第30章 ── 第7話

 世界樹の探索も終えたのでここから旅立つ事にした。


 世界樹の天辺から戻った次の日の朝、俺は仲間たちを連れて異世界樹の入り口に向かった。

 俺たちの後をマリスの家族たちがついてくる。


「見送りは不要なのじゃぞ?」

「そういう訳にはいかないよ、マリソリア」


 ゲーリアが苦笑しながらマリスの頭を撫でている。


「そうだぞ、マリたん。

 ゲーリアに起こされた時、お前が外に出て冒険者になって帰って来たなどと聞いた時は心臓が止まるかと思ったのだからね」


 マリスの父親って俺らと話す時は偉そうなんだけど、マリスと話す時はデレるんだよね。


「父上はそういうが、我が外に出ると申したら許してくれたかや?」

「マリたんが言うなら……」

「許さないわね」

「許しませんね……」


 父親キールが肯定しようとした途端、母親セリソリアと兄のゲーリアが否定した。

 キールの「えっ!?」って顔はギャグでしかない。


「じゃろうのう……我もそう思っておった。

 じゃから、兄者に頼んでコッソリ外に出たのじゃぞ」


 ゲーリアがキールに睨まれて身じろぎをする。


「まあ、もう済んだことですし……

 父上、そんなに睨まないでください」

「ふん。まあ良い。

 マリソリアが成長して戻ってきたからな。

 私としてはいつまでも可愛いマリたんでいて欲しかったが、それは親のワガママというものだろう」

「ははは……」


 ゲーリアは苦笑いをし、セリソリアは肩を竦める。


「我はまだ冒険の最中じゃから、また出掛けるのじゃが……

 今回は許すのかや?」

「仕方ないだろう。

 既に約束があるのだろう?」


 キールはマリスの前にひざまずいてその目を覗き込む。


「うむ。我はケントの盾じゃ。

 いつでもケントの傍らに居らねばならぬ」


 マリスは俺の方に振り返って親指を立ててニヤリと笑う。

 俺はそれに笑顔で頷いておく。


 キールから鋭い視線を向けられてしまうが、娘を持つ父親って怖いもんだと数々の文献に記述されているので、俺は下っ腹に力を入れてそれを平然と受け止める。

 あの目、マジで殺気みたいの感じるんで怖いんですけど。


「それでは父上、母上。

 私も行ってまいります」


 キールとセリソリアが首を傾げた。


「どこへ出掛けるんです?」

「大陸の東にあるトリエンという街まで」

「「「は?」」」


 俺が素っ頓狂な声を上げるのは当然だが、マリスやキールたちもビックリしている。


「ほら、初めて来た日だったかな?

 お茶をごちそうした時に約束したじゃないか」


 ん? そういやそうだったっけ?

 そういや視察を許したような気がするな。

 それなら仕方がないが……


「それは冒険の旅についてくるって事なの……?」

「君たちと一緒に行かなければ、君が言っていた工房には入れないだろう?」


 確かにそうだが……


「まあ、冒険の旅程は、このまま東に世界樹を旅してオーファンラント王国へ向かう道筋なんだけど、問題ないね?」

「大丈夫。

 保存食、着替え、錬金道具、資料など、全部無限鞄ホールディング・バッグに入れてある」


 用意周到と言わんばかりだが、ゲーリアが持っている無限鞄ホールディング・バッグは標準的なモノとは少し違ってバックバック型で珍しい。


「随分珍しいヤツだな」

「ああ、世界樹に侵入を図った冒険者が持っていたものだよ。

 一〇〇〇年くらい前に手に入れたんだ」


 どのくらい入るのかは解らないけど、形状から考えても標準型のヤツよりは入りそうですね。


「兄者、ケントに迷惑を掛けるでないぞ?」

「ああ、解ってるよ」


 ゲーリアはバックパックを背負い、ベルトに付けている別の無限鞄ホールディング・バッグから杖を取り出した。

 腰の無限鞄ホールディング・バッグの反対側にはポーション用ポーチが装備されているし、その横には筒状の入れ物が吊り下がっている。

 あれは多分スクロールとか地図を入れるヤツだろうか。


 ローブに杖とか、典型的な魔法使いスペル・キャスター装備ですなぁ。

 彼は錬金術師を名乗っているけど、メインの職業クラスはウィザードでレベルは五八。

 レベルが仲間たちよりも大分低い。


 五八もあれば、一人旅で世界樹の森を旅しても危険はなさそうだけどね。

 それでもソロで旅をするのは俺も経験したけど寝る時など、どうしても警戒を怠ってしまう場面が発生するので結構難しいんだよな。

 なので、こういう機会でもなければ彼が人型で旅することなんてないだろう。



 二時間ほどまっすぐに東へと進む。


 フォックがマリスの頭の上から進行方向を指で差す。


「うむ、了解じゃ。

 しかし、以前ここを通った時は進むのも難しくてのう……」


 今のマリスはレベル一〇〇なので、灌木程度で進む道を阻まれる事はない。

 器用に小剣ショート・ソードを使って道を切り開いていく。


 マチェットみたいな武器を用意しておくべきだったかな。


 さらに一時間ほど進んだ頃に、マリスが懐かしそうな顔で周囲を見回している。


「ここじゃ、このちょっと開けている場所で最初の野営をしたのじゃ」


 確かに野営しやすそうな感じはするな。


「ここでヴァリスに出会ったんじゃよ」


 時々出てくる名前だ。

 マリスによればエルフの若者だそうだが。


「最初に目を合わせた時はビックリしたものじゃ。

 なんせ狼じゃったからな」

「エルフなのに狼なのか?」

「人狼の呪いを受けていたのじゃ」

「ほう。この世界のワーウルフは呪いによって狼になるのか」


 ゲームによっては病気だったり色々な設定があるしな。


「ヴァリスから聞いた話じゃが、ワーウルフを殺すと呪いを受けるそうじゃ」

「ん? ワーウルフと人狼の呪いを受けた人は別扱いなのか?」

「ワーウルフはそういう種族じゃと聞いたのじゃ。

 呪いを掛ける種もいるとか何とか。

 詳しくは知らぬ」


 ワーウルフという種族もいるって事?

 ふむう。よく判らん。

 獣人の狼人族とは違うんだろうし、普通に人にも化けられるって事だろうか。


 動物の姿に変化できる種族を俗にライカンスロープというのは知っているが。

 元々ギリシャ語だったっけな。


 そういう意味で言えば、フォックもライカンスロープか。

 フォックは神獣の類だそうだし、ワーウルフも神獣系なんじゃないか?

 それだと「呪う」のも理解できるな。

 いわゆる祟りってヤツですな。


 それにしても、マリスにとって懐かしい場所らしいので、ここで昼食がてら休憩としましょうか。


「んじゃ、ここで昼飯にしようか」


 俺がそういうと、ハリスが無限鞄ホールディング・バッグから幌布を取り出して地面に敷いた。


 その四隅に他の仲間たちが落ちている石を拾って重石として置いていく。


 俺は敷かれた幌布の真ん中に今日の昼食用に用意しておいたサンドイッチの包みを並べる。


 テキパキと休憩準備を進める仲間たちを見て、ゲーリアはポカーンとしている。


「こら兄者よ、働くのじゃ。

 ケントの国の言葉に『働かざるもの食うべからず』という言葉があるそうじゃぞ?

 昼ご飯がもらえなくなると困るのじゃぞ?」

「あ、ああ……

 それでマリソリア、僕は何をすればいいのかな……?」


 それを聞いたマリスが深い溜息を吐く。


「役立たずじゃな」

「な、なんと!?」

「枯れ枝でも集めてくると良いのじゃ。

 多分、今夜は野営をすることになるじゃろうし、そうであれば薪がそれなりに必要になるのじゃぞ」

「あ、ああ……

 なるほど、今から集めておくわけか」

「そういうことじゃ」


 野営の段になって集めるのでは周囲は暗くなってくるし大変だしねぇ。

 まあ、インベントリ・バッグ内にキッチリと薪屋で買った薪束が大量にあるんで集める必要はないが、マリスが以前の旅を思い出して覚えた知識を披露しているワケだし、水を差す必要はない。


 それを見守るマリスだったが……

 見守られているのも気づかずに薪を集めるためにウロウロしているところに、雑草に隠れた木の根に脚を取られてゲーリアがステーンと転んだ。


 マリスがやれやれと肩を竦めた。


「最初、我はアレより酷い有様じゃったからのう……」


 そりゃそうだ。

 俺も初めてのボーイスカウトの時は何をして良いのかさっぱり解らなかったしな。


 転んだゲーリアはバツが悪そうに立ち上がり、顔を赤らめながらもローブについた土埃をパンパンと払う。


 みればハリスが、彼に分身を一人つけたのが見えた。隠密スキルを使っているようなので気づかれてはいないけども。


 世界樹の森はかなり危険なので護衛は必要だろう。

 ハリスの兄貴は相変わらずがないですね。


 一〇分ほどで仲間たちの準備も終わったみたいなので、幌布のシーツの上に仲間たちと車座に座る。


「今日はサンドイッチです。

 具はトンカツ、鳥のササミサラダ、きゅうりとゆで卵のマヨネーズ和え、明太マヨネーズなどなど」


 ゴクリと喉を鳴らす者が何人か。


「まあ、説明はこのくらいにして、食べるとしようか。

 それでは、頂きます!!」

「「「「頂きます!!!」」」

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