第30章 ── 第24話

 王との謁見を終え、今度はトリエンに戻ってきた。


 転移門ゲートを潜るといつもの光景です。

 リヒャルトさんとメイドたちが出迎えてくれました。


 あっちこっち魔法門マジック・ゲートで飛び回っているので、なんだか距離感というか……何かが微妙に狂ってくる感じがするね。

 長距離を移動している感覚がないからだろうか。


 さて、今回トリエンに戻ってきたのは、神の軍隊の編成を行う為だ。


「リヒャルトさん。アースラはいるかな?」


 俺たちが冒険の旅に戻ったとき、アースラは妻子への家族サービスに没頭していたので、まだ館に滞在しているのかと思ったのだが、リヒャルトさんは首を横に振った。


「アースラ様はご家族と共にパラディに移住致しました」


 なるほど。

 現在、神が下界に唯一自由に降臨できる場所といえば、トリエンに作った地上の楽園「パラディ」だけだ。

 他の神々の目もあるから、アースラは家族を連れてパラディで自分が祀られている神殿に移ったという事だな。


「了解、そっちに言ってみるね。魔法門マジック・ゲート


 俺は再び転移門ゲートを開いてパラディに移動する。


 転移門ゲートからパラディの門の前に出てみると、門を守る衛兵隊がきれいに整列していた。

 もちろん敬礼のポーズでだ。


 領地で雇っている衛兵たちだけあって、俺の魔法門マジック・ゲートを見るの事に慣れというか耐性があるのかね。

 武器を構えてお出迎えってパターン以外なのは結構新鮮かも。


「ご苦労さん」

「はっ!」


 隊長らしき人物が代表して俺に返事をする。


「えーと、アースラと家族が移住してきてるって聞いたけど」

「はっ! 現在アースラ神殿にご滞在でいらっしゃいます」

「ありがとう。誰か案内を付けてくれるかな?」


 俺はアースラの神殿がこの小都市のどこにあるのか知らないからね。


「承知致しました!!」


 返事と共に、一人の衛兵が案内役に指名される。


「マリタ三等衛兵であります!」

「うん。よろしく」


 三等衛兵ってのは、新兵ってヤツを指す階級だね。


 この階級を一年務めると、二等衛兵にランクアップする。

 三年勤めれば一等衛兵だ。

 五年で衛長って肩書きに。軍で言うところの兵長の事だな。


 パラディのメインストリートを中央広場の方へと案内される。


「アースラ神殿は中央広場に面した場所になります」


 こいつエスパーかよ。


 俺が何を考えているのか解ったようで、マリタ三等衛兵はそう答えた。

 察しがいいだけだろうが、一応名前と顔は覚えておこう。

 新兵だろうが何だろうが、有能なヤツはマークしておくべきだ。


 ステータスをチェックしてみると年齢は一六歳、レベルは五。

 新兵にしては高い方だろう。

 有能ならこのまま衛兵としての経験を積めば階級もどんどん上がっていくだろう。

 適正次第だけど……


『セヴリーヌ・マリタ

 職業:軽戦士スワッシュバックラーレベル五

 脅威度:なし

 新都市パラディ東門に配属されている衛兵。

 もともと冒険者であったが食い詰めてトリエンに流れ着き、衛兵試験を受けて合格した。

 また冒険者に戻りたいと思っているが、まずは生活のために衛兵稼業を頑張ると決意している』


 って、おい!

 女だったのかよ!

 チェイン・コイフに鉄帽被ってるんで一瞬分からなかったわ!


 トリエンの衛兵隊は他の町や軍隊と違って女性にも就業の機会を設けている。

 お陰であっという間に募集人員数がいっぱいになった。


 地球だと身長や筋肉量などにかなりの違いがあるものだが、この世界の女性は男と身体的な差異は殆どない。

 それでも地球と同様で女性は強い男に惹かれるのは同じらしい。


 その所為か男は強くなりたいと願うし肉体労働者が多くなる。

 だからこそ衛兵や兵隊などは殆ど男で構成されるのだ。


 そんな中で女性衛兵というのは非常に珍しいのだが、元々冒険者ならそれも有りだろう。

 まあ、肉体労働者としての女性は少ないので貴重な存在なのは間違いない。

 このまま精進して女隊長とか女騎士とか……


 いや、そのパターンだとクッコロ案件しか想像つかんな。

 しかし、女隊長になるにしても最低でも五年は掛かるだろうな……

 ウチの衛兵システムだとそれが最速だ。


 衛兵部位の最小単位は「班」。

 班は五~八人編成で一班として数え、班長という階級の者が指揮を執る。

 これが三~四班集まって衛兵小隊になり、小隊長が運営する。

 そして衛兵小隊を三つ集め、衛兵長が管理しつつ一つの門を警備するのが現在の門番システムだ。


 班長になるのに二年、小隊長になるのに四年。

 そこに手柄や実績を積むことで衛兵長に昇進できるワケだな。

 衛兵の到達点はそこで終わりだが。


 ちなみに三小隊で昼と夜の部を交代で二四時間守るんだが、昼夜の二交替なのに三隊いるのは一隊は訓練と休暇に回される隊だからである。

 これは地球の海軍とかが取り入れているシステムだね。


 この訓練に充てがわれている小隊の任務は、都市内巡回も含まれる。

 重い鎧を来て都市内を歩き回るってのは体力アップの訓練にはもってこいだろう?


 トリエン地方の衛兵システムは、今ではどこでもこのシステムを採用しており、役場の衛兵管理部が運営を担当している。

 以前はもっと杜撰だったけど、この衛兵システムを導入してからは殊の外上手く回っていると報告されている。


「マリタ三等衛兵さん、衛兵隊の生活はどうだい?

 何か不満はある?」


 一応、末端の意見も聞いておきたいので質問してみる。


「あの……いえ、何の問題もありません、閣下。

 装備も食事も宿舎まで手配していただけるので、生活に困ることはありませんので」


 まあ、食い詰めだとそのあたりはかなり重要な案件だろうな。


「しかし、女性だと男との共同生活ってのには抵抗ありそうだね」

「え!? 私が女だとどうして……」


 マリタ三等衛兵は驚いた声を上げているが、思考を進めていた俺は気づかなかった。


「女性隊員だけを集めた兵舎でも作るか……

 待て……女性だけを集めた場合はどのくらいの数になるんだ?

 費用対効果的に最適だろうか?」

「え、と。

 あの……領主閣下?」

「クリスに言っておけば対処してくれるかな?

 いや、クリスの手を煩わせるのもな……」

「閣下!!」

「うお!? どうした三等衛兵!?」


 突然、耳元で大声を出されてビクッとしてしまった。


「あ、いや。

 閣下が別の世界に思いを馳せておられたようなので。

 危険なので引き戻したというか……」


 お? 別の世界だと?

 そういう方面にも理解ある方なの?


「で、何の話だっけ?」

「閣下は、私が女だと気づいておられたのですか?」

「あ、いや、うん。

 名簿で名前を見て覚えてたからね……」

「さすがは領主閣下です!」


 スミマセン。

 とっさに嘘で言い訳してしまいました。


「しかし、女性もいるんだから防具は女性用も必要か。

 今は男用のものしかないだろう?」

「あ、そうですね。

 私の体型だと腰回りがユルユルになることが多いのは事実ですが」

「ふむ」


 余分な出費にはなるが、衛兵隊に女性用のお仕着せを用意するように指示は出しておこう。

 身体に合わない武具は戦闘において確実に不利に働く。

 是正ポイントではるのは間違いない。


「あ、領主閣下。

 こちらがアースラ神殿となっております」


 不意に立ち止まったマリタ三等衛兵は、手を上げてとある大きな神殿を指し示した。


「おお、こりゃでかいな。

 三神の神殿に匹敵するんじゃないか?」

「さすがにそこまでは……でもウルド神殿とは比べても遜色はないと思います」


 ほえーって感じで神殿を見上げていると、「よう。来たな」と、祀られてる本人が神殿から出てきた。


「やあ、久しぶり」

「色々画策しているらしいじゃねぇか。

 まあ、お前の自由だけどな」


 ニヤリと笑うアースラと対象的にマリタ三等衛兵は口をパクパクさせるばかりだ。


「ああ、マリタ三等衛兵、案内ご苦労だったね。

 衛兵長に礼を言っていたと伝えてくれないか?」


 マリタ三等衛兵は、俺に肩を叩かれてハッとしたように振り返った。


「はっ! し、失礼しました!

 アースラ神様にお会いできて感極まってしまいまして!!」


 マリタ三等衛兵の言葉にアースラは肩を竦める。


「マリタだな。

 金が貯まったら冒険者に戻れ。

 その方が大成できるはずだ」

「は、はい! ご神託! 有難うございます!」


 凄い速さで頭を下げるとマリタは駆け足で東門へと走っていってしまう。

 チェイン・メイル一式と槍って結構重いから、彼女には良い訓練になるだろう。


「で、今のヤツってマジなん?」

「ああ。

 あいつ、ユニーク持ちなの気づいたか?」

「え? そこまで見なかったんだけど、マジか」

「まだ発動させたことはないようだが……

 あいつ、二回行動ダブル・モーション持ちだぞ。

 冒険者なら確実にミスリルを狙える素質だ。

 衛兵で埋もれさせるのは勿体ない逸材といえるな」


 なん……だと……?

 ドーンヴァースでもこのユニーク持ちは、戦闘特化型キャラクターに育成可能なのでどのクランでも引っ張りだこだと攻略サイトに出ていた。

 確かに凄い逸材に見えてきた。


 俺は走り去る後ろ姿をしっかりと目に焼き付けておいた。


「で、今日は何の用だ?

 例の侵攻軍の対応についてか?」

「ああ、そうだった。

 それの事で頼みがあって来たんだった」

「言ったと思うが、神は地上の問題に……ああ、あいつらは神がいる国に手を出しているんだったな。

 だが、俺は今忙しいんだよな」


 神殿の中に案内をしてくれつつアースラは頭を掻いた。


「いや、奥さんとお子さんを今は大事にしてやれよ。

 アースラに出張ってもらうつもりはないよ」

「それならいいが……」

「それよりだ。

 お前、使徒がいるって言ってたろ。

 アレを貸せよ」

「ん? 使徒? 紹介したか?」

「だから、今日来たんだよ!」


 バシッとアースラの背中をぶっ叩いておく。


 周囲でさり気なく跪いているアースラ教の神官プリーストがビックリした顔になっているが、気にしないでおこう。


「手加減してくれ。

 そういや、確かに紹介するって言ったっけな。

 ちょうどいい。今回はあいつらを派遣するとしようか」


 アースラが悪戯小僧みたいにニヤリと笑った。


 そう、これが俺の計画だ。

 神の威光を示す為に、神の使徒を軍として参加させる。


 神の使徒は下界の人間にとって亜神扱いである。

 そして使徒ってヤツは例に漏れず有名なんだそうだ。

 俺は知らなかったけどね。


 トリシアやハリスたちにも聞いてみたんだが、「自分で調べろ」とか「ケントほど……じゃない……」とか言われて詳しく聞けなかったんだよね。

 アースラの使徒は四人ほどいるとだけ聞けた。


 今から会うのが楽しみですな。

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