第30章 ── 第20話

 森を東にゆっくりと進む。

 森の生態系を確認・記録する作業をする為だ。


 何故そのような確認・記録が必要になるかと言えば、ある程度決まった貿易路を作ろうかと思ったからだ。

 エクノール村とのフェアリー・テイル貿易が開始されれば、隊商キャラバンがオーファンラントとの往復を定期的にしなければならなくなる。

 その時、馬車が使えるのと使えないのでは貿易の成功率が変わってくるだろう。

 闇雲に森の中を移動してあたら冒険者や商人に死んでもらっては困るのだ。


 街道が整備されていれば、戦闘時の足場も確保出来るし、馬車の機動力も上がるので逃走も容易になる。


 五日程度の行程を半月ほど掛けて移動し、モンスターの種類、生態、行動範囲など結構な量の情報が集まった。

 それ他にルート周辺の集落や街、休憩場所や水が補給できる地点など、人が集まれる場所などの情報も収集できた。


 こういった情報を元に街道を整備すれば行商や貿易は飛躍的に楽になるだろう。


 夜、そんなメモをまとめていると念話の呼び出し音が頭の中で響き渡る。

 ダイアログを確認するとブリギーデである。


 神からの念話は初めてかもしれん。

 何か緊急事態かな?


 俺は念話をオンに切り替えた。


「どうしたブリギーデ?」

「お世継ぎ様、由々しき事態が発生致しました」

「由々しき擬態?」

「はい。隣国であるラムノーク民主国が、我らが子の国に攻め込みましてございます」

「なんだと?」

「兵力はおよそ一万。

 いかが致しましょうか?」


 ラムノークといえば、つい最近会ったケンゼン女史の所属する国ではなかったか?

 民主国と付いているだけあって間接民主主義の珍しい国だったはずだ。


「被害は?」

「まだ出ておりません。

 現在はまだ国境が侵された段階ですので」

「素早い報告助かる。

 戦端が開かれるとしたらどのくらいの時間が掛かる?」

「おおよそ一週間程度かと思われます」


 一週間あれば色々と情報収集できそうだな。

 戦の前に情報工作なんかが出来るといいんだが。


「解った。早速情報収集を始める。

 この情報はどこまで広まっている?」

「今、地上に降りている私たち四柱だけにございます」

「ふむ。ファーディヤたちにはまだ知らせてないのか」

「人間が関わる事ゆえ、知らせて良いものか判断ができません」


 なるほど。

 神は下界の出来事に積極的に関われないルールがあったっけ。

 魔族が関わっていればそんなこともないんだろうけど……


「承知した。敵の進軍は俺の方から伝えておくよ」

「ありがとうございます。

 それではよろしくお願いいたします」

「あいよ」


 俺はブリギーデとの念話を切った。


 書き物の手が止まって微動だにしなかった所為か、トリシアが鋭い視線を俺に向けて来ていた。


「何かあったか?」

「ん? 良く解ったな」

「お前がそうなる時は大抵念話か何かをしている時だ。

 今日は突然動かなくなったし、念話が掛かってきたと考えるとしっくり来る」


 確かに自分から念話を掛けるのが普通なので、本来は周囲の人間に背を向けてから念話を開始するのが常なんだよね。

 そういう仕草もせずに突然動かなくなったってのが、いつもとの念話とは違うポイントだったんですかね。

 トリシアはよく見ていますね。


 そんな風にトリシアと話しているとハリスも起き上がっていた。


 俺たちの会話で起こしちゃったかな?


「騒がしくしてごめん」

「いや……何があった……?」

「アゼルバードに隣国が攻め込んだそうだ」

「なん……だと……?」


 俺は二人に状況を説明する。

 まだ情報収集を始めていないので大した情報ではないが、今回の件は情報共有しておく方がいいだろう。


「神々はどうするつもりなんだ?」

「そうだな。

 神が救おうとした国に攻め込んだんだ。

 神と戦うのも覚悟の上だろうし、少々手助けさせるくらいはいいんじゃないかな?」

「だが、敵国は神が関わっている事など知らんだろう?」

神託の神官オラクル・プリーストもいないのかねぇ……」


 神託の神官オラクル・プリーストがいれば、戦争をおっ始める前に神が関わっている国だとか信託が下っても可笑しくないんだけどな。


 俺は思案しつつ話を続ける。


「だとしても攻め込んでいい理由にはならないし、知らなかったからといって神域や神に弓を引いていい理由にはならないよ」

「知らなくてもか」


 トリシアが苦笑する。


「当然だろう。

 辺りに周知してなかったとか、正体を隠していたとかだったら神を攻撃しても無罪となるのか?

 普通ならタダでは済まないはずだぞ?」

「ふむ……なるほど。

 そう言われればその通りだな」

「神と知らずに神を攻撃した者には厳しい教訓を与えなければ。

 神の権威を守らなければ世界の秩序が狂ってしまう」


 一応、世界をコントロールしているのは秩序勢の神々という事になっているので、世界の秩序を守る事は必然という感じでこんな事を言ってみました。


 ハリスは黙ってコクリと頷く。

 トリシアもやれやれポーズで俺の考えを受け入れた。


「ま、ケントがそう言うんじゃ従わなければならんな。

 冒険者としては人命を助ける事に尽力したいんだが」

「そう言うなよ。

 相手国はラムノーク民主国というんだが、国の指導者が選挙で決まる珍しい国なんだよ」

「選挙?」

「そう。国民が投票して代表者を選ぶシステムだね」

「随分と懐かしいシステムだな」

「だからこそ、他の王国やら帝国などと違うんだよ。

 国が犯した罪は国民に帰する事になる」

「どういう意味だ?」

「戦争を起こすような指導者を国民は選んでしまったんだ。

 結果的に誰の責任になると思う?」


 トリシアは話の行き着く先を予想できたようで渋面を作る。


「それは愚かな指導者を選んだ国民の責任だな」

「その通り。

 だから人命の救済は問題ありな行動になるよ」


 トリシアはやれやれポーズが更にオーバーアクションになった。


「自分たちの知らぬ所で愚行が行われるとは……

 国民としては立つ瀬がないだろうな」


 俺はクククと笑う。


「確かに。

 こんな情報伝達の遅れた世界では特にな」


 地球なら情報の伝達速度は光の速さと変わらない。

 インターネットを中心とした情報網は全て光ファイバーによって行われるのだから当たり前である。

 その所為で伝達される情報は膨大な量となり、二四時間絶え間なく信号が行き交う。

 その玉石混交の情報インフォメーションを取捨選択し、自分の必要とする情報インテリジェンスへと昇華させる技術スキルが求められるようになるわけだ。


「はっきり言って、今のティエルローゼに民主主義は早い気がする。

 元老院などを中核とする議会政治は幾つか採用している国があるけど、王とか貴族って支配階級がやっている事だからうまく行っているに過ぎないんだよねぇ」


 以前からも言っているように、支配者は支配者としての教育を受けており、その行動原理には少なくとも「ノブレス・オブリージュ」の精神が必須になる。

 それがなければただの専制者であり暴君となり得る素養の持ち主という事だ。

 他人に権利を強いる事が出来る分、得しただけの義務を背負わねばならんのだ。


 民主主義は国民一人一人に権利を与えているが、その分義務も果たさねばならない。

 解りやすい例といえば納税だな。


 王政やら帝政といったものの場合は、不自由や支配、税という形で搾取される。

 その代わりに生命の安全を保証されるワケだな。


「確かに人民を守るのは貴族の矜持といえるな」


 トリシアもファルエンケールでは貴族らしいので、その辺りの知識はあるだろう。


「そうだろう?」

「しかし、そのラムノークという国では国民が偉いって事のようだが、国民が戦争を望むもんだろうか?」


 確かに本来は戦争などというものを好む者は少ない。

 命も物資も無駄に消費するのが戦争だから大抵の場合は忌避されるのが当然だ。

 たとえ勝っても失った命は返って来ないからなぁ。


 個々人で戦争を考えると好まない傾向になるんだが、そうでない場合もある。

 それは国民が民衆とかという団体になると起こり得る。

 個人的な損失よりも団体の利益が大きくなると戦争擁護に傾く現象ですなぁ。

 これは世界的に平和を尊ぶ日本人ですら過去に戦争を賛美していた事でも解るだろう。


 日本は近代化直後に日清戦争を起した。

 この戦争に勝利し、領土や莫大な賠償金を得た。

 損害よりも利益が多かったワケだ。

 この頃から日本人は戦争を喜ぶようになった。


 他国に干渉し、戦争を起こして利益を得るというビジネス・モデルに成功例が出来てしまったんだな。


 その後は日露戦争だ。

 日本はかろうじて勝利をもぎ取ったが、賠償金は全く貰えなかった。

 だが領土の割譲はしてもらえた。

 金は入らなかったが領土が増えた事、それも軍事大国であった帝政ロシアに勝ったという事実は、さらに日本を戦争に駆り立てた。


 大した戦闘はしていない第一次大戦は放置するとして、その後日中戦争を経て太平洋戦争へと突入し日本は大敗を喫する。

 戦後日本という屈辱の時代が到来したのである。


 その責任を日本人は当時の軍首脳部や内閣府に押し付けて自分たちは悪くないと被害者面をした。

 歴史書を紐解けば従前たる事実である。


 こんな状態になるからこそ、民主主義は情報化が進んだ国でなければ早すぎると言えるのだ。

 与えられる情報が少なくては正しい判断はできない。

 もちろん玉石混交の情報インフォメーションから珠玉の情報インテリジェンスを抜き出す技術が必要なのは先に述べた通りでがあるが。


 情報弱者の状態では民主主義を上手く扱えないってのが真理だとお解りいただけたのではないだろうか。

 それがなければただの衆愚政治になるだけって事だな。


「ということでハリス。

 相手の細かい戦力、作戦などの情報を仕入れてきてくれるかな?」

「承知……」


 俺は大マップ画面でラムノーク軍を検索してピンを立てる。

 その情報をハリスのHPバーへとドラッグ&ドロップした。

 これでハリスにも大マップ画面の情報が共有された。


「そのマップを見れば敵軍の位置情報は掴めるだろ?」


 ハリスは頷く。


「では……任務に……取り掛かる……」


 そのままハリスは影へと消える。


「私たちはどうする?」

「戦端は一週間ほどで開かれる事になるとブリギーデは予想していたな。

 それまでに世界樹の森を抜けてしまおう」

「悠長だな」

「そのくらいのハンデを付けてやらなくちゃ。

 ラムノークは神の軍隊を相手にすることになるんだからね」


 俺はニヤリと笑ってそうトリシアに答えた。


 神の軍隊とか聞くと十字軍とか思い出してしまいますねぇ。

 まあ、あれとは違って本物の神の軍隊になりますけど。


 なにせ四柱と俺が関わる事になるんだからね。

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