第29章 ── 第62話

 当面の食料や生活用品として未だに余っている帝国軍の物資を渡す。

 四~五日持てば問題ない。


 俺は連れてきた奴らに「何日かしたらザッカルが来る」と伝え「それまでは自力で生き残れ」と言い渡した。


 もちろん素手では心もとないので、各種武器は置いていってやる。

 短剣ダガー小剣ショート・ソード長剣ロング・ソード片手斧ハンド・アックス戦斧バトル・アックスはもちろん、半弓ソート・ボウ長弓ロング・ボウと軍の小隊でも作れそうな品揃えだ。

 種類を色々と用意した理由としては、各人がどの武器が性に合っているか判断できんからだ。

 まあ、近代兵器しかしらないこの連中は、「ますますファンタジーじみて来た!」と喜んでいるヤツらもちらほらいるが。


 次は防具だ。

 はっきり言って、こいつらは全く屈強とは言えない。

 そりゃ日がな一日管を巻いているだけで、筋トレの一つもしないんだからひょろっとした都会っ子しかいないのは仕方ない。


 まあ、スキミックの連中には趣味としてボディビルドしているやつもいたんだが、そういうヤツは捕獲前の戦闘で一番最初に突撃して来た所為で全滅してしまっているんだよね。


 ウィザード・ギグの連中にはムキムキはいません。

 一四~一七歳の若造なので、そこまで身体が出来てない感じなんですよね。

 というか、そんなムッキムキなヤツってカーストの上の方にいるのが普通なので、あんなボロいアパートで捨て犬みたいな生活送ってないだろね。


 という事で、こいつらに鉄製の防具は無理だ。

 それなりの筋力ないと着る事はできても俊敏に動けないだろうからな。

 なので革鎧レザー・アーマー系を一式配布する事にした。

 革の帽子レザー・キャップ革の手袋レザー・グローブ革のブーツレザー・ブーツが基本として、革のズボンレザー・パンツ革のベストレザー・ベストも渡してやる。


 サイズも各種あるので問題はないはずだ。


 ちなみに、これら武具も帝国の補給品からだ。

 軍で使っていた備品なので新品もあるけど、基本的には中古品だよ。

 予備なんだから新品と思うかもしれないけど、武器や防具は高いので使いまわしされるのが普通だ。


 だから連中は渡された鎧をつまみ上げて「なんか臭い」とか言ってる。


「贅沢言うなよ。

 冒険者になりたいとか言ってたヤツいたけど、宝箱から出てくる装備は全部使い回された中古品が普通だぞ。

 今のうちに慣れとけ」


 俺が苦笑しながら言うと、RPGとかをプレイしてたらしいヤツが「ああ……そういえばゲームでもパーティ内で使い回すのが普通ですもんね」とか言ってた。


 そりゃそうだろう。

 ゲームの中なら、宝箱に入ってる装備は新品でも、使い古されていても

、見た目もアイテムのステータスも変わらないからな。

 現実では一品一品出来も違うし、使用感やら使い込み具合なんかもマチマチなんだよ。


 武器や防具が入った木箱をいくつか置き、ついでに整備用の道具や補修用品なども置いていってやる。


 それらの使い方も説明してやろうと思ったが、武具選びに夢中になっている奴らには説明しても無駄かと思って放置した。


 ま、そこまで優遇してやる必要もないだろう。

 はじめはみんな手探りなんだからね。


「んじゃ、後はお好きに」


 俺はそう囁いて、魔法門マジック・ゲートを使う。


 俺が転移していくのに気づいたヤツは殆どいなかった。

 気づいた四~五人が、ペコリと頭を下げたのだけが見えた。


 ふむ。

 あの何人かは注意力があるね。

 もしかしたら、この世界でも生き残れるかもしれない。

 頑張っていただきたい。


 転移門ゲートから出ると、工房の研究室だ。


「お帰りなさいませ、ご主人さま」


 いつものようにフロルが出迎えてくれる。

 相変わらず、どうやって俺の転移場所を探知しているのかは解らんな。


 まあ、研究室にはエマもフィルもいるので、彼らの世話をする為に最初からいた可能性もあるか。


「主様、一人で行ってしまうのは今後お控えください」


 少しご立腹なのはアモンだ。

 彼を置いてウェスデルフに行ってしまったのを怒っているワケだ。


「いや、あっちに行ってた俺が戻ってきたんでね。

 出迎える必要があったんだよ」


 あっちの連中も連れてきてたしね。


「それでも、お控えください。

 私の立場上見過ごせません」

「ああ、次からはそうするよ」


 ここで引き下がっておかないと、もっと面倒な事を要求してくるかもしれないからな……

 俺の経験上、こういうタイプのヤツは怒らせちゃならん。


「普通の貴族なら従者も連れずにウロウロしないもんだけど、ケントにそんな事言っても仕方ないわよ」

「そうは言いますが……」


 まあ、エマの言い分は解らんでもない。

 一般人育ちには、貴族みたいな振る舞いは難しいんだよ。

 こちとら「冒険者上がりだから」で済ましてもらっても一向に構わないと思っているからね。


「それで、アースラは神界に帰ったのか?」

「久々に家族に会えたんだから帰るわけないでしょ。

 察しなさいよ」

「う、うん……」


 確かに。

  ジェニファーさんとレナちゃんにとっては、離別してから数ヶ月程度だったかもしれないけど、アースラ自身にとって見れば、家族と離れ離れになってから四万年近く経っているし、「ようやく会えた」なんてレベルで言い表すのは陳腐な表現だろうな。

 しばらくは放っておくか。


「さてと、大仕事は終わったな。

 仲間たちと合流するとしようかね?」

「行くのね?」


 エマも椅子からスッと立ち上がると、保管棚を開けて無限鞄ホールディング・バッグに色々と放り込んでいる。


「何してるの?」

「え? ああ、ケントが新しい魔法体系を発明したでしょ?」

「ん? 何のこと?」

「錬金魔法の事よ! 忘れちゃったの!?」

「あ、ああ。そんなのもあったね」


 すっかり忘れていました。

 いや、マジで。


 俺の様子を見ていたエマが本気で呆れた顔になっていた。


 申し訳ない。

 俺には興味が他の事に向くと忘れるクセがあるんですよ……


「呆れた。

 本気で忘れてたの?

 魔法界にとってビックリするほどの偉業なのに?」


 魔法界って何?

 自然界とか人間界とかそういうのと同じ使い方?


「まあ、ちょっと面白い魔法体系ではあるけど……

 それとエマに何か関係が?」

「貴方、錬金魔法についての記録を取って図書館に仕舞ってたでしょ?

 私は貴方が留守にしている間に見つけたのよ。

 その魔法の書を読んで、習得したの」

「マジで?」

「マジよ」


 ウチの魔法担当官パネェ。

 やはりエマは天才ですな!


 とすると、エマの魔法能力は色々と幅が広がるって事か。

 錬金魔法の優れたところは基本的に魔法属性にとらわれないところである。


 魔法使いスペル・キャスターが使える魔法は、それぞれの属性ごとにスキル枠を一つ必要とする。

 本来の魔法使いスペル・キャスターでは、全部の属性を覚えるだけでスキル枠がいっぱいになってしまうのだ。

 それでは冒険者として役に立たない。

 その為、魔法使いスペル・キャスターは自分が選んだいくつかの系統を中心に属性を決めるのだ。

 俺みたいに無節操に系統を修められる魔法使いスペル・キャスターは本来いないのだ。


 んで、エマは錬金魔法の優位性に着目。

 自分のものにしようと、日々努力してきたのだという。


「すげぇな、エマは」

「そうでしょう? 姉さまは凄いのですよ」


 何故かポーション作りをしていたフィルが得意満面のドヤ顔で答える。


「何で貴方が得げなの?」

「い、いえ。姉さまが褒められて嬉しかったので……」


 エマのツッコミ入りましたー。

 心の中の声を代弁して頂き、ありがとうございます。


 エマはツッコミつつ、各種魔法属性に関連する物品を無限鞄ホールディング・バッグに放り込んでいく。


 補充しておかないと錬金術の方で支障が出そうだな。


「フィル、一般市場で手に入る錬金素材は、クリスに発注しておいてくれ」

「承知しました。

 閣下、こちらをお持ちください」

「ん?」


 フィルは自分の無限鞄ホールディング・バッグから大量のポーションを取り出してテーブルの上に並べ始めた。


「あ、忘れてたけど、ドラゴンたちに納めるヤツ?」

「そうです。

 各一〇〇本ずつ用意してございます」


 助かる。

 これを古代竜たちに持っていけば、懐事情がまたもやウハウハですよ。


「これでドラゴンの汗は品切れになりました。

 今後、再びMP回復フル・ポーションを作るには再度手に入れて頂く必要があります」

「大丈夫だ。

 次に帰ってくるまでに手に入れておくよ」

「ありがとうございます」

「いや、フィルも色々頑張ってくれてありがとうな。

 錬金術で必要な材料があったら、今後も言ってくれよ。

 探してみるから」

「畏まりました。その時はお知らせいたします」


 などと二人と話しているうちにアモンが、研究室に戻ってきた。


 いつの間に出てたんだ?

 気づかなかったけど。


「主様、ただいま戻りました」

「どこ行ってたの?

「新しい食材を館の方に取りに行っておりました」


 ああ、なるほど。

  野菜やら肉は、冒険先にでも手に入れられなくもないが、魚は消費が激しい割りに手に入れられる機会は少ない。

 となれば、補充できる時に補充しておかないとな。

 アモンくん、自称執事だけあって細かいところに気が回るねぇ。


「ありがとう。

 これで他のメンバーに不満顔されずに済むよ」

「主様に不満な顔を見せるなど、躾けが必要ですかね?」

「いや、そういうところは残しておこうよ。

 恐怖政治みたいな事はしたら駄目だ」

「主様がそう仰るなら……」


 自分では気づいてないみたいだけど、アモン自身が不満顔をしているではないか。

 そういう部分がちょっと面白いよね、彼。


「さあ、準備ができたら出発だ」

「畏まりました」

「じゃ、フィル。私、また行ってくるわ。

 留守番頼むわね?」

「姉さま、ご無事で」


 俺は魔法門マジック・ゲートを使い、転移門ゲートを出現させる。

 エマが飛び込み、アモンが続いて潜った。

 俺はフィルに軽く手を振ってから最後に転移門ゲートに踏み込む。


 さあ、久しぶりに仲間の顔を見に行きますか。

 今度はどんな冒険が待っているのだろうね?

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