第30章 ── 第27話
マリスと一緒に闘技会場に入ると、対面の入り口あたりに例のアースラの使徒たちがいた。
巨躯プレートメイルは、大きなこぶでも出来たんのか頭をしきりに撫でている。
四人は俺たちの姿を見留めると、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
俺たちも彼らに歩み寄る。
会場の中央あたりで足を止めた。
「二人で大丈夫ですかな!?」
「いや、君たちこそ四人で平気か?」
「異な事を。
我らはアースラ様の使徒ですぞ?」
「アースラもどう躾けて良いのか悩んでたぞ?」
ギロリと巨躯プレートメイルは睨んでくる。
「負けても恨むなよ?」
「何をいいますか!! 強者こそ正義!!
そこに恨むなどという感情を差し挟む隙などあってはならぬ事!!」
ふむ。
やはり性根的には駄目な部類だな。
「力さえあれば、何でも許されると君は言っている。
そこに自覚がないなら、使徒など辞めてしまえ。
力なき正義は無力であり、正義なき力は非道である。
この言葉を肝に刻みつけておけ」
俺がギロリと睨むと四人の身体がぶるりと震えるのが見えた。
「さすがはケントじゃな。
ひと睨みであそこまで怯えさせるとは」
マリスに目をやると俺を見上げてニッコリ笑っている。
まさに太陽のような笑顔である。
ま、まぶしい……
「まあ、昔の偉い人……パスカルって人の受け売りってだけなんだよ。
別のバージョンもあってね。
『力なき正義は無力なり。正義なき力もまた無力なり』だったかな?
こっちは、名のある格闘家が言ったとか何とか。
本当のところは解らんけど」
「我が思うにどちらの言葉も真じゃな。
ケントは前に力には責任がつきまとうと言っておった。
じゃから複数の戒めの言葉を胸に刻んでおるのじゃのう。
我も胸に刻もうぞ」
「マリスは偉いな」
俺はマリスの頭を撫でた。
マリスが満面の笑みを浮かべた。
──ドン!!
大きな音と共に俺たちの近くに光の柱が経つ。
光が消えるとそこに立っていたのは当然のごとくアースラである。
その途端、会場を取り囲むように作られている観客席から地を揺らすが如き歓声が湧き上がる。
慌てて周囲を見渡すと観客席が人で一杯になっていた。
マジか……
スタッフさんたち観客入れちゃったの……?
『長らくお待たせ致しました!!
これよりトリエン闘技場落成式、および完成展示試合を開催いたします!!』
拡声の効果のある魔法道具か何かだろうか。
アナウンスが会場いっぱいに響き渡り、それに合わせるように歓声も大きくなる。
東側にあるスタッフ・ルームからスタッフの一人が走ってきた。
スタッフさんはアースラに何か渡すとヒソヒソと何かを耳打ちした。
「マジか」
アースラが少し困り顔でそう言った。
「仕方ねぇ。やるか……」
アースラは手渡された何かを口元に持っていく。
ソレ、どうみてもマイクですよね……?
そして意を決したような顔で周囲の観客たちに視線を向けた。
『えー、俺はアースラ・ベルセイリオスだ』
アースラが話し始めた途端、観客の歓声はピタリと止まる。
神様の口上に声を被せるような不敬な者はこの世界にいないって事なんだろうか。
『我が使徒がケントとの腕試しを所望した為、俺は急遽ここに降臨した』
演説慣れしてない感じがムンムンしますな。
俺は演出が少ないから盛り上がらないんじゃないかと思って、即席で作った光魔法を使う。
周囲が少し暗くなり始め、その後アースラの頭上に光が現れる。
すると、光はパッと彼だけを照らし始めた。
スポットライトの魔法成功です。
闇属性と光属性のコラボ魔法ですよ。
突然の事にアースラも言葉を切って上を見上げた。
スポットライトを浴びると結構周囲が見えづらくなるから喋ることに集中できるって聞いたことがあるんだよね。
本当かどうかは知らないけど。
『……俺の使徒は第一に強き者を尊ぶ。
……そして、今ここに……
数千年の時を超え、強き者を確かめる為に我が使徒たちはやってきた!!』
あれ?
アースラ、スイッチ入った?
んじゃ、どんどん行こう!
パッと巨躯プレートメイルがスポットライトで照らされる。
『五〇〇〇年前!
魔族、色魔アスモデウスから国を守った英雄!!
シグムント・バルツァー!!』
自分の名前を呼ばれた途端、巨躯プレートメイル改めシグムント・バルツァーがガッツポーズを披露する。
観客席から「ウォーーーー!!」という魔獣の咆哮にも似た歓声と「ドンドンドンドン!!」と足踏みをする音まで聞こえてくる。
アースラが手を挙げると、今までの歓声と足踏みが嘘のように静まる。
うーむ。
観客もノリノリですか。
というか、足踏みが最後の方は綺麗に揃ってたんですけど……
君たち、何か訓練でも受けてたの?
声が出ていたのか、俺の近くにまだいたスタッフが耳打ちしてくれた。
「観戦の作法というチラシを皆さんには配ってあります」
用意周到だな……
「ということは……?
ここの運営についてアースラが口を挟んでいたって事か……!?」
「左様でございます。
あの声を大きく会場に響かせる魔法装置もアースラ様のご提案です」
アースラ、最初からノリノリじゃねぇか!
という事は、今エマは俺と一緒に冒険の旅に出てるんだから……
魔法道具はお留守番中のフィルがやったって事か!?
俺の見ていないところで色々な人物がノリノリだった事が判明した。
うーむ。
娯楽に掛ける労力は惜しまないって事ですかね。
観客も相当ノリノリだしなぁ……
この分だと闘技場の運営は大成功を治めそうです。
『続いて‥…
双剣に命の輝きを込めて幾星霜。
ついに日の目を見ることになるのか!?
伝説の竜殺しイェルド・ベンディクス!!』
スポットライトを使って紹介されたベンディクスを照らしてやると、双剣をスラリ抜いた状態で俺の方に背中を向けつつこっちを流し目で見てた。
面倒臭いとか言ってたのを聞き耳が拾ってきてたけど、こいつもこいつでこういうキャラなワケですか。
あれだ! 少しフェミ入ってるっていうか……厨二病?
仲間意識にも似た共感を覚えるような気がしないまでもない。
ぶっちゃけ……
アースラも酒癖の悪いおっさんキャラのようでいて、いざという時にはキッチリと神様っぽい威厳を漂わせる厨二病キャラだし、彼に影響を受けたんじゃないか?
『草原に生まれ……草原の支配者の異名を持つゴブリンからは、死神とだけ呼ばれた……
可憐な見た目になんと酷な呼び名であろうか。
だが、彼女は負けない! 天真爛漫と全ての闇を吹き飛ばす笑顔!
戦弓の覇者ロッタ・アラルースア!!』
スポットライトに照らされたロッタは手を広げて各方向の観客たちに笑顔を振りまいた。
顔パワーが凄い。
何人かの観客がバタバタと倒れて救護スタッフに運ばれていくのが見えた。
彼女の伝説に新たに「笑顔だけで倒す」ってのが刻まれたんじゃないだろうか?
『最後に……
背が高いだけで男がよって来ない?
いや、そのボディと整った顔立ちは、男を一歩引かせるほどのものだ!
妖炎のミストレス! アルベルティーヌ・モーリアック!!』
スポットライトを当てるやいなや、アルベルティーヌの身体に炎で出来た蛇が巻き付いた。
その蛇はそのままアルベルティーヌの頭上まで登っていくと空に消えていく。
確かに炎が妖しい動きをしておりました。
炎を自由に操れるフラウロスもできる技かもしれないが、俺には無理かも。
一応、俺も炎の
効果さえ発揮するなら細部の演出まで凝る必要ないだろ?
まあ、凄いことは凄いけど。
『そして、その挑戦を受けるもの。
全身を無骨な鎧で覆い隠すも、その内にはロッタに勝るとも劣らない太陽の笑顔。
領主ケントの盾、世界の脅威から全てを守ると豪語する美少女!
鉄壁少女マリストリア・ニールズヘルグ!』
マリスにもスポットライトを当ててやると、周囲にぴょんぴょん飛び跳ねてアピールし始めた。
うん、マリスは今日も可愛いですね。
全身鎧なので、ブリキのおもちゃみたいですけど。
マリスはトリエンに滞在中は、あちこちに顔を出している為か、住人にも受けが良い。
よって、先の四人よりも断然歓声がデカくなるのは当然の帰結である。
それを四人は不満に感じているらしい。
彼らは確かに英雄だが、しょせんは過去の英雄だ。
マリスというトリエンのマスコット的な美少女である当代の英雄に勝てるわけがないな。
『最後に……
冒険者から貴族へ、貴族から領主へ。
全て実力で勝ち取ってきた。
流星のごとく現れ、世界を変革へと導いた。
まさに閃光!
まさに烈光!
トリエン地方領主! ケント・クサナギ辺境伯!!』
この流れで俺にスポットライトを当てないのは美しくないので、一応ポーズを取りつつ光を当ててみた。
右手は斜め上にピッと伸ばし、左手を手の前にかざす。
即席でフィル・マクスウェルのマネをした感じですかな?
歓声と足踏みがマリスや他の人の時よりも一層大きく響く。
領主って肩書を持つ俺に対して歓声が大きくなるのは当然なんだろうけど、ちょっとびっくりするぐらい凄い。
つーか……地面、マジで揺れてない?
俺のそんな疑問など吹き飛ばすかのような観客たちの熱狂が闘技場を包んでいた。
全ての視線、全ての意識が、この闘技会場のド真ん中に集中しているのだ。
そこには、まさに世界を一つにするような力が集まっている。
熱いバトルが、今始まる。
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