第30章 ── 第22話
さて、関係ない神々からの横槍が入らないように手を打った後は、下界の勢力への対処をしておきましょう。
下界勢力とは国のことですな。
まず、俺はぐるりと海に面している国々を旅して回っているので、世界でも有力な国のトップとはだいたい顔合わせしてあるんですよね。
大陸東部はオーファンラント王国と最近存在が公表されたエルフの国ファルエンケール。
大陸南部の最東端はブレンダ帝国、そこから西へ順にペールゼン王国、ウェルデルフ王国、ルクセイド領王国、そしてエンセランス自治領。
大陸西側は、フソウ竜王国、トラリア王国、そして海賊たちの根城を中心とした自治都市同盟。
大陸北部のドワーフのハンマール王国、アゼルバード王国は最近の冒険で出てきたし言うまでもないよね。
まあ、この大陸北側は旅するのを後回しにしていた所為でアゼルバード以外に知己はいないんだけどね。
といっても、シュノンスケール法国は既にないので、グリンゼール公国以外は、今回の敵であるラムノーク民主国だけだったりする。
他にもいくつか行ったことのない国があるけど、今挙げた国だけで十分世界各国とツーカーと言えるんじゃないかな。
ほら、バルネットとか世界樹の森内にある国とか勢力には顔出ししてないからね。
大陸の近くにある島々で形成される小国家なんかも、まだ俺の冒険に出て来くるほどの存在になってないね。
その内船でもチャーターして歴訪してみたい気もするんだけどね。
という事で各国の首脳陣と話をつけておこうかな。
まあ、ラムノークと関係がありそうな国はフソウ、トラリア、グリンゼールあたりかな。
フレンダ帝国なんかも貿易してそうではあるけど、ヴィクトールさんの関係国でもあるので多分大丈夫だろう。
フソウ、トラリアには小型通信機を預けてあるので話が付けやすくて助かります。
俺は最初にタケイさんに連絡を取った。
念話だと驚かせてしまいそうなので通信機の方ね。
「申す申す……
これでよろしかったですかな?」
「ご無沙汰してます、タケイさん」
「こちらこそ貴方様のお陰で天下の泰平を味わっております」
懐かしさやら色々あって和気あいあいな感じで通信が始まりましたが、俺からの連絡って事で直ぐにタケイさんの有能な面が顔を覗かせます。
「して、クサナギ様。
本日はどのようなご用向でございましょうか?」
ピシッと筋の通った感じの雰囲気が通信からでも伝わってきます。
タケイさんはやはり有能な官僚ですなぁ。
筆頭家老の肩書きは伊達じゃありません。
「えーと、フソウではラムノーク民主国って国家を認知してらっしゃいますでしょうか?」
「ラムノークですか。
ああ、民衆の支配などというモノを謳っている国ですな。
それが宣伝文句のようで、民草に何やら吹き込もうと目論んでいるらしいとは聞き及んでおります」
なるほど、フソウでも厄介者としてみているのか。
民主主義って奴は、支配者層としては確かに物騒な思想だからねぇ。
民衆の力によって「勝ち取る」とかって文言もあるしね。
全く平和的には聞こえないから苦笑してしまう。
地球の歴史を紐解いても民主主義を「勝ち取る」までに血塗られた戦いの連続だったのは間違いない。
無血革命などほとんど存在しないからな。
現在の地球上には今でも王国が存在するし、立憲君主制への移行がスムーズに行った国が殆どだが、そうでない国は高い確立で王国じゃなくなっている。
王家が権力と権威を両方持っていたらまず王国としては生き残れなかったんじゃないだろうか。
日本の天皇家は権威はあったけど権力がなかったお陰で現在まで生き残っている気がするね。
イギリス王室もとっとと権力は手放したのが功を奏したんだろう。
まあ、民衆の決起などやられては、支配者層にはたまったものじゃないからラムノークを警戒するのは当然の事だよね。
「そのラムノーク民主国が、俺が復興に力を貸していた国に攻め込みましてね」
「ほう。それはどちらの国の話でございましょう?」
「アゼルバード王国という小国ですが、ご存知ですか?」
「勿論知っております。
ここ最近は内乱で荒廃が進んでいたとお聞きしております」
さすがに他国とはいえ、王国と名の付く国の情勢は心得ているようです。
殿様が一〇代前半なので婚約者探しの一環なんだろうけど。
「そう言えば最近の報告書に……」
ガサゴソという音が聞こえてくる。
「ああ、これですな。
復興中の国、神聖アゼルバード王国から挨拶の使者がやってきたという報告がありました。
私は忙しかったので他の家老職のモノに任せてしまいましたが」
「ああ、挨拶はしてきたんですね」
「左様です。
クサナギ様の関係国でだったのであれば、私めが対処しておくべき案件でしたなぁ。
失礼いたしました」
「いや、そこまで構えなくていいです。
ただ、一つだけお知らせしておきますが、彼の国の復興には神々が関わっているので下手な事するとやばいです」
「か、神々がっ!?」
「ええ。踊りと歌の女神ブリギーデが守護神なんだとか」
タケイさんは唖然としているようで無言です。
「神々に敵対するとは、ラムノークも馬鹿な国ですな」
竜を守護神としているフソウであれ、神々に敵対する事の愚かさはよく知っているようだ。
そりゃ何かあれば神罰を下してくる存在を疎かにはできんもんな。
「まあ、神々が本気で怒ったら既にラムノークなんて小国は無くなっているだろうし、アゼルバードには加護が与えられているくらいなんじゃないかと思うよ。
ただ、復興を俺が手伝った手前、こちらも協力してやらんとマズイんで一応関係ありそうな国にはお声を掛けておこうと思いまして」
「ご忠告ありがとうございます。
その上、こちらへの配慮まで……感謝に堪えません」
衣擦れをマイクが拾ってきてますよ。
タケイは見えてないのに頭を下げているね。
やはりシンノスケが色々尽力した国なので日本的な文化やら作法が根付いているんですかね。
「いえいえ。
そういえば、ラムノークと関わりがある国を他にご存知でしょうか。
俺の知る国ならやはり同じようにお知らせしておきたいのですが」
「ラムノーク民主国と国として繋がりのある国は他にはありますまい。
商人たちが品物をやりとりしているだけでしょうな。
トラリアもアニアスも同様でしょう」
なるほど。政治的に関わりはないのか。
それは好都合ですね。
国として孤立しているのなら貿易網を止めるだけで普通に終わりますからね。
まあ、この世界だと大抵の国は自給自足が基本になるんだよね。
自国内で賄えないほどの人口を抱えて困るような事はまずないんだ。
ウェスデルフは別ね。
あそこは国民が多産な種族ばかりなので人口爆発しちゃった国だから。
それの解決を外に求めちゃったのが問題になったワケだしね。
今ではオーファンラント王国が後ろ盾になっているので食料問題も人口問題も大分落ち着いてきた感じだよ。
食料なんかはトリエン地方産の農作物が支援物資に回されているなんて報告書もあったね。
なにせ帝国の資金と人的資源を使ってトリエン南部が大農耕地帯と化した為、使用料の物納分だけで小麦が有り余っているのだ。
帝国の出稼ぎ農民たちも母国へ大量に小麦を送りつけているらしく、あの国の食糧事情はかなり改善されたと聞く。
毎年だか隔年だかで領地問題を争っていた二国だが、今では旧来からの友好国のような感じになっているんですよ。
貿易や文化はもちろん、人々の交流も盛んになって来て、トリエン南部は王国と帝国の良いところを集めた感じの長閑な雰囲気になってますからね。
「そう言えばトラリアはどうなってるんです?
後の事をそちらに任せてしまった状態でしたので気になりまして」
「今も文官を貸し出している状態ですな。
あそこの貴族どもの怠慢には、ほとほと手を焼いたと報告が来ていました。
クサナギ様に不穏貴族どもを粛清して頂き、帰って助かり申した」
「ははは……」
結構無慈悲に間引いたからね……
民衆の利益に全くならない貴族など要りませんし仕方ありませんけどな。
「かなり改革が進んでおりますのでご安心を。
民草からは大分住みやすくなったと感謝の声が上がっておりますので、一安心といったところです」
トクヤマ少年の身内が女王なんだし、フソウとしても本腰を入れて支援をしているんだろう。
崩壊を防げて良かった良かった。
「一応、今回の要件はこんなところかな」
「ハイエルフの方々の事はお耳に入れなくてもよろしいので?」
「彼女らには独立独歩をしてもらいたいんで、本当に困ったのでなければ放置でいいかなと。
問題などは起こしてないんですよね?」
「問題どころか、一大流行を作ってしまわれましたからな」
ん? 流行?
「どういう事でしょうか?
いや、責任者のハイエルフ殿から聞いております。
製法はクサナギ様から頂いたものだそうで」
「ああ! 石鹸の事ですか!」
「はい。
我が国は温泉を観光の要にしているように、風呂文化が民衆にも深く浸透しています。
そこに石鹸です。
もう我々の生活には無くてはならないモノとなっておりますし、何せ他の商人どもも品物を真似することが出来ておりません。
市場を独占しておる為、注文に生産が追いつかないほどだとか。
マツナエの民を大量に雇って大きな生産場を用意する計画が進められているほどだとか」
そこまで上手く行っているのか。
大量生産の為に工場まで用意する段階とはなぁ。
「それなら俺の支援は必要なさそうだね。
教えてくれてありがとうございます」
「いえいえ。
フソウとしても多額の税を納めて頂けて助かっております。
そういえば、そろそろオーファンラント王国に我が国とトラリアの使節団が到着しておる頃やもしれませんが、お聞きになりましたか?」
「え?
フソウからの使節団?
俺は聞いてないですが」
タケイさんは「ふむ」と一言納得した声を出す。
「では、まだ到着しておらぬのでしょうな。
近々、お世話になりましたクサナギ様への恩へ報いる為、フソウ・トラリア両王国の使節が挨拶に伺うことになります。
ご承知頂ければ幸いです」
「あ、はい……了解です」
タケイさん曰く、フソウはエンセランス自治領との会合の折、俺たちが来たルクセイド領王国とフソウを街道で結ぼうって話になったらしい。
会合は上手く行って直ぐにタケノツカ村側から湿地帯、森林地帯を突っ切って街道整備が急ピッチでなされたらしい。
今ではグリフォニアまでしっかりとした街道が作られたとか。
その費用はフソウが出したとのことだ。
ちなみに、グリフォニアからレリオンまではグリフォン騎士団が、レリオンからデルファリア山脈大トンネルまでの街道までは迷宮都市が、大トンネルからトリエン地方までの街道はウェスデルフが費用を負担しているとか。
もちろんトリエン地方内は都市トリエンが負担してますよ。
いや、今はオーファンラント王国内の街道石畳化計画が推進されているんだけど、その費用はトリエン領が殆ど出しているんだよね。
儲けた金の還元ってヤツだが、その主な街道に併設するように土地を買収してもらっているんだよね。
魔導鉄道実現のために。
まあ、まだまだ計画段階ってところだが、使える金があるんだから色々と計画に合う物件は抑えておかないとね。
計画が走り出してからでは買収が上手くいかないなんて事にもなるからねぇ。
計画前から計画が進んでいるというのが味噌だよね。
「話を戻して恐縮なんですが、トラリア、アニアスあたりへの根回しなんかお願いしちゃってもいいですか?」
「もちろんです。
早急に伝令を出しましょう」
「お願いします。
それではオーファンラントへの使者の件、後で国王陛下に伺っておきますね」
「承知致しました。
フソウとクサナギ様との未来永劫の友好を我らは願っております」
「それは俺も願いたいですね。
米の産地とは末永く付き合いたいですし!」
「ありがとうございます」
俺は通信を切った。
話を通すのがフソウだけで済んでしまった。
タケイさんを筆頭に有能な人が多い国だから為せる業なのかもしれない。
まあ、ウチ以外で唯一諜報機関のある国だし当然か。
東の大国がオーファンラントなら、西の大国はフソウだろうからね。
さて、次に根回しが必要なのはオーファンラント本国か。
フソウの使節とかについても聞いておかねばならんし連絡しないとな。
色々と事態が勝手に進んでるんでフンボルト閣下がお冠になってなければいいんだが。
色々と話は決めてくるけど、条約の調印とか色々な実務は全部宰相閣下や国王陛下に丸投げしてるのが原因なんだけど。
しかし俺に悪気はない。
どうも毎回話が大きくなっちゃって俺だけで対処が難しくなるというか何と言うか……
人間は助け合いが大切だし、今回も許してくれるよね?
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