第30章 ── 第17話

 俺が勝手に話を進めてとっとと談合を終わらせてしまったので、商業ギルド員の興味は俺の方に向いてしまった。


「では、後ほど調印をするとして、私としては『ひこうじどうしゃ』なるモノに興味がありますの」


 やはりそう来ますか、ケンゼン女史。


「魔法道具と仰っておりましたな」


 ミカワヤさんも興味ありのようです。


「空を飛ぶとか……」


 エドモンダールさんは懐疑的ですね。


「兄の手紙によればそういうモノらしいですよ」


 さっきまで機嫌が悪かったはずのヨハンナさんも機嫌が治ったかのごときセリフを吐きますね。

 それに引き換えコリン男爵は相変わらず俯いております。


「まあ、見せるくらいなら問題にはならないかな?

 一応、今は国家機密扱いってことになってるから、以後はご内密に」


 俺は各地域の商業ギルド員を連れて外へ出る。

 そしてイベントリ・バッグから飛行自動車二号を取り出して地面に下ろした。


 それを見ていたギルド員たちが、また騒ぎ出した。


「あれほどの大きさを収納できる無限鞄ホールディング・バッグがあるのか!?」

「アーネンエルベ時代の遺物アーティファクトなのでは?」

「それなら箱馬車を収納できても可笑しくないかもしれませんね」

「いや、そんな遺物アーティファクトが世に出たなど聞いたこともありませんが」


 まあ、そんな話題は無視して車体側面のスライド・ドアを開いて中が見えるようにする。


「ほう。中は乗り合い席になっているのですな」

「この座席は……なんとも柔らかい!」

「これほどの座椅子は王侯貴族でも使われてないはずです」

「コリン男爵! いつまで黙っておいでなのです!?

 貴方だけが貴族なのですから、貴族らしい感想をお聞かせ頂きたい!」


 エドモンダールさんに腕を引っ張られてコリン男爵はハッと顔を上げた。


「私の意見が聞きたいだと?

 私は上位者に無能を突きつけられたばかりだぞ?

 私ごときが何を言えば……」


 車内にひっぱり込まれて椅子に座った瞬間、コリン男爵の目の色が変わった。


「これは……

 布地の素材はわからんが、内部に綿のようなモノをつめているのか……?

 それだけでは、この弾力は望めまい……

 中に別の機構が……?」


 ほう。

 ただ威張り散らしているだけの無能ではないようだ。

 商品の価値を正確に見抜ける見識や感覚がなければ商人などやってられないだろうしな。

 彼はエマードソン伯爵の下、そのあたりの能力は修行できていたという事だろう。

 傲慢ささえ抜ければ有能な商人貴族になれそうではありますね。


「中身は発泡ウレタンとスプリングだね。

 まあ、この機構に培われている技術は、この大陸ではウチだけのもんだよ」


 というか、ドーンヴァースの素材で作ってるから、あのゲームで手に入れてこないと手に入らないね。

 こっちの技術だけで再現できるようにはしたいと思ってはいるよ?


 その辺りはマストールと要相談だな。

 彼なら再現できると思うしね。


「ようやく、調子が戻ってきましたわね?

 で、どうなのです?

 貴族的に、この椅子の価値は」

「こんな椅子は、王ですら持っておらんだろう。

 私が仕えているハッセルフ侯爵の馬車ですら、木の板を張ったベンチに布を打ち付けたものだ。

 これほどの弾力は……」


 モフモフとコリン男爵が手で椅子の感触を確かる。

 そして、今度は座ってみる。


「うーむ……

 夢のような感触だ……」


 コリンは眉尻を下げて尻全体で座り心地を楽しんでいるようだ。


「貴族であれば馬車は必須の乗り物ではあるが、でこぼこの街道を長時間移動するのはかなりの苦行でもある。

 身体が疲れる前に尻が割れる」


 コリン男爵は苦虫を噛み潰したような顔で首をふる。


「これほどの座り心地であれば、一日でも二日でも快適に旅ができよう」

「ということは、相当な価値のある……」

「これなら椅子一つで金貨一〇枚は下らんだろう」


 ほう、そんなに取れますか。

 今度この技術でソファとか作ってみるかね。


 まあ、椅子は置いておこう。

 今は飛行自動車の紹介だしな。


 俺はスライド・ドアを閉めてから、運転席に乗り込んだ。


「この横に動く扉も面白い機構ですね」

「嵌め込まれたガラスの透明度がなんとも素晴らしいわ」


 俺は後部座席にいるギルド員の品評会はそのままに、エンジンを始動する。

 エンジンのエキゾーストに後部座席がシーンとなった。


 エンジン音は快調そのもの。

 回転計、魔力計、推力計などの計器をチェックしてから、下部カメラも起動。


 高度スライド・スイッチをゆっくりと上昇に持っていく。


 ふわりと車体が上昇を開始する。


 窓の外を見ていたヨハンナさんが「外を見て!」と声を上げた。


「う、浮かんでる……?」


 毎秒五〇センチくらいの速度でゆっくりと上昇を続ける。


 七〇メートルほど上昇すると、ようやく森の上まで来られた。

 やはり世界樹の森は巨木が多いね。


 俺はそのまま緑の海にしかみえない森の上をスイスイと優雅に飛行自動車を飛ばしてみせた。


 三〇分ほどして元の場所まで戻ってゆっくりと車を下ろす。

 目印がないので元の場所まで戻れない所だったけど、大マップ画面があるので問題なく帰ってこれました。


 この三〇分間、後部座席の面々は興奮状態でギャーギャーと騒いでいた。

 自動車が着陸しても、興奮冷めやらぬ状態のようで鼻息が荒い。


「とまあ、これが飛行自動車。

 今のところ世界に三台しか存在しないよ」


 顔を上気させてポワポワしていたケンゼン女史が、突然俺の方に向き直って俺の手を取る。


「素晴らしい魔法道具でしたわ!

 これは貴方がお作りになられましたの!?」

「まあ、そうなるかな」


 結構上から目線の人物だったはずだが、目をキラキラさせた恋する乙女みたいな表情ですよ。


「この『ひこうじどうしゃ』、私にお売りくださらない!?」

「えー? 無理」

「いくら詰めば売って下さいますの!?」


 さっきも言ったように国家機密扱いになっているので今は金額の問題じゃないんだが……


「これは、売り物じゃないんで」


 なにせ特別仕様だからねぇ。


 俺がそういうとケンゼン女史はシュンと小さくなった。


「まあ、売るとしたら、新しく作らなきゃだし、オーファンラント国王陛下の許可も必要になる。

 そういう条件を全部解決しなければ売れないね」


 ケンゼン女史の目に光が戻ってくる。


「オーファンラント国王陛下に許可を取れば作って下さいますの!?」

「まあ、それ相応の対価も必要だけどね」

「おいくらですの?」


 ケンゼン女史が首を傾げたところに間髪いれずにヨハンナさんが口を挟んだ。


「私の伯父様はルクセイド金貨で五〇万枚払ったそうですわよ?」


 ドヤ顔でそういうヨハンナさんも結構子供っぽいですね。


「五〇……個人商会で払える金額ではないのでは……」


 価格を聞いて顔を青くするエドモンダールさんとミカワヤさん。

 だが、コリン男爵は顔色一つ変えていない。


「いや、これだけの品で、その金額なら格安だろう?

 逆に、これだけのモノを作り出せるという事は、他にも色々と作れる技術があるのでは?」


 コリン男爵の鋭い視線を受けて苦笑いで返す。


「まあ、当然の質問だね。

 一応、ブリストルの魔法工房を復活させたとだけ言っておこうかな?」


 この返答にコリン男爵は納得の色を見せ、エドモンダールさんは目を丸くした。

 他の面々は『ブリストルの魔法工房』という言葉にどんな意味があるのか解らなかったらしい。

 まあ、ネタばらししてやる事もないので笑顔を作るだけにしておこうか。


「お陰で良いモノを見せていただけ、感謝の念に堪えません」


 コリン男爵はどうやら魔法道具を見せた事で持ち直したらしい。

 態度もかなり改まったみたいだ。


「いやいや、どう致しまして」


 一応、彼には俺が差し出すべき立場なので、右手を差し出してやる。


 ほら、上位者から手を出すのが社交界では当たり前だっただろう?

 会議室では他国の面々が自分から握手を求めていたけど、貴族間であれば上位者が「触ることを許す」ってのが作法だからね。


 差し出された右手を見てコリン男爵は嬉しそうに握り返してきた。


「フェアリーテイルは一割の受け持ちと決まりましたが、これからの我が国であれば、何ら問題がないでしょう。

 一割でも確保できたなら失策にはなりません」


 ようやく頭を切り替えられたコリン男爵は、何年も前のオーファンラントではなく俺という存在から現在の王国の状況を推測しつつそういった。


 結構有能じゃないか。

 どうも、世界樹の森などという弱肉強食の世界に送られて、少々ヘソを曲げていただけのようだねぇ。


 実際、何年も掛かってここに着任したんだろうし、結構凹んだに違いない。

 貴族ってステータスだけが心の拠り所だったのかもね。


 まあ、今までは色々問題はあったみたいだけど、オーファンラント貴族として恥ずかしくない振る舞いになるなら目を瞑ろう。


「それでは、午後にでも調印を終えて明日には本国へと報告に戻ろうかと思います」

「行動が早いね」

「ここから戻るのに何年掛かるか解りませんから。

 なるべく早く出発致しませんと」

「ふむ。なら、俺が途中まで送ろう。

 ドラケンあたりまでで問題ないかな?」


 俺が何を言っているのか解っていないのか、コリン男爵は困ったような顔をする。


「辺境伯殿のお手を煩わせるわけには……

 それに冒険者としての任務中なのでは?」

「いや、魔法で送るだけなんで大した労力じゃないんだよね」


 俺がニヤリと笑うと、コリン男爵はさらに困惑した顔になる。


「魔法で……? 大した労力ではない……?」


 コリン男爵に顔には「何を言っているのかさっぱり解らない」と書いてあるかのようだ。


 まあ、普通の魔法使いスペル・キャスターが言ったなら確かに意味は解らないだろう。


 だが、魔法門マジック・ゲートが使える俺やエマなら言った通りの事ができるからね。


「んじゃ、準備が出来たら声を掛けてくださいね。

 ラビリータ嬢に伝えてくれたら俺まで連絡来ると思うんで」

「あ、はい……」


 コリン男爵が最後まで面白い表情でポカーンとしてて笑えた。


 俺が村長宅へと戻ろうと歩き出すとラビリータ嬢が後ろから付いてきた。


「ん? 何か用かな?」

「いえ、村長へ会合が終わった事とその内容の報告に」

「ああ、なるほど。

 俺も村長宅に戻るから一緒に行こうか」

「喜んで!」


 ラビリータ嬢は何故かとても嬉しそうだ。


「んで、さっきコリン男爵との話を聞いてたかと思うんだけど」

「旦那を呼びに行くって話ですか?」

「そう、それ。頼まれてくれる?」

「勿論です!」


 二つ返事で請け負ってくれたので助かります。

 一応、この村のモノじゃないと村長宅がある樹上のデッキ・エリアには入れないことになっているみたいだからね。

 コリン男爵はもちろん入れません。


 俺や仲間はマリスの関係者という特別枠なので上がれるって感じなんですよ。

 ラビリータ嬢も勿論村人枠なので大丈夫。


 何にしても、各国の商業ギルド員と顔を繋げられたので、今後他国からも魔法道具の製造依頼が増えそうな気がするね。


 今は人伝てに都市用魔法装置の受注が来たりしているんで、各地の商業ギルドで情報が出回れば、間違いなく客が増えると思う。


 こうやって各地と関係を築いていければグローバル・サプライ・チェーンを整備する事も夢ではない。

 そうなれば色々捗ること請け合いですな!






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