第30章 ── 第16話

 ヨハンナさんの大絶賛に他の人たちは驚いていたが、すぐに疑いを持つ目つきになった。


「そうは言っても、貴方も見たわけではないのでしょう?」

「いえ、ここにありますよ。コレです」


 ヨハンナさんはカイロを絶賛していたのでカイロの実物をテーブルの上に乗せる。


「いえ、そっちじゃなく……

 カイロとやらば魔法道具ではないのでしょう?」

「ああ、ひこうじどうしゃとかいう空飛ぶ馬車ですか……

 さすがにソレは見ていません」


 カイロの素晴らしさに同意してもらえると思っていたらしく、彼女は少し残念そうな顔だ。


 まあ、飛行フライの魔法が存在する世界だからな。

 俺以外で飛行する車なんかを作ろうと思うヤツはいなかったに違いない。


「それで、そこのところ……どうなんです?」


 エドモンダールさんが興味本位で聞いてきた。


「いや、この会合って俺の作った魔法道具のお披露目会じゃないですよね?」


 俺が戸惑ったような表情でそう言うと、全員がハッとした顔になる。


「そ、そうでした……

 新しいお顔を紹介頂いたので、ついそちらに話が向いていってしまいました。

 失礼しました」


 お茶で一息入れてから商業ギルド員たちでフェアリーテイルのシェア取り合戦が再開された。


 基本的には投資額によってシェアの占有率を決めるのが基本路線だ。

 ただ、市場への供給量が無尽蔵にあるワケではないので、調整が必要になる。


 金があるからといって自由にできない事は商人にとってはストレスだろう。

 しかし、そうでなければならないのだ。

 後から来たのに資金力で買い占められるような状態は健全な市場とは言えない。

 そんな事を許せば自由経済は崩壊してしまう。


 だからこそ彼ら商業ギルドという公的な組織が必要になるのである。


 金というものは人にとって魔性の魅力を持つモノだから、自制が利かない金持ちってのは始末に負えないもんだ。

 金によって雁字搦めになって身動き取れなくなってしまう人々を何人も見てきたので理解できる。


 その典型例はウチの両親だった。

 金で頬を叩かれて自分の子供を人身御供に出そうなどと考える親はどこの世界にもいるのだ。

 ティエルローゼでも借金のカタに子供を売るなんて話は珍しくないそうだ。


 まあ、ウチのトリエンではそんな出来事は払拭しつつあるんだが。



 さて、大金を持つ商人だけに市場を任せると、大変なことになるって話だったな。

 そりゃそうだろう。

 金で頬をひっぱたきに来る商人が何人もいたら困るのは売る方だ。

 こっちで「金貨一〇〇万枚出すから売れ」と言われてその気になったら、次の日には別のヤツが「金貨二〇〇万枚出すから売れ」と言われたらどうなるか。

 いつまで経っても売れないなんて事になりかねない。

 先に来た方に売ればいいと思うヤツもいるだろうが、後になれば「一日待って値段を吊り上げておけばよかった」などと売り主は考える。

 そして「売り渋り」なんて現象が起きるんだよ。


 それほどの価値がないにも関わらず市場価格だけはうなぎのぼり。

 ある時、その本来の価値に気づいた買い手がそっぽを向き始めたら、はい市場価格が崩壊しますね。

 不動産バブル期に一斉に不良債権が増えた仕組みを簡単に説明したらこうなるワケ。


 酒も天井知らずになる可能性がある市場なんだよ。

 ほら、サザビーズでビンテージ・ワインが何万ドルとか聞いたことない?


 流通が安定しないティエルローゼでは、そういう事が起きやすいと俺は思っている。

 だからこそ、このような各地の商業ギルド員による談合が必須になるわけですね。


 今回は市場価格の暴騰を防ぎつつ、ある程度の流通量を確保したいギルド員たちの熾烈な舌戦が繰り広げられているワケです。


 俺という不確定なファクターの出現によって、シェアが減るのではないかと思っているんだろうな。

 俺としてはお土産程度の量を買えれば良いんだけどね。


「最初に手を付けられたルクセイド商業キルドのジョイスさんが三割というのは同意しても良いんですけどね。

 グリンゼールが一割というのは納得できませんな」

「そういいますが、貴方の国はオーファンラント王国の後ろ盾があっての存在にしか過ぎませんのでしょう?

 ならば、我々フソウの商業ギルドの受け持ちを増やしていただきませんと。

 ウチはトラリア、アニアスの分も委託されておりますので。

 お宅もオーファンラント王国に頼んで手を引いたら如何ですか?」

「……」


 話を振られてもコリン男爵は俯いていてダンマリだった。

 よほど俺に失礼な態度をとった事が響いているようだ。


 このままだとオーファンラントは受け持ち分を減らされかねない。

 東の大国の商業ギルド員なので、今のところは無碍な扱いはされていないようだけどね。


「それはそれとして、我がラムノーク民主国も三割は頂きませんと。

 フェアリーテイル増産計画に一番資金を投入したのは我が国ですから。

 本来なら増産できた分は全部我が国が受け持ちたいところなんですけどね」

「それは聞けません。

 最初に商談を持ちかけた我がジョイス商会としては、後から来て引っ掻き回している貴女には出ていってもらいたいくらいなのですからね」


 ジロリとヨハンナはケンゼン女史を牽制するような目で睨む。


「あら、我が国の半分も資金を出し渋っているギルドのお言葉とも思えませんが」


 ホホホと笑いながら受けて立つケンゼン女史も結構なやり手っぽいな。



 ぶっちゃけると、ここに集っている五ヶ国で二割ずつのシェアで我慢しておけばいんだが、それぞれにはそれぞれの思惑がある。


 例えば、フソウのミカワヤさんは、先程の言葉の通りトラリア王国と自由貿易都市アニアスの割当分も欲しいのだ。

 商圏の管理をフソウが代行しているようなので主張としては理解できなくもないんだけど、他国のギルドがそれを認めていなければ通らない話である。

 まあ、フソウは結構な軍事国家なので、その軍事力を背景にしての発言力で押してくるのは仕方ないがない。


 んで、ルクセイドのジョイス商会は、他の地域の商業ギルドが目を付けるよりも前に、ここのフェアリーテイルに手を付けて少量ながら流通を開始していた。

 俺たちがルクセイドで副団長と飲んだフェアリーテイルがソレだ。

 最初から商圏を作っていたという実績は商人にとっては金には変えられないほどの価値がある。

 だから彼女だけが三割と言われていて、それを他の人たちも納得しているのだ。


 となれば残りの七割が取り合いとなるのだ。

 ヨハンナさんとしてはもっとシェアが欲しいんだろうけど、他の強面たちの向こうを張ってシェアの切り崩しが出来るとは思っていないんだろう。


 面白いなぁと思って見ていたら、ケンゼン女史が冷たい視線を俺に向けてきた。


「辺境伯様、黙ってらっしゃいますけど……

 コリン男爵が黙っておいでのようですし、貴方様がこの談合に参加なされたら如何ですか?

 オーファンラント王国が受け持ち分を減らされてはお困りになるのではなくて?」


 挑戦的な視線に俺は苦笑いで応える。


「いやいや、俺が口を挟んだら全員が不本意な結果を招きかねません」

「随分な自信ですこと」


 ギロリと睨まれているけど、俺の視線はケンゼン女史の顔に行ってないのであまり怖さは感じません。

 どこに行ってるのかはご想像にお任せ。


「それなら、貴方が第三者の目線でこの談合のまとめ役をして頂ければありがたいのですが」


 ミカワヤさんがそんな提案をしてくる。


「あ、いや。

 辺境伯様は、オーファンラント王国の重鎮であらせられる。

 そんな方のお手を煩わすのは気が引けますな」


 エドモンダールが汗を拭きつつ、俺に口を挟むなと遠回しに言っている。


 まあ、はっきり言って俺は部外者ですからなぁ……

 商業ギルドにも伝手はないし。


 俺がここにいるのはラビリータ嬢のご厚意によるものだ。


「俺はお土産程度の量を分けてもらえればいいんだけど……」

「それで……そのお土産とやらは何樽程度をお考えなの?」

「樽……?

 いや、俺は瓶で一〇本くらい分けて貰えたらなぁ……

 なんて簡単に考えていただけでね」

「一〇本……?」


 全員がポカーンとした顔をする。


 あれ?

 一〇本分って結構な量なのかな?

 一樽分って外界だと瓶で一本とかで計算されてるんかな?


「多いなら五本、いや二本くらいいいんだけど……」


 俺が心配になり本数を減らした途端、全員がハッと我に返った顔になる。


「い、いえ。

 一〇本程度では半樽にも満たない量ですから、気にする量ではありませんね。

 村で消費される分から出してもらえるでしょう」


 あまりの量の少なさにミカワヤさんが安堵しつつも説明してくれた。


 そうか。

 一〇本程度なら半樽分にも満たないのか。


「まあ、ここには五箇所の商圏を担う商業ギルドの人たちが集まっているワケですし、俺としては各々二割ずつで我慢してはいかがかと言いたいところですが……

 そうも行かないワケですよね?」

「まあ、ルクセイドのギルドが三割とみんなで決めてありましたから。

「ふむ……」


 俺は少し目を閉じて考える。

 一分ほど思案を巡らせてから目を開ける。


「ヨハンナさん」

「はい。何でしょうか?」

「ジョイス商会は、フェアリーテイル以上の利益を既に上げているはずですが、ここのシェアに拘る理由をお聞かせ頂けますか?」


 唐突に俺がそう言うと、ヨハンナさんは面食らった顔で「え」とか「それは……どういう」などと言葉に詰まっている。


「いや、フェアリーテイルは確かに市場では珍しい酒類ですよね。

 でも、ルクセイドの商業ギルド……というよりジョイス商会は、巨人の果実酒の流通経路も確保してますよね?」


 俺の言葉に全員の視線がヨハンナ女史に向けられた。


「あ、貴女!?

 巨人の果実酒も手中に収めてますの!?」

「ま、まさか。

 あそこにはいくら商談を申し込んでも話すら聞いてもらえていないのに……」

「す、すみません……

 巨人の果実酒って何でしょう……?」


 エドモンダールさんは知らなかったみたいだけど、他の面々は食いついたね。


「あ、あの、いえ……」


 他の面々に詰め寄られてヨハンナさんはタジタジになっている。

 時々彼女が俺に恨みっぽい視線を向けてくるが、安定した市場を形成しようとするギルドという組織にいるモノが、公平に情報を提供していないようなので暴露しただけの事ですよ。


 あの時、副団長は飲み会に巨人の果実酒を一本しか持ち込まなかった。

 それは扱っている量が相当少ないって事だ。


 商業ギルドというよりジョイス商会が直接販路を築き上げたんだろうと推測する。

 だとすると健全な市場構築を是とする商業ギルドには秘密にしておく案件だったに違いない。


 だが、彼女は商業ギルド員だ。

 知っていたなら公開する義務があったはずだ。

 それを公開していない段階でジョイス家の手のものとしての立場が強いという事だ。

 それはこの場の立場としては不公平だろう。


 ならば、俺が少々情報を暴露してやるのが順当だろう。

 俺は立場をないがしろにして欲張る彼女の家系に加担するつもりはないのだ。

 既に飛行自動車という最高軍事機密を売却するという特権を与えたんだ。

 これ以上特別待遇してやる必要はないだろう?


「そんな事を秘密にしていたんだし、ここの受け持ち分くらい目をつぶった方が健全な市場を維持できるんじゃないかな?」


 俺の言葉に他の面々はコクコクと頷く。


「一応、ラムノークが独自の増産計画を提案して資金面でも一番協力しているみたいですね」


 ラビリータ嬢が見せてくれた資料を元に応える。


「お目が高いわ、辺境伯様。

 まさにその通りです」

「ふむ。これだけ資金を出しているなら、ラムノークは三割くらい受け持っても問題ないんじゃないかな?」


 それだけ割り当てられないとペイできないほどの資金が出てるからなぁ。

 折角増産される目処が立っているなら、それを計画したギルドが報いられる必要があるだろう。


「今までは二割半と主張なされておいででしたが、三割なら文句はありますまい?」

「そうね。辺境伯様のご意向に不満は無いわね」


 ヨハンナさんが何か言いたそうにしていたが口は開かなかった。


「それとフソウのミカワヤさん。

 大陸西側の一帯を受け持っているのならば三割は必須でしょう」

「よ、よろしいので?」


 フソウ、トラリア、アニアスの枠を一手に引き受けているなら当然だ。


「となると……」


 エドモンダールが段々残念そうな顔になる。


「そうですね。

 ラムノークとフソウが三。

 グリンゼールが二。

 ルクセイドとオーファンラントは一割でいいんじゃない?」


 全員がやはり意外そうな顔で俺を見てくる。


「オーファンラントが一割なんですか?」

「ああ、ウチの国はそのくらいで良いと思うよ。

 必要なら市場価格よりも高い金を払って仕入れればいい」


 既にオーファンラントは世界で最も金持ちな国家である。

 俺の領地であるトリエンの所為なんだが……


 フェアリーテイルのシェア程度では釣り合わないが、世界に還元していく必要がある段階だと思うんだよね。

 今後も他国に資金援助をしていかないと、国家が金太りして各国から顰蹙を買いかねないからな。


 ま、この程度の商談で目くじらを立てる事はない。


 オーファンラントは魔法道具開発において世界市場を牛耳っているのだからね。

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