第30章 ── 第5話

 マリスは貰った小刀を無限鞄ホールディング・バッグに仕舞い込んで白ネズミにもう一つおにぎりを渡した。


「大層なものを貰った。

 もうひとつ分けてやるのじゃ」

「それは誠に有難き……」


 白ネズミは素直に受け取った。


「では、我らは婚礼の儀が途中ですので失礼致します」

「うむ。苦しゅうない」


 深々と頭を下げ、再び穴に戻っていくネズミたち。


 世界樹ダンジョンは謎が多いが、ネズミとやり取りしている時に彼らの光点をクリックして判った事が一つ。


 彼らは世界樹ダンジョンに最初に配置された存在である事。

 彼らには明確な役割が決められており、その役割を世界樹が生まれた頃から愚直に遂行する一族だという事だ。

 その役割とは、世界樹ダンジョン内の清掃管理のようだ。


 いかにダンジョン機能としての保護システムがあったとしても、切り落とされた部位や血痕などは現場に残ってしまう。

 そういったゴミや汚れを片付け、綺麗にするのが彼らである。


 そういった作業の折にアイテムなどが残されていたりする事もあるに違いない。

 貰った小刀はそんななのかもしれない。


 そんな事を考えていたら、マリスが袖を引っ張って俺を呼んでいた。


「ん? 何?」

「貰った剣じゃが」

「ああ、小刀だな。刀の一種だよ」

「フソウの剣じゃというのは判ったのじゃが、我は片刃の剣の扱いは知らぬ。

 後で教授してたも」


 ふむ。確かに片刃と両刃では使うコツは違うのかもしれない。

 俺は片刃の剣を使っているので、扱いが上手いと思われた感じかな。

 しかし、小刀は使ったこと無いなぁ。

 小太刀の使い方と一緒なのかな?

 本来ならアースラに教えてもらうのが順当なのだろうが、あいつは今長く離れ離れなっていた妻子に家族サービスをするのに忙しいだろうから頼れない。


 とりあえず時代劇とかで小太刀の扱い方は見た事あるし、それを参考にマリスと少し訓練してみるか。

 何はともあれ、訓練はマリスの部屋に戻ってからだな。



 午後の探索を開始し三〇分ほど彷徨いているとお誂え向きの相手を発見した。

 レベル五〇のホブゴブリンの一団である。


 レベル五〇なんてのは俺たちからしたら弱い部類の敵であるが、この一団は四〇匹から構成されており、さながら一匹の魔獣のごとき働きを戦闘前から見せた。

 巧みな連携が精妙なエリート・ホブゴブリン部隊な事を証明している。

 こいつらならレベル六〇くらいのモンスターも十分相手ができるのではないだろうか。


 ホブゴブリンの盾兵シールド・ファイターが一〇匹ほど全面に出てきて大盾タワー・シールドを構える。

 その後ろから一〇匹のホブゴブリン槍兵ランサーが槍を突き出してくる。


 後方には支援系の後方部隊が編成されているのが、これまた興味深い。

 ゴブリンやホブゴブリンが軍隊のような構成を考えている事自体が相当珍しい事なので、俺は興味津々で彼らの行動を観察する。


 後方部隊には弓兵アーチャーが九匹、魔法使いスペル・キャスターが三匹、神官プリーストらしき個体が二匹、盗賊シーフが一匹、指揮官コマンダーも一匹いるようだ。


 残りの四匹は非戦闘員らしく、戦闘職としての職業クラスは持っていなかった。

 内訳としては鍛冶師が一匹、荷物運搬要員三匹となっている。


 ホブゴブリンの装備はしっかりと手入れがなされているので、あの鍛冶師が補修や整備担当なのだろう。


 はい。

 ここで頭を傾げいるヤツもいるだろう。

 そう、こいつらは職業クラス持ちのモンスターだという事だ。


 何が不思議かって?

 ゴブリンたちを思い出してくれ。

 あいつらは、職業持ちじゃなかっただろう?

 キングやジェネラルなど個体のモンスター的な種類を示す分類はされていたが、それは職業ではないのだ。


 だが、こいつらは種族と職業が別のモノとして分類されている。

 これは厄介な事だと俺は判断する。


 何故かといえば、同じレベル、同じ職業の人間と比べてみれば一目瞭然なんだよ。

 種族特性の分だけ一般的な人族よりも強いって事だ。


 普通の人族は良くも悪くもプレーンな状態なんだよね。

 能力値も平凡だし、種族特性はあるものの目立ったモノではない。


 エルフなら基礎能力値は人間より若干高いし、鋭敏な感覚を持つという種族特徴も与えられる。

 まあ、ティエルローゼだと人族は他種族よりも不遇な種族なんだよな。


 ドーンヴァースではエルフ、ドワーフ、獣人族など、人族以外の種族は割り振れる能力に上限値があったりするが、割り振れる基礎能力値は、人族と同じ数値だし、不公平な事にはならない。

 ただ、人間と違ってドワーフには暗視能力が付いていたり、ホービットには忍び足スキルが最初からあったりと、人族にはない種族特性が与えられるのが利点である。


 では、人族の種族特性は?

 というと職業、武器や防具になんの制限も受けない事が特性とされるのではないかと思う。


 ドワーフは斧系の武器スキルに特化しているので剣関連のスキルが取得できないとか、人族以外の初期キャラクターには色々な制限が付く。

 イメージ通りのキャラクターを構築する為の枷になるのは間違いないな。


 もちろん、制限解除クエストなどを経て武器、防具、魔法などの制限を外す事が可能なので、最終的なキャラクター・ビルドに種族が影響する事はない。


 話を戻そう。


 ホブゴブリンは、草原の支配者と呼ばれるゴブリンの上位種族である。

 極稀にゴブリン種族から生まれることがあるのだとシャーリー図書館の書物には記載されていた。

 彼らは総じて通常のゴブリンよりも身体が一回り大きく、知能も高いとされているのだが、支配者層たるキングやシャーマンの役割に就く事はできないらしい。


 記憶からホブゴブリンについての知識を引き出してみても、この程度の事しか出てこない。

 眼の前にいるホブゴブリンは、全く別の存在って事なんだろうか?



「オルト・マリスト・ユール……」

「放て!!」


 ホブゴブリンの魔法使いスペル・キャスターが呪文詠唱を開始し、ホブゴブリンの指揮官コマンダーの命令で弓兵アーチャーが矢を撃ってくる。


「ミサイル・シールド!」


 マリスが基本行動として矢から仲間を防衛する。


「ライトニング・ボルト!」


 矢が防がれた途端に、雷撃ライトニング・ボルトの魔法が飛んできた。


「効かねぇよ!」


 ダイアナ・モードのアナベルがアダマンチウム製のウォー・ハンマーをマリスの前に突き出すと、雷撃ライトニング・ボルトがウォー・ハンマーに直撃してスパークする。


 アナベルはありえねぇ事するなぁ……


 ドーンヴァースなら雷撃ライトニング・ボルトはウォー・ハンマーごときで防がれたりせず貫通していく。

 そして射程内の直線上にいるキャラクター全員にダメージが入る処理がなされる。


 ここはティエルローゼという現実の世界なので、金属製の物体を突き出せば避雷針代わりに受け止める事はできるだろう。


 しかし、雷撃ライトニング・ボルトは雷同様に光の速さと同等。

 相対して戦闘をするような距離感では、光った瞬間に目標に到達するはずである。

 それを受け止めるとかありえないんだよねぇ……


 受け止めた雷撃ライトニング・ボルトも、ウォー・ハンマーを通してアナベルにダメージを与えそうなものなのにノーダメージっぽい。


 ステータス・バーをよく見ると、全属性耐性バフが掛かってるアイコンが表示されてた。


 いつの間に……


「アナベル! 行くのじゃ!」

「おう!!」


 マリスが突進を開始し、アナベルもウォー・ハンマーを振り回しながらそれに続く。


「スタンピード!」

「槌技! 大車輪!!」


 当然ながら前衛部隊は一瞬で蹴散らされてしまう。


「トリシア!」

速射「ラピッド・ショット!」


 防壁の無くなった部隊は、もはや的でしかない。

 トリシアのバトル・ライフルが火を吹きホブゴブリンの後方部隊をなぎ倒していく。


「出番がないな?」

「必要……ない……」


 ハリスも納得してるからいいけど、レベル五〇じゃこんなもんですかなぁ。

 レベル一〇〇相手じゃ仕方ないわな。


 死に際、ホブゴブリンの指揮官コマンダーが「む、無念……」とか言って力尽きた途端に消えていった。


 ホブゴブリンなのにやたら強い奴らだったな。

 ウチのゴブリンたちみたいに仲間になって欲しいなぁ。

 それにしても、彼らが外世界に出ていったら国の一つも作れそうなほどに強い存在として認知されただろうな。

 人類種からしたら彼らは本来弱者枠のはずなんだがね。

 環境が彼らを強者に仕立て上げたって事なんだろうけど、面白い存在なのは間違いない。


 ゴブリンの亜種なので人間たちには混沌勢として扱われるだろうし、外世界に出ない方が彼らにとっては幸せだろうな。

 あれだけ強いと平和的であったとしても確実に人間たちから危険視されるはずだし。


 さて、戦闘職の奴らは全員死んで消えてしまった。

 残っているのは、鍛冶師と荷物持ちだけだ。


 全員が全員、壁際で怯えきっていて身を固くしている。


「トリシア、あいつらはどうする?」

「戦えない者まで屠る趣味はない」


 ごもっとも。

 地球でも非戦闘員の虐殺は国際法違反の戦争犯罪だしな。


「おい、お前ら」


 俺は震えているホブゴブリンたちに話しかけた。


「ひ、人族がオラたちの言葉を……?」

「ば、馬鹿な……」


 いや、人間の言葉を話せるゴブリンもいるんだし、馬鹿な事はないだろう。

 俺としてはそう思いますが。


「いや、俺は人の言葉で喋ってるよ」

「は……?

 どう聞いてもオラたちの言葉なんだけど……」

「いや、俺の言葉は全ての生物に通じるんだよ」


 俺はポカーンとするホブゴブリンズにニヤリと笑って見せる。


 俺がニコやかに話しかける姿を見た仲間たちは「また始まったよ」という顔で肩を竦めていた。


 異種族と交渉するのも冒険の醍醐味だと思うので、仲間の態度は無視です。

 世界樹という強者育成システム内では異色の対応ではあると思いますが。

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