの光点がゆっくりと扉まで近づいてきた。


 光点の様子から、扉に耳を当てているんだろうなぁ……


 俺は耳が当てられている辺りの部分をドンドンと強めに叩いた。

 小さい悲鳴が扉の向こうから聞こえてくる。


 もう一つ光点が近づいてきて「だ、誰だ!?」と偉そうに聞いてきたので名乗る事にする。


「ケントだ。

 神々の使いだと言っておく」


 一瞬の沈黙の後、高らかな笑い声が聞こえてくる。


「神の使いだと!?

 ふざけるのも大概にしろ!!」


 フザケてないんだが……

 どうやら反省するつもりもないらしいので、最終手段に出る事にする。


──ドガン!!


 思いっきり素手で扉を殴りつける。

 一般人なら傷など付かないハズだが、俺の鉄拳制裁はそんじょそこらの一撃ではない。

 全力でやると一撃で周囲を巻き込んで破壊してしまうので、加減してだけどな。

 一発でベッコリとミスリル製の扉がへこんだ。


「な、何だ!?」


 中の光点が扉から離れるのがミニマップに表示されている。


 もう一発。


──ドガン!!


 同じ場所にぶちこんだので、穴が空きそうなくらいへこんだ。


──ドガン!!


 三発目で、穴が空いた。

 内側にめくれたので、腕が一瞬抜けなかったので焦ったが、拳を開いてゆっくり引っ張ったら何とか抜けたのでホッとしましたよ。


 空いた穴から除いてみると、腰を抜かした男が二人、奥の方で固まっている女が一人いた。


「開けろや」


 俺は精一杯ドスの聞いた声で言ったが、中の奴らは反応すらしなかったので、一発蹴りをお見舞いしてみた。


 既に穴が空くほどに拉げているので、片方の扉が勢いよく内側へと吹き飛んだ。

 幸いな事に中の人間には当たらなかった。

 まあ、当たっても構わなかったけどね。


 俺が部屋に入っていくと「ぼ、冒険者……?」という声が聞こえてきた。

 まあ、見た目は間違いなく冒険者だわな。


「神々の使いだと言ったはずだが?」


 ジロリと睨むと押し黙った。


 一応、キョロキョロと周囲を見回して脅威になるものがない事を確認してから、男の一人に目を向ける。


 一番豪華そうな服を来た年長者だ。


「お前がゴットハルト・ケンゼンだな?」

「そ、そうだ」


 気丈に答えているが声は震えている。


「俺はケント・クサナギ。

 オーファンラント王国で辺境伯の称号を頂いている。

 現在は、神々の名のもとに行動している」


 どの神々かも宣言しておくか。


「アゼルバードの守護神ブリギーデを筆頭として、春の息吹を司るプロセナス、知恵の女神メティシア、そして幸運の女神フォルナが、彼の国の復興に尽力している。

 それら神々の依頼を受け、俺はここにいる」


 神が四柱も関わっていると聞いて、ゴットハルトの顔色が悪くなっていく。


「そんな世迷い言を……私は信じぬぞ」

「神の名を騙っているとでも思っているのか?」

「大方、そうだろう?」


 まあ、地球ならそう思っても仕方ないが、ここはティエルローゼである。

 本当に神が存在する世界である。

 そんな世界で神を騙る場合、確実に神罰が待っているとは思わないのだろうか?

 昨日まで神々の怒りに晒されていたのにな。


 俺は溜息を吐き、最後通牒を突きつける。


「悔い改める気はないんだな?」


 他の二人は完全に白旗を上げているようだが、ゴットハルトは強がって抵抗を続けている。

 内心では降参したいんだろうけど、人前だと強く出るタイプなんだろう。


「そうか解った」


 俺は二人を無詠唱のテレキネシスで宙に吊り上げて部屋の外へと出す。

 そして「動くな」と短く忠告して、再びゴットハルトを見た。


「神々の威光に逆らいし罪は、地獄で償うが良い」


 俺が天上に手をかざすと、バリバリと頭上から音がする。

 そして天上がガラガラと崩れ始める。

 だが、破片や残骸は全く落ちてこない。

 見れば、そういったモノは天井付近に浮いたままグルグルと回っている。


 大きな穴が出来るほどに天上が壊れた頃、ようやく頭上を壊していたものが見えてきた。

 それは真っ黒い巨大な手である。


 手のひらだけで三メートルもあろう巨大な手は、天上の穴を広げて室内まで入ってきた。


 そして、探るように動くとゴットハルトの身体をガッチリと掴んだのである。


「な、何だ!? これは何なんだ!?」


 驚きと恐怖に顔を引きつらせながらゴットハルトが叫ぶ。


「それか? 地獄の管理を任された神ダキシアの手だよ」


 そう、神自らが連れて行くってイベントです。


「お前は生きたまま地獄へ送られる人間第二号だ。

 死んでも許されないから覚悟しておくことだな」


 俺がそう言い放つのを待ち構えていたように、黒い巨大な手は天上の穴へとゴットハルトを連れ去っていく。


 部屋の外で抱き合っていたヤツが二人ともその光景を見てガタガタを震えていた。


 最近、神殿を通して地獄の存在が周知され始めていたところで、このイベントを目撃するわけである。

 相当肝を冷やしただろうと思う。


 俺は二人に振り返ると「今見た事を教訓とせよ。神々はそれを望んでいる」と偉そうに宣ってみた。


「は、ははーーー!」


 二人は土下座よろしく五体投地です。


 その後、この男女の二人は神々の審判の伝道者として各神殿で講義をして回ることになる。

 眼の前でコレを見たんだから当然だろう。

 神殿は謝礼をいくらか包もうとするけど、路銀程度の小銭しか貰わず生涯を送ったという。

 後に各神殿から二人とも聖者として崇められるようになるのだが、それはまた別の話。

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