第30章 ── 第11話
次にマリッサが連れて行ってくれた場所は鍛冶屋だ。
村の中にある鍛冶屋としては比較的大きな作業場なのは、やはり世界樹の森では武器や防具が非常に高い重要度を持っているからだろうか。
ただの見学なので作業場の中にまでは入らずに見ていることにする。
作業員は基本的にダーク・エルフだが、親方と呼ばれている人物はドワーフだった。
やはり鍛冶屋といったらドワーフだなどと思うところだが、ドワーフの町や村以外でドワーフが鍛冶屋をやっているのは珍しい。
ファルエンケールは特別だと考えた方がいい。
女王が放浪の旅をしていた流浪のハンマー氏族を保護したからドワーフやスプリガン、ノームがいただけで、本来はエルフの町にドワーフはいないものなんだそうだ。
その逆も然り。
ハンマール王国にはドワーフ、ノーム、スプリガン以外の種族はいないってワケ。
「ここの親方はアンバール・トングさんと言いまして、修行の旅とかでお国を出られた方なんです。
五年前の襲撃事件の時にちょうど村に寄られておりまして……」
マリスに助けられたことをキッカケに、この地に根を下ろすことにしたんだそうだ。
この村も腕のいい鍛冶屋がいなかったので渡りに船だったみたいだね。
彼は半ドラゴン化した為にぶっ壊れたマリスのフルプレートを修理したこともあるらしい。
当時、この辺りでフルプレートを直せる鍛冶屋はいなかっただろうし、マリスの恩人と考えていいだろう。
見学していると、親方であるトング氏が作業場から出てきた。
「おう! マリッサの嬢ちゃんじゃねぇか!
また刃こぼれでも作ったのか!?」
「ち、ちがいますよぉ~。
今日はお客さんに村を案内してまわっているんです!」
「お客?」
トング氏はジロリと俺と仲間たちを見る。
「人族とハーフエルフ……それと猫人族?
随分と珍しい取り合わせじゃねぇか」
「マリストリア様のお連れさんなんですよ」
「マリストリア様が来ているのか!?
こうしちゃおれねぇ。
今、どちらにおられる!?」
「今は族長とお話中ですので……」
「そうか。
んじゃ、後で俺のところに顔を出してくださるように伝えてくれねぇか?」
マリッサと話していたが、最後のは彼女の隣にいる俺に向けて言ったようだね。
「マリスに何か用でも?」
「ああ、
作り終わる前に出発されてしまいましたんで」
五年前に頼んでた装備か。
「うーん、マリスの今の装備は俺が作ったヤツだからなぁ。
ちょっとトングさんが作った装備を見せてもらっても?」
「兄さんが作った?
兄さん、鍛冶屋なんか?」
「俺は
「へえ、そいつは珍しい」
「だから、パーティ・メンバーの装備の作成と修理、保全は全部俺がやってるよ」
「ちょっと待ってておくんな」
トングは作業場に入り
「これなんですがね」
マリスが出会った時に使っていた
内側は木製、鉄の取手が付いていて腕を固定する為の革のバンドが十字に貼ってある。
その表面を鉄板で補強しているので、軽量かつ防御力を重視した作りだ。
覗き穴も付いているので、盾を構えた状態で敵を視認できる。
覗き穴は俺がマリスに作ってやったヤツにも付けた機能だが、彼もそこに行き着いているとすると中々戦闘にも詳しい鍛冶屋なんだろう。
この
当時のマリスはレベル一桁だっただろうし、その頃だったら間違いなく満点といえる出来だ。
「いい出来なんだけどなぁ……」
俺の残念そうな口ぶりにトング氏は不安そうな表情になる。
「これじゃ不味いですかい……?」
「いや、当時のマリスなら何の問題もなかったんだ」
「ってことは……」
「うん、今のレベルでは……」
「もう五年も前のモノですから……
もう少し良い素材が良かったですな。
しかし、ミスリルが作れる炉もありませんで。
とてもコレ以上のものは無理ですな……」
確かに、さっき外から覗いたら普通の炉だったし、あれでは魔法金属の精錬は無理だろうな。
スプリガンもいないから魔力の注入も上手く出来ないだろう。
「ふむ。
トングさんはドワーフだし、設備さえあればミスリルまでは加工できるよね?」
「一応、国でそのあたりまでの技は修めましたが……」
「ちょっと作業場をいじらせてもらっても?」
「何をなさるんで?」
トングさんは不安な表情を拭えないようだった。
「以前、マリスが世話になったみたいだし、少々礼をしておこうかと思いましてね」
俺は早速作業場内の溶鉱炉とそれに付随する設備を見て回る。
魔導バッテリーと魔導コンデンサを増設すれば、ミスリルくらいまでなら何とか加工・精錬できそうな作りだな。
アダマンタイトを溶かすのは無理だけど……
俺はインベントリ・バッグから在庫を漁り、小さめの魔導バッテリーと魔導コンデンサを取り出して加工を開始する。
ものの三〇分くらいで溶鉱炉の加工は完了。
これでミスリルのインゴットを作成できるだろう。
俺の作業を見ていたトングさんがポカーンとした顔で見ていた。
「どうですかね?
スプリガンがやる工程を魔導回路で再現したんですよ。
これなら魔力注入の作業はコレがやってくれますのでミスリルの精錬ができます」
俺が話しかけるとトングさんは弾かれたように顔を上げて俺を見た。
「す、凄い加工技術をお持ちですな!
見ていて惚れ惚れするような技だ……!」
トング氏は早速溶鉱炉に火を入れる。
職人の厳しい眼が光っている。
彼は
肌感覚で熱の温度を感じ取っているようで、ちょうどよい温度で
「いい塩梅ですな」
彼はニヤリと笑った。
「いいミスリルが鍛えられそうです。
なんとお礼を言っていいやら……」
爽やかな笑顔のトングさんが手を差し出してきたので俺も掴んで答える。
「いや、マリスがお世話になったようですし、このくらいのお返しはさせていただきますよ」
ミスリルの製造はドワーフの秘伝であるが、俺もマストールに教えられて精錬はできる。
まあ、この村でミスリル製のアイテムが作られるようになれば立ち寄る商人や冒険者も色々捗るんじゃないかな。
トングにお礼を言われつつ鍛冶屋を後にしたワケだが、マリッサが心配そうな顔をしていた。
「あの……」
「ん? 何かな?」
「さっきのヤツですけど……壁に備え付けてたアレって魔法道具では……?」
壁に備え付けてた……?
魔導回路のことか?
「ああ、魔法道具って言うほどのもんじゃないけど、魔力を周囲から集めて圧縮してから炉に送り込む機構です」
「大変貴重なものに見えたのですが……」
「貴重ってほどでも……」
いや待て。
今のティエルローゼ大陸では貴重か。
基本的に新品のパーツを手に入れようとするならトリエンの魔法工房で作ってもらうしかない。
新品でなくてもいいなら、古代遺跡で発見するって手もあるが、もし発見できても使えるようにするには整備が必要だし、アリーゼのような修理技術がないと動かない事の方が多いのではないだろうか。
俺は苦笑してしまう。
この大陸における魔法道具の基礎技術は一般的にはロスト・テクノロジーなのだ。
それを復活させたのはソフィアだし、それを研究・発展させたのはシャーリーだ。
俺は、それを継承したに過ぎない。
もちろん、俺が考えた部分もあるが、彼女らの功績には及ばないだろう。
「確かに貴重かもね」
「そんな貴重なモノを村に頂いてもいいのでしょうか……
払えるお金はそんなにないと思うので……」
ああ、金銭を取られると思ったのか。
そういう事は族長とかが考える事だと思うが、村民でも不安になるほど貴重な技術と感じたのだろうな。
「まあ、気にしないでいいよ」
「で、でも……」
マリッサは不安を拭いきれないようでオロオロしっぱなしだ。
そこに後ろから「はぁ……」と溜息を吐く音が聞こえてきた。
「貴女、あんまり気にしない方が良いわよ?
ケントの気まぐれだろうし。
あの程度の魔法回路なら経費的に銀貨五枚くらいじゃない?
大したもんじゃないわ」
エマさん、原価計算が正確です。
高いのは中身にミスリル板が何枚も入ってる魔導バッテリーですかね。
それでも、原価率的にいえば銀貨三~四枚程度。
魔導コンデンサに至っては増幅用に一つ使っただけなので銀貨一枚にもなりませんね。
もちろん、売り出す時にはそれ以上に上乗せしますので、結構な金額になりますが。
原価的には銀貨五枚以下ですかね。
「そうですね。
あまり気にしなくていいですよ。
マリスが世話になった村なので、このくらいのサービスはしておいてもいいかと思うんで」
まあ、その後トング氏がミスリル製の武器とか防具とか作り始めるでしょうから、もっとビックリしちゃうことになるんじゃないかな。
森の外だったら貴族が目の色変えるだろうし。
ま、金に困った時にでも流通路に乗せれば良いんじゃない?
ここには商業ギルドが常駐してるみたいだしね。
ミスリル製の武具は、金貨で二〇〇枚くらいが相場かな。
なんらかの効果の付与がされたらもっと行くんだけど、さっきも言ったようにロスト・テクノロジーなんで、この村からミスリル製品が流れたところで世界経済が混乱するような事にはならないだろうしね。
一応、炉には大量に流せない程度の制限は細工してあるので問題ないだろう。
ミスリル・インゴットを一日一個程度作れるって感じの制限ね。
それ以上の魔力は集められないようにしてあるワケ。
一日一個じゃミスリル製品の大量生産は無理だろう?
ハンマール王国はなんとかウチの対抗馬になり得るけど、あそこは永久付与の魔化技術はないからな。
まあ、その内ロスト・テクノロジーになってしまったこういった技術も世界に広めていく必要はあるかもしれないね。
いつまでもウチの工房だけでやってると手が足りなくなるだろうし。
そういう仕事をするなら、俺がトリエンに腰を落ち着かせてからになるとは思うけどね。
今は冒険をしていたいので、まだまだ先の話だ。
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