第30章 ── 第18話

 翌日の朝、ラビリータ嬢が村長宅まで迎えに来たので着替えてから彼女に連れられて外に出た。

 村長宅前でマリスがダークエルフの子供たちと戯れていた。


「お、ケント。お出かけかや?」

「ああ、オーファンラントの商業ギルドの人が今日村を出るそうだからな。

 同じ国の人間として送ってやろうかとね」

「ふむ。

 ヴァリスが言っておったヤツかのう。

 酒を増産するんで外に売るそうじゃな」

「そうそう。それ関係だよ」


 マリスと俺が小難しい話をしているのを聞いていたダークエルフの子供がつまらなそうな顔をしている。


「マリスさま~。剣の使い方、もっと教えてよ~!」

「む、急かすでない。

 まずは素振り一〇〇〇回じゃ!」

「げーっ! それ昨日もやった!」

「何を言うか! 素振り一〇〇〇回は毎日やるのじゃ!」


 うは。結構スパルタやん。

 マリスがお姉さん面で指導する青空剣術道場を後に、木の下へと降りる。


「あれがマリストリアさまですか?」

「ああ、紹介しておけばよかったかな?」

「いえ、滅相もございません!

 あれほどに愛らしいお姿なのに古代竜様だと伺って面食らっています」


 ラビリータ嬢は、この村の住人なのでマリスの事は話に聞いて知っている。

 まさか金髪ちびっ子だとは思っていなかったようだけどね。


 マリスがこの村に来た時にも同様の姿かたちだったが、戦闘の折にヴァリスが大怪我をしたのを見て半ドラゴン化してしまったらしい。

 あの形態で数多のゴブリンを屠ったそうで、それ以来村の周囲に棲息する知性あるモンスターは村を襲わなくなったワケだ。

 ドラゴンの庇護があるという事実は、村の安保事情に相当な貢献をしたって事だな。


 マリスが不在でも知性あるモンスターは襲ってこないそうなので、そこだけ少し不思議に思える。

 古代竜は長命なので、万が一庇護下の村を襲ったりしたら未来永劫古代竜に付け狙われるなんて可能性もあるもんな。


 庇護下の村を襲われるって古代竜としての名に傷を付けられるのと同じだろう。

 古代竜たちは氏族名や一族の名を貶められる事は許さないようだから、あながち間違いじゃないのかも。


 商業ギルドの出張所の前まで来ると二〇人からの完全武装の冒険者、そしてこちらも完全武装のコリン男爵がいた。


「あれ? コリン男爵も徒歩なの?」

「勿論そうです。

 世界樹の森に馬車など乗り入れられませんからね」


 いや、馬車はともかく、普通に馬に乗ってくるってのもあると思うんだが。

 俺も世界樹まで馬で来たし……


 と思ったが、別に馬がいないワケではないようだ。

 向こう側に四頭の馬がいて、リアカーみたいな小さめの荷車を二頭立てで引かせている。

 その荷台に木箱がいくつも積まれていた。


「なるほど、荷物があったら人は乗れないね」

「人間は歩けばいいですから。

 荷物はそうもいきません」


 不貞腐れていたとしても貴族として結構傲慢な態度だった人物とは思えない姿勢ですな。

 仕事には誠実ってヤツですか。


 ふと見ると出張所の扉が開いてケンゼン女史が出てきた。


「あら、辺境伯様。

 コリン男爵のお見送りですか?」

「ああ、おはよう。

 実はそうなんだ」

「良いですわね。

 私も早く本国に帰らなきゃなんですけど、護衛の者がまだ来ませんので足止めです」

「護衛対象を待たせるとか、大概だねぇ。寝坊でもしてるのかな?」

「いえ、護衛は定期的に本国とここを往復してますの。

 次の便がまだ到着しないって事ですわ」


 なるほど。

 お付きの護衛隊を待機させておくのは効率が悪いから、定期便よろしく往復させるのか。

 何度も行き来する事で護衛隊の訓練にもなるし道中倒したモンスターの素材なども収集できるって事なんだろう。

 合理的と言えそうだね。


 とは言っても、彼女の後から二人ほど護衛らしき屈強な女性が出てきたのが見える。


「それならケンゼン女史も送ってあげようか?」

「え?

 どちらまで?」

「元法国とラムノークの境界あたりはどうです?」

「そういえば、法国はもう無くなってしまったんでしたね?

 今はオーファンラント王国の領土なんですってね」


 定期便があるからだろうか。

 ある程度の世界情勢は掴んでいるみたいだね。


 今、ケンゼン女史はニッコリ笑ってすまし顔をしているけど、隣国を滅ぼしたオーファンラントにはかなりの警戒心を持っているんじゃないかな。


 商談の途中に他のオーファンラント貴族が現れている段階で、強硬な手に出られても可笑しくない状態だったんだからね。

 そんな心配を余所に、俺がオーファンラントの受け持ち分は一割程度でいいとか決めちゃったんで拍子抜けだったに違いない。


「でも、ここからなら、真っ直ぐ北に上がればいいだけですし、お手数かけるほどではありませんわ」

「いや、護衛しながらじゃなく、魔法でお送りしますよ?」

「え?」


 後ろの女性護衛も「こいつ、何いってんだ?」って顔をしている。


「そう言えば、昨日も辺境伯殿のその言葉に首を傾げていたんですよ。

 魔法で送るとはどういう意味なんでしょうか?」

「ああ、んじゃ早速やってみますか」


 俺は得意げな顔で少し広い場所に移動して魔法門マジック・ゲートを開く。


 はい。

 得意げな顔をしているので解ると思うけど、少々天狗気味ですね。

 そんな状態なので例の厨二病的詠唱をしれっと入れてしまいますよ。


「猟犬の力を借りて、時空に穴を穿つ……ティンダロスの名のもとに開け! 『魔法門マジック・ゲート』!」


 ブワンと大きめの転移門ゲートが現れた。

 水面のようなユラユラと輝きを放っているが、段々と波が落ち着いて鏡面のようになっていく。


「こ、これは!?」


 見たこともない現象が現れ、周囲全ての人間が息を呑むのが判った。


「これは魔法門マジック・ゲートっていう魔法でね。

 任意の二点間を魔法で繋ぐ効果がある。

 今はオーファンラント王国の第二の都市ドラケン東門の外付近とここを繋いでいるよ」


 全員の「何バカな事を言っているんだ?」って顔は変わらない。


「まあ、体験してみれば解るよ。

 おい、君」


 俺はコリン男爵の護衛の中の戦士風で屈強な大男を呼んだ。


「お呼びで?」

「名前は?」

「ドルスですが……」

「よし、ドルスくん。

 この鏡面みたいな転移門ゲートに突撃だ」


 俺が転移門ゲートを指さしてそう言うと、ドルスくんは凄い嫌そうな顔になった。


「いや、君一人では行かせないよ。

 俺がついて行ってやろう」


 俺はドルスくんの腕をガシッと掴んで引っ張った。


「お、おい! やめろ!!」


 突然のことに敬語とか吹っ飛んで素の口調になってますよ。


 俺は満面の笑顔のまま、ドルスくんを引きずって転移門ゲートの鏡面へと飛び込んだ。


「ああああ~~!!!」


 などと悲痛な悲鳴を上げていたドルスくんだが、転移門ゲートの反対側に出たら、一瞬で大人しくなったよ。


「あ、あれ?

 な、何ともない??」

「何ともなるわけないだろう?

 移動用の最強呪文だぞ?」


 ふと見ると、ドラケンの東門の直ぐ側の街道の横にいる俺たちは門を守るドラケン衛兵隊数人に囲まれていた。


「やあ。ドラケン衛兵隊の諸君、ご苦労さん」


 俺がニコやかに手を上げて挨拶すると、ドラケンの衛兵の一人がハッとした顔をした。


「ぶ、武器を降ろせ!!

 クサナギ辺境伯閣下だ!!」

「「「え!!??」」」


 他の衛兵は驚きもそのままに、ビシッと敬礼のポーズを取る。


 生粋の衛兵たちですなぁ。

 訓練が行き届いている。


「ああ、それほど畏まらなくて良いよ。

 驚かせたみたいで悪かったね」

「いえ! 辺境伯閣下!

 我らに気を使っていただかなくても問題は全くありません!!」


 緊張した衛兵たちを労いつつ、銀貨を人数分渡しておく。


「今回の迷惑料だよ。

 これから二〇人ほど、この転移門ゲートを通って来るけど、眼を瞑ってくれるか?」

「勿論です!!」

「じゃあ、よろしくね」


 俺はドルスくんの所に戻った。


「さあ、ここはもうオーファンラントだぞ。

 そろそろ衛兵の人たちみたいにシャキッとしなさい。

 ランクもそれなりに高い冒険者なんだろ?」


 ドルスはなんとか立ち直って周囲を確認している。


「本当だ……ここはドラケンの門前だ……」


 ドラケンの立派な門構えを見たことがあるようで、ドルスくんは唖然としながら見上げいた。


「んじゃ、他の人も連れてくるね」


 俺は転移門ゲートを再び通って村まで戻る。


「やあ、お待たせ」

「辺境伯殿、彼はどこへ……」

「ああ、あっち側で待ってるよ」

「では、本当に……?」

「勿論だ。これは今、ドラケンの東門あたりと繋がっているよ」


 コリン男爵は意を決して冒険者たちに号令を掛ける。


「全隊員!! 整列して私に続け!!

 先方は私が務める!!」


 冒険者たちがドヨッと言葉にもならない声を上げた。


 コリン男爵は結構肝も座ってるようだな。


 転移門ゲートの前まで来たコリン男爵は一瞬立ち止まったが、目を閉じて鏡面に飛び込んでいった。

 ゆらゆらと水面のように転移門ゲートが揺れてコリン男爵が消えた後、冒険者たちも「男爵様に続け~!!」などと叫びながら転移門ゲートに飛び込んでいった。


 転移したのを確認してから転移門ゲートを閉じた。


「騒がしくしてゴメンね」


 苦笑しつつケンゼン女史に向き直ると、彼女と護衛たちはポカーンとした顔で立ち尽くしていた。


 俺が声を掛けた事でケンゼン女史は我に返った。


「き、消えてしまわれましたけど……

 本当に転移されたって事ですの?」

「ええ。

 今、彼らはオーファンラントの真ん中あたりですよ」


 護衛の二人が「魔法すげぇ!」とか「極めるとあんなことができるのか!?」とか騒いでいる。


 ただ、ケンゼン女史も普通の女性ではないようで、すぐに顔だけは平静に戻している。


「素晴らしい魔法ですわね。

 では、辺境伯様のお言葉に甘えさせて頂きたく存じます。

 ぜひ私どもも国元付近までお送り頂けますか?」

「もちろん。

 出発の準備はできてるのかな?」


 ケンゼン女史は頷きつつ腰の鞄を叩いた。


「この通り、いつでも準備は怠っておりません」


 どうやら、腰のアレは無限鞄ホールディング・バッグのようですな。

 後ろの護衛の二人も腰に鞄が付いているので、同様の準備をしてあるって事ですな。


「んじゃ、魔法門マジック・ゲート


 今度は厨二病みたいなセリフは端折りました。


「凄い……無詠唱だ……」


 護衛の一人がそう囁くと、もう一人もコクコク頷いている。

 彼女らもレベル三〇ほどあるようなので相当な腕の持ち主みたいです。


「ちょっと確認してくるね」


 俺は転移門ゲートを通って目的地の周囲を確認した。


 間違いなく国境だ。

 少し離れた場所にある詰め所付近で国境を守る国軍の兵士たちが、こっちを指差しながら何か言い合っている。


 俺が事情を説明しようと彼らの方に歩き始めると、後ろから「どうしましたの?」という声が聞こえてきた。


 ああ、このお嬢さんも度胸ありますなぁ。

 もう転移門ゲートを通ってきたよ。

 普通なら少しは戸惑うもんだろうに。


「ああ、国境の兵士たちに事情を説明してくるから少し待ってて」


 兵士たちはというと、二人ほどが俺たちの方に駆け足で近づいてくる。


「クサナギ辺境伯閣下とお見受けしますが!!」


 近づいてきた二人のうち片方が、俺の前で近衛兵みたいない派手な敬礼をしてそう言ってきた。


「ああ、そうだ。

 君の言う通り、俺はクサナギ辺境伯だ。

 良く解ったな?」

「はっ! 以前、ご尊顔を拝見させていただいたことがあります!」

「そうなのか。

 まあ、それは置いておこう。

 今回は、こちらの三人の女性を送ってきただけだから、あまり気にしないでくれ」

「はっ!! 了解致しました!!」


 兵士たちは一瞬だけケンゼン女史たちを値踏みするように見てから持ち場に戻っていった。


「確かに、ここは国境くにざかいですね。

 ここまで一瞬で移動できるなんて、本当に助かります」


 ケンゼン女史は俺に丁寧なお辞儀をしてくれた。


「いえ、ウチの国のモノを送るついでだし。

 お役に立てたようで光栄だよ。

 それじゃ、道中気をつけていきなさい」

「はい! 有難うございました!!」


 俺はピラピラと手を降って転移門ゲートで村まで戻った。


 この時、彼女たちに大きな災いが降り注ぐ事になるなんて、俺は全く知らないでいたのだった。

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