第29章 ── 第61話

 俺の言い草を聞いて連れてきた奴らの半数以上が怖気づき、神隠しの穴を通って逃げ帰ろうと画策した。

 しかし、普通の人間は穴の存在を視認することはできないし、偶然ながら穴に近寄れたとしても穴の前には隻眼フェンリルが陣取っていて近づくと唸り始める始末。

 とても逃げ帰ることは出来ない。


 俺は笑顔を崩さずに彼らに言い渡す。


「まあ、落ち着け。

 突然、何も知らない土地に右も左も解らないのに放り出すようなことはしないよ」


 涙目の連中は寄り集まってブルブル震えている。

 だが、残りの半分はそんな仲間の反応を鼻で笑う。


「バカだな。

 異世界に連れてこられるなんてラノベ読んでれば予測可能だろうが」

「その通り、ケントさんは魔法まで使えるんだ。

 マジで魔法がある異世界に転移できたんだぜ?

 今からやりたいことばっかり頭に浮かぶよ」

「ここからは俺たちが無双するターンだろ?」


 どうやらラノベ脳のヤツが何人かいたようだ。


 しかし、彼らは得意げにラノベみたいに現代知識で無双するつもりみたいだけど、それなりの才能、知識、戦闘技術がなければ、今の状態はかなり詰んでいるんだよねぇ。


 まず、言葉が通じない段階で大陸の東だろうが西だろうが怪しい外国人扱いされるだろう。

 それと身分証明できるモノを何も持っていないコイツらでは、街にすら入るのは困難だ。


 俺の場合は転生先が町の中だったのが非常に大きい。

 街の中に入るにはちゃんとした身分証を持っているという事が前提なので、最初期にギルドでカード登録ができたのだ。


 現在、サバンナの真ん中で誰に身分を保証してもらえるんだ?

 俺は領主だけど、こいつらをそこまで優遇してやる必要性は感じない。

 なにせ、こいつは地球でギャングをやっていたならず者たちだからなぁ。

 俺の街で無法をするようなヤツの身分保証を領主がする訳ないわな。


 という事で、第一段階で言語的に詰んでいるが、第二段階に至っては決定的に詰み状態と言っていいだろう。


 いかに中世時代くらいの世界背景であったとしても、この世界では民草はどこかの国家に属した平民であるのが望まれる。

 そうでなければ、山賊やら野盗、流浪の民として荒野で行きていくしかない。


 まあ、それでも無断で人の土地で生活すると所有者から追い出されるし、下手をすると殺されるなんて事にもなりかねない。

 まあ、そんな身分もない誰だか解らない得体の知れないヤツを迎え入れてくれるような場所は、犯罪など人に忌み嫌われる団体、国家しかないだろう。

 それも高待遇ではなく、重労働に従事する者とか、奴隷とかの待遇になるのがオチだ。


 一人ひとりステータスを確認してみるが、誰一人特殊な職業に就いてもいないし、ユニーク・スキル所持者もいなかった。

 これで手厚く保護してやるなんてお人好しのする事だよな。


 まあ、それでも俺も鬼じゃない。

 ある程度は助けてやるとしよう。


「ちょっと待っててくれ」


 俺はある人物に念話を入れた。


『こ、この音は……念話か?』


 着信音がなった瞬間に繋がったよ。

 流石は動物的に鋭敏な反応速度ですなぁ。


「あ、出たね。

 俺だよ、俺、俺」


 どっかの詐欺みたいなセリフを吐いたら一瞬沈黙されてしまった。


「我が主!!

 お久しぶりに御座います!!」

「あ、声でかいよ。

 君も元気そうだね、オーガス」

「はっ!

 主のお役に立つ為に日々、健康に気を使っております」


 ウェイト・トレーニングに勤しむ暑苦しいオーガスの姿が脳裏に浮かぶ。

 筋肉質なミノタウロスならやりかねん筋肉トレーニングではあるが……


「今、ウェスデルフの北の方、サバンナのど真ん中にいるんだけど」

「も、申し訳ございません!!」

「ん? 何で謝ってんの?」

「我が主がウェスデルフにいらっしゃって下さったというのに、迎えの者すら派遣できず!!」


 大げさですなぁ。

 まあ、彼的には本来なら俺が王様だって認識なんで、仕方ないんだが……


「いや、行くって知らせてたならともかく、突然来たのにそれは無理だろ?」

「しかし……」

「そういうのはいいや。

 それよりも頼みがあるんだけど」

「何なりと!」


 完全にイエスマンですなぁ。

 従順なのは楽でいいけど、むず痒い。

 対等の立場で話できるのが一番いいんだけどなぁ……


「今、三四人ほど人族を連れて来てるんだよ」

「はあ、人族が三四人ですか」

「それをウェスデルフの北の端にでも住まわせてやってくれないか?」

「構いませんが、我が主が口利きをなさるとなれば、よほどの重要人物なのでしょうか?」

「いや、クズ人間しかいないんだよね」

「クズ人間……」

「そう、クズしかいない。

 でも、一応こっちに連れてくる約束しちゃったんで、一応保護しているだけなんだよね。

 んで、住む場所くらい用意してやらんと、野垂れ死ぬでしょ?」

「そうでございますなぁ……

 人族は身体的に少々弱者が多い事は否めませんので……」

「特別な力も能力も持ち合わせない奴らなんで、最低限生活できる程度に協力してもらえたら助かる」

「畏まりました。

 警護などは最低限……という事でよろしいので?」

「そういう事。

 死ぬも生きるも本人たち次第って事でいいかと思うよ」


 オーガスを力で捻じ伏せた俺は、彼には至上の命題であった「力こそ正義」を緩和させた。

 だが、今回はあえてそれで行かせたいと思う。


「力こそ正義ってのは度が過ぎるのは困るけど、神が定めたルールとしては、『力なき者に生きる資格なし』だからねぇ……

 彼らには少し世間の荒波に揉まれて強くなって欲しいと思ってるんだよね」


 現代の甘えきった若者に少々世界の厳しい現実を突きつけるのは必要なことだよね?


「委細承知致しました。

 早速、ザッカルを派遣致します。

 場所はいかが致しましょうか?」

「ヴァレリア湖畔が人族だと住みやすいんじゃないかな。

 その辺りで空いている土地があるかな?」

「ございます。

 最近、住むものが居なくなった村があります。

 そちらではどうでしょう?」


 俺は大マップ画面で調べてみる。


 確かにウェスデルフ領内でヴァレリア湖の一番北にある村には何の光点もない村が一つある。


「ここだな。

 確かに人はいないみたいだね?」

「先程の戦の折、男手を全て徴収してしまった為、村として立ち行かなくなった村でございます。

 もちろん村人たちは王都へと移し、手厚く保護しております」


 現在のウェスデルフにはこういった廃村は結構多いらしい。

 人口問題が落ち着いた為、急速に土地が余り出しているんだとさ。

 まあ、ウェスデルフは東側の王国で一番広いから仕方ないよ。


「んじゃ、そこに送るよ。

 ここからなら馬車で半日くらいだから、今から迎えば問題ないし」

「承知致しました。ザッカルが到着するまで数日お待ち下さい。

 早馬で……四日ほど掛かるかと思います」

「了解、ではよろしく」


 念話を切る。


「あの……今の……日本語ですか……?」

「あ、ああ。違う言語に聞こえた?

 今のは獣人の言葉かも。

 ミノタウロスの王様に君たちが住む場所を貸してもらったんだよ」


 俺がそう言うと、驚く顔、興奮する顔がちらほら。


「ミノタウロス!?」

「獣人!?」


 俺は頷いた。


「ああ、ザッカル王子を派遣してくれるそうだ。

 さて、ではその住める場所に移動しよう。魔法門マジック・ゲート


 転移門ゲートが瞬時に現れる。


 本来、行ったことない場所には開けないのだが、今回はできると直感的に思ったので使ってみた。

 案の定、転移門ゲートが開いたよ。


 どうやら俺のとなった者が行ったことあるところにも開けるようになったらしい。

 ちなみに「下僕」には定義があるようだ。

 俺と相手が双方で「下僕」と認識していないと駄目みたい。


 なのでトリシア、ハリス、マリス、アナベルの四人は「下僕」とはならないようだ。

 魔族三人衆は間違いなく下僕ですな。

 オーガス、ザッカル親子もそうだし、ゴブリン王ベルパ、シャーマンのジャギュワーン、ジェネラルのガルボあたりも下僕っぽい。

 ハイエルフたちも下僕扱いのような気がするね……


 何はともあれ、転移門ゲートが開いたので、ラノベ無双組に連れられて連中はとっとと転移門ゲートに潜っていってしまう。


 やはり危機感が全くないですなー。

 碌に身を守る事も出来ないクセに転移門ゲートの向こう側に敵対者がいたらどうするんだよ?


 俺も慌てて転移門ゲートを潜る。


 出た先には鏡面のように穏やかなヴァレリア湖が広がっていた。


 うーむ。

 この湖は初めて来たけど、めちゃくちゃデカイね。

 向こう岸が見えないよ。


「あれ? これ海?」

「海ってもっと波が高いんじゃないか?

 ロスの海は、これの一〇倍は波が高かったし」

「じゃあ湖? こんなに広い湖ってあるのか?」

「ミシガン湖もこれくらい広いだろ?」

「行ったことねぇし」


 まあ、広い湖はアメリカにもいくつもありますね。

 彼らの中で上がったミシガン湖も対岸は見えないはずだよ。

 まあ、五大湖はみんなそんな感じなんじゃない?

 世界的にはカスピ海が最大なのかな?


 ちなみに、このヴァレリア湖はアフリカにあるヴィクトリア湖くらいの大きさだよ。


 俺は大マップ画面で周囲をチェックする。

 この廃村には三〇戸ほどの建物が残されている。

 漆喰作りの円筒形の藁葺き屋根の建物で、二階建てのものは村の中心にある大きな建物しかない。


 一番近くにあった建物の一つの中を覗いてみた。

 扉に鍵はないようですんなりと開いた。

 中を覗いてみると、少しホコリっぽいが家具やら家財道具などはそのまま残されているようだ。

 村人は取るものも取り敢えずに王都に移されたといった感じなんだろうか。


 何はともあれ、家具やら食器、料理道具など、生活に必要な道具がそのままなのは都合がいい。

 この地で営まれている程度の生活は今日から行えるってワケだしね。


「ふむ。割りと良いところかもしれないな」


 俺の行動を見ていた若者たちも我先に建物を覗き始める。


 ま、どこに住もうと問題ないし、好きにさせよう。

 俺からルールを押し付けるような事はしない。


 ただし、現地であるウェスデルフの法律には従ってもらうよ。

 国王たるオーガスからは居住許可は得てやった。


 さあ、あとは君たち次第だよ。

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