第30章 ── 第21話
さて、アゼルバードに喧嘩を売ってくるアホたちの処遇を最初に決めておこうか。
神々が安定に尽力した国に喧嘩を売ったとなると……
国の滅亡は否めない。
ラムノーク民主国にはティエルローゼ大陸から消えてもらうとしよう。
ラムノークは「民衆による支配」という大義を掲げているらしい。
彼の国はそれが正義というワケだ。
民主主義の水を飲んで育って来た生粋の日本人である俺としては、その正義は無条件で認めてやりたいところだが、世界はそんなに甘くない。
民衆が選んだ代表が戦争を選択した時点で民衆にはキッチリと責任を取ってもらおう。
それが民主主義の鉄則だろう。
まずは、あの地域の人間から国家という枠組みを奪ってやる事にする。
帰属する国家を失うという事は、安保はもちろん治安機構が無くなるのだ。
国家というぬるま湯を取り上げるワケだ。
そうなると何が起こると思う?
当初は大した影響はないように見える。
だが、そのうち法の支配が行われていないことに人々は気づくだろう。
となれば、確実に不正行為、犯罪行為が爆発的に増える事になる。
人間は欲望に弱い生き物だから楽な方に流れていくのだよ。
人から奪う方が楽だからね。
倫理観とか罪悪感がさせないはずだとか思う頭がお花畑の奴らが現実世界には多いが、治安維持を行う機構を備えていない地域を旅してみれば直ぐに理解できるよ。
人間の本質が悪だという事がね。
なので一週間も待たずに法の支配による秩序は崩壊することになるだろう。
阿鼻叫喚の地獄絵図が待っている事になる。
民衆に対する罰はここまでで終了にしてやろうか。
愚かな為政者を選ぶ事がいかに愚の骨頂であったか学ぶことになるはずだ。
その後はラムノーク内にある神殿勢力を中核として秩序を回復させる方向で進めればいいんじゃないかな?
神の威信を保てれば良いので無駄な罰は追加する必要はないだろう。
さて、そうなると神々、および世界各国の首脳陣への根回しは必須だな。
神への根回しはブリギーデを中心とした例の四柱の女神にやらせればいいな。
他の神々に釘を刺させておかないと必要以上の神罰が落ちる結果になる気がしてならない。
往々にして神々ってやつは加減を知らないのだ。
ノアの洪水伝説とか紐解けば自ずと解るだろ?
どこの神でも関係無い人まで無慈悲に巻き込んで殺すんだよ。
いや、マジで。
現実世界の伝説でソレなんだから、実際に神が存在する世界ならどうなるか想像できるだろ?
俺は無意味なジェノサイドは認めんからな。
まあ、世界レベルで虐殺なんかやったら神力が足りなくなるからやらんだろうけど、国一つくらいならやりかねないと俺は踏んでいる。
ティエルローゼの神々は下界に干渉しないなんてルール作ってるらしいけど、こと神罰に関する話においては枚挙に暇がないんだよねぇ。
まあ、そんなルール作ってる段階で干渉したがりの神が多いって事なんだろうけどな。
それに神罰ってもの自体が下界への干渉の最たるモノだしな。
新米の俺がいうより、ブリギーデたちに騒がせて、その上に鎮座するダナなどの上級神に動いてもらうのが順当って事だね。
風の女神ダナは元素神だから最初に作られた三神の次に創造された者たちなので最上級の神なのだよ。
その影響力は計り知れない。
神々へはそれで行こう。
俺はブリギーデ、メティシア、プロセナス、フォルナの四神に対して念話会議を開催する。
四柱の神は俺からの念話呼び出しにすぐに答えた。
「やあ、みんな。お疲れさん」
「我らへの同時念話、例の件の事でしょうか?」
ブリギーデが代表して質問してきた。
彼女が一番神の格が上って事だねぇ。
「ああ、一応君たちには神界への根回しを担当してもらおうかと思ってね。
もちろん、戦いが始まった時にもしっかり仕事をしてもらうけど」
「はい。承知致しました」
「ねぇ、お世継ぎ様。
具体的に根回しって何をすればいいのかしら?」
ブリギーデが即座に返答するものの、プロセナスが具体的な指示が欲しいと甘え声を出した。
「人間が俺らに弓を引く事を快く思わない神々がかなり出ると思うんだが」
俺の意見にメティシアが鼻を鳴らした。
「当然でございます。与えられることしか知らなかった人間に知恵を授けてやった我々にツバを吐く以上、怒りを以て対処するのが我々の義務となりましょう」
いつもクールそうに見えるけどメティシア君ってば結構おこなんだね……
いや、激おこっぽいな……
「だから、やりすぎないようにしっかり根回ししておいてくれって話」
「何故です?」
「何故って、やりすぎて他の人間に影響が出ないようにするためさ」
「教訓は全ての人間に等しく行うべきものです」
「いや、罪のない人間にまで罰を与えてはいけない。
それは後々不信感へと繋がると俺は思う。
一罰百戒という言葉が俺の故郷にはある。
意味は一人の人間を罰する事で他の多くの人間の戒めとする事だな。
まあ、似たような状況の人間にはいい薬になるんだよ」
メティシアが自分の知らない教訓的な言葉に感銘の声を漏らす。
「さすがは我ら神々の頂点を担う運命の御方。惚れます」
そこ、必要以上に顔を赤らめないように!
運命の女神に属する幸運の女神も鼻息が荒くなってしまいますから!
「まあ、全体に累を及ぼさず、一地域に戒めとなるような神罰を与える事にするんだ。
そしてその後は飴を与えれば、人々は神にメロメロになるだろうよ」
幸運の女神フォルナが熱い視線を俺に投げかけつつ頷いている。
「そうすれば信仰もより篤くなるわけですね。
お世継ぎ様は、人心の掌握に長けていらっしゃいます」
「本来は策なんか弄さずに信仰心が集まるシステムを作っておくべきなんだろうけどね」
地球の宗教はそれがかなり上手く行っているからな。
お陰で余剰神力が異世界のティエルローゼに流れ込んできて世界の安定化に一役買っている。
その手法を見習いたいところだが、宗教ってモノに不信感を持つ俺としては、奴らの手口を参考する気はサラサラない。
絶対悪徳宗教化しそうだもんな。
本当に神が存在するんだし、そんな狡っ辛い手口は必要ないだろ?
その後、朝まで念話会議を続けて、開戦前の根回しについて煮詰めていった。
もちろん、開戦後には、アゼルバード軍への神々の加護をどの程度与えるかなどの諸問題についても決定しておいたよ。
朝、仲間たちが全員起きて来てからみんなには情報の共有をしておいた。
マリスやエマ、魔族たちはただ承知しただけだが、アナベルがかなり激昂してしまいました。
「神々を恐れぬ所業なのです!
少々懲らしめてやらなくてはなりません!」
「いや、必要以上に罰は与えないんだよ」
「それはなりません!
神が軽んじられてしまいます!」
「軽んじて悲惨な目に合うのは当事者だけでいいんだよ。
神ってやつは敬虔な信者にまで罰を与えかねないからな」
「ケントさんが何を言ってるのか判らないのです……」
アナベルが困惑してトーンが下がったので、俺は古今色々と聞きかじっている神の所業というモノについてじっくりとアナベルに言って聞かせてやる。
こっちの世界の話ではなく地球の例を話してやるのがコツだ。
あっちの世界のはかなり誇張が過ぎるから、かなり終末チックになってるからねぇ。
終末論ってやつはいつの時代も吹聴されてきた最悪の末路なんだよね。
それを回避するために神に祈れってのがパターンなワケで。
自称最も神に愛されし弟子さん、民衆の恐怖を黙示録で煽りすぎですよ。
アナベルは聞いたこともない最悪な終末論を滔々と語って聞かされて涙目になってしまいました。
まあ、それを狙って話したんでね。
「た、確かにそこまで行きますと世界が滅んでしまいます……」
「神々はそうしかねないんだよ。
だから、一罰百戒を成すワケだ」
「あれじゃ、ケントの世界の素敵慣用句じゃ」
なぜか満足げな表情のマリスにほのぼのしてしまいそうになる。
マリスは四文字熟語とか中国由来の教訓みたいなヤツ好きだよね。
まあ、俺もそれほど詳しいくないし、今度ネットで調べてまとめておいた方がいいかもしれんな。
「ケントさんの意図している事は理解しました。
ケントさんの思うようにやっちゃって下さい」
アナベルが納得したようなので、次の準備に取り掛かろう。
「よし、事が始まるのは一週間後だそうだ。
色々準備もあるから、まずはアゼルバードへ移動するよ」
「「「了解!!」」」
全員で野営を畳む作業を行い、速やかに移動準備を終える。
一時間もしない内に俺たちはアゼルバード王国の王都セントブリーグの王城に転移した。
城の中庭に
「お帰りなさいませ、ケント様」
跪きながら嬉しげにそう挨拶をしてくるファーディヤに苦笑しか返せない俺である。
「出迎えありがとう。女王自ら出てきたら王家の権威が保てないんじゃないか?」
一応小言にならないように気をつけながら言っておく。
「いえ、ケント様をお出迎えできねば、それこそ王家の権威が失墜致します」
うーむ。ファーディヤは俺の正体知ってるからなぁ……
彼女に付き従ってここに来ている元オーファンラントの若手貴族の視線が痛いよ……
「まあ、とりあえず場所を移そう」
俺はファーディヤの手を取って立ち上がらせ、そのまま手を引いて王城の会議室まで移動する。
会議室に落ち着いてファーディヤ付きのメイドがお茶を入れてくれたので頂いていると、ヴィクトール・レオンハートが急いで会議室まで来た。
どうやら俺たちの訪問を誰かから報告を受けたのだろう。
急ぎ足で顔を出したって感じですね。
「おはようございます、クサナギ辺境伯閣下。
突然お戻りになられたと聞きまして挨拶に伺った次第です」
「いや、火急の用事なんでね。
形式張った挨拶は要らないよ」
やはりブリギーデたち女神は、人間に戦争が迫っている事を報せてないようだ。
神々が積極的にそういった情報を人間に教えないのは当然の行動なので驚きはない。
火急の用事と聞いて、ヴィクトールの笑顔が消える。
ファーディアも同様に表情が引き締まった。
俺はお茶を一口飲んでから、急かすような視線を感じつつ口を開いた。
「まだ復興途中だと思うけど、新しい戦争が近づいているよ」
ファーディアが驚いた顔をし、ヴィクトールは渋面を作った。
「その顔は……レオンハート商会は何か情報を掴んでたのかな?」
「確かな情報ではなかったので、ひょっとすると程度ではありましたが……」
レオンハート商会は多数の船を使って海路貿易をしている大手商会である。
西側諸国も東側諸国も貿易相手である。
そんな商会が戦争という名の経済活動の兆候を逃すはずはない。
「ラムノークでの商いから、戦争を準備している可能性が浮かんでおりました。
やはりこちらを狙っていましたか……」
「ああ、あの国の東は今はオーファンラントだし、あっちに向かうってのはないだろう」
オーファンラントは大国なのでラムノーク程度の中堅国家では相手にもならない。
「面倒な内乱が片付いたところで侵略するという腹積もりなのでしょうな……」
「ラムノークの軍隊は、一週間後にアゼルバードの一番東の町に到達するようだね」
「一週間ですか。敵の数はお解りになられておられるのでしょうか?」
「一〇〇〇〇」
「一〇〇〇〇!?」
ヴィクトールが絶望した表情で上を見上げた。
数人付いてきていた元オーファンラントの若手貴族も厳しい表情を作っている。
一〇〇〇〇という数は、中堅国家が出せる戦力ではない。
オーファンラントや帝国などの国土も人口も多い国が組織する数なのだ。
中堅国家なら数千がいいところなのだ。
アゼルバードは国土は広いが、人が住める領域は狭い。
もちろん人口も少ないので、数百の兵士を維持するのがやっとの小国なのだ。
それに一〇〇〇〇もの兵を向けてくる段階で完全併呑を狙った軍事行動なのは明白なのだ。
「流石にその数を相手して無事には……」
「無事に済むさ」
ヴィクトールのセリフに被せるように俺が言うと彼の表情は絶望の色から安堵の色に変わっていく。
「クサナギ辺境閣下がそうおっしゃるなら勝機があるという事ですね」
「まあね」
俺の自信ありげな物言いに安堵する者は多く、怪訝な顔をする者は少なかった。
まあ、仕方ないよね。
若手貴族は俺たちの戦争っぷりは見たことないんだろうし。
知ってたら怪訝な顔になんかならんもんなぁ。
たった四人で一五〇〇〇の帝国軍を敗退させたなんて噂は聞いていても、大げさに誇張されてると思ってるんだろうな。
それ、マジなんですけどね。
つーか、今回の戦争に俺たちは出ないけどねー。
どっちかってーと、神々の軍隊を出すつもりなんです。
極少数になるとは思いますが、神々の手の者に渡りをつけようと思っています。
どんな奴らなのかは俺は知らないんですけど、この世界の人間なら誰でも知ってるんじゃないですかねぇ……
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