第30章 ── 第28話

 選手紹介が終わり、戦い直前の静けさが闘技場を支配する。

 この静寂は妙に心をムズムズさせる。


 俺の人生においてこんな群衆から注目を浴びることがなかったので気後れしてしまいそうだ。


 弱気では勝てる勝負も勝てなくなるので直ぐに気を引き締める。

 そんな俺の気持ちを読み取ったのか、マリスは笑顔で振り返る。


「心配しなくてよいのじゃ。

 ケントは我が守るのじゃ」


 そう言いつつ、背中にアタッチメントで装着されていたフルフェイス・ヘルメットをマリスは頭に被った。


 相変わらず頼もしいマリスである。

 小さい背中がいつもより大きく見えますね。

 マリスにそう言われては俺も奮励努力しなければなりませんな。


『それでは! 開始して下さい!!』


「……風刃竜巻トルネード・ブレード


 アナウンスが響き渡る刹那、俺たちの周りに猛烈な風が巻き起こった。

 試合開始前から詠唱を始めたに違いない。


 こういう闘技場での戦い方もアースラに教えられているのか?


 無数の見えない斬撃が俺たちを切り刻もうと襲いかかってくる。

 全身を鎧でガードしているとしても、密閉されていないので空気を遮断する事はできない。

 マリスのHPバーが微妙に減る。

 もちろん、俺のHPも減ったが、大した量ではない。


 あの魔法は風属性魔法でもレベル八に該当する高等魔術だ。

 さすがはアースラの使徒というべきところなのだが、俺たちに与えたダメージが微妙なのには理由がある。

 魔法の抵抗判定に成功したって事だ。


 魔法への抵抗が成功すると、魔法は本来の効力を発揮できない。

 見た目には解らないが、相手に与える影響が半分程度まで減衰すると考えればいい。


 それに加え、エロ姉さんことアルベルティーヌが使ったのは得意らしい火属性魔法ではなかった。

 アースラの紹介で『妖炎のミストレス』などと紹介されたので、火を使ってくると俺たちが思ったに違いないと見て、あえて風魔法を使ったんだろうが、裏目である。

 本来、自分の得意と標榜する属性には効果に何らかのボーナスが付くのである。

 その優位性を以て後方から火力でゴリ押しするのが、従来の魔法使いスペル・キャスターの戦い方である。

 もちろん魔力と相談しながらではあるが。


 そして最大の理由は俺とマリスのレベルとアルベルティーヌのレベル差、ステータス差だろうか。

 これがさらにダメージを軽減してしまったワケである。


 俺たちはレベル一〇〇、彼女はレベル八二である。

 その差レベル一八……こればかりは如何ともしがたい。

 以前にも言った記憶があるが、PvPにおける話ではあるがレベル一〇の差があると戦力的には二〇倍くらいの感覚と聞いたことがある。

 まあ、これにはプレイヤー・スキル的な部分も加味されての評価だと思うので数値的には五~一〇倍くらいだと思っておこうか。


 なのでレベル二〇近い差がある俺たちに有効的なダメージを与えようと考えれば、火属性魔法を撃つのが正解だっただろう。

 火に完全耐性のあるマリス、火の魔法使いスペル・キャスターを標榜する俺に火属性魔法がどれだけ効くかは疑問だけどな。


 このあたりの解説はドーンヴァースの戦闘システムを元にしているので、完全に正解とは言えないはずだけど、ダメージ量から推測しても概ね間違いはないみたい。


次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド


 風刃の流れ弾が闘技場の壁を削ったりしていたので、戦闘区画と客席区画をギリギリの範囲で分けてみた。

 これで外への被害は完全に遮断できる。


『おおっと!!

 この透明の壁は何だろうか!?』


 内から外に影響はないが、外から内には素通りなので、案の定アナウンスは聞こえてくる。

 だけど戦闘音は外には漏れない。

 臨場感がなくなりそうですね?


 俺は魔法の細部をちょいちょいと編集して使い勝手の良い魔法にしていく。


 そんな蛇足的努力をしている俺とは違い、最前線のマリスは激闘を始めていた。


「魔刃双剣!!!」


 二条の剣閃がマリスに襲いかかる。


 それをマリスは悠々と受け、カウンターとばかりにスキル「ソード・ランチャー」を発動する。


「ふごぉ!?」


 双剣のイェルドが、それを受けて吹き飛びそうになるも、二本の剣で何とか受けきったようだ。


「おのれ!!」


 黒光りする凧盾カイト・シールドを全面に構えて猛烈なステップでマリスの大盾タワー・シールドにぶち当たる。

 ギンギンと猛烈な金属音が耳に届き、脳内で不快感に置き換わっていく。


 同じ守護騎士ガーディアン・ナイトでも、力量の差は明白だった。

 マリスは、この攻撃も大きな余裕を持ったまま受けきった。


 だが、二人の前衛がマリスを釘付けにするのをホービットの少女が見逃すはずもない。


「貫通狙撃!!」


 和弓から放たれた極太の矢が俺に向かって物凄い速度で飛んできた。


「やらせん、盾よ!!」


 見えない盾が一つ現れて、俺とロッタの斜線を塞いだようで、スキルの乗った太矢が空中で爆散した。


 あの大盾タワー・シールドに付与してあるヤツってただのマジック・シールドなんだけどな……

 貫通属性を付けた矢を爆散させるとか、どんな強度なんだよ……

 製作者の俺もドン引きしますよ。


 それ以上に美少女ロッタちゃんはショックを受けたみたい。


「な、なんで?!」


 戦闘において弓兵アーチャー狩人ハンターなどの遠距離支援職は、第一射を終えたら第二射目を用意するのが普通なのだが、そんな定石セオリーすら忘れるほどの衝撃を受けたんだろうか。

 戦闘プロやベテランらしからぬ行動に、その衝撃の強さが窺えはしますが、軽率ですね。


「わはは、オート・カウンターじゃぞ」


 マジック・シールドで爆散したのと同じ衝撃波が、ロッタ嬢を襲った。


「あ、マジ……やばい!!」


 瞬きの間もない逡巡ですら、PvPにおいては致命的な隙となる。

 だが、全てがこちらの思い通りになる訳ではない。


 アルベルティーヌが身を挺してロッタに覆いかぶさり庇ったのだ。


「きゃあ!!」


 アルベルティーヌが纏っていたマントと着ていたローブの背中が無惨にも切り裂かれて鮮血と共に宙を舞う。


「アル!?」

「大丈夫よ……私は大きいからHPは多いのよ。くっ!」


 隙になってはマズイと思ったようで直ぐに立ち上がろうとしたアルベルティーヌだが、傷は深いようで顔を歪めて膝を付き小さな悲鳴を上げる。


「大丈夫じゃない!

 き、気休めだけど……」


 ロッタは素早く呪文を唱え始めた。


回復ヒール


 重症だとしても応急処置としての回復ヒールは非常に重要である。

 ある程度傷が塞がるので感染症とか失血死を免れる事に繋がるからだ。

 医療を魔法に頼り切りで医療技術が凄い遅れているティエルローゼにはない考え方だけどね。


 魔法の改造をしながら関心していると、シグムントが俺に怒鳴り散らしている。


「貴様! このような小さい娘に戦わせて何もせぬつもりか!! 卑劣漢め!!」


 いや、言いたいことは解りますがね。

 俺が出て良いのか?

 一瞬で終わるぞ?


 少々カチンと来ましたが、彼の足元が凄い雰囲気だったので落ち着いてしまいました。


「良い度胸じゃな、我一人突破できぬ大きいだけが取り柄の肉塊めが」


 マリスがゴゴゴゴと音がしそうな程に黒いオーラを出していました。


 俺がキレる前にマリスとか周囲がキレるので俺自身は最近爆発することがないですね。

 ありがとうございます。


「ラウンチ!!」


 マリスが大盾タワー・シールドでシグムントを空中に打ち上げた。


 あー、あんなスキルあるんだ……

 空を飛ぶ能力のない人間は、空中に飛ばされたら何もできなくなるんだよ。


「伸びよ刃!!」


 そしてマリスは光の刃をコマンド・ワードで出現させました。

 やはり串刺しでしょうか……


「させるかぁ!! 破邪滅殺斬!!!」


 双剣のイェルドが地面を蹴り、十字に構えた剣でマリスへ飛んでくる。


「じゃから、甘いというのじゃ。

 カウンター。そしてチャージじゃ!!」


 盾攻撃のチャージをカウンター・スキルに乗せて発動ですか。

 倍々ゲームでダメージがとんでもない数値になりそうです。


──バギャン!!


 イェルドが盾にぶち当たる音とほぼ同時に落ちてきたシグムントが光の刃に貫かれる。


 マリスは冷酷に小剣ショート・ソードを横に振ると、シグムントがふっ飛んで地面をゴロゴロと転がっていった。


「前衛がこれでは、後衛は堪るまいのう」


 少し呆れた声のマリスは大きな溜息を付いた。


「魔法の改良は終わったのかや?」

「あ、ああ。ほとんどな。

 しかし、見事だな、マリス」

「当然じゃ。

 この程度の事が出来ぬでは、ケントの盾は務まるまい」


 実力に裏付けされた自信をみなぎらせるマリスは、マジで世界最高の前衛壁役と言っていい。


 俺からの絶大なる信頼を既に勝ち得ている事をマリスは気づいているのだろうか。

 ここまで強くなれたのはマリスがずっと精進してきたからだ。

 それが俺の為ってんだから本当にありがたい。


 ハリスにしろ、トリシアにしろ、アナベルにしろ……

 エマもそうだし、フィルもそう。

 フラウロス、アモン、アラクネイアも皆、俺の為に働いてくれている。


 感無量とはこのことです。


 それが俺の何に期待してなのかは解らない。

 でも、その期待に俺も応えていきたい。


 さあ、それでは俺も参戦するとしますかね?

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