第29章 ── 第63話

 世界樹の大広間に飛び出て、ジェニファーさんとレナちゃんの私物を置いてきてないことに気づいた。

 戻ろうかとも思ったが、今更面倒なので今のところは忘れることにした。


 エマとアモンが俺の到着を待っていたけど、他の仲間たちの姿は誰一人見えない。


「あれ? 他のメンバーは?」

「さあ? マリスの部屋にでもいるのかしら?」

「主が戻ったというのに出迎えに出て来ないとは失礼極まりない」


 まあ、戻ると一言も伝えてない時点で出迎えを期待するのもどうかと思うが。

 それは横暴というモノだ。


「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないよ。

 ヤツらの事だから、ここで強い奴ら集めて修行でもしてるかと思ったんだけどね」


 広間を見回してもコボルトが数匹、トンボみたいな器具で地面を均しているのが見えるだけだ。


「ま、エマの言う通りでマリスの部屋に集まってるかもしれないね

 行ってみよう」


 奥にある巨大な扉を通り、俺たちはマリスの部屋に行ってみた。

 しかし、そこにも仲間の姿はない。


 ゲーリアの部屋を訪ねてみる。

 ゲーリアは人間の姿で錬金実験中のようだ。

 だが、彼は全く俺たちに気づく気配がない。


 俺たちはノックしてから部屋に入ったんだけどな。

 時々「うひょうひょ」と変な声を出しているのは何なのだろうか?


 あまりにも気づかないのでアモンの目尻がつり上がっていく。


 あ、これマジ怒りだ。


 俺は仕方ないのでゲーリアの側まで行って耳元で「こんちわ!」と大声で挨拶をしてみた。


「ひゃわ~!!」


 突然の大声でゲーリアが変な声を上げて飛び上がった。


 怖いもの知らずのドラゴンも驚くのねぇ。


 そのお陰で薬品か何かが余分にビーカーに注ぎ込まれたっぽい。


「あ! な、何をしてくれるんだ!?」


 慌ててビーカーを取り上げて下から上から左右からと眺め回している。


 ギャグ漫画なら爆発反応を見せるところなんだろうけど、リアルな世界ではそういう事にはならないようで安心した。


「え? は? 魔力鑑定アプレイサル・マジック


 ん? どうした?


「なんと……なるほど、おお」


 何か一人で驚いたり、納得したりしている。

 ビーカーの中には青色の液体と何かの結晶状のものが入っているのが見えた。


「一体何を実験してたんだ?」

「ん? これはポーションの結晶化実験だよ」

「ポーションの結晶化?

 液体から個体にする実験?

 確かにできたら携帯に便利そうだけど」


 回復ポーションは飲み薬なので溢したり瓶が割れたりすると飲むことが出来ない。

 結晶化が可能であれば携帯するのも容易になるし、飲むのにも便利だろうな。


「凄いまともな研究で驚いた」

「君は僕を何だとおもっているんだ?」

「いや、マッドサイエンティストか何かかと」

「マッド……なんだって?

 古代魔法語で泥? サイエ……なんとかはどんな意味だったっけ?

 そんな単語あったかな……?」


 彼は魔法使いスペル・キャスターらしいので英単語が気になるのかな。

 まあ、古代魔法語ってのは多分、ドーンヴァースの魔法システムを取り込んだ時に既存のゲーム内魔法から伝わった英語から来ているんだろう。

 ドーンヴァースに実装されている魔法は、各種系統ごとに一〇〇種類以上存在するので総数で数千ほど存在する。

 もちろん、魔法効果が似ているもの、被っているものもあるので使用効果自体で分類すると少し数を減らさなきゃならないんだけどね。


 ほら、神聖魔法の回復ヒールと水属性魔法の癒やしの霧ヒール・ミストは、名前も使用エフェクトも違うけど、効果は一緒だからね?

 こっちに来てからは、やけど治療に特化しているなど別の効果もあることが判明したんだけど、ゲーム内では効果は一緒だったんだよ。

 ドーンヴァースには火傷ってデバフが無かったから確かめようが無かったって話でもある。


「いや、研究狂いって意味だよ」


 俺が解説してやると、ゲーリアはポンと手を叩いて納得した。


「僕は研究は大好きだから、そう言われても仕方ない」


 かえって古代魔法語で自分の事が表現できるのかと関心されてしまった。


 言語なんだから当然できるのは当たり前なんだがな。


「それで、僕の研究を邪魔……いや、結果的には狙い通りの反応を引き出せたんで文句も言えないか。

 で、何の用なんだい?」

「ああ、マリスたちは今何をしているのかなと。

 部屋にも戦いの間にもいなかったんだけど……」

「ああ、マリソリアは仲間を連れて世界樹を攻略中だよ。

 その内に戻ってくるんじゃないかな?」


 何だと?

 そんな楽しげなイベントを俺抜きでやっているだと?


「ズルいわね。

 私たちを差し置いてやることじゃないわ」


 エマも同意見のようです。


「アナベル殿とハリス殿の為ではないでしょうか?

 お二人だけまだレベル一〇〇に達していなかったはずですから」


 なるほど。

 その可能性は高いね。

 あれ? でもそれだと戻ってくるってのはどういう事?


「下層でレベル上げをしているのかな?」

「帰ってくる時は影渡りシャドウ・ウォーカーを使っているんじゃないかしら?」


 俺の疑問にエマが即答した。


 なるほど、その手があるか。

 他の人も運べるようだし、あれも便利なスキルだよねぇ。

 そういえば、フラウロスもアラクネイアも使えるんだっけ。


 影渡りシャドウ・ウォーカーの効果は、自分を任意の場所に移動させることができるスキルだ。

 スキル・レベルが上がってくると自分と装備品以外の物品を運ぶことができるようになる。

 スキル・レベルが五を越えたあたりで他人を一人運べるようになる。

 レベル一〇になると最大で五人移動させられる……だったっけな。


 俺の職業クラスで使えるスキルじゃないのでうろ覚えだが、そんな感じだったはずだ。

 まあ、便利スキルなのは間違いない。


 もちろん魔法門マジック・ゲートも便利なんだけど、転移門ゲートが派手なので隠密行動には全く向かない・消費MPがとんでもない点が欠点だね。


 その点、影渡りは消費するのがSPだし、消費SPもそれほど多くないみたいなんだよねぇ。

 取り回しが良すぎるのでチート臭いね。


 ま、暗殺者アサシン忍者ニンジャあたりの盗賊シーフ職業クラスが使えるスキルだから、俺には使えそうもない。


 待て……

 じゃあ、何でフラウロスは使えるんだ?

 あいつ、職業クラス剣士ソードマスターだったはずなんだけどな?


 いや、あいつは仕様の埒外と考えるべきかもしれない。

 魔法剣士マジック・ソードマスターでもないのに魔法使うし。


 種族特性という可能性は?

 眷属召喚もあったし……ありうる。


「んじゃ、毎日帰ってくるのか?」

「ああ、大抵の場合は。

 時々翌日になることもあるようだけどね」

「了解。

 んじゃ、帰ってきた時には腹ペコになっていそうだし、飯でも作っておいてやるか」


 仲間を連れてマリスの部屋に引き上げる。

 何故かゲーリアまで付いてきたのだが、飯狙いなのは間違いない。


 さて、本日の献立は……みんなが大好きなカレーにしましょうか。


 甘口、辛口、中辛の各種カレーを作りつつ、トッピング用の揚げ物なども大量に作る。

 トンカツ、チキンカツ、唐揚げ、ハンバーグ……


 ますます、某有名カレーショップに似てきたな。



──四時間程経過。


 カレーの鍋をかき混ぜていると「バーン!」と大きな音を立ててマリスの部屋の扉が開いた。


 あんだけ大きい扉が勢いよく開くとある意味凶器だ……

 今、地面が揺れたよ。


 驚いて振り向く俺の目が入り口に仁王立ちするマリスを捉える。


「ケントが帰ってきたのかや!?」


 椅子に座って魔法の書を開いていたエマが迷惑そうな顔を上げた。


「うるさいわよ。扉は静かに開けなさい」

「おう……エマも帰ってきておるのじゃ」

「何よ。今回の冒険は私も仲間に入れてもらってるはずでしょ」

「それはそうなのじゃが……」


 マリスとエマは仲はいいのだが、何かで張り合っているので傍目では仲良くないようにみえるんだよな。


「仲良くしないと飯抜きだぞ」

「ケント! やはり帰っておったな!?」


 俺が鍋をかき回しているのを見つけマリスが嬉しげに笑う。


「匂いで解ったのじゃ!」


 なんか俺が臭うみたいな言い方ヤメテ。


「カレーの匂いな?」

「そうじゃ! カレーじゃ!」

「他の仲間は?」

「今、戦いの間で戦利品の整理中じゃ。

 我はカレーの匂いに気づいてこっちに来たのじゃ」


 やはり戦いの間まで匂いが届いていたか。

 それにしてもカレー臭と加齢臭は、言葉の響きが似ていて困るな。


 俺もまだ若いと思うんだけど加齢臭って言葉にはドキッとする。

 まあ、俺は不老らしいんで、そんな言葉には縁がないのかもしれないが、体臭は気にしておかないと女の子には嫌われるからね。


 もっとも、この世界は風呂文化が大して浸透していないから、自分が思うほど気にされない可能性は高いんだけどね。

 それでも魔法の蛇口が知られている地域では、風呂が備え付けられている宿があったりするが。

 まあ、一般的ではないのは間違いない。


「カレーはケント以外で作っているものはおらぬでのう」


 久々のカレーに嬉しそうですな。


「あら? ケントの料理は殆ど、他で食べられない物ばかりじゃない。

 館の料理人も作ってくれるけど、門外不出扱いでしょ?」

「そうなのかや?

 孤児院でも出る事があるそうじゃが?」

「それってクリスの差し金じゃない?

 多分、館の料理人に頼んで出張してもらっているのよ。

 って、貴女! 孤児院でもご飯もらってるの!?」

「お昼時とかに院長に食べていくように言われるのじゃ!

 ケントが言ってた……あの難しい……ふ、不可抗力?」

「不可抗力は難しくもなんともないわね。

 貴女は遠慮という言葉も覚えておくべきよ。

 孤児たちの食べ物まで奪っちゃ駄目なんだからね?」

「失敬じゃぞ! 我はあやつらから食い扶持を奪うような事はせぬ!」


 そろそろ止めた方がよさそうだな。


「はい、そこまで。

 エマも言い過ぎだ。

 孤児院には役場から補助金を出している。

 マリスが少し食べたくらいで枯渇するような端金じゃないから安心しろ」

「そ、そうなの……それはごめんなさいね」


 マリスが少し涙目になっていたので、フォローを入れてやった。

 ま、喧嘩をするほど仲がいいというけど、今回はエマが踏み込みすぎだ。

 マリスは何だかんだ言って孤児院のモノたちの面倒をよく見てくれているのを俺は知っている

 腕白な子供たちなので院長だけでは手が足りないから、マリスは善意で手伝っているんだ。

 それを院長もありがたがっていると報告は受けているしな。


 もっとも、マリスは遊びにいっているだけなんだろうけど……


「さて、喧嘩はそれくらいにして他の奴らを呼んできてくれ。

 もうご飯の時間だよ」

「了解じゃ」


 そういうとマリスは立ち上がる。


「あ、私も行くわ。久しぶりだから早く顔も見たいし」


 二人で連れ立って部屋を出ていく。

 だが、そこで俺の聞き耳スキルはしっかりと二人の会話を拾ってきていた。


「さっきは、ごめんなさいね。

 私、一言多いのよ。

 気をつけてるつもりなんだけど……」

「うむ。謝罪を受け入れようぞ。

 悪気があった言葉ではないのは承知じゃ。

 確かに孤児院では遠慮が必要かもしれぬでな」


 他人がいるところでは謝れないかもしれないけど、二人きりだとこんな感じ。

 二人の関係はほのぼのしてて、つい顔が緩んでしまいますぁ。

 今後も、仲良くやっていってほしいものです。


 さ、腹ペコ連中がやってくるまでに配膳まで済ませておきましょうかね?

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