第30章 ── 第15話
とりあえず用意された椅子に座っておく。
コリン男爵の左隣なのだが、彼は真っ青な顔で下を向いてブツブツ言ってるだけになってしまった。
よほどショックだったのかね。
右隣はエルネル・エドモンダール氏だ。
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
辺境伯という事はオーファンラント国王陛下直臣の方となるんでしょうか?」
「陛下の部下になったつもりはありませんが、まあ俺が助けられるところは助けるって感じですかね」
「トリエン地方は国王直轄領でしょう?
お名前から直轄地領主代行閣下って事だとお見受けしますが」
情報が遅いのは外界と通商路が確立されておらず、遮断されている状態に近いからかもしれん。
「いや、前はそうだったんだけど……
今はトリエン地方全土が俺の領地ですよ。
永代領主になって、もう三年くらいになりますかね」
「三年……
なるほど。
私が国を出て、もう四年も経っておりました……」
エルネルは遠い目をして少し笑った。
「ところで、エドモンダールとおっしゃいますと……」
「ああ、やはりオーファンラント貴族の方なら知っておられますね。
王国貴族グレゴール・エドモンダール伯爵と私は親戚筋となります」
伯爵ってグレゴールって名前だったのか……
名前知らないとか失礼に当たりそうだし助かります。
「伯爵とは新年会でお会いしましたよ。
私の領地の特産品を早速扱ってもらう事になりました」
俺がそう言うとエルネルは「ほう……」と少し意外そうな顔をした。
「近年は街道使用に問題があるとかで随分と厳しいと聞いていたのですが。
辺境伯様とのご縁から良い影響を受けているなら嬉しい限りです」
エドモンダール伯爵は公国でも名うての商人だったそうで、若くして公国の貴族に抜擢された。
トントン拍子で子爵まで上り詰めた頃に、王国にヘッド・ハンティングされたという経歴だったそうだ。
それ以降は、俺も知っての通りだ。
最初は良かったが、モーリシャス勢に押されて落ちぶれたワケだ。
今は、ウチの商品などを扱うようになって、大分マシになったみたいだけどね。
やはりシルク製品はかなりの利益を生み出せる商品だという事ですね。
「公国から能力を頼まれて王国にいらっしゃった人ですからね。
つまらない派閥争いで埋もれていて良い存在じゃないですよ。
王国の為にもっと働いてもらわないと」
「あら、エドモンダールさん。
新顔の貴族さんを独り占めするのはいかがなものかしら?」
エドモンダール氏の隣はヤスミーネ・ケンゼン女史。
アゼルバード王国の隣に位置するラムノーク民主国出身の女性だ。
このラムノークという国は話によれば民主主義的な社会体制を持つ珍しい国だ。
ただ、健全な民主主義国なのかは謎だ。
多分だけど本質的には寡頭政治になっていると俺は睨んでいる。
名門家系が代々支配者層として納めているに違いない。
理由?
このヤスミーネ・ケンゼン女史を見れば解るだろう?
エリート意識が服を着て歩いているような印象だ。
まあ、目的の為なら色も使いそうな部分があるのは、若干ビックリではあるんだけど。
「これは、失礼を。
辺境伯様、こちらはラムノークの商業ギルドを代表しておられるケンゼン氏でございます」
「ああ、どうも。ケントです」
俺はペコリと軽く頭を下げて挨拶をしておく。
色気ムンムンで目の毒っぽい雰囲気なんだけど、目が全く笑っていないのが怖いですね。
しかし、俺の行動にケンゼン女史はポカーンとした顔で一瞬動きを止めた。
「先程から思いましたけど、上級貴族にしては腰が低くてらっしゃるのね」
意外だと言われたが、まあコリン男爵を見ているとオーファンラント貴族は傲慢だと思われていても不思議ではないね。
「まあ、元々貴族じゃないですからね」
「え? そうなの?」
「そうなのですか?」
ケンゼン女史もエドモンダールさんもビックリしている。
「ええ。
俺は元々冒険者だったんですけどね。
ちょっと武功を上げる機会があったんで、陛下の目に留まったって感じで」
「それはそれで凄いじゃない」
「どのような武功をお上げになられたのです?」
やはりどこの世界の老若男女であれ冒険譚は好きなんですかね。
「初めはワイバーン討伐で噂になった感じですかね」
途端にピキリと二人とも固まった。
「ワ、ワイバーンなんてものがオーファンラントには出ますの……?」
「出るんですよ」
俺がニコやかに答えると、ケンゼン女史は顔を歪めて「恐ろしい」と唸る。
彼女も商人なので、ワイバーンのような魔獣の恐ろしさ、厄介さをよく承知しているのだろう。
街道が整備されても、そういう自然の脅威を取り除けねば、効率の良い通商路を整備できたとは言えない。
「下級としてもドラゴン種ですよ……?
我ら公国商人は南部山脈のワイバーンにどれだけ苦しめられたか……」
そこまで言ってエドモンダールさんは「はっ!?」と声を上げた。
「も、も、もしかして……国から手紙で知らせてきたオ、オリハルコン冒険者というのは……」
「ん? ああ、確かに俺もオリハルコンですね。
というか、俺一人ってワケじゃないんですけどね。
ウチのチーム員は全員オリハルコンですよ」
魔族連は冒険者ではないのでチーム員とは数えないが。
「オーファンラント王国の英雄様ではないですか!?
こんな所まで何をしにいらっしゃってるので!?」
エドモンダールさんが大きな声を出したので全員がこっちを向いたのは言うまでもない。
「こんな所とは何だ?」
近くの棚から資料などの準備をしていたラビリータ嬢が、不機嫌そうな顔で振り返る。
「あ、いや、失礼……」
エドモンダールさんは慌てて謝りつつも椅子に座り直す。
「英雄かどうかは知りませんけど、運が良かったとは思ってますよ」
「運が良かったって……」
半ば呆れた声を出すエドモンダールとは対照的にケンゼン女史の目は計算高い色を湛えている。
まあ、下級ドラゴン種を狩れるだけの武力は、そうそうお目に掛かれないという事だろう。
本来なら軍隊案件だからね。
「少々お話に加わらせて頂いてもよろしくて?」
ヨハンナ・ジョイスが話しかけてきた。
「どうぞ」
「ケント・クサナギ辺境伯様ですね。
私、ジョイス商会のヨハンナと申します。
以後、お見知りおきを」
「レオナルドさんのご親戚ですね」
俺がそういうとヨハンナさんはニッコリと笑う。
「やはりご存知でいらっしゃいましたか」
「そりゃ、俺の魔法道具にとんでもない値段をつけた人の身内の人くらいは把握しておかないと」
「伯父様が購入した例のアレは、やはり貴方様が……!」
「あ、知ってるんですね」
「世界中の親族に手紙で知らせてきましたから」
ヨハンナ・ジョイスが一人だけ納得顔をしているが、周囲の人々は全く理解できないでいる。
「一体何の話ですかな、ジョイス殿?」
「私は教えて頂いてもよろしくてよ」
「辺境伯様がらみの情報なのですか?
金貨を五枚積み上げても良いので教えて頂きたい」
コリン男爵以外は食いつきが良いねぇ。
レオナルド・ジョイスが何かを買って親族に自慢したというだけで仕入れるに値する情報なんだろう。
「ああ、飛行自動車を売りましたね。
後はカイロと圧縮炭ボードくらいですかね」
「「「ひこうじどうしゃ?」」」
ヨハンナさん以外は「何だそれ」といった反応だ。
「空飛ぶ馬車……馬は必要ないので自動で動く
自動車とはそういう意味でございましょう?」
ヨハンナさんはあのジョイス家の人間だけあって、品物に関する理解力が高いですな。
「そういう事です。
レオナルドさんは商人だから、グリフォンで空を飛べないのを何とも口惜しく思っていたそうで……
何か飛ぶモノに乗って空を飛びたいという夢があったみたいですねぇ」
それを実現したモノを俺が作ったと知り、居合わせた全員の目の色が変わったのは仕方がない事だろう……ヨハンナさん以外は。
「それも確かに凄いのですが、私は先程辺境伯様がおっしゃりました『カイロ』なるものに大変興味をそそられました。
伯父様の手紙には、その『カイロ』についても書かれていました」
ヨハンナさんはお茶を一口だけ口に含んで喉を湿らせた。
「一応、本国から見本を送ってもらいましたが……
アレは素晴らしい商品でした!。
あのような素晴らしいものを発明していらっしゃる辺境伯様の発想力は、まさに天から与えられた才能と言うべきでしょう!」
うわ。
凄いヨイショ頂きました。
ありがとうございます。
この世界は炭の文化がなかったみたいなので、圧縮炭ボードなんかはかなり良い商品だと俺も思います。
一欠片に火を付けてその上に飯盒を置けば、しっかり炊き上げられるだけのカロリーを発生しますからねぇ。
エネルギー効率が非常に良いものです。
それを暖房器具として使うのは自然の流れだと思うけど、普通はそうは思わないらしい。
空を飛ぶグリフォンに乗る文化があればこそって事ですかね。
俺や仲間たちは、空を飛ぶよりも前にデルフェリア山脈で凍死しかねない環境を体験しましたからね。
アレのお陰で思いついたんですよねぇ。
優れた魔法道具に魅力を感じる人たちも立派ですが、生活等に密接に関わる商品に価値を見い出せる感覚を持つヨハンナさんは結構な大人物になりそうな予感を覚える人ですね。
俺も商人のまね事をするので、彼女の感覚は見習いたいと思います。
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