第30章 ── 第7話

 ホブゴブリンたちは、この階層からずっと下の方、一五階を縄張りにしているとか。


 仲間たちに聞いてみると「そう言えば多かった階があったな」と余り確信はないよう答えが返ってきた。

 まあ、ホブゴブリンが嘘を吐いていたとしてもメリットもデメリットもないのでどうでもいい事だ。


 俺は仲間たちに休憩しているように言っておき、一人でホブゴブリンを連れて下り階段区画へと連れて行ってやった。

 その俺の行為にホブゴブリンは混乱気味な顔になった。


 不思議に思って「何でそんな顔してんの?」と聞くと、再びホブゴブリンは顔を見合わせて困惑した表情になった。


「オラたちは弱者に区分される種族なんで、無視されるか餌になるか……」


 そう言う鍛冶師ホブゴブリンに他のホブゴブリンも頷く。


「この前はゲリュガンが大蛇に追い回されてた」

「昨日、エリュッペグがミノタウロスに連れて行かれた」


 どうやら基本的には弱者として扱われているんだな。


 だが、そんな中でも俺たちが蹴散らした部隊だけは違う運命を模索してきた奴らなんだそうだ。


 一五階のホブゴブリンは保護システムに守られているらしく、ある一定の数を保てるようにされているらしい。

 その数を越えなければ、他のモンスターからはその存在を無視され続ける。

 そして一定以上に人口が増えた途端、他のモンスターから餌として扱われ始める。


 ホブゴブリンは何とも救われない存在のようだ。

 彼らの言うことが本当であれば、それは世界樹システムという牢獄で一族郎党が「他のモンスターの餌として行き続けろ」と言われているようなものである。


「世界樹からの脱出は考えていないのか?」


 そう聞くと、またもや顔を見合わせている彼ら。


「他にどこに行けと言うんです?」

「オラらは弱小種族だし、よそに移っても境遇は変わりませんけど」


 世界樹からの脱出という言葉の意味が良くわかっていないような?


「いや、世界樹の外に出た方がもっと安全なんじゃないかと思うんだよ」

「世界樹の外?」

「外って何です?」


 やはり、そうなのか。


 万年単位で世界樹の内部で生きてきた彼らは、この中以外の世界を知らないのだ。

 確かに、この中で生活を続ける限り一定数の人口は保証される事になる。

 それは種の絶滅が起きないって事なのだろう。


 弱い種族には、それは幸せな人生なのかもしれない。

 だが、自由はないよな?


 実際、俺たちが蹴散らした部隊は、一五階のくびきから逃れようとしてたはずだ。

 この生き残りのホブゴブリンは彼らに連れてこられただけで、部隊が持つ真の意味は理解していないという事に違いない。


「そうか……

 まあ、知らないなら仕方ないな」


 双方向ポータルを利用してホブゴブリンたちと一五階へと移動した。

 ポータルを出ると、慌てた様子で二〇人ほどの武装ホブゴブリンがポータルのある広間に駆け込んできたのが見えた。


「モルグモグ! 無事だったか!?」


 俺が連れてきたホブゴブリンを見た一人が、大きな声を上げた。


「おー、オリオグ。

 オラたちは無事だぞ」


 武装ホブゴブリンたちはホッと胸を撫で下ろしたようだが、俺の姿を見つけて一瞬で戦闘態勢を取る。


 やはりかなり訓練されているね。


 俺が見せる余裕綽々よゆうしゃくしゃくの態度に、最上位の警戒を見せ始めた。


「モルグモグ! そ、そいつは何者だ!」

「えーと、部隊を蹴散らした奴らの仲間?

 ……間違ってませんよね……?」


 モルグモグと呼ばれたホブゴブリンは、俺の顔を心配そうな顔で覗き込んでくる。


「まあ、そうなるね」


 俺が苦笑して頷くと、モルグモグは安心した顔になる。


「部隊を蹴散らした奴らの仲間だとよ!」


 何の警戒心も持っていないモルグモグたちを見て、武装ホブゴブリンたちは一層混乱した顔になった。


「じゃあ何でそんな顔で……て、敵と一緒にいられるんだ……?」


 オリオグが慎重に言葉を選んでいるのが見て取れる。


 俺を「敵」というカテゴリに入れていいのか解らないんだろうな。

 仲間を殺さずに連れている、予測では「強者」に分類される生物に「敵」と言って怒らせないかどうか考えているに違いない。


「ああ、この方は悪い人じゃないよ」

「そうだよ。オラたちには手出ししてこなかった」

「というより、オラたちの部隊が彼らを襲ったから蹴散らされただけじゃないか?」


 最後の一人の言葉を聞いてオグリオは絶望した顔になった。


「センゲングは、そんなバカな事をしたのか……」


 いや、あのホブゴブリン部隊と出会ったのは一三二階だ。

 本来「餌」の役目しか与えられていないはずのホブゴブリンとしたならば快挙だろうし、十分強者を名乗って良い。

 この一五階前後の階層では敵なしだろう?


 俺が首を傾げているのが判ったのか、オリオグが覚悟を決めたような顔で俺に話しかけてきた。


「仲間を送り届けてくれた事を感謝したい。

 そして、オラたちの仲間が貴方たちに無礼な振る舞いをした事を謝罪したい」


 ほう。道理を弁えているホブゴブリンは珍しい。

 というか、ティエルローゼでは初めて出会った種族なので、他のホブゴブリンもこんな感じなのかもしれない。


「いや、俺には弱者を嬲る文化がないだけだな。

 どう見ても非戦闘員だろう?」


 俺はモルグモグたちを見て苦笑する。


「で、俺たちがぶっ飛ばした奴らは、ちゃんと復活できたか?」

「ああ、何匹かは生きて戻れなかったが……」


 死んで戻ってきたって事か?

 それは保護システムから除外された奴らがいるという意味なのか?


「オラたちは生きて戻ってきた奴らに話を聞いて急いで救出隊を組織したんだ……」


 で、この状況だと。


「ふむ。理解した。

 という事は、保護システムから除外されたヤツがいるって事だな」

「保護システム?」


 この世界樹の中で何百世代以上もの長い年月を生きてきた彼らにとって、保護システムというありがたい機能を認知する事は難しい。

 客観視しようにも、外の世界を知らないんだからできるはずはないか。


「説明すると長くなるよ。

 取り敢えず、こいつらを無事に仲間に送り届けられたみたいだし、帰るとしよう」


 俺はピラピラと手を振って双方向ポータルへと向かう。


「ま、待ってくれ!」


 オリオグに呼び止められて歩みを止めた。


「まだ、何か用事か?」

「オラたちは貴方のような強者は見たことがない。

 せめて種族名と名前をお聞きしてよいだろうか……?

 今後、同じような事を起こさない為にも」


 それは、同じ轍を踏まないって事だな。

 なかなか見どころがある種族じゃないか。


「俺はケント・クサナギ。

 人族に分類されると思う。

 俺の仲間たちは、人族、エルフ、ドラゴン、魔族と多種多様だけどね」


 エルフと魔族はともかく、ドラゴンが仲間にいたと聞いてオリオグが膝から崩れ落ちそうになった。


「何と言うバカな真似をしたのか……

 ドラゴンには手を出してはならぬとあれほど……」


 世界樹において、トップに君臨するのは間違いなくドラゴンだろう。

 それも巷で見かける野良ドラゴンではなく、古代竜と分類される最古のドラゴンたちである。

 ホブゴブリンたちが突然変異種のように種族特性以外に職業クラスを取得できるようになったとしても、それは変わらないだろう。


 ようは基礎能力や生まれ持った特殊能力が段違いなのである。

 ある意味反則な存在なんで、文句を言ったところでどうしようもない。


 現実世界において素手でグリズリーと戦って勝てる人間がいないのと同じだ。


 ん?

 勝てた格闘家がいたって話があるだと?


 バカ言うな。

 そんなヤラセ映像を信じるヤツは、真実から目を背けているアホでしかない。

 素手でグリズリーに勝てるヤツがいたとしたら、それは人類のランクから外れた突然変異の新種を意味する。


 もちろん某究極空手の伝説的な存在にそんな人物がいたとされ、インターネットにも動画がアップされていたのを見たことがあるが、アレは戦ってねぇよ。

 あのクマはじゃれ合ってただけだ。

 さっきも言ったようにどう見てもヤラセ映像なんだよ。

 野生に生きているクマの本気の一撃を受けたら人間だったら死ぬのが普通なんだ。


 体格、筋肉量、爪の存在……

 人間が無傷で受けられるはずがない。

 それが物理法則というものだ。


 生物的な基礎能力で比べるならば、人間は犬にすら勝てない。

 この程度のことは常識なのだがな。


 だからこそ人類は直立歩行を獲得した。

 そして自由になった腕で道具、あるいは武器を手にしたのだ。

 武器によって基礎能力という足かせを外し、万物の霊長に上り詰めたのだからな。

 それを助けたのは知恵であり、言葉である。

 知恵と言葉は、生態的な遺伝情報によって能力の継承をしていく生物の基本を無視し、次の世代に技術や知識を伝承する事を可能にした人類の英知の決勝である。

 これがあったからこそ人間は世界を支配できたのだと俺は思う。



 ま、ティエルローゼではそうは行かなかったんだけどね。

 流石にドラゴンやらには武器を持っても勝てないんだから仕方ないね。


 鱗はタングステン並の強度、あるいはそれ以上だし。

 魔法は使うし、最悪なのはブレスだな。

 アレは戦車すら一撃で破壊するだろうしなぁ。


 まあ、核兵器なら殺れるかもしれないけど、汚染がヤバくて使いようがないだろ?

 ま、ダンジョンとかで遭遇した場合、遭遇距離がン十メートルとかだったら核なんて使いようがないワケで……



 ホブゴブリンは、ゴブリンの上位種らしいから、いささかゴブリンよりも基礎能力は高いに違いない。

 それでもドラゴンなどの生まれた時から圧倒的な破壊力を持つ存在からしたら、人間よりちょっと強い程度でしかない。

 それはどんぐりの背比べであり、大した違いではないのだ。


 それを理解しているからこそのオリオグの言葉ってワケ。

 ドラゴンが仲間にいると言った俺という存在は、ドラゴンと同等の力を有する個体であると理解したって事だね。

 なかなか理解力があるようで助かります。


「君たちは、この世界のルールから少々外れた希少種だ。

 まさか職業クラスを獲得していようは思わなかったからねぇ」

「やはりそう……なんでしょうね……」


 オリオグが言うには、ある世代から突然、何らかの分野に特化した個体が生まれる事が多くなったらしい。

 そういった個体は、大抵は一つの事に特化して能力を発揮しはじめたんだという。

 それは鍛冶や料理などの一般スキルである事も多いが、戦闘に特化した個体も現れるようになった。

 そういった個体は、戦闘を繰り返せば繰り返すほどにどんどん強くなっていく。

 オリオグもその一人だそうだ。


 なかなか面白い事になっている種族だな。

 誰がそれを画策したのかは解らない。

 でも、新しい種族の誕生ってのは「進化」って言えるに違いない。

 彼らの進化が、この世界においてどんな意味を持つのだろうか。


 これは、かなり面白い事象だよね。

 なんだか少しワクワクしてきた俺がいますよ。

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