第30章 ── 第29話
剣を抜いてマリスの右後方に位置取る。
「終わったのかや?」
「ああ、これからが本番だ」
マリスは凄みのある笑顔でニヤリと笑う。
「現状、我だけで抑えられたのじゃ。
ケントが参戦したら数秒持つかどうかも怪しいのう」
「なっ!? くっ!!」
マリスに抑えられて悔しかったから憎まれ口を叩いたんだろうけど、状況をよく分析すれば、俺がマリスよりも弱いなんて事はないと解る。
脳筋のバカにはちゃんと答えを言ってあげないと解らんのだろうな。
「まあ、強さだけで人を判断すると思慮なしの猪突猛進に育つんだよ。
マリスも強さのみを追い求めて、あんな風になるなよ」
「了解じゃ。
我もこやつらの様な筋肉でモノを考える馬鹿にはなりとうない」
激しく同意。
強くなってくると強者としての自信になるのは解るし大いに結構。
しかし、強者の
それが一番楽だからだろうか。
だが、そんな者にとって軍略、智謀、兵法を使う者がどういう存在となるのかを考えるといい。
どんなに力があろうと、情報や戦術、戦略を持たぬ者が負けるのは地球の歴史を紐解けば枚挙に
力を持たぬ者は情報を操り、脳みそをフル回転させて勝ちを拾おうとする。
人間が他の生物に勝る性質がコレだろう。
動物の知覚力も膂力も持たない人間には知性しかなかったのだから当然だろう。
力を手に入れたからといって、それを捨て去るのは愚の骨頂といえよう。
もちろん力も必要である。
ある程度の力がなければ、相手に傷すら負わせられない無様な状態になる。
暴力の象徴とされるドラゴンの鱗すら貫けねば、ドラゴンに知略で勝っていても、最終的に勝つ事はできない。
知力があれば火力を強化する知恵も浮かぶのは明白だろう?
「い、言わせておけば!!
小さいからとて容赦せぬぞ!?」
「口だけは減らんのう……
アースラが苦労していたのも理解できるのじゃ」
元々突っ込む事しか知らなかったマリスが、守る事を主眼とした
それまでは基本的にソロで戦っていたそうだから仕方のない事だが。
「御託はいい。
力がある者が正義だというなら力で俺たちを屈服させてみろ」
抜いた剣をすっと使徒パーティへ向ける。
そう言った途端に周囲から大歓声が俺たちに降り注ぐ。
それと共に地響きのような足踏みだ。
あ、音は双方向で調整したんだった。
対戦相手にちょっと格好良い感じで宣戦布告みたいな事をしたら観客にも聞こえてたってヤツだな。
近くにマイク持ったアースラいるしな……
観客の反応にちょっと悦に入って隙を作ってしまう。
「隙ありだ」
双剣のイェルドの電光石火の斬撃が俺の首を薙ぎ払いに来た。
いや、俺には見えてますけどね。
既に「戦闘思考」と俺命名のモードに移行済みだ。
最近になってようやく意図的に使えるようになった神の力の一端だ。
一番最初に使えたのはアイゼンとの模擬戦だったな。
思考を加速させる事で周りの全ての動きが遅くなる。
属に「走馬灯」と呼ばれる死の際に自分の生きてきた人生の情景が次々に脳裏に浮かぶという現象だ。
あれを意図的に使えるようにしたワケだ。
集中すると敵の動きが止まったように感じるほどに思考を加速させることができる。
これが使えるようになった時、スキル・リストに「
フレーバー・テキストに注意書きがあり「神格を持たぬ魂は使うことができない」と明記されていた。
神が使うためのスキルという事だろうね。
実際、このスキルを使うと心身ともに非常に疲れる。
SPがガンガン減るって事です。
消費速度は「
そんな使い勝手なので使うコツとしては、小刻みにオンとオフを切り替えるようにする事です。
継戦能力が著しく減退するんだから当然の使い方ですね。
この能力は本来武道家なら自然と身につく能力じゃないかと思う。
俺は運動関係はからきしだから、スキルとして使えるって状態が非常に助かる。
オンとオフを意識するだけで使用と不使用を選択できるのも使い勝手が良いですね。
今のような状態であっても瞬間的にオンにできるので、首を薙ぎに来た剣が首から数ミリのあたりあっても余裕で回避できるワケです。
まさにチート級の神スキルです。
とは言っても欠点はあります。
攻撃自体に気づかなければオンにしようもないのですから、欠点と言えますね。
しかし、この欠点を緩和できるスキルが存在します。
この「
そのスキルは「危険感知」だ。
このスキルがあれば、「
ドーンヴァース時代に俺が手に入れていた数少ないスキルの中で最も重要なスキルです。
このスキルに何度命を救われてきたか計り知れません。
それはドーンヴァース時代でもティエルローゼに転生後も変わりありませんね。
危険感知も神スキルと言えますかね。
この二つのスキルを備えている俺を倒すのは、ほぼ不可能だと思いますよ。
俺は悠々とイェルドの剣を避ける。
スキルをオフに切り替えるとイェルドは「なに!?」と剣を振り抜いた状態で驚きの表情になった。
「はい。隙あり」
俺はイェルドに愛剣グリーン・ホーネットで峰打ちを決める。
イェルドはヒューンといった感じで一直線に飛んで行き、
「イェル!!」
ロッタがイェルドに視線を向けた。
「それも隙だよねぇ」
俺は返す刃でロッタに攻撃をキメようとする。
ロッタがハッとしたように見事なバック・ステップをした。
「お、危険感知か。良いスキル持ってるな」
ロッタの行動は間違いなく危険感知だろう。
こういった隙を消す事ができる危険感知は間違いなく神スキルですな。
パッシブ・スキルでSPもMPも減らないのでマジ便利。
ただ、この二つのスキルの組み合わせを持ってしても完全無敵ではない。
例えば核爆弾が俺の頭のすぐ上で爆発したら、まず間違いなく、何をしたとしても俺は死にますよ。
当然といえば当然の話なんですが、これが危険感知を持ってしても逃げられない欠点でしょうか。
基本的に危険感知は万能ではない。
ちょっとした危険、木を触っていたら指先に木の棘が刺さるなんてのは感知できない。
また、火山の近くにある村で火山噴火した時も感知できるか解らない。
この場合は、多分だけど不安やそわそわした感じが絶えず襲ってくるんじゃないだろうか。
その予感から逃げ出すだけの判断力がなければ無用の長物となるワケだ。
こういった欠点から
あ、
思考を加速できても、身体を動かす事ができなければ無意味って事です。
既に俺の身体はその動きに耐えるだけの強度も素早さも兼ね備えているので問題ありません。
こういう理屈っぽい思考形態の俺が実験してないワケないだろ。
思考実験じゃ飽き足らずに実地にやるので、俺の行き着く先にはマッド・サイエンティストって肩書があるんじゃないかと不安になります。
自分が対象なら実験をするってのが信条なので、他の人に危険はありませんよ?
いや、マジで。
話を戻すとしよう。
もしかすると時の神クロノアークなら止められるのかもしれませんが、会ったこと無いので解りません。
後でアースラに紹介してもらおうかね。
「ロ、ロッタ……だ、大丈夫だ……
武器を構えろ……」
涙目のロッタは、さらにバックステップで俺らから距離を取る。
「
まるでトリシアのようですな。
マリスはニヤリと笑いつつ「ミサイル・シールド!」とコマンド・ワードを唱える。
俺は飛んでくる矢を一本一本、剣で薙ぎ払う。
矢の数はかなり多いが、加速された思考の中では造作もない行動ですな。
「……掛かったわ……
魔力の炎が俺たちを包み込んだ。
炎の空間に囚われた者は熱だけでなく酸欠という最悪の状態の中で焼き尽くされる。
「うわー」
俺は気のない感じで一応悲鳴を上げておく。
あまり舐めプするのも良くないのだが、火の属性は俺の得意分野なのですよ。
レベル一〇〇になった頃には、「火耐性」のスキルが「火完全耐性」と名称が変更されていたのです。
多分、火耐性の上位互換スキルなんじゃないかと思うんだけど、スキル自体が変化するなんて話は聞いたことがないので、もしかすると俺の神の能力の副作用か何かなんじゃないかな……
チート的存在で申し訳ありません……
では、酸素問題ですが、火炎が魔力で出来ているのですから、「魔力操作」のスキルがあってある程度スキル・レベルが高い人間なら他人の魔力にすら干渉できるんですよ。
俺は魔力を操作する事で、空気を取り込めるような形状に火炎を操作しました。
もちろん、風の精霊に頼んで新鮮な空気を届けてもらう事もやりましたよ。
マリスの方にも同様の施術を実行済みです。
ただ、マリスには炎への完全耐性が最初からあるので、そっち方面の対策はしていません。
まあ、普通はこれほどの攻撃をされたら色々とヤバイんですが、対処済みだという事で説明させて頂きましたよ。
それにしても、脳筋リーダーが率いるパーティだけあって連携はしっかり取れているようです。
レベルの高くない軍隊なら、この四人だけで確実に対処可能だと思われます。
数の暴力で取りこぼしが出ると思いますが、そこは対処のしようは幾らでもあるしね。
さて、この模擬戦で実力は申し分なしと判断できるのではないでしょうか?
つうか、コレ、模擬戦ですよね?
後で「峰打ちよ」とか言って誤魔化すんじゃないかと不安になってきますね。
なにせ、アルベルティーヌさんって、そんな感じのキャラっぽいですから……
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