第30章 ── 第33話

「あーあー聞こえるか、どうぞ」

「ああ、聞こえてるわ」


 ロッタは耳に押し込まれた魔法道具からケントの声にそう応える。


「この魔法道具は便利ね。離れていても声が聞こえるなんて」


 念話でも良かったんだが、グループ・チャットのように使うには相手にも念話の素養がないと出来ないので魔法道具で代用してみた。

 アースラの使徒四人は念話が使えないので仕方がない。


「敵の状況はどうだ?」

「俺たちが光柱転移で現れて面食らっているらしい」


 イェルドは砂丘の上あたりに敵軍の兵士がいて右往左往しているのを眺めた。


「それにしても、ラムノークっていやぁ、ウチのボスを信仰してるんじゃなかったか?」

「そうよ。

 ほら、砂丘の上で馬に乗ってる人。

 あれ、ウチの熱心な信徒だわね」


 アルベルティーヌの言葉にシグムントが豪快に笑う。


「それはいいな!

 全力で接待してもらうとしよう!」


 シグムントが笑っているのをロッタがジト目で見る。


「全力で相手して壊さないでよ?」

「ボスの加護があるだろ、死にはしねーよ」


 アースラ四使徒の軽口に、俺は後衛陣地の天幕の中で笑ってしまう。


「これだから戦いの神の手勢は怖いね」

「ケント殿も、何度か戦いを奉納したと聞いてますが?」


 シグムントが心外とばかりに反論してくる。


「まあ、そうなんだけど」


 信徒としてはまさか自分が信仰する神の使徒と戦うことになるとは思ってなかったんじゃないだろうか。

 それでも戦いの神の信徒であれば、その神の使徒と戦える事は誉れとして扱われるらしいことは解った。


 地球だったら神の反徒として火あぶりにされてもおかしくないだろう。


 俺は天幕で用意していた機材の中から、小さい魔法道具を四つほど持ち出して空を見上げる。


「さて、上手くいってくれよ」


 俺は四つの球のような魔法道具を空へと放り投げた。

 キラリと光る銀色の魔法道具は落ちてくることなく、空を滑るように戦線へと飛んでいった。


 天幕に戻ってテーブルの上にある四つの平らな板状の魔法道具の小さな突起に順番に触れる。


 板状の魔法道具の上にはパソコンのモニター画面のようなものが表示された。

 これはホログラフィック・モニター型の魔法道具だが、さっき空に投げたヤツとセットで動くように作ってある。


 画面には小さい文字がずらずらと浮かび上がり、何やらリンクが確立した旨を示す文字列が一瞬だけ画面には表示され、すぐに砂漠の風景を空から撮影しているような映像にパッ切り替わる。

 この映像はさっき投げた小さい魔法道具が送ってきている映像だ。


 これは当然のように小型撮影ドローンとその映像を表示するための魔法道具である。

 正確な戦況がリアルタイムで様々な角度から把握できるのだから、軍の指揮官なら誰でも欲しがる一品だろう。


 現実世界の軍隊ならドローン偵察は当たり前なので、現代人には珍しくもないモノだが、こっちの世界だと画期的なモノなんだよね。


 俺は四つのモニターに表示される映像から、敵の状況を確認する。


 一万人のラムノーク軍は、まだ戦闘準備が完全に整っているとは言い難い。

 武器などは抜いたり構えたりしているものの、隊列がしっかり組まれてはいないし、あれであの四人を突破するつもりなのだろうか?


 縦に細長くなるように移動しているので、一点突破するつもりなのは間違いない。


 その細長い隊列の左右後方に一〇人くらいの集団がいくつかいる。

 魔法支援部隊であるのは各々が杖を持っているので明白だ。

 しかし、後方の部隊はこの部隊だけみたいなんだよね。


 この隊列のさらに後方に一つの魔法道具を移動させてみる。


 その当たりは非戦闘員である随行部隊が荷車と共に待機しているのが確認できる。

 こっちにもやはりいないようだ。


 何を俺が探しているかというと、神官プリーストを含む支援部隊の存在だ。

 魔法やポーションを使った負傷兵の迅速な回復を行う部隊を見つけようとしているのだが、どこにも見当たらないのだ。

 普通の軍隊編成なら必ずいると思うのだが、ラムノーク軍には見当たらないのだ。


 アゼルバードを舐めているのは間違いないんだろうけど、ラムノーク軍は負傷兵が全く出ないと考えるほど愚かだとは思えない。


「トリシア、どう思う?

 どうも回復とかする支援部隊がいないみたいなんだけど」

「私に聞かれてもな。

 戦闘が終わった頃に相手に聞いてみるしかないんじゃないか?」

「単に愚かなだけなんじゃないの?」


 口を挟んできたエマの言葉に反論できるほどの証拠は見いだせず、本当にそうだとしたら呆れるしかない。


 コレ、戦争なんだけどなぁ……


「お、動き出したみたいじゃぞ!?」


 マリスが指差すモニターに目を移すと真ん中の細長い部分が前進を始めたようだ。


「よし、俺たちも前に出る」


 シグムントの声がテーブルの上の魔法道具から聞こえてきた。


 しばらく状況を見ていると、顔が解るほどの位置まで移動して、ラムノーク軍も使徒たちも立ち止まった。


「アースラ四天王の御方たちとお見受け申す!!」


 モニター画面からそんな音声が聞こえた。


 お、あっちはあの四人の正体に気づいたようだね?


「おう! 俺は使徒シグムントである!! 貴殿はラムノークの将軍だな!?」

「ラムノーク統合軍総司令官ディスマス・セオドロスと申します!

 我らは暴政を敷くアゼルバード王家を打倒するよう命じられここにおります!

 なぜ我らの針路を塞いでおられるのか、理由をお聞かせ願いたい!!」


 ああ、それが大儀なんだねぇ。

 民主主義を謳っているからだろうけど、王政が全て抑圧とか弾圧とかひどい政治を行っているという捉え方なのかもしれないね。


 この世界の国家は基本的に王政や帝政といった封建君主制なので、家産国家的な運営がなされている国ばかりである。

 この世界ではそっちの方が上手く回っているので、その運営に俺は否とは言いたくない。

 政治体制には正義もクソもないし、国民が納得しているなら何の問題はない。


 そもそも教育が浸透し成熟した社会を営んでいる集団ならともかく、考えることすらまともに教わっていない民衆に国の支配を強要したところで恐怖でしかないだろうよ。


 自由ってのはそんなに簡単なものではない。

 指導者がいないと何も出来ない民衆ってのは現代社会にすら多数存在するんだよ。


 勝手に他国に侵略して、そこの国民に民主主義を押し付けようとするラムノークはまさに独善としか言いようがない。


「ははは!! 面白い事を言う!

 アゼルバード王家は神の祝福を受けてこの地の統治を任されている!

 神が手助けをしている国に攻め込んだという事は、神に弓を引くと知るが良い!!」


 シグムントの言葉を聞き、ラムノークの将軍は唖然とした顔になった。


「か、神が国家運営に口を出されたと申されるのか!!」

「そうではない!

 神が王家に祝福を与えておると申しておるのだ!!」


 まあ、ファーディヤ自身の誕生にいろんな系統の神様が関わっちゃってるんで……

 ファーディヤに害が及ぶような事起こすと、マジでその系統の神々が黙ってないんだよねぇ。


「手を引けとは言わん!!

 貴殿らも言い訳は必要であろうし我らが相手をしよう!!」


 暗に負けても神の使徒が出てきたと報告すれば言い訳が立つとシグムントは言っているわけですね。


 しばらく、ラムノークからの返答はなかったが、将軍が一番前まで出てくると馬上で兜を脱いだ。

 将軍らしい強面なおっさんだった。


「では、アースラ神様の信徒として、アースラ様、そして御方々へと我らの戦いをお見せ致し申す!!」

「その意気や良し!!」


 シグムントが将軍に応えた時だ。

 空から何本もの光の柱が轟音と共に地上に落ちてきた。


 光が収まると、三〇人くらいの完全武装の人影がアースラの使徒たちの後ろに出現していた。


「水臭いぜ、アースラの。

 我らも参陣仕る」

「そうそう、こういう戦には呼んでくれないと、ウチらも立場無いよ」


 誰ですか?

 さすがの俺も困惑してしまいます。


「おう……

 ウルドの……そっちはアイゼンの……」


 突然の出来事にシグムントも驚いているようだね。


 俺は今の状況を彼らに確認してみることにする。


「他の神々の使徒が来たみたいだけど?」

「ええ、そうです。

 戦いの神々の使徒の方々が……」


 アルベルティーヌが俺の質問に応えた。


「もしかして……俺が神々の軍隊とかって計画したから送ってきたのかな?」

「解りません……」


 そうだとしても三〇人も神々の使徒が現れては過剰戦力も良いところなんですけど?


 他のモニターでラムノーク軍を確認すると、当然と言えば当然なんだけど相当困惑しているみたいだな。


 神界の神々は自分らが参加できないから使徒を送り込んできた感が否めませんなぁ……

 アースラの使徒を支援するって意味ではないのは間違いない。

 要は何千年ぶりかは解らないが、神々の関係者が下界の事件に直接関わるワケなので、自分たちの使徒も関わらせて存在感を主張したいって事ではないかと思われる。


 一応、戦いの神の使徒たちらしいので、戦いの神々の中で話し合いが持たれたのではないだろうか。

 アースラは今、下界で家族サービス中だしな……


 ま、今回は神々が関わる案件なので、この程度の事で苦情は言わないつもりだ。


 それにしても、これだけ神々が敵対していると知ったラムノーク軍に哀れみを感じざるを得ません。


 神々から嫌われるという事は、この世界で生きていく事が困難になる事を意味している。

 本来なら嫌われてるなんて直接神に言われることはないので不幸が積み重なってもまさか神から嫌われたなんて気づかないもんだろうけど、今回の場合は使徒が送り込まれているのだからヤバイ状態なのは間違いなく気付くだろう。


 ま、ラムノーク軍の兵隊たちにしてみたら、絶望を突きつけられたようなもんだ。

 しかしラムノーク軍としては戦わないなんて選択を選ぶことはできない。


 送り込まれてきた使徒は全て戦いの神たちのモノである。

 彼らを前にして戦わない方が不敬と取られるのだから仕方ない。


 それにしても、彼らとしてはなぜこのような事態に陥っているのか全く解らないんだから相当混乱しているだろうなぁ。

 事が終わってから後で俺たちで説明してやるとしますかね。

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