第30章 ── 第23話

 ここは朝も大分早い王都デーアヘルトの外門前。

 大分早いといっても早朝も早朝で、門すら開いてない。


 そんな時間に俺は、草臥れたアダマンチウム製ブレストプレートではなく、いつもより派手に見える黒染のオリハルコン製のブレストプレートに身を包み、スレイプニルに跨って門の前に仲間たちと共に立っている。

 仲間たちも黒染めオリハルコンの防具とアダマンチウム製の武器で完全武装の上、ゴーレムホースに騎乗中です。


「開門せよ!!」


 俺は門へそれを守る衛兵たちにあらん限りの力で呼ばわった。


 俺が力を込めた大声なので地響きともつかない振動を伴う声が門の内部へと伝わったようだ。

 ほどなくして門番を警護している衛兵が何人も通用扉からすっ飛んで出てきたのは言うまでもない。


 俺たちは完全武装で物々しいので衛兵たちは慌てたように門の前に整列して俺たちに向けて槍を構えた。


「開門前に呼ばわるとは何者か!

 官姓名を名乗られよ!!!」


 強面の謹厳そうな衛兵長らしき人物が俺たちを誰何するために大声を張り上げた。


 その衛兵長は俺たちの事を知らないらしい。

 ここは西門だし、いつもなら南門を使うので仕方ないよね。

 だが、後ろに槍を構えて並んでいる一〇人ほどの内、何人かは俺たちの事を知っている者がいたみたいだ。


 二人の衛兵が槍を下げて俺に敬礼をしたのだ。

 彼らの二人以外の衛兵が「お前たち何してんだ?」とヒソヒソとやり出したもんだから、前に出てきていた衛兵長は気になって厳しい顔のまま後ろを振り向いた。


「お前たち煩いぞ!」


 ヒソヒソしていた衛兵たちは「やべっ」という顔で槍を構え直したが、二人の衛兵は敬礼をしたまま微動だにしない。

 彼らの視線は俺の方に向けられたままである。


「おい! ソロスとヘンダール! 何故槍を構えずに敬礼なんだ!?」

「門兵長! お言葉ですが! 上級貴族の方たちに槍を向けて良い法は我が国にはないと存じますが!」

「何!?」


 門兵長と呼ばれた強面の衛兵が恐る恐る俺たちの方に顔を戻す。


「上級貴族……? ……の方たち……?」


 流石に騎乗しながら掲げる旗を俺は持っていない。

 本来なら馬車に掲げてあるんだが、騎乗スタイルなので持ち合わせがないのだ。


「馬上より失礼する!

 私はトリエン地方領主ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯である!

 国王陛下に火急の知らせを持ってやってきた所存である!

 数々の無作法、不調法は許されたい!」


 今回は例の茶番劇と似たようなモノである。

 といっても茶番としては仕込みが全くされてないんで、衛兵隊にこんな不手際が発生しているんだが。


 とは言っても、この手順は貴族としての本来の手順なのだ。

 アポイントがないのに城に推参するので門の外から始めているんです。


 まあ、今回は俺が支援する国が外国と戦争になってしまうので、国王や貴族たちに下手な手法で承認してもらうワケにはいかないってのが本音ですかね。

 俺、もう社交界デビューしちゃってますしねぇ。


 俺の名乗りを聞いて門兵長が慌てたように槍を構えの状態から立てて待機状態へと戻す。

 それに合わせるように後ろの衛兵たちも槍を立てた。


「開門!! 速やかに開門せよ!!」


 門兵長が門内部へ向けて声を張り上げる。


 門内に控えていた衛兵が何人もいたのはミニマップで解っている。

 門内部の光点が慌てたように動き回り、門の開閉作業を始めたようだ。


 二〇メートルはあろう巨大な門なので人間の力では開かない。

 太いロープの巻取り機などがありテコの原理でゆっくりと開く機構が備えてあるワケだ。


 ギギギギというよりゴゴゴって感じの重苦しい音を立てて巨大な門が開く様は結構な迫力だ。


 この様子を見たくて早起きする旅人や行商人も少なくないと聞くしな。


 だが、俺たちの周りには開門を待つ人は殆どいなかった。

 物騒な完全武装の集団に近づきたいヤツはいないのだ。

 物陰から遠巻きに見ているって感じだ。


 そんな中で行われる衛兵隊とのやり取り。

 茶番と呼ばなくて何とする。


 こういうやり取りが、俺に与えている感覚がそんな印象ってだけで茶番呼ばわりしているんだけど、この世界では結構重要な演出らしいんですよねぇ。

 体面っていうのか何というのか……


「辺境伯閣下のご高名は承っておりますが……」


 どうやら彼は俺が本人か解らないので通して良いのか判断できかねる様子だ。

 もちろん、開門の最中なので完全に疑っているワケではないという事は判断できる。


 この態度を見て「貴族に対してたかが衛兵がやる事ではない」などともっともらしい事を言うやつは後を絶たない。

 権力が法律でカッチリと決められているこの世界では忌避されてしかるべき考え方だ。

 だが、俺は彼のような気骨ある者の正しい行動を間違っているとは言いたくないし、どちらかというと好きだ。


 門番が誰であろうと誰何せずしてどうするというのか。

 例え貴族と解っていてもやるべき行動ではないか?

 こちらは旗も掲げていないんだから当然だし、ましてや例の茶番の最中なのだからね。


「ハリス」

「承知……」


 ハリスは預けてあるクサナギ家の紋章入りの貴族旗を取り出してバッと広げ、ゴーレムホースの白銀の首周りに垂れ掛けて、衛兵たちに見えるように少しだけ横に馬を向ける。


 貴族旗を偽る馬鹿は基本的にいない。

 もし、いた場合、判明すれば確実に死罪になる重犯罪なので当然といえば当然である。

 誰何にて貴族旗が出てきた以上、門から王城、そして俺の王都内の屋敷に伝令の早馬が走ることになる。


 二〇分もしない内に近衛騎馬兵数人とイスマル・ラストルーデが門までやってきたのが、既に開かれた門の向こうに見えた。


「旦那様!」

「やあ、ラストルーデ準男爵。

 苦労を掛けて申し訳ない」

「いえ、何の問題もありません」


 王都にある俺の別邸執事長イスマル・ラストルーデは馬から降りて俺の前で跪いた。


「馬上から失礼いたします。

 私は第一近衛隊兵士長、ファルトマー子爵です。

 クサナギ辺境伯閣下、火急の知らせと伺っております。

 私に付いて王城へ来て頂きたく存じます」

「了解したファルトマー子爵。

 お手数をお掛けする」


 子爵は俺の返事を聞くと「やぁ!」と声を掛けて馬をくるりと反対側へ向けるやいなや走り出した。


 俺はスレイプニルに「襲歩ギャロップ」と声を掛け、子爵の後に付いていく。

 仲間のゴーレムホースたちも俺のスレイプニルに従って走り始めた。


 門に残されたラストルーデは衛兵たちに自分の主人の身分の保証し、手間賃などを払ってから帰る事になるだろう。


 再び言うが、こういった一連のやり取りが本来正式に踏まなければならない貴族としての手順である。

 ノーアポだと色々大変だけどね。


 普通、貴族が移動するなら一週間前から予約しておかねばならない手順である。

 まあ、今回はそんな手間を取っていう場合ではないので、このような次第となってしまった。


 王都内にはいくつかの門があるのだが、近衛の伝令兵が一緒なので馬で疾走しながらの顔パスです。


 でなければ、門ごとに茶番をやるハメになるんですよ。

 手間と言えば手間だし、俺みたいな一般人からしたら面倒でしかない。

 作法なので仕方ないらしいですけど。



 さて、二〇分どころか一〇分ほどで王城までやってきました。

 そのまま二階の謁見室まで直通です。


 既にサテンのマントを纏った国王リカルドが王座に座っていて、宰相のフンボルト閣下と待ち構えていました。


 いつもと違って周囲に貴族たちがいないので謁見室は広すぎな気がしないでもない。


「辺境伯、火急の知らせと聞いておるが何か問題が起きたのか?」


 俺が跪くと同時に国王の質問が飛んできた。

 いつもなら形式張ったご挨拶をしなければならないのだが、という言葉がここでも威力を発揮している。


「はい。

 我が国が復興支援をしていますアゼルバードに攻め入った者がおります」

「なんだと!?

 我が国の威光に文句のある者がおったのか!?」

「ラムノーク民主国というアゼルバードの隣にある国らしいのですが知ってますか?」


 俺がそう言った途端に国王の片眉が上がった。


「ああ、ラムノークか……

 王侯貴族が大嫌いな国で有名だな。

 何でも支配者が民衆から選ばれるとか何とか。

 とても正気とは思えん」


 ラムノーク民主国は王族なら大抵しっているらしい。

 彼らからしたら鼻つまみ者の集まりの国という認識みたいだね。


「そのラムノークがアゼルバードに攻め入ったのは事実なのだな?」

「はい。

 神が安定させるのに尽力した国ですので、神々もご立腹です」


 その神からの報告があって動いているので間違いない……と創造神権限を行使できる俺が言っているので間違いはありません。


「やはり正気ではないな、あの国は」

「左様で御座いますな……」


 国王の囁きに寝ているところを叩き起こされたフンボルトも頷いている。

 ナイトキャップを被ったままなのを指摘して良いのか悩みどころですが、彼の近侍の者たちは何をしているのでしょうか?


夜帽ナイトキャップは外したほうが良いな、ロゲール。

 いかに気心の知れた辺境伯の前であれ、な」


 フンボルト閣下が「ハッ」としてナイトキャップを頭から外した。

 慌てた割りに顔を赤く染めもしないのはさすがです。


「それにしても神々に弓を引くとは馬鹿な事をしでかしたものです」

「うむ。

 それで辺境伯はどうするつもりか。

 この戦の行方は既に決まっているのであろうな?」

「ご明察通りです。

 神々に喧嘩を売った以上、神々の戦いとなりましょう。

 我らがするべきは、アゼルバードの国民の更なる支援、それと我が国から行きました者たちの保護も必要かと」

「であろうな。

 家族の者たちも心配しようからな。

 ロゲール、どの程度の兵力を差し向けられる?」

「直ぐにとなると三〇〇……いや、五〇〇程度でしょうか」

「大方、そんなものだな。

 辺境伯、その程度で我が国の大義は守られようか?」


 まあ、小国相手ならそんなもんなんだけど、相手の数は一〇〇〇〇ですからねぇ……


「敵の数は一〇〇〇〇だと聞いています」


 リカルドは眉すら動かさず「そうか」と言った。


「では、先陣の五〇〇名は決死隊になろう。

 しっかりと準備をした後詰めを三〇〇〇〇ほど用意して、東側からラムノークへ攻め込むとするか」

「指揮官をいかがなさりますか?」

「エルウィンに行かせろ」


 その応えにフンボルトが驚く。


「第一王子にですか!?」

「そろそろ初陣も良かろう」

「確かに、最近はしっかりしてきたようにお見受けされますが」

「先陣は辺境伯だぞ?

 その戦に出て死ぬようであれば王子としての価値はない」


 うわー、厳しいお言葉でございますな陛下。

 まあ、あの王子は些か小物臭がしてたけど、箔をつけさせるのって結構重要かもしれないな。

 そういうプレッシャーを経験しないと大きく育たないと思ってるようだし。


「陛下、もちろんウチの領土のゴーレム兵も動員して構いませんよね?」

「出してくれるか?

 それなら負けは絶対にないな」


 その後、数時間掛けて俺の作戦の細部までを二人に話したんだが、途中から顔面蒼白で苦笑いしか浮かべなくなったので、ちょっとやり過ぎなのかもしれないと感じました。


 まあ、神の軍隊ってヤツが出てくるので真っ青になるのもワカランでもありませんが。

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