第29章 ── 第59話

 さて、レナちゃんが言い出したことでアースラが大騒ぎしているが、それは俺の知ったこっちゃない。

 レナちゃんは自由なんだし、やりたい事をやるべきだ。

 そのサポートをしてやるのが親の役割というものだ。

 まあ、周囲の大人がサポートするのも義務なのかもしれない。


 さて、この騒ぎに一向に動じてないというか、全く気づいていない人がいました。

 はい、ジェニファーさんです。

 レナちゃんの騒ぎなど耳に入らず、夢中でグリフォンを調べまくっていますな。


 彼女は生粋の生物学者なんでしょうなぁ。

 レナちゃんの例もあるので、一応職業クラスを調べてみましょうか。


 ふむ……

 ステータス表示には出てないので「一般人」的な感じでしょうかね。

 最近気づいたんだけど、戦闘職系はちゃんとステータス画面には出るが、そうではない一般職、例えば「パン職人」とか「鍛冶職人」なんかはフレーバーテキストに出るのが普通だったりする。


 彼女はそっち系の表示だ。

 アラクネイアは「貴婦人」という職業クラスが表示されてたけど、アレって戦闘職って事なのかな?

 本人曰く、本来のクモ人間のようなアラクネーの姿だと暗殺者アサシンと表示されるらしいんだよね。


 一般職なので表示されない場合と、戦闘職として表示される場合の境界線はどこにあるのか解らないんだよね。

 本人がどう捉えているかで、表示が変わるのではないかと予想しているんだが……


 まあ、ジェニファーさんの場合、フレーバーテキストに学者スカラーってあったので間違いはないんだろう。

 昔のゲームで戦闘職として「学者」ってのがあるゲームをやった事があるけどかなり微妙だったしなぁ。


 装備した本でぶっ叩くのって何だよ……

 学者って本でそんな事しないでしょ。


 あれはマジでゲームデザイナーの発想がおかしいと思ったもんな。


 さて、この状況から判断するにティエルローゼに住み着きそうな勢いなのは間違いない。

 あっちの世界に置いてきた彼女らが住んでいたアパートの荷物などを取りに戻る必要があるな。


 それとアパートの連中を約束通りにこっちに連れてくることにしようか。

 実験用の彼らも含めてな。


「ジェニファーさん!」


 耳元で呼んでみた。

 ジェニファーさんはビクリとしつつ苦笑いでこちらに振り向いた。


「あら……失礼。夢中になってたので……」

「その様子だとこちらの世界を気に入ったみたいですね」

「こんな珍しい研究対象をあっちで探すのは難しいですからね」


 太陽のような笑顔ですが、発表する場がこっちには無いんですよね……


「んじゃ、こちらに移り住むので決定でいいですよね?

 貴女たちが住んでいたアパートの荷物は俺の方で移動しますが、よろしいですか?」

「あ、はい。

 それなら、私の職場に手紙を出しておきたいんですが……」

「手紙?」

「はい、退職届です。

 一応、お世話になった職場ですので……」


 大人としてのケジメではあるよな。


「了解です。あちらに荷物を取りに言った時にでも郵送しておきましょう」


 俺は封筒と紙と羽ペンをインベントリ・バッグから出してジェニファーさんに渡す。


「これをお使い下さい。

 インクは不要です。そのまま書けますので」


 この羽ペンはシャーリーが作ったヤツのコピーだ。

 便利なので彼女が残したレシピを元に作っておいた。


「ありがとうございます。

 早速手紙をしたためますね」


 キョロキョロとジェニファーさんがし始めたので、俺は館の一階にあるテラスへと彼女を案内する。

 ここには石造りのテーブルと椅子が備え付けてあるからね。


 ジェニファーさんは一〇分ほど掛けて何通かの手紙を書いて俺に渡してきた。


「こちらは事務局に。

 こちらは私の恩師に宛てたモノです。

 あと、親しい友人に二通ほど……」

「異世界に行くとか書いてませんよね?」

「ええ。説明しても理解してもらえないでしょう?

 なので、遠いところに行くとだけ……」


 まあ、その程度で良いだろう。

 そうすればいきなり行方不明になったとしても、まだどこかで生きていると思ってもらえるだろうからな。


 俺自身も自分が死んだのではなく、行方不明になった感じで処理出来たのでホッとしている。


 さて、それでは行きますかな。


 俺は魔法門マジック・ゲートを使い、例の神隠しの穴の場所に転移する。


 このサバンナみたいな風景はウェスデルフ王国の北方に位置する地点だ。

 人類種は全く住んでいないので、穴を放置していても何の問題もなさそうだ。


 数百メートル離れた地点にそれほど大きくない岩山が存在するのだが、マップによればそこに面白いモノがある。

 岩山の大きさに不釣り合いな大きめの洞窟があるのだ。

 どうやら、この大きな洞窟は、穴の守り手であるサイクロプスたちの住処になっているらしい。


 サイクロプスとフェンリルが住んでいるとなれば、ウェスデルフの獣人族たちも、おいそれとは近づかないだろう。


 その洞窟からフェンリルが出てきて、尻尾をブンブン振って俺に近づいてきた。


『またあちらへ向かうんですか?』

「ああ、用事があってね。

 用事が終われば、また帰って来るよ」


 フェンリルとサイクロプスは、あっちとこっちで手分けして見張っているんだな。

 ご苦労さまです。


 俺は隻眼フェンリルを労いつつ穴を抜ける。

 地球側ではサイクロプスが待ち構えていた。


 もしかして彼のテレパシーは時空を超えるなんて事はないよな?

 サイクロプスが俺の到着を知っている時点でフェンリルが伝えたはずだから、そう判断したんだが……

 まあ、穴で繋がってるんだから、精神波が届いても不思議はない。

 あの穴は精神波も通ると思った方がいいな。



 オーストラリアからビバリーヒルズのアパートへとひとっ飛び。

 まだ、こっちの時間はお昼くらいなので見張りの兄ちゃんが出迎えてくれた。


「お疲れさまです。

 もう用事は済んだので?」

「ああ、滞りなくな。

 それで、今度は君たちとの約束を果たすつもりだ」

「あ、親とかうるさい奴らに邪魔されないところに連れて行ってくれるってヤツですか。

 俺は残る方を選んでたんですけど……連れて行ってもらえる方に変えてもいいですかね?」

「ああ、構わんよ。

 でも、こっちに残ってた方が便利だとは思うんだがなぁ」

「ダチと話してて色々と面白そうだなと思ったんで……」


 あっちでの生活について若者たちに質問された事があったので、教えておいた事を聞いたのだろう。


 ゲームみたいな世界だという事は当然伝えてある。

 実力次第では、のし上がれるという事もね。


 まあ、地球人だと死ぬ確率がかなり高いと思うんだが、そこは教えてない。

 危険についてはいくら教えても仕方ないだろう。

 自分で経験しないと中々本気で対策しないのが人間だからね。


 それでなくても、こいつらは腕っぷしには自信があるようなので、危険だと教えても絶対に甘く見積もるだろうからな。


「ま、そういう事だから希望者を集めてくれないか?」

「了解っす」


 転移希望者が集まるまでに、コンテナから捕まえていた実験体たちを開放する。


「やあ、待たせたな。

 君たちはお解き放ちって事でいいや」


 ボスもサブボスも実験でいなくなってしまった彼らは途方に暮れている。


「お解き放ちって……釈放ってことですかい?」

「まあ、そういう事だ」


 アパートの入り口付近には敵対組織の連中が集まりだしているのでヘルズ・スキミックの連中は大人しくなっている。


「ウィザード・ギグの連中は、何で集まってきているんです?」


 若者連中が集まって来はじめて不安に思ったらしい。


 アパートの連中の組織名って「ウィザード・ギグ」って言うのか。

 初めて知ったよ。


「ああ、彼奴等は新天地へ向かう奴らだよ」

「新天地?」

「そうだよ。こことは別世界のゲームみたいな世界さ」

「俺らもそこに連れて行かれるんですかい?」

「何で? お解き放ちって言ったはずだが?」

「いや、何だか楽しそうなので……」


 こいつらのステータスを見ると、戦士ファイターレベル二とか、射手シューターレベル四とか、盗賊シーフレベル三とか、レベルが一桁代のヤツしかいない。

 これでは、ティエルローゼの荒波に一揉みされただけで死にかねない。


 まあ、半分くらいは生き残って、あっちの生活に馴染めるかもしれないけどな。

 今までの人生で得た経験が活かせるかどうか……


「行きたいなら連れて行ってやってもいいが、覚悟だけはしておいた方がいいぞ」

「何の覚悟です?」

「こっちの世界には二度と戻れない覚悟だよ。

 いくら懐かしんでも、俺は戻さんからな?」


 そういうと何人かがヘラヘラと笑った。


「こんな糞みたいな世界、こっちから願い下げですよ。

 俺らには何のチャンスも与えてくれないクソッタレ合衆国ユナイテッド・ステイツなんかには!」


 ああ、母国に何の夢も希望も持てないヤツは、そこまで捻くれるのか。

 それはそれで仕方ないよな。


 人間はみんな平等だと言われるが、実際はそうじゃない。

 人間は生まれた時から不平等だからな。

 金持ちに生まれたやつ、イケメンに生まれたやつ、運動神経に恵まれたヤツ……


 ガキの時分にはこのあたりの要素がカーストの上に行くために必要だったもんだ。

 そこに頭の良さや記憶力の良さなんかも入れて良いかもしれないけど、ガキの頃にはあまり良い扱いにはならない。

 せいぜいテストが近い時期に重宝される程度だからな。


 まあ、高校くらいになれば頭の良さは見直されるもんだが、俺には砂井とかいう邪魔者がいたので成績がトップクラスでもイジメ対象になったワケだ。

 やはり小学生とかにカースト上位を取らないと駄目なんだろうなぁ……


 全部が全部そうというワケじゃないよ。

 俺の人生はそんなだったってだけだから。


 まあ、こいつらもそんな人生に恨みを持って生きてきたんだろうから、可哀想だとは思う。


「良いだろう。

 新天地に行ってから文句言っても聞かないからな。

 それでも良いなら連れて行ってやるよ」


 スキミックの奴らが歓声を上げた。


「そいつらも一緒に連れて行くんです?」


 さっき話した若者だ。


「ああ、こっちの世界には未練はないそうだ」


 敵同士だったのでしこりでも残っているのか、若者は胡散臭そうな目でスキミックの奴らを見る。


「済まなかった。

 俺たちはお前たちが羨ましかったんだよ……」


 その雰囲気を察してか、スキミックのヤツがそう言って謝った。


「羨ましい……? 何が?」

「お前たちは金持ちの家に生まれたんだろ?

 俺らはみんな貧乏な家庭育ちだった」


 フンと若者は鼻で笑う。


「金があるからって幸せとはいえないんだぜ?

 俺は親から虐待されて育った。

 金がある所為で、人の口を塞ぐなんてのはお手の物だったんだろうさ。

 俺は家を出るまでずっといつ殺されるのかって不安と戦っていたんだ。

 それが羨ましいか?」


 若者が今にも泣きそうな顔をしながら早口でスキミックの男に訴える。


「あ、いや……すまん……」


 金がある事は幸せの条件に含まれると思いがちだが、絶対条件ではない。

 環境によって人は幸せにも感じれば、不幸にも感じるという事だ。


 ま、人それぞれだな。

 俺の実家も貧乏までは行かなかったけど、金のない家だった。

 砂井の実家から融資を受けていたようなので、そこそこ金はあったのかもしれないが、俺自身にその恩恵があった気がしない。

 学費は出してもらえてたから、それが融資の分だったのかなぁ……

 まあ、俺が実家と縁を切ってからは知る由もない事だがな。


 何にしても、こいつらも幸せになりたいとずっと思って足掻いていたんだろう。

 誰でもそんなもんだしな。


 こいつらがティエルローゼで幸せを掴めるかどうかは解らん。

 何もやらないよりかはマシ程度で終わるかもしれん。

 でも、必死に足掻くなら、もしかすると良い結果が出る可能性はある。

 俺はその機会をこいつらに少しばっかり与えても良いかと考えている。


 実験に付き合ってもらったし。

 ま、お前らの努力次第だが。

 うまく行かなくても悪く思うなよ?

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