第30章 ── 第14話
「旦那、こちらで少々お待ちを」
雷拳のリータことラビリータに案内されて出張所の応接間のような場所に通された。
各国の息の掛かったギルド員たちが集まって毎日会議が開かれているんだそうで、彼女はその会合に俺が顔を出しても良いと許可をくれたんだ。
彼女にはかなり気に入られたみたいで嬉しいやら恥ずかしいやら。
兎人族は本来非常に引っ込み思案で荒事は好まない性質なんだそうだが、彼女は血のにじむような努力でコミュ障を克服したらしい。
それだけで俺は彼女を尊敬するし、教えを請いたい気分になる。
それはさておき、今回兎人族特有の能力が重要になる。
種族スキルというモノらしいが、見るだけで良い人か悪い人かを見分けることができるらしい。
もちろん絶対的な効果を持つスキルじゃないんだが指針としてはかなり使える能力らしい。
もちろんこれはラビリータ嬢も使える能力だ。
最近は腕っぷしで解決してきたので、久々に俺に使ってみたらしい。
そしたらとんでもなくイイ人判定が出たらしい。
まあ、俺は聖人君子じゃないし、性格は結構捻くれている。
気分屋だし、とても褒められた性格じゃないんだが。
もっとも、間違った道を歩くつもりは毛頭ない程度には、常識的な人間だとは思っているよ。
んで、俺を今回の話し合いに噛ませるのは、計画に良い効果があるんじゃないかとラビリータ嬢がピカリと閃いたらしい。
各国ギルドが鎬を削る場に俺が出ても邪魔なだけって気がしないまでもないが、経済学を修めている自信はあるので、お言葉に甘えて顔くらいは売っておこうかと思う。
ラビリータ嬢がこういう権限を持たされているのも驚くんだが、ヴァリスから絶大な信頼を得ているようでかなりの自由にしてもいいって言われているらしいよ。
出されたお茶を飲みながら二〇分ほど待っただろうか。
ようやくラビリータ嬢が戻ってきた。
「旦那、よろしいですか?」
「ああ、問題ないよ」
ようやく俺が顔を出す事を各国ギルド員に了承されたようだ。
俺は残ったお茶を飲み干してから立ち上がった。
ラビリータ嬢の後について歩きながら、会議室で待っているギルド員のステータス・ダイアログを参考までに目を通しておく。
ルクセイドはジョイス商会の人間が来ているようだ。
名前はヨハンナ・ジョイス。
やはりジョイス家の人間だね。
レオナルド・ジョイスの姪にあたる人物らしい。
フソウ竜王国からは、ソウエモン・ミカワヤという商人が来ている。
彼は王都マツナエの大手酒問屋のようだ。
例のヤマタノオロチに献上した大樽の酒を用意した店らしいよ。
要はやり手って事だよね。
グリンゼール公国からは、エルネル・エドモンダールという人物が来ている。
貴族ではないようだけど、エドモンダールの名を許されているんだし縁者なんだろう。
ラムノーク民主国からは、ヤスミーネ・ケンゼンって女性が来ているようだ。
裕福な商家の娘らしけど、父親は元老院の仕事もしているみたいだね。
巷では「ワガママ淑女」などと呼ばれているようですね。
お高くとまった人物なんですかね?
そして我が国からはエマードソン商会の手の者が来ている。
ライック・コラン男爵という貴族だ。
社交界とか新年会で会った記憶もないんだけど、どんな人物なのだろう。
こんな危険地帯に派遣されているのだから、それなりの人物なんじゃないかと思う。
あの有能な商人貴族エマードソン伯爵が送り込んできた人物なんだし、無能ではなかろう。
以上が俺のステータス画面や大マップ画面で知り得た情報だ。
帯に短し襷に長しって感じですな。
何も知らないよりかはマシって程度か。
ラビリータ嬢はとある扉の前まで来るとノックをしてから扉を開いた。
中から「等分するべきでしょう」とか「投資額も大事ですが?」など言い争っている声が漏れてくる。
「ケントの旦那をお連れした」
入り口あたりでラビリータ嬢がそう言い放つと、部屋の中の喧騒がピタリと止まった。
俺は恐る恐る入り口から中を覗き込む。
全員の視線が俺の顔に注がれた。
「あ、いや、どーも。
お邪魔しますよ」
俺は無意識に手刀を切るような仕草をしてしまう。
日本人あるあるですかな。
その仕草を見て一番奥に座っていた人物が「ほう」と言いながら笑った。
ミカワヤって人です。
「ケントさんとやらは、フソウの人ですな?」
「え?」
ミカワヤさんにそう言われて俺は固まってしまう。
「違いましたかな?
その手刀を切る仕草は我らフソウの酒屋たちの伝統の作法のはずですが……」
いえ、そんな伝統的作法は知りません。
突然そんな事を言われても困ります。
俺が困惑しているのを感じてか「違うのですか……失礼しました」と言ってミカワヤさんは座り直した。
「ウフフ、早速お手付きですねミカワヤ殿?」
「あ、いや。
失礼しました。お国の方かと早合点しました」
「リータ女史が顔合わせに連れてこられた方だ。
我らとは関わりのない方では?」
「頭数が増えてしまうと割当が減ってしまいますわ」
「ふん。どうせ冒険者上がりの行商人であろう。割当は最小でいいだろう」
言いたい放題である。
ラビリータ嬢は、うんざりした顔をしつつも俺を紹介する。
「この方はケントの旦那。
私が認めた方だ。
失礼のないようにしてほしいな」
「どうも、ケント・クサナギです」
俺は名字まで名乗る。
「クサナギ?」
ミカワヤさんは「やはりフソウの人間では?」と小さく呟いた。
それに比べてその隣に座っていた二〇代半ばの女性は顕著な反応を示した。
「これはお初にお目にかかります。
お会いできて光栄でございます、クサナギ様」
スーツが似合いそうな才女って感じですが、彼女はヨハンナ・ジョイスさんですな。
どうやら、俺の名前を知っているように感じる。
「どうも、はじめまして」
出された右手を軽く握り返しておく。
「クサナギという家名はフソウにありそうな響きですが……」
エルネル・エドモンダールという人物は、そう言いつつも握手を求めてきた。
二人の反応を見てミカワヤさんも右手を出してきましたよ。
「それで、飛び入りの貴方はどのくらい出せますの?」
足を組み直しつつ、右手も出さず、扇子を開いて口元を隠してそう言ったのが、例の「ワガママ淑女」って称号持ちの人です。
ケンゼンっていうんだから健全な人であって欲しかったが、ロングスカートの左右にスリットが入ってて生足見せまくりな人は健全じゃないよな。
利があると見れば色も使いそうな人物のようです。
本当に淑女なんだろうか……
で、我が国の人間は、俺をなりで判断しているらしいです。
あまり好人物ではなさそうですな……
エマードソン伯爵を買いかぶってたかもしれん。
この人も握手はしない主義みたいです。
さて、高慢ちきな貴族が大嫌いな俺としましては、世話になっているエマードソン伯爵には悪いと思うけど、こいつは排除の方向で動きます。
「これはこれは。オーファンラント王国の貴族ともあろうコリン男爵が、随分と高飛車な態度ですな。
対外交渉担当としては不適切と言わざるを得ませんな」
俺がピシリと嫌味を言うと、コリン男爵は顔を青くしたり赤くしたりしながらワナワナと震え始めた。
「な、なんだと!?
冒険者風情が私を愚弄するつもりか!!」
コリン男爵がベルトに挿してある
「その手を柄に掛けた瞬間に斬るよ」
ギラリと光る俺の目から発せられた威圧が部屋内の全員に効果を与えた。
全員が息をするのも忘れて身動きが取れなくなった。
これはラビリータ嬢にも同様の威圧効果を与えた。
「ま、このくらいにしておきますかね」
俺は威圧スキルの発動を止めた。
途端に全員が思い出したようにゼエゼエ・ハアハアと言い出す。
「流石は旦那だ。
とんでもない殺気ですね」
ラビリータは酷い目にあったのに何故か嬉しげ……というより顔を上気させてる感じだった。
「コリン男爵。
本国から離れて長いのかもしれないが、貴族年鑑は取り寄せて目を通しておくといい」
「くっ……何故私がそのような事を……」
俺が忠告しているのに、聞き入れようとしていないなぁ……
「あんた、バカか?
ケントの旦那はあんたよりも爵位が上の上級貴族だよ?
オーファンラント王国のね」
「は?」
ラビリータ嬢に呆れたように言われてコリン男爵がポカーンとした顔で俺を見上げてきた。
「ああ、そうなるね。
オーファンラント王国貴族ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯だ。
よろしくな」
「デ・トリエン……?」
さらにアホな顔つきになっていくコリン男爵。
彼も我が国の貴族なので「デ・トリエン」ってのが名前の後ろに付く意味をよく知っているようですね。
まあ、何年も本国に帰ってない場合、俺という存在を知らなくても仕方ないんだけど、エマードソンに告げ口でもされたら確実に切り捨て要員にされかねない状況ではあるよね。
エマードソン商会、いやそれよりも上のモーリシャス領に莫大な利益を生む魔法道具の流通を任せている地方領主に失礼な口を利いたんだからねぇ。
御家断絶なんて言葉も視野に入れるべき案件かも。
俺はモーリシャス領主ハッセルフ侯爵と立場的にはほぼ同じ権力を持っているからね。
ま、権力をひけらかすのは俺は嫌いなので、こいつみたいなアホ貴族のような真似はしません。
安心してもらいたいところではあるが、そう言ってやる義理もないんで、権力の影に怯えて生きていけばいいと思うよ。
我ながら意地が悪いかな?
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