第30章 ── 第13話

 食事の後、部屋に戻って寛ぎながらも色々考える。


 この村に来てから、不愉快な扱いを受ける事ばかりだ。

 マリス縁の村だというのに、その連れに態度が悪すぎる。

 マリス以外はアウト・オブ・眼中って印象だ。

 連れに対してもその態度ってところが解せん。


 ヴァリスたちの態度は改まっているので、古代竜の怒りはさすがに怖いんだろうな。


「ハリス、どう思う?」

「何が……だ……?」

「村人の態度だよ」


 ハリスは少し口を噤んでから分身をどんどんと出して影に送り出していく。


「調べて……みよう……」

「頼む」


 ハリスが動き出した。

 これで色々捗るだろう。

 何が捗るのかは謎だが。



 ベッドの上でウツラウツラしているとハリスに身体を揺らされて俺は目を覚ました。


「ん……?」

「待たせた……」

「おつかれさん。何か判った?」

「ああ……」


 ハリスの調べによると、このエックノール村は現在例のフェアリーティルの商品化によって森の外からの資本流入が起こっているらしい。

 各国の商業ギルドがシェアの獲得に向けて鎬を削り合っている状態なのだそうだ。

 フェアリーテイルの安定供給が叶えば巨万の富を築けるとあって、本国の有力商会から送り込まれた商業ギルド員たちが暗躍している最中だという。


 なるほど、それであの態度か。


 俺は昼間の商業ギルドが詰めているという大きな建物での出来事を思い出した。

 外からの訪問者はギルドとしては邪魔な存在となりうるのだろう。

 けんもほろろで追い出されたのはそんな理由が考えられる。

 一応、明日また来いと言われているが、兎人族の腕利きが内々に始末を付けるって寸法なんじゃないかな。


 村の方はというと、思わぬ外貨の流入に戸惑っているが、悪い気はしないといったところか。


 エックノール村は村としては比較的大きい方だろう。

 古代竜の名の庇護が人口増加を呼んでいる所為か、金が必要なんだろう。


 何にしても大金が絡むと碌なことがない。

 人の欲ってやつは果てがないからなぁ。


「となると……オーファンラントからも来てるのかな?」

「当然だ……エマードソン……商会が……」

「やっぱりか」

「ああ……」


 出張所で名前が出てきたから多分そうだとは思っていたけどやっぱりか。

 さすがはエマードソン商会といったところだな。

 あの資金力があれば世界樹の森の内部に人手を送り込むなんて事も可能だろう。

 ハリスの調べではエマードソン商会に所属するギルド員には護衛として二〇人からの護衛が付いていて、村の片隅に建物を借りて陣取っている。


 他にもルクセイド王国、フソウ竜王国、グリンゼール公国、ラムノーク民主国と名だたる国々がギルド員を送り込んできているそうだ。


 各国の投資による資金流入でフェアリーテイルの増産の目処が立った。

 今は村の囲いを拡張してキラービーを増やしている最中みたいだ。


 ちなみに、キラービーを手懐けている方法は、キラービーが好む匂いを発する香を使っているとの事。

 村の錬金術師が開発した香らしく他所の土地には出回ってない。


 確かに蜂蜜が大量に作れればミード酒系のフェアリーテイルの増産は上手く行きそうだね。



 翌日の朝、ヴァリス宅で朝飯を食べてから商業ギルドの出張所へど出向いた。

 お付きはハリス一人だ。

 もちろん影に隠れて付いてきているだけなんだけどね。


 出張所と聞けば小さそうにみえるけど、この建物はかなりでかい。

 何人かの商人風の人族が護衛を伴って入っていくのが見える。


 その入口の前に兎人族の受付けにいた女性が完全武装で待っていた。

 とは言っても革鎧に鉄製の手甲ガントレット脛当てグリーブ



「待たせたかな?」


 俺がそう声を掛けると兎耳の美人は飛び上がった。


「逃げずに来たみたいだね」

「やはり手荒い歓迎をするために明日って言ったみたいだな」

「解ってて来たってのかい、いい度胸だね」

「あんたは商業ギルドに雇われているワケだろう?」

「いいや。ここの族長に雇われているのさ」

「へぇ……」

「これ以上、売り先が増えると色々面倒なんでね。

 新規のヤツには諦めてもらうように言われているのさ」

「なるほど、それで腕利きの受付係がいたワケか……」


 兎人族の女性はニヤリと笑う。


「そこまで解ってて来たのかい?

 本当いい度胸だね」


 兎耳がガッチーンと拳を打ち合わせる。


「雷拳のリータの拳は確かに硬そうだな」


 俺がそう言うと兎耳は顔色を変えた。


「私の二つ名を知ってて来たってのかい……」


 大マップ画面で光点をクリックすれば名前も二つ名も丸裸にできるっす。

 レベル四四の拳闘士フィスト・ストライカーなのも解ってますよ。


「それじゃ始めようか」


 俺はニヤリと笑いながらファイティング・ポーズを取った。


 こいつを何とかしないとフェアリーテイルを仕入れて行けないなら、しっかりと相手をするべきだ。

 マリスの仲間だからって俺はズルをするつもりはないのだ。

 実力を見せれば文句は言わないだろうし、相手するのは当然だろう?


 俺の構えを見て兎耳は真剣な表情になった。

 剣を吊るしている人族が素手で構えたのだから、相当腕に自信があると見たのだろう。


 まあ、こっちはレベル一〇〇だし、あえて相手の土俵に立った上で勝つなんて芸当もできるんだよ。


「くはぁ……はっ!」


 兎耳が不思議な呼吸をしつつ拳を握った腕を妙な動きを付けて振った。


 呼吸法ってやつかな?

 空手で言うところの「息吹」ってヤツかも。

 剛体法などの準備段階だったっけ?

 格闘家じゃないから良く解らん。


 兎耳はそのまま左手を前に、右腕を腰の横に備えるようにして構えた。


「行くぞ……はぁ!!」


 ズンと前に一歩足を出すと、腰に添えられた右拳あたりにパリッと音を立てながら稲光が走った。


 おお?

 あの手甲ガントレットって魔法の武具なのか!?


 などと思う刹那……雷光をまとった拳が襲いかかってきた。


 だが、俺のレベルからしたらスローモーでしかない。

 無詠唱で雷耐性付与エンチャント・レジスト・ライトニングの魔法を使いつつ左の手のひらで打ち出された拳を内側に流すように軽く押してやる。


 兎耳の拳は綺麗に弧を描いて無力化できた。

 そのまま俺も一歩踏み込むと右拳を兎耳の鳩尾みぞおちに添えるように当ててから、横をすり抜けるように足を運ぶ。


 まあ、寸止めってヤツですな。


 兎耳は、ハッとしたような顔をしつつ俺から飛び退くように距離を取った。


 さすがの脚力です。

 一飛びで一〇メートル以上離れたよ。


 だが、この離れた距離で兎耳の警戒心が窺い知れるね。


「お前……相当な腕だなっ……!

 拳闘士フィスト・ストライカーが何故剣を下げている!」


 いや、拳闘士フィスト・ストライカーじゃないんだけど。


「俺は剣士ソードマスターだよ」

「そんな訳あるか!!」


 兎耳は激昂する。


「あれだけの技を見せておきながら剣士ソードマスターだとっ!?

 嘘も大概にしておけ!」

「いや、マジで」


 俺はステータスを表示して兎耳に見えるようにした。

 警戒しつつも兎耳は俺のステータスを見に近寄ってきた。


「マ……魔法剣士マジック・ソードマスターだと!?

 オーファンラント王国……辺境伯!?」


 俺のステータスを貪るように見た兎耳がワナワナと震え始める。

 かなり弱体化した数値を表示させているとはいえ、レベル六〇ぐらいにしてあるが、それでも彼女よりもかなりレベルが高いのだ。


 彼女はそのまま尻もちを付いてしまったのだが、すぐに気を取り直して俺の前に跪いた。


「申し訳ない!

 これほどの強者だとは思わず、失礼な態度を取ってしまった!」

「あ、うん。

 いや、どうしたの?」

「我ら森の民は強者を敬うように育ってきた。

 強者だからこそ、どのような態度でも許される」


 彼女がかなり不遜な態度だったのも彼女自信が強者だという自負があったからのようだ。

 それが許されるのが世界樹の森なんだろう。


 確かに、強き者を養成するかのような世界樹内ダンジョンなどから察するに「力こそ正義」ってヤツって事ですか。

 その辺りはウェスデルフと同じ感じ考えなのかも。


 彼女は獣人族だし、当然その色が濃くなるワケだな。


「貴方は実力を私に示した。

 その力に敬意を払わずば森の民とはいえない」

「解ったよ。

 それでギルドの人たちに会わせて貰えるかな?」

「当然、ご案内する」


 彼女は腰に括り付けてある袋から能力石ステータス・ストーンを取り出す。


「もう少々したら全員寄り合い部屋に集って無駄な言い合いが始まるだろう」


 ふむ。

 時間を確認したみたいだ。

 能力石ステータス・ストーンの時計表示機能は便利ですからね。


 現在の時刻は八時四〇分。

 各国の商業ギルド員が集まるのは九時くらいって事かな?


 一瞬で勝負がついてしまったので少し時間が余ってしまいましたな。

 もう少し手合わせを長引かせても良かったかも。


 なにせ、兎耳の彼女は言動はともかくボン・キュッ・ボンですからねぇ……

 揺れる谷間は絶品だったので。

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