第30章 ── 幕間 ── 総司令官ディスマス・セオドロス

 砂の世界を愛馬に跨がり黙々と進んでいると伝令が走ってやって来た。


「伝令! 将軍閣下、目的地が近づいてまいりました!!」


 将軍と呼ばれたのは、ラムノーク統合軍総司令官ディスマス・セオドロスだ。


 眼の前にあった砂丘を登りきり、ようやく到着した最初の目的地を確認した。


 砂漠のど真ん中に少ない緑に隠れるように幾つもの砂と同じ色の建物が幾つも立ち並んでいた。

 オアシス都市ナンカレンである。


 ナンカレンは見た目は小さく見えるが、地下に埋もれた古代都市を利用していて、見た目ほどは小さいくない。

 アゼルバードでは人口数千人ほどの大都市である。

 東西を結ぶ貿易の要衝でもあり、本来ならばアゼルバードとラムノークの旅商人がひっきりなしに行き来しているはずの場所である。


 だが、踏み固められた砂の街道の上に人影は見えない。

 この一週間、ラムノーク側からは通行規制を掛けて人の行き来を止めているのだ。

 何かを感じ取ったのか、アゼルバード側からの商人も来ていない。

 もしいたら情報収集の為にも、ラムノーク軍に捕まっていたはずであるが、セオドロス将軍もそういった報告は受けておらず、何となく不気味な行軍だったのである。


 行軍を停止させて、眼下に広がるナンカレンを大陸西方から輸入した遠見筒で確認する。


 まだ、一キロ以上離れているのだが、この遠見筒を覗くと都市の周囲がよく見て取れるのだ。

 ラムノークでは作るのが難しいレンズと呼ばれる部品を組み合わせた文明の利器である。


 ナンカレンのオアシスの周囲には少ない樹木が立ち並んでおり、その周囲には貧弱ながらも農地が広がっている。


 まず、このオアシスを軍の管理下に置かねばならない。

 この都市を占領する第一の目的である。

 今後の侵攻に必要な水を確保する上で非常に重要な戦いなのである。


 もちろん、都市自体も占領して食料などを接収し、住民は奴隷としてラムノークに送るのも重要だ。

 敵国の国民を捕まえて奴隷とする事で、ラムノーク国内で資産家などが大金で買い取り、大型農園や鉱山などで死ぬまで働かせる事になるだろう。

 だが、それはラムノークの産業には非常に大きなメリットとなるはずである。


 近年、ラムノークでは人口増加が停滞しており、このままでは国民の数が減っていくのではないかという危機感が蔓延しはじめているのである。

 話によると労働人口は前年よりも二パーセント近く減少したと聞いている。

 今回の戦争は、そういった社会不安を払拭するためにも必要な事でもあるのだ。


 セオドロスは、ナンカレンの様子を探りながら、政治家に求められている裏の事情も承知はしている。

 だが、彼は職業軍人なので、政治に関しては無頓着な振りをしてきた。

 少々胸糞悪い任務でも淡々とこなす事を信条としている。


 何も考えなければ、何の問題もない。

 同情や憐憫は、自分の心をすり減らす役割しかしないのだから。



 ナンカレンを遠目から見ていてセオドロスは、奇妙な感じを受けた。


「おかしいな……」


 今の時間であれば、農地にもオアシスあたりにもナンカレンの住人の姿が見えても不思議ではない。

 それが人っ子一人見えていない。


 この辺りに詳しい案内人を呼び寄せてセオドロスは意見を聞く。


「どうだ?

 いつもと違うのではないか?」


 案内人に貴重な遠見筒を渡して覗かせる。


「へぇ。たしかに違いますね……」


 便利な道具だなと眼をシパシパしながら案内は関心しつつ遠見筒から見える風景を見て、そんな感想を漏らした。


「地下から伸びる煙突からの煙すら見えません。

 いつもなら、何本もの煙突から立ち上る煙が見えるはずなんですが」


 現在の自国は夕方近くで、夕食などの為に地下では火が使われているそうで、煙の一つも上がっていないのはありえないと案内人は首をかしげている。


「あれ?

 あれは何でしょう?」


 案内人は遠見筒を小さく左右に振りながら何かを見ている。


「どうかしたか?」

「いえ、ナンカレンの前にズラッと何かが並んでいるようなんですが……

 あんなもの、前からあったかな?」


 セオドロスは案内人から遠見筒を引ったくるとナンカレンをもう一度確認する。


 確かに案内人が言うように、ナンカレンの手前に何やらズラリと一列に並んでいるモノが見えた。

 さっき見た時には気づかなかったのだが……


 目を凝らしてジッと見ていると、それは動いているように見えた。

 時々、キラリと銀色の光を反射している……


「敵兵見ゆ!! 総員戦闘準備!!」


 セオドロスの大声に周囲のラムノーク兵が慌てて動き出した。


 セオドロスは、銀色の動くモノを敵兵として認識したのであった。

 その姿はフル・プレート・メイルに身を包んだ屈強な軍隊のようである。

 それにしては銀色に輝き過ぎるような気がしないでもない。


 一層目を凝らして見ると、やはり鉄の色というよりは銀で出来ている鎧のような雰囲気だ。


「銀の重戦闘歩兵だと……?」


 セオドロスのつぶやきに、隣にいた副官も必死に前方の様子を確認している。


「それは随分と豪勢な軍ですな。

 アゼルバードはそれほど裕福なのでしょうか?」

「解らん。

 だが、最近は東方のオーファンラントからの支援があったと聞く」

「あの経済大国ですか……

 最近、よく噂を聞きますね。

 一地方が相当潤っているとかなんとか」

「うむ。

 何やら魔法道具文明の遺産が見つかったとか報告があったな」

「例の蛇口文化ですね。

 我が軍の宿舎にも一つ欲しい魔法道具ですね。

 金貨で一〇枚以上掛かるそうですが」


 副官は首を横に振った。

 自分の給料が何年分吹っ飛ぶのか計算したのだろう。


 そんな過去に作られた魔法道具が相当数発見されたらしい。

 真に羨ましい限りだが、今回の侵攻によってラムノークもそういった古代文明の遺産を手に入れることもできるのである。

 アゼルバード王国の南に広がる砂漠地帯は、かつての古代文明が眠っている地なのである。


「今回の戦いでアゼルバードを手に入れられれば、アーネンエルベ魔導文明の遺産が我々にも手に入る……

 何だあれは!?」


 遠見筒を除いていたセオドロスは目を疑った。


 銀色の全身鎧だと思っていた敵軍は、どうもそんなモノではないみたいなのだ・


「どうしました、将軍?」

「あれは軍ではないぞ……!!」


 セオドロスは見たことがあった。

 とある未探索遺跡を軍で調査した時に。

 素材は石であったが、何人もの部下が命を奪われたソレに。


「あれは……ゴーレムだ!!」


 眼下で傾いた陽の光を反射しながらこちらに近づいてくるモノは人間や生物とは全く別の原理で動く物……

 魔法を動力として行動するゴーレムに間違いない。


「まさか……」


 副官もようやく肉眼でも何となく見えつつある物を「信じられない」と言いつつ凝視していた。


「目算でも数百はいるようですが……

 そんな数のゴーレムがなぜ……?」


 眼下に広がる砂漠に展開するゴーレム部隊に驚愕していると、「戦闘準備整いました!!」と伝令が伝えに来た。


 まだ、近づいてくる敵軍らしきモノがゴーレムだと兵士たちは気づいていない。


 あれがゴーレムだったとしたら、間違いなく苦戦を強いられるだろう。

 見ればゴーレムは数百程度だ。

 一体に一〇人程度で当たれば何とかできない事もないだろう。


 セオドロスが相手したことがある石のゴーレムであれば……の話である。

 彼は素材によってゴーレムの強さが上下することを知らない。

 魔法使いスペル・キャスター、それも魔法道具を研究するような学者肌の者であれば知っている知識ではあるが、一介の軍人では把握すらしていない事である。


「総員、隊列を組め!! 突破槍だ!!」


 突破槍陣形とは、現実世界であれば「魚鱗の陣」と言われる陣形である。


 ゴーレムの陣形は横一列なので、この陣形ならば用意に突破できるし、敵を分断すれば例えゴーレムであっても容易に破壊できるだろう。


 それだけの訓練をラムノーク軍はあのゴーレム事件以降積んできたのだ。

 セオドロスは、自信を持ってゴーレム部隊と対峙する事を決めた。


 問題はいつゴーレム部隊に突撃するかだ。

 ゴーレムたちが砂丘の麓まで来た時が最も良いタイミングだろう。

 部隊が走り下りる勢いを攻撃に乗せられるので当然の判断だった。


 だが、突撃の号令を掛ける前にゴーレム部隊が行軍を止めた。


 遠見筒でセオドロスは確認する。


 前衛は盾と槍を持ったゴーレムだった。

 その後ろには腕が弓になったゴーレムがいる。

 最後尾には銀色のマントをまとった大型のゴーレムが鎮座している。


 よく見ると、それらゴーレムの後ろに普通の鎧を来た人物が一人見受けられた。


「あれが指揮官か……?」


 副官にも遠見筒を渡して確認させる。


「どうやら、そのようですね。

 ゴーレムの軍を指揮するとは相当腕の立つ軍人なのかもしれません」

「いや、ゴーレムの軍を指揮する人物など、物語ですら出てこないだ……」


──ドンドンドンドン!!


 閃光と共に、天から光の柱が降ってきた。

 それに付随するのは大きな炸裂音。


 ゴーレム軍からの攻撃かとセオドロスは遠見筒を目に当ててゴーレム軍を確認する。

 だが、ゴーレム軍はあれから全く動いていない。


 左右に遠見筒を振りながら敵軍を確認すると、ゴーレムの列の前に四つの新たなる影が出現しているのに気づいた。


「光の柱と轟音を立てて現れる者……?

 まさか……」


 そういった事象を巻き起こしつつ現れる者たちについてセオドロスは聞いたことがある。

 神々、あるいはそれに準ずる者たちは、天上から光に乗ってやってくる……

 その出来事は「降臨」と呼ばれ、様々な神殿に伝わっている。

 もちろん各宗派の経典にも記載がある。


 セオドロスは敬虔なアースラ教徒であり、人魔大戦の各地を転戦したアースラの物語にはそういった移動方法についての記述が数多く存在している。


 セオドロスは出現した人物を必死に観察した。


 巨大な身体に銀色に輝く鎧、普通の人物なら片手では振り回せないほどの大きな剣と盾。

 背中に二本の剣を背負った痩身の男。

 身体のサイズからはとても考えられないような大きさの弓を背負った子供のような姿。

 そして他の三人を軽く超える長身ながらグラマラスな女性の姿。


 どこかで見たことがあるとセオドロスは思った。

 そして、直ぐにピンと来た。


「使徒様……だと!?」

「は?」


 副官が間抜けな声で聞き返してくる。


「英雄神アースラ様に仕える使徒様たちだ!

 本物の使徒様たちをこの目で見れるとは!!」


 セオドロスは遠見筒を覗きながら興奮気味に言い放つ。


「それが我らの敵という事でしょうか……」


 顔面蒼白で副官は聞き返してくる。

 その言葉にセオドロスの動きが止まった。


「使徒様たちが……我らの敵……だ……と?」


 自らの言葉にセオドロス自身が固まって動けなくなってしまう。


 神殿でいつも見上げていた絵画の中の使徒様たち、経典を読んで脳裏の中で想像していた姿。

 それと寸分たがわぬ勇姿で出現した四人の姿を遠見筒で見ている。


 そんなバカな……


 セオドロスは自分が信じてきたモノと対峙しているという事実に、唖然として言葉も出なかった……

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