第30章 ── 第10話

 古代竜の血を舐めてヴァリスの呪いが解けたという話は大変興味深かった。

 血液は錬金薬の素材として優秀なのは知っていたが、ドラゴンの血に解呪の効果があるなんてことは知らなかった。


 まあ、錬金術に関してはフィルがいたので極めようという気がなかったので勉強を怠ってたんだよね。

 これからは、そういう知識も仕入れておくべきなのかもしれない。

 俺が使わなくても工房で必要になるかもしれんしね。


 一応、ゲーリアが錬金術師だそうなので、ドラゴンの血にそんな効果があるのか聞いてみたところ、素材に使ったことがないので解らないとのこと。

 今度試してみようとボソリと言っていたのを聞き耳スキルが拾ってきたんで、ゲーリアはマッドサイエンティスト枠として扱う事にした。


 さて。

 一応、村の顔役とは話が終わったので、村の中を案内してくれるというのでお願いしてみた。

 今回は俺とエマ、魔族連の五人で観光しますよ。


 マリスはヴァリスと積もる話もあるようだし、アナベルは一応肩書きに「聖女」が入っているので、村の人々に祝福とか治療とかを施しに行った。

 村の神様はアルテルのような気がするんだが、危険な世界樹の森の中なんだし戦の女神マリオンの加護でもありがたいのは間違いない。

 ハリスは周囲の偵察とか言ってて、相変わらずの生真面目さんである。

 トリシアは、村の防衛体制が珍しいらしくて警備隊の隊長に面会に行った。


 おまけのゲーリアは、酒蔵を見たいとかで一人で出掛けていった。

 まあ、酒作りは錬金術にも関係深そうな雰囲気なので興味があるんだろうね。



 案内してくれる人が来るまで集会所の前で待っていると、しばらくして若いダーク・エルフの女の子がやってきた。


「あ、あの……マリソリア様のお連れの方たちでしょうか……」

「うん、ケントだ。君が案内してくれるのかな?」

「あ、はい。私はマリッサです。よろしくお願いします。」


 お願いするのはこちらなのだが。


 マリッサのステータスを確認しておく。

 彼女は斥候スカウトという盗賊シーフ系の職業クラスで、レベルは二九だ。

 外の世界の冒険者ならゴールド・ランクくらいになれる結構高いレベルなんだが、世界樹の森ではあと一歩といったレベルだろう。

 もう少しレベルを上げれば一人前といったところか。


 マリッサは几帳面な性格らしく、村の出入り口から反対側の出入り口まで村の隅々まで案内してくれるそうだ。


 ほどほどで良いんだが、張り切っているマリッサを見ると断りきれません。

 まあ、案内の道中に村の概要とか村付近のロケーションなどの情報も仕入れておくとしようか。


 このエックノール村は、人口がおよそ五〇〇人ほど。

 五年前のゴブリン襲撃後は一時期的に人口が二〇〇人くらいまで減ったんだが、古代竜のニーズヘッグ氏族のニズヘルグ一族の名によって守護された村という情報が出回ったようで、直ぐに近隣の村に住むダーク・エルフたちが集まってきた為、今では倍以上の人口になっているんだとか。


 この村の中ではマリスが古代竜が人族に変化した存在だという事は周知の事実なんだそうだ。

 まあ、住人の前で半ドラゴン化したらしいのでバレてるのは仕方ないですね。


 五年前の事件でヴァリスもマリスも大きめの怪我をしたらしく、マリスはこの村で二ヶ月ほど過ごしたようだ。

 マリスが村に滞在していた頃のエピソードも色々話してくれたんだが、今のマリスとあまり変わってないなぁって印象でした。


 マリスは基本的に子供に人気がある。

 このダーク・エルフの村でも子供たちのボスみたいな存在だったらしい。

 エンセランスやグランドーラの姉貴分だし、トリエンの孤児院でもガキ大将やってるしね。


 この村の特産品だが、これは後で仕入れられるだけ仕入れておこうと思う。


 なんでかって?

 それは酒だったからだよ。

 エルフが作る酒は、外界では目が飛び出るほどの高値で取引されるのだよ。

 何種類か手に入れたし口にもしたけど、安いヤツで一本金貨一〇枚とかするからな?


 ちなみに銘柄は「フェアリー・テイル」だ。

 そう、ゲーマルク副団長が持ってきたあの酒だ。

 種類的にはミード酒になるんだと思うんだけど、普通の蜂蜜じゃなくて世界樹の森に棲息しているキラービーという獰猛なモンスターが集めている蜜を使っているらしい。


 モンスターで養蜂とかパネェな……


 もちろん、キラービーはモンスターなので非常に危険なのだが、この村の養蜂師たちはキラービーに自分たちを仲間だと勘違いさせる事ができるらしい。

 スキルなのか何か道具を使うのかは教えてもらえなかったけど、村の秘伝だと言ってるし仕方がないね。

 そんな理由で、キラービーの巣箱がある区画には案内してもらえませんでした。


 ちなみにマリッサの情報によれば、ゲーマルクが持ってきたもっと珍しい別の酒「巨人の果実酒」はこことは別の村が作っているらしいです。

 その村は、この村から世界樹の反対側の方に行くとある村だそうで……

 後で行きたいとは思ったけど、向かっている方向が逆なので今回は残念だが諦める事にする。


 他の情報としては近隣にもいくつかの村や町があるそうで、鬱蒼とした森なのに結構人類種が住んでいるんだなぁと感心した。

 とは言っても世界樹の近隣にあるだけで、世界樹から離れれば離れるほどに人が住んでいる土地は少なくなるんだそうだ。


 距離によって古代竜の威光が薄まっていくワケか。

 世界樹の近隣と森の外周付近が人類種が結構いるエリア、それ以外は強力なモンスター蔓延る無法地帯って感じなんだろう。


 そんな危険地帯を行き来しているであろう行商人はマジで逞しいですな。

 金になるからなんだろうけど、命の危険はかなりのモノだろうし、正直「よくやるよ……」と思う。


 マリッサに行商人について聞いてみたんだけど、彼女が斥候スカウトとして仕事をし始めたのは最近らしく、あまり詳しいことは知らないそうだ。

 ただ噂では人間の場合もあるし、ナーガとか普通のエルフなんかも買付けに来るらしいとは聞いているようだ。

 そういった行商人は木の上まで来ないので普通に生活していると見かけないんだって。


 それでも彼女は二〇人ほどのドワーフ集団を見たことがあるらしく、後でそれが行商人グループの一つだと聞いたという。

 ドワーフの行商人集団ってのも珍しいなぁと思ったが、ハンマールの奴らならありえる話だよね。


 今回の案内で地上の施設を殆ど見せて貰ったんだが、世界樹の森にある村にしては結構色々と揃ってるなと感じた。

 宿屋、酒場、雑貨屋、鍛冶屋、薬屋など冒険者が生活するのに必要な店は一通り揃っている。

 冒険者ギルドは勿論ないけどね。

 ただ、商業ギルドの出張所は存在した。


 フェアリー・テイルという高価な酒類を扱うだけあって、大陸各地域の商業ギルドが人員を送り込んで来ているらしい。


 金の為なら労力を惜しまない商業ギルド……パネェな。


 そういう事で、一応商業ギルドの送り込んでいるギルド職員に挨拶しておこうと思い、俺は商業ギルドだと紹介された木造平屋の建物の入り口に気軽に入ってみた。


「ごめん下さ~い」

「あ゛あ゛!?」


 入り口から入った途端、ヤクザみたいな口調の声が耳に飛び込んできて一瞬ビビった。


 見れば、受付みたいな場所に兎人族の女性が椅子に座って寛いでいるのが見えた。


 ボン・キュ・ボンの美人さんなんだが……

 すんごいやさぐれてる……


「あんた誰?」


 その兎人族の女性の第一声がコレ。


「あ、いや、ケントです……」

「どこのケントよ?」

「え? オーファンラントの?」

「オーファンラント? エマードソン商会かい?」

「え!? エマードソン伯爵って、こんな所にも手を出してるの!?」

「あ゛あ゛ん、違うんかい?

 じゃあ、どこのケントなんだい?」


 俺がアワアワしている内にかなり怪しまれてしまった。

 そこへ、颯爽と前にでるアモン。


「失礼極まりない人ですね。

 我が主は、オーファンラント王国トリエン地方領、領主クサナギ辺境伯ですが?

 貴女がそんな態度して許されるお方ではありませんよ」


 アモンに眼光鋭く睨まれても兎人族の女性は怯まない。


 コレって結構凄い事なんじゃね?

 レベル一〇〇の剣の達人に睨まれてしれっとしてるヤツなんて見たことない。


「ここはお前さんたちのお国じゃないだろ。

 どこの貴族だろうが、ここじゃ意味がないんだよ」


 まあ、確かにそうだ。

 彼女がどこの商業ギルドに所属しているかは知らないけど、少なくともオーファンラントの商業ギルドではなさそうだね。


「その態度、後悔しても知りませんよ」


 アモンが腰の剣に手を伸ばしそうだったので、俺は彼の右手をガッチリと抑える。


「いや、失礼。

 ウチのもんが偉そうな態度を取って」

「解かればいいんだ。

 で、そのケントさんが何の用で?」

「この村はフェアリー・テイルが名産だって聞いてね。

 一応仕入れて帰りたいし、商業ギルドがあるとか聞いたんで勝手に仕入れてもいいのか聞きに来たってところかな?」


 俺がそう言うと、兎人族の女性はジロリと俺を上から下まで舐めるように見てくる。


「明日、また来な」


 そういうとシッシッという仕草をして来た。


「何よ! こちらが下手に出てると思って!」


 外に出ると、エマが我慢していた怒りを爆発させた。


「まぁまぁ、落ち着け」


 基本的に、こんな世界樹の中心付近に住んでいるヤツはみんなレベルが高い。

 彼女も一応調べてみればレベル四四の猛者だった。

 まあ、俺らからしたら大したことないんだが、森の外の人間種では伝説級の存在だ。


 出会った頃のトリシアより高いんだから当然だろう。

 なので、人類種としては最強の部類に入る。

 彼女もそれを自覚しているだろうしデカイ態度なのは仕方がない。

 マリッサも彼女を叱責できるほどの強者じゃないしな。


「エマさんの怒りもごもっともです、主様。

 妾がキッチリと躾けて来ましょうか?」

「いえ、結構です」


 アラクネイアもお怒りなので、しっかりと断っておかないと……


「まあ、アレは我が主の力を見抜けぬ愚かもの。

 我らが相手をするのでは些か過剰戦力になりますな」


 俺の気持ちを汲んだフラウロスの言葉に少し救われますね。


「そういう事だ。

 弱者を相手にしても無駄な騒ぎを起こすだけだからね。

 みんな、堪えてくれ」

「仕方ないわね」

「仰せのままに」

「主様がそう言うなら」

「御意に」


 みんなが納得してくれたので、俺は胸をなでおろした。


 まあ、彼女はどうやら村が雇った現地採用の人らしいので、外の世界の国やら貴族が何を言っても従う義務もないみたいですし、横柄な態度なのも頷けます。

 彼女的にはって意識もあるって事ですかね。

 あれだけの腕っぷしがあれば、他国のギルド員やら行商人やらに脅されても対処できるでしょうしな。


 明日来いって話ですし、明日にしましょうか。

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