第29章 ── 第60話
ティエルローゼに移住希望の人間が玄関前に集まったので、一応転移上の注意などを伝えておくことにする。
「えー。
君たちには身体一つで新天地へ向かう事になりますが、衣服、食料などの携行は認めます。
武器に関しては、ナイフや刀などの刃物はOKですが、銃器、爆発物などは禁止です」
まあ、あっちで現地の人々に見られて困るようなモノは禁止って事です。
音楽プレイヤーなどの携帯電子機器、スマホ等も禁止したいところだが、あっちで使える期間はバッテリーを使い切るまでだし、禁止するほどの脅威ではない。
その手の電子機器は取り上げると暴動起こすバカが現れるから、許可したほうが無難だろう。
なるべく御しやすい状態で連れていくのが得策というものだ。
「それと、あちらに行ってから世界に慣れるまで、暫くは共同生活になると思いますのでテーブルや椅子などもあると良いかもしれません。
まあ、簡単なモノなら俺の方で用意するつもりですが」
手を上げたヤツがいたので発言を許可するも「テレビは持っていって大丈夫ですか?」とバカな質問だった。
もちろん却下だ。
そもそもテレビの電波もケーブルもないので何も映らんからな。
無料Wi-Fiもない。
つーかインターネット自体ないわ。
ファンタジー世界舐めんなよ。
転生なり転移なり……どっちでもいいが、こっちから異世界に行った場合に便利な現代生活できないのは当たり前なのだ。
いくつかの質問に答えたら転移希望者たちも一応納得したみたい。
「さて、んじゃ必要と思うモノを集めてきて下さい。
俺はちょっと用事を済ませて来ます」
俺は急いでジェニファーさんたちが住んでいたアパートに向かう。
ジェニファーたちのアパートは錠が下りていたので
鍵を借りて来るのを失念していた俺の失敗だ。
ビハリーヒルズみたいな都会では出掛ける時に鍵を掛けるのが当たり前である。
最近そういう現代的な生活から離れてせいた為か、田舎の住人みたいな生活様式にすっかり慣れてしまっている気がする。
部屋に入った俺は、俺のアパートの時のようにインベントリ・バッグ内に軒並み仕舞っていく。
レナちゃんの部屋だった場所で家具などを仕舞っていると隠し棚のようなモノを発見したので中を確認すると、レナちゃんのモノと思われる小太刀を発見。
値踏みスキルで確認すると結構な
日本円で一〇〇万くらいしそうです。
フレーバー・テキストに「岩代國會津住兼定」って刀匠の名前が彫ってあるって出てたけど……
これって和泉守兼定か?
アースラは娘になんてモンを与えてんだよ……
部屋の中がすっからかんになったのでウィザード・ギグのアパートに
こっちも準備は済んでいるようで、持ってきたテーブルを囲んでトランプに興じているヤツもいた。
「準備は出来ているようだね。
それじゃ、持っていくモノは俺が預かるよ」
インベントリ・バッグに次々に放り込んでいく俺を見て、転移希望者たちはビックリしている。
特にヘルズ・スキミックの連中の驚きようは少し笑える。
インベントリ・バッグの中に消えていくのってイリュージョン・マジックみたいだもんな。
いきなり見せられるとビックリするんだよな。
ヘルズ・スキミックを監禁していたコンテナがインベントリ・バッグ内に消えたあたりで、ようやく現実にありえないことが起きていると認識したヤツがいたようで何故か泣き崩れていた。
その涙が絶望から来るものなのか、希望に満ちたものなのか……俺には判断がつかなかった。
逃げ出す気配はないので後者なのかもしれない。
準備も整ったのでエアーズ・ロックへ
「さあ、これに入ってくれ」
「この先が新天地……」
「いや、まだだ。
これの行き先はオーストラリアね。
そこから改めて新天地へ移動するんだよ」
それを聞いて何人かは怪訝な顔をするものもいたが、仲間たちが次々と
俺は置いていかれているヤツがいない事を確認してから
エアーズ・ロックの上に総勢三四人の街のならず者たちがポカーンとした顔で立ち尽くしていた。
現在オーストラリアは六時四五分。
朝日が照らし出す岩の大地は若干ピンク色に染まっていた。
「ここは、間違いなくエアーズ・ロックだよ……
昔、来たことがあるんだ……
特別許可がないと上まで登れなくなっているはずだけど……」
金持ち組の方の若者の一人がキラキラした目でそんな事を呟いた。
「一瞬で地球の裏側まで……?
魔法ってすげぇ……」
俺もそう思います。
それはそうと、アメリカ人が「地球の裏側」って言う場合、オーストラリアを指すんですなぁ。
まあ、日本人的には「地球の裏側」って言えばブラジルとか南米あたりを言うだろうし当たり前ですかな。
「お早いお戻りで」
ヌッと現れたサイクロプスにギャングどもがビビッって固まった。
「ああ、お疲れ。騒がせて申し訳ないけど、これで最後だよ」
ジロリと若い連中を見た彼は静かに頷いた。
「サ、サイクロプスだ……
伝説上の生き物だよ……」
「なんか喋ったぞ!?」
「お、襲って来ないのか……?」
「なんだかあいつの知り合いみたいだ」
色々言っているが、基本的に無視だ。
こいつらと彼はこれ以降関わることもないと思うし、説明は不要だろう。
まあ、現実世界に逃げ帰ろうとする場合は、彼と彼の友人の手を煩わせる事になるかもしれんけどね。
その時こそ、敵として出会うことになるだろうさ。
「んじゃ、一列に並んでー。
はい、ここからあっち方向に歩いてください。
気づいたら新天地です」
この手の集団は、こういう団体行動は苦手だと思うんだが、色々と理解できない事が起きている所為で非常に従順に言うことを聞いてくれるので助かります。
全員が神隠しの穴に消えたので、サイクロプスに別れを告げて俺もティエルローゼへと向かった。
ティエルローゼ側に出ると、若い連中を前にしてバニープが扇風機みたいに尻尾を振り回していた。
ダラダラとヨダレを垂らしながらなので、今にも食いつこうとしているように見える。
若い連中は「動いたら殺られる」的に身動き一つしていない。
『戻りましたね! こいつら、餌にしていいんですか?』
「食うなよ?」
『ああ、やっぱりそうなりますか。少し残念です』
まあ、フェンリルほどの大きさだと人間一人くらいなら一口で食い殺せるだろうなぁ。
「こ、この犬は……な、なんなんです……?」
俺がフェンリルに「食うな」なんて言った所為か、ビビり上がっているんだが、一人が何とか質問を口にした。
「ああ、彼は転移してきた穴の管理者の一人だよ。
神獣フェンリル族のバニープ君だ」
「フェンリルって……北欧神話の?」
「そう。
君、見かけによらず博学だね?」
俺も中学の時分に北欧神話関連の書籍を貪り読んだ記憶がありますので馴染み深いモンスターです。
「実在していたんですか……」
「ああ、この世界には、そういうRPGとかファンタジー小説に出てくるような存在がゴロゴロいるよ」
「マジすか……」
「うん、神さまなんかもマジでいるから。
だから、神に不遜な態度を見せたりしないこと。
神罰が下されて死んだりするからね」
「!!??」
地球、それもアメリカ人の彼らにとって、神と言えばあの宗教の創設者なのかもしれないが、それとは別だからな。
「ちなみに、この世界は多神教なので、ジーザスと唱えても何の効力もないので」
「……ジーザス……」
「……オーマイ……ゴッシュ……」
だから、何の効果もないから!
やっぱり無意識に言ってるんだろうねぇ……
意味的には「なんてこったい」って感じで使ってるよね。
「さて、一つ言い忘れていましたが」
俺がにこやかな顔でそう言うと、全員が「まだ何かあるんかよ」って感じの顔で俺の方を見た。
「この世界は彼の存在が示すように……」
俺は隻眼フェンリルを大げさに両手で指し示した。
「凶悪なモンスターが結構います」
殆どの連中が「ええ!?」って顔になった。
「もちろん、あの伝説の存在であるドラゴンとかもいます。
当然そんなモンスターに出会った場合、命の保証はありません。
自分の身は自分で守るって気概がなければ、あっという間に死ぬでしょう。
その事だけは覚悟しておいて下さい」
俺はさらに爽やかな笑顔を作って言い放った。
「異世界ティエルローゼへようこそ!!」
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