第29章 ── 第58話

「お帰りなさいませ、旦那様」


 転移門ゲートを出ると、いつものようにリヒャルトさんとメイドたちが出迎えてくれる。


「うわー。

 こういうのってお話の中だけでしか見たことなかった!

 あとアニメ!」


 うん。俺もレナちゃんのその感想は正しいと思ってるよ。


「リヒャルトさん、こちらの御婦人は……名前なんだっけ?」


 そういえば奥さんの名前聞いてなかったわ。


「ジェニファーと申します」


 ああ、そういやさっきアースラが「ジェニー」って呼んでたっけ。

 ジェニファーの愛称だったんだな。


「こちらジェ二ファーさん。こちらのお子さんはレナちゃん。

 二人ともアースラの関係者なんだけど……普通になので今日からこちらでお世話をする事にしたよ」

「承知いたしました」


 随分な言い様だが、主の言葉に口を挟んだりしないのがリヒャルトさん流の執事術だな。


「部屋は余ってるよね?」

「ございます。

 お二人は親子のようにお見受け致しました。

 幾分広い部屋をご用意致しましょう」


 それぞれ一つの部屋でも良い気がするけど、転移してきたばかりで心細いのもあるだろうし、その気遣いは間違いないだろうな。

 それに、アースラも暫くは入り浸るよね?

 家族で滞在するできるよう広めの客間がいつくもあるから、そこに案内するつもりだろう。


「こちらに御座います」


 メイドの一人が二人を案内しようと声を掛けたが、二人は戸惑っている風でオロオロしている。


「ん? どうした?」

「あの……どこの言葉か解らないので……」


 マジか……?


 俺は頭に手を当てて空を見上げた。


 なんと……

 直接転移した者には翻訳機能が付いてこない……だと?


 その想定はしていなかった。

 地球からは転生であったにしろ、転移にしろ、翻訳機能が付随すると勝手に思いこんでいたのだ。


 となると、 激しく面倒な事にドーンヴァースを経由しないとマズかったのか。

 しかし、彼女らの魂だけでこっちに転生させるという方法は俺にはできない。

 申し訳ないが、彼女らには自力でティエルローゼの言語を覚えてもらうしかないな。


「すまん。言語翻訳機能は転生者にのみ与えられる特権だったみたい」


 アースラもビックリした顔で「マジかよ」と唸っている。


「仕方ないからアースラが教えるなり、メイドやリヒャルトさんから直接教えてもらうなりして、覚えて欲しい」

「はぁ……」


 ジェニファーは少し不安そうに返事をした。


「それとも……

 今ならまだ元の世界に戻れますが?」


 決断を迫るようなニュアンスを込めつつ俺は問いただす。

 するとジェニファーはアースラの腕にしがみついて彼の顔を見上げた。


「いや、帰すつもりはない。

 俺が何とかする」

「大丈夫か?」


 アースラがジェニファーに代わって返事をした。

 レナちゃんにも聞こうとして今さっきまで居た位置を見たらこつ然と消えていた。


「あれ?」


 周囲を見回すと、レナちゃんはグリフォンの前にいた。


「貴方! ご本で見たことあるわ!

 グリフォンでしょう!?」

「クェ~……?(君、誰……?)」


 恐れ知らずというか……

 好奇心の塊だな。


「まあ!!

 大きな鷲かと思ったら……

 尻尾じゃなくて、猫科の大型種の身体と後脚が付いているわ!」


 巨大な鷲ってだけでも驚きの存在だけど、古くからはサンダーバードの例もあるし異世界ならいても不思議はない。

 だが、グリフォンとなると話は別らしい。


 ジェニファーもグリフォンのところにすっ飛んでいった。


「哺乳類と鳥類の融合?

 キメラと呼ばれる存在なのかしら?」


 早速ジェニファーは、メモを取り出してグリフォンを弄り回し始めた。


「羽の大きさは八インチくらいね。

 哺乳類型の身体の本来なら前脚がある部分までは鷲のようね。

 骨格はどうなっているでしょう?

 標本とかないのかしら?」


 グリフォンの標本か。

 ルクセイドあたりにならありそうだが、一応あの国の象徴みたいな生物だから譲ってくれるかどうか……

 まあ、聞くくらいなら問題はないし、後で問い合わせてみようか。


 それにしても……

 関心を惹かれると無意識に行動してしまうという傾向は親子でそっくりですね。

 この辺りはしっかり躾けて貰わないと命の保証ができませんぞ。


 アースラに視線を移すと「解っている」と彼は言った。

 俺の言いたい事は伝わったらしい。


 アースラはこっちに来てからが長いし、あれだけ無鉄砲な行動をする妻子を目の当たりにして、気づかないワケもないか。


「頼むよ。

 警護役の冒険者を雇うなりしないと、いつの間にか命を落としているなんて事になりかねないからね」

「当然だ……

 だが、現代社会に生きていた者は、自然の脅威に無神経なところがあるからな」


 それはそうだな。

 前世のトリシアも危険に無頓着な日本人であったが故に命を落とした。

 治安が悪いアメリカに慣れているといっても、モンスターなどの危険には疎いだろうからね。


 だが、俺とアースラをビックリさせたのは、ここからだ。


「冒険者!」


 レナちゃんが耳聡く俺の言葉から「冒険者」という単語を拾い上げた。


「ダディ! 私、冒険者になりたい!!」

「は!?」


 突然の宣言にアースラが素っ頓狂な声を上げた。


「レナ! いきなり何を言い出すんだ!?」

「だって! この世界は危険でいっぱいなんでしょう!?

 ならマムを守るのは私の役目でしょう!?」

「その役目は俺の役目だ! レナは守られていればいい!」

「嫌よ! いつまでも守られているなんて!

 せっかくこんなに面白そうな世界に来たんだもん!

 冒険してみたい!」


 既にダダッ子である。


 アースラの事だし、甘やかして育てて来たんだろう。

 一度言い出したらアースラの言う事なんか聴かない感じだね。


 まあ、あっちの世界で俺と話している時はそんな感じはしなかったので、アースラにだけワガママ・モードを発動するってタイプなのかもしれない。


「しかしだな、レナ。

 冒険者は危険なんだ。

 いつ怪我するかも解らないし、下手をしたら死んでしまうんだぞ……」

「平気よ。

 その為に修行を積んだんだから。

 居合ってその為のモノ何でしょう?」


 あらら。

 アースラが押し切られ始めていますね。

 それにしても、アースラに居合まで教えられているのか。


 俺は気になってレナちゃんのステータスを確認してみた。


『レナ・オカムラ

 職業:サムライ

 レベル:一五

 脅威度:なし

 英雄神アースラの一粒種。

 小さい頃からアースラによって鍛えられた刀の天才。

 好奇心が強く、何にでも首を突っ込んでしまうのはアースラ似かもしれない』


 おいおい……

 レナちゃんって、まだ一〇歳くらいだよな?

 それがレベル一五だと?

 出会った頃のハリスやマリスより上?

 あの歳で?

 いったいどんな修行をさせたんだよ。


「アースラ」

「ケント、少し黙っててくれないか。

 これは親と子の問題で」

「そうじゃねぇよ。

 お前、レナちゃんにどんな修行させてきたんだよ」

「何だよ?」


 アースラが怪訝そうな顔でレナちゃんから俺に視線を向けてくる。


「レナちゃん、そこらの森なら普通に歩けるレベルなんだが?」

「何を言ってるんだ?

 そんなワケないだろう」


 いやいや、マジだって。


「レナちゃん。

 ちょっとコレ持って念じてくれないかな?」


 俺は自分のステータス画面を呼び出してレナちゃんに見せ、能力石ステータス・ストーンを彼女に握らせた。


「こう?」


 するとレナちゃんの基本的なデータだけが表示されたステータス画面が現れた。


「わぁ! これってドーンヴァースのヤツみたい!」


 表示されたステータス・データを見たアースラが面食らった表情で狼狽えた。


「レ、レベル一五!?

 こ、故障か?

 あれ?

 能力石ステータス・ストーンって故障したっけ?」


 家電じゃないんだから、故障するワケねぇだろ。


「現実を受け入れろ。

 お前、レナちゃんにかなりハードな修行付けてたんじゃねえの?」

「いや、常識の範囲内のトレーニングしかさせてなかったが……?」


 ふむ……

 だとしたら、ステータスを確認した時に出てきたテキストにあった言葉が本当なんだろう。

 確か「刀の天才」と出てた。


 こりゃ、マジで凄い子供なのかもしれんな。

 職業が最初から剣士ソードマスターを通り越してサムライだからなぁ……

 いきなり上級職業ハイクラスってのがマリスみたいで天才的な才能を感じるね。

 上手く育てられれば剣聖ブレード・マイスターに到達できるやもしれん。


 それにしても、アースラの家庭ってハイスペックですな。

 アースラは言わずもがな、奥さんは動物学者、娘さんは刀の天才と来た。

 ハイヤーヴェルの魂の為せる業と言いたいところだが、奥さんもハイスペなので運なんだろうけど。


 俺もアースラん家みたいな家庭に生まれていたら幸せだったのかもしれない。

 何はともあれ羨ましい家庭ではありますな。

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