第30章 ── 第3話

 次の階に向かう階段に到着したのは正午少し前だった。


「ケントがいるのといないので、ここまで効率が違うとは思いもよらなかったな」


 さすがのトリシアも呆れてため息しか出ないと嘆いている。

 大マップ画面で位置も経路も把握していたのだから当然だろう。


 階段に到着するまでに戦闘らしい戦闘が起きたのは五回。


 その内で厄介だったのは、ウェスデルフにいるとされるナーガ族の上位種族であるラミア族との戦闘だった。


 本来ラミアはギリシャ神話の怪物なのだが、ティエルローゼではドーンヴァース同様にナーガの上位種族の扱いになっている。

 多分だけど、ハイヤーヴェルがドーンヴァースを覗いた時に着想を得て創造した古い種族なのかもしれない。


 ナーガ族上位だけあってラミアは魔法の術にかなり長けており、魔法や属性に耐性を持っていないパーティには最悪の敵となる。

 属性魔法のゴリ押しであればこれほど苦労しなかっただろうに、様々なセンテンスを使った高度な戦術を駆使してくるのだ。


 お陰で、俺の知らないセンテンスを二つもゲットできたよ。

 え? 相手の呪文詠唱だけで良くセンテンスを手に入れられるって?

 高ステータスの所為もあるけど、魔法術式への理解度ってのもあるかもな。


 ちなみに、今回仕入れたセンテンスは「近接プロクシミズ」と「計時ターミル」だ。


 最初、プロクシミズターミルという一つのセンテンスかと思ったんだが、二つで一つって感じで使われている事に気づいた。


 要は、発動条件と発動タイミングを指定するセンテンスだったんだよ。

 近接プロクシミズは、条件付けのセンテンスで、対象が近づいてきたと判断すると、対応するセンテンスにフォーカスを引き継ぐ。

 計時ターミルは簡単で、何秒後に術が発動するかを設定する。

 設定値は秒単位だな。ミリ秒単位とかにする場合は別のセンテンスが必要になるんだろうと思う。

 ちなみに秒の設定方法はレベル指定と一緒だ。

 一秒後なら「アル・ターミル」、五秒後なら「ブラミス・ターミル」だ。


 これらを続けて「プロクシミズ・アル・ターミル」とやれば、何かターゲットが近づいてきた一秒後に発動するという術式になる。


 どの程度近づいてきたかの指定も可能で無設定なら五メートル、一五メートルなら「サータ」、五〇メートルなら「ダモクロモス」のセンテンスをプロクシミズの前に付ければ良い。

 この距離のセンテンスは射程のセンテンスと同じものだ。


 魔法術式における「長さの単位」や「時間単位」などはそれなりに流用が利くが、射程と範囲を指定するセンテンスは流用が利かないので注意だ。


 発動タイミングである計時ターミルの数値指定方法は、レベルの指定方法と一緒であるから、効果時間を指定するセンテンスとも別だね。

 呪文効果の発動し続ける時間は、かなり微妙。

 一番短いのが「オス」というセンテンスで、約五秒。

 これは、確実にドーンヴァースの戦闘システムから由来すると思う。


 ドーンヴァースで使われる時間単位は二種類ある。

 ターンとラウンドだ。


 一ターンは一〇分で、戦闘以外で行動を一つ行うための時間単位になる。

 盗賊シーフの鍵開けスキルを仕様するなどはコレに該当する。


 一ラウンドは五秒であり、一回の行動で消費する時間単位だ。

 剣を振る、弓を引く、移動するなどは、一ラウンドで処理される行動となる。


 盾で防ぐという行動も一ラウンド消費するのだが、左手で行う為、剣を振るなどと同時に行うことができるというルールなので、身体の部位ごとに消費できる時間単位が割り振られているのかもしれない。

 なので、一ラウンドは同時に行おうとしたら、脚を使った「歩く」や「蹴る」、左手の「盾で防ぐ」、右手の「剣を振る」、頭の「見たい方向に向く」、口の「警告を発する」など、様々な場所で処理されているって事なのかもしれない。


 昔のRPGでは表現できなかったルールだが、VR系RPGならではのルールといえよう。

 ややこしいんだけど、慣れると相手の動きを読んでコマンドを入れるなんて芸当が可能になるとか雑誌で読んだ。

 俺もそこまでの境地に到達できてたらPvPで名を馳せられた気がするよ。


 んで、ティエルローゼにおける世界の法則では、魔法システムはドーンヴァースから拝借しているワケなので、こんな感じになっているんじゃないかな?


 間違いなくコレとは言い切れないけども、大方合っている気がする。

 まあ、詠唱システムはドーンヴァースには無かったんで、マジで予想でしかないとだけは言っておく。


 さて、核心部分に入ろう。

 世界樹内では生物は死なない事があるのが判明した。


 マリスの実家にある戦いの間は別だが、世界樹ダンジョンはティエルローゼと同様に「死んだらチェック・ポイントで生き返る」というシステムが導入されている。

 これは間違いないと断言できる。


 何故かって?

 殺したモンスターが目の前で消え、少し進んだら同じモンスターがいたという事象に出会ったからだよ。


 最初は同じ種類の別モンスターかと思ったんだ。

 でも、二度目に出会ったヤツは、俺たちを見るなり手を上げて無抵抗を示した。

 何で無抵抗なのかは解らなかったけど、話してみたら先に戦ったヤツと同一モンスターだったんだよね。

 そいつは「あんたらとは何度戦っても勝てない。許してくれ」って言いやがったからなぁ。


 その後も似たような事が何度かあったので確信できた。

 何度も言っているが。世界樹ダンジョンが強者を育て上げる為のシステムなのは間違いないな。


 どうしてこのシステムが必要だったのかは解らないが、強者が指標であるモンスターにとっては、福音とも言えるシステムに違いない。

 モンスターが世界樹から出て行きたくない理由かもしれんな。


 さて、ここで問題が一つ。

 このシステムは外部から来た人族にも適応されるんだろうか?


 少し前にも言ったが、世界樹には強者を世話する弱者も多数存在する。

 これら種族はは世界樹、あるいは生み出した神々によって加護の対象になる。


 この中に人族は含まれていないのだ。

 ここで、先程言ったように「果たしてこのシステムは人族にも効果があるのだろうか?」に繋がっていくワケだ。


 世界樹システムは、間違いなく神が用意した保護システムだろう。

 なのに何故人間は対象外にされているんだろうか。

 人族を生み出したのがハイヤーヴェルなら、人族も保護するべきではないのか?


 いや……人族の性根を考えたら保護対象にするべきではなかったという事じゃないのか?

 俺は性善説は真っ向から否定している人間だ。

 人の本質は「悪」だと考えている。


 性根が「悪」である人間が「死なない」などという絶対的なシステムを与えられたらどうなると思う?

 悪用するのは間違いないな。


 縛りプレイが好きなヤツには敬遠されるかもしれないけど、そんなヤツは稀だろうからなぁ……


 さて、俺の予想通りならアナベルとハリスは死んだらそれまでって事になりはしないか……

 って、戦闘で一番死にそうにない二人の名前を上げても意味ないな。


 アナベルは戦いの女神マリオンの依代に選ばれた神託の巫女オラクル・ミディアムで、神の加護が最初から付いていた。

 この段階で人間には負けない仕様になっている。


 そこにアースラの弟子になった経緯もあって、アースラの加護まで付いている。

 この加護はパーティ全員に付いているのでウチらの間では珍しいものじゃないんだが、アースラの加護ってステータスが爆上がるだけでは飽き足らず、命中率やら回避率なんかの戦闘で有利になるバフまで付いてくるチート級の加護なので、下手なモンスターでは太刀打ちできなくなる代物なんですよね。

 んで、俺の加護まで付いているんだろ?

 自分で上級回復グレーター・ヒールするし……


 まあ、十中八九死なないキャラですね。

 つーか、戦闘聖女バトル・セイントに転職した彼女は殺せないよ。

 戦闘聖女バトル・セイントには「不意打ち無効」って能力がある段階で大ダメージが見込める奇襲はできなくなる。

 そこに戦闘聖女バトル・セイント特有能力の「HP増大」が加わったら一撃では絶対に殺せない。


 ドーンヴァースではゲームシステム上のダメージ限界値を叩き出しても殺せるか解らないと言われてたんだからねぇ……

 プリティ・エンジェルズの五人が「最強」と歌われた所以だな。

 もっとも、トップ・プレイヤーたちとPvPをした話は聞いたことがないので、本当かどうかは解らなけどね。

 アースラはソロ最強だったけど、パーティ最強はプリ・エンですしな。


 さて、そのアナベルよりも凶悪な強さを誇るのがハリスの兄貴ですね。

 これは鉄板です。


 ハリスは俺が教えたスーパー素敵忍者ニンジャを地で行っているので、致死ダメージを受けたら「変わり身の術」で分身体と本体を入れ替えるなんて事をするハズだ。

 この予想に関しては確証がいくつか存在するのだが、ここで触れても意味はないので割愛する。


 ハリスを殺すには全ての分身ごと一瞬で葬るか、彼のSPが切れるまで戦闘を継続し、分身体も維持できなくなったその時にぶっ殺すしかない。


 今の彼は既にそれほどの怪物なのだ。

 本人も周りも気付いてないだろうけど。


 彼が仲間でマジで良かったと思うよ。

 これがラノベなら彼が主人公になるのは自明の理ってヤツだ。

 顔も性格もイケメンだし間違いない。


 大方、「異世界転生者と知り合ったら世界最強になりました。~平凡レンジャーが異世界人と冒険ライフ~」なんて題名が付くんじゃないか?


 まあ、人を羨んでも仕方ない。

 俺は俺の出来ることで頑張るのだ。

 いじめられてきた半生で、この我慢する力……「忍耐力」を手に入れられたのが、不幸人生の中で最高の幸運だったんだろうな。


 で、俺だよ。

 俺も神の後継とかになったので、多分死んでもアストラル体状態で存在できる。

 これができるなら、仲間たちと工房に戻れば、新しい肉体を作ってそこに宿ればいい。

 これはこれである意味不死だろう。

 俺がやらなくてもアラクネイアが素体は作れるし。


 以上の理由で、世界樹システムの保護がなくても何の問題もないって事だな。

 いやまあ、ティエルローゼ上で俺たちパーティを全滅に追い込める存在がいるとも思えないけどな。

 何なら今からバルネット魔導王国にこのパーティで攻め込んでも一国相手に勝てるんじゃないか?


 いや待て……

 ラミア族で手こずってる段階でそれは無理だ。

 魔法が相手になるんだろうし、どんな攻撃をされるのか解ったもんじゃないからな。

 俺の知らないセンテンスが世界にはゴマンとあるはずだし、慢心するのはまだ早い。


 そういや、あの国は時間属性の魔法使いスペル・キャスターを集めていて独占状態だと聞いた。

 時間対策をしっかりしておかないと確実にタマを取られる。


 これからも精進していこう。

 世界最強の座は俺以外のヤツが掻っ攫っていく気がしないでもないけどな!

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