第30章 ── 第4話
俺の大マップ画面によって探索に余裕が生まれ、レリオンの迷宮の時のような探索行になりつつあった。
そうなると遊び心も出てくるもので、ずっと戦いたがっていたアナベルをマリスの隣に置いて最前衛を任せてみることにした。
冒険者たるもの、本来なら慎重に事を運ばなければならないので、こんな遊びはご法度だが、
トリシアに確認してみたところ、彼女も
ドーンヴァースにあってティエルローゼにはない職業ではないかという話だが、ならば何故転職できたのだろうか。
アナベルも俺に聞かれるまで自分の
ドーンヴァース上での転職は、全ての
もちろん、転職する
この転職の条件が満たされるとメニュー画面のクラス・タブ内にて転職が可能になった職業のアナウンス・メッセージが表示されるようになる。
転職可能欄の
この機能のおかげで
もちろん転職したくない場合、あるいはメッセージ表示がウザい場合は、職業名の隣にあるチェックボックスを外すと非表示にすることもできる。
俺は
こういった機能が、
よって転職の条件なども謎のままになってしまった。
意図的に
まあ、そういうのは置いておいて……
ドーンヴァース内でも五人しか確認されていない
先に言ったようにHP増大と不意打ちの無効化は判明しているものの、それ以外の部分が知りたいワケだ。
アナベルもその辺りは了承しているし、いざという時はハリスに影渡りで安全ゾーンへ移動させる手筈になっているので問題ないだろう。
昼ごはん用のおにぎりを皆に配布する。
「ハンバーガーかや?
それにしては三角じゃのう……」
三つのおにぎりを紙に包んだものなので、三角柱に見えなくもない。
「マリス……これはおにぎりの包みだ!」
「オニギリ? 鬼を斬るのかや?」
「違う! ご飯の中におかずを詰めて握った食べ物だ!
英語だとライス・ボールだったか?」
トリシアはおにぎりが久しぶりのようで興奮気味だ。
「魔法みたいな名前の食べ物ね。
エマがとんでもないところから古代魔法語に引っ掛けてきたな。
「いやいや、ご飯をこうやって握っておかずを包んで海苔で巻いてある食べ物だよ」
俺は苦笑しつつ説明してやる。
「論より証拠という素敵な言葉があるとアースラから聞いた!
食べてみれば良いのじゃ!」
ビリビリと包を破いたマリスが「あっ!」と叫んだ。
破いた先からコロコロとおにぎりが転がり落ちて床を転がっていってしまう。
マリスは慌てておにぎりを追ったものの、壁の下の方にあった小さな穴に転がり入ってしまった。
「ああ……なんと機動力の高い食べ物じゃ……」
鼠浄土の昔話を思い出してしまったよ。
それにしても機動力て……
何だかトリシアみたいだぞ?
「おむすびころりん……?」
トリシアの囁きを聞き耳スキルが拾ってきた。
やはり君もそこに行き着きましたか。
日本人なら大抵の人は知ってる昔話だよなぁ……
「マリス。
落とした食べ物は拾ったら駄目だ。食ったら腹壊すぞ?」
古代竜が拾い食いした程度で腹を壊すかどうかは解らんが。
「むう……」
マリスが諦めて俺が出したテーブルに付こうとした時だった。
小さな穴から白ネズミが一匹現れた。
他の仲間たちはその出来事に何の警戒心も持たなかったが、俺とトリシアは固まってしまった。
その白ネズミは二本足で立ち上がり、俺たちの方をクリッとした目で見つめて頭を下げたのだった。
「マジか……」
「やはり、おむすびころりんか……?」
俺はトリシアと見つめ合って笑ってしまった。
それを見ていたエマから「何見つめ合ってるの? いやらしいわね」と声がかかった。
いやらしいて……
あまりの言いがかりにポカーンとしてしまった。
「白いネズミがお辞儀してたんだ。
いやらしいのかはともかく……」
「ネズミが?
お辞儀なんてするわけないじゃない」
「いや、したんだよ……」
白ネズミの方を指し示したが、既に白ネズミはいなくなっていた。
証拠物件が消えてしまっては説明のしようがない。
トリシアはというと、非常に不思議な出来事を調べ始めている。
穴は消えてないので、手鏡を穴の前において中の様子を探ってみたり、穴付近の壁を叩いたりしている。
「トリシア、調査は
「……ああ。そうだな」
全員におにぎりの包みが行き渡ったのを確認してから号令を掛ける。
「んじゃ、いただきましょう」
「「「「いただきます!」」」」
おにぎりの包みを開きながら、大マップ画面を開き、先程の穴の中を確認してみる。
ご飯を食べている時でも調べられるのは
他者にウィンドウは見えないしね。
クリックとかドラッグとかは念じるだけだし、ドーンヴァースみたいに手を動かさなくていいのもコッソリ調べるのに適してる。
「おお? 中のおかずが鮭なのです!」
「こっちは……たらこ? たらこなのに辛いのじゃが?」
「それは明太子というモノだ、マリス。
ケントはこんなものまで再現しているのか……さすがだ」
「これは昆布ってやつね。甘辛い感じがご飯と合うわね」
食いしん坊チームのかしましいおしゃべりを聞きつつ、穴の中を調べて眉間にシワが寄ってしまった。
「ケント、どうした?」
トリシアが俺の顰めっ面に気づいた。
「ああ、あの穴の中だけど……」
「何かいたか?」
「いや、別マップになっている」
「???」
そりゃ理解できないだろう。
別空間として切り取られているんだからな。
こんな高度な空間仕様を用意できるとすると……ただのネズミじゃあないな。
転がり込んだおにぎりも消えているしな。
俺はおにぎりにかぶりついた。
「すっぺぇ……」
「あ、ケントさん当たりですね!」
何で当たり?
梅干しは当たりくじ扱いなの?
んで、何でアナベルさんは嬉しげなんですか?
「む……」
ちょうどハリスも顰めっ面になりました。
「あ、ハリスも当たりじゃな?」
「梅干しは当たりなのか?」
「そうじゃぞ?
みんな『うえぇ』って顔になるのじゃからな。
ゆかいな顔が見れて『当たり』じゃ」
そういう意味でか?
全く理解はできないが。
お茶の入ったボトルを取り出して木製のカップに注いでグィッと飲んで喉を潤す。
ハリスも欲しそうに自分のカップを差し出してきたので注いでやる。
「こう、中が見えないと、何のおかずが出るかハラハラするのです」
「いや、そこが面白いんだろう。
お母さんがどんな具を入れたのかワクワクするもんだ」
トリシアがおむすびの楽しみ方を伝授する。
「やはりケントはお母さんなのね」
やれやれって感じでエマが肩を竦める。
まあ、やってる事はお母さんっぽい自覚はあるよ。
「我は梅干しの種が苦手じゃ。
外側は柔らかいのじゃが、かぶりつくとガリッと来るでのう」
「梅干しの種の中には仁という部位があってな。
食べる人と食べない人で分かれるんだよね」
「そうなのかや? 何故じゃ?」
「うーん、諸説あるんだが……」
種の中の仁の部分は天神さまだとか日本では言われていた事がある。
その由来は菅原道真公が梅干し好きだった事が由来だとか。
太宰府で死んだはずの菅原道真が京の都に落雷やら洪水やらを祟りの力で起こすとかで、彼は目出度く怨霊の仲間入りをした。
洪水やら雷を落とすって事で「
彼が好んだ梅干しの中に天神さまがいるとされる由縁である。
この事から「神を食べるとは何事だ!」という理由で食べてはいけないとされているのかもしれない。
さて、別の説としては、この仁にはアミグダリンという毒があり食べ過ぎると青酸中毒を起こして死ぬ事すらあるため、食べたら死ぬという事で食べないとする人もいるのだ。
アミグダリンは青梅の時期の種に含まれている物質なので、梅干しや熟した梅の種にはこの毒素は入っていない。完全に風評被害である。
とまあ、こんな豆知識をマリスたちに話したのだが、「菅原道真とは誰じゃ?」の一言で完全にどうでも良くなってしまったのは言うまでもない。
食事後の事だ。
出発の準備をしていると、小さい声で「これ」とか「もし」と呼ぶ者がいた。
声の方を見ると、白ネズミだった。
「エマ、ほら。ネズミ」
俺が顎で白ネズミを示すと、エマがネズミに目を移してポカーンとした顔になった。
ネズミは二本足で立っており、ペコリと頭を下げたのだ。
「先程は大層なごちそうを頂き、大変感謝しております」
白ネズミは小さい声ながら、しっかりとそう喋った。
「しゃ、しゃべったわ!? しかもかなり古い共通語よ!?」
「え? 共通語? そんなのあるの?」
俺としてはネズミよりもそっちが気になるわ。
「
え? 婚姻?
「これはお礼の品でございますれば、お納めくださりますよう伏してお願い申し上げます」
白ネズミが後ろを向いて合図を送ると沢山のネズミが何かを担いで運んできた。
それは一振りの小刀だった。
「我が落としたおにぎりとやらが剣に化けよったか」
確かにマリスがおにぎりを落としたのがきっかけだし、そういう事になるかな?
マリスは膝を付いてネズミから小刀を受け取り、小刀を鞘からすらりと抜いた。
小刀の刃は青白くうっすらと輝いている。
「見事な剣じゃなぁ。
うっすらと冷気を発しておるおうじゃ……」
「
俺は小刀の魔法特性を調べてみた。
「ふむ……ダメージを与えると冷気属性扱いになるようだね。
それと破邪の力があるらしい」
「破邪……一応、我は黒き邪竜と言われている竜族の出なのじゃが?」
確かに。
ゲーリアは高度な死霊術を人に教えられるほどだし、マリス自身も爺さんを邪竜とか言ってたしなぁ……
「ほほほ、構いません。
邪竜とは弱き者が勝手に呼んだものでありましょう」
白ネズミはそう言うと頭を下げて他のネズミと穴に戻っていってしまう。
「掘り出し物かもしれぬ。
ありがたく頂戴しておこう」
俺もそれには賛成だ。
古い言い回しに「抜けば玉散る氷の刃」とかいうのもあったしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます