第29章 ── 第56話
あっという間の濃い一週間が過ぎた。
この間、俺は様々な場所に行き来して買い物をした。
家電はもちろん薬や鉱物など、手に入るものは片っ端から購入してインベントリ・バッグへと納める。
危険な物質などは購入してないが、あっちで有益になりそうなモノは手段を問わずに買った。
もっとも俺が入手に重きを置いた物品は、PC関連の機器だ。
自作用パーツはもちろん、周辺機器や消耗品なども含めて。
家電やPC関連機器の購入は、工房で新しい家電型魔法道具やPC系端末にする魔法道具などの部品にしたり参考資料としての意味合いが強い。
あっちには安定した電力を提供してくれるコンセントはないので、そのまま利用するには色々とハードルが高いのだが、イチから作るなら何の問題もない。
そのためのイノベーションを導くためにも、地球で売れている家電やPCは参考資料として申し分ない。
そんな理由で、俺は日本で最大の電気街であるアキバにやってきていた。
日本の家電量販店が軒を並べるアキバ電気街の便利なところは……
新製品が安い。
そして型落ち品はもっと安い!
はっきり言って俺は新製品を高いうちに買う趣味はない。
一年なり二年経って型落ちになった高性能な製品を買うのが俺のスタイルだ。
PCのパーツもそうだ。
まだ大した性能差もないのに二倍近くするとか意味解んねぇし。
性能が倍以上になったなら別だがね。
PCは時々そういうパーツが出る事があるので要注意ね。
さて、電気街に来た俺が一番欲しいと思い、吟味に吟味を重ねて購入した製品はコレだ。
はい、炊飯器です。
あっちに行って最初に思ったのは飯を炊くのが面倒臭いって事だ。
まあ、美味しく炊けるんで悪くはないが、火の管理が非情に手間が掛かるのが厄介なのだ。
そこで考えたのが炊飯器型魔法道具を作ろうって事。
でも、上手くいかない。
やはり内部の状態を感知して火力や圧力を自動調整してくれるような、日本が誇る家電の王様といえる炊飯器には到底及ばない。
科学が発展した現在では味に神経を使う料亭とかホテルですら使っているのだから、利用しない手はないだろう。
さて、今回選んだのは家電大手が発売中であるスチーム&圧力可変炊飯ジャーである。
ン十万とかとんでもない値段がついているヤツだ。
これをまずは四つ。
他のメーカーのモノも一つずつ買っておく。
傾向としては圧力スチームかね?
続いて電子レンジ。
これもあっちでは中々再現が難しい代物だ。
水分子を振動させて熱するとか物理学の応用がスゲェし、発明されてから一〇〇年以上経っているのにテレビや冷蔵庫、洗濯機と並んで今でもベストセラー家電なのも間違いなくスゲェ。
まあ、一人暮らしなら必須家電だね。
惣菜温めるくらいしか使ってなかったけど。
さて、その電子レンジ。
俺のアパートにあったのは一万くらいで買った安物だったけど、炊飯器同様こっちも十万超えるのもあるのな。
俺には縁がなかった高級家電だが、これも何台か購入しておきたい。
作りたての熱々の状態で保存できるインベントリ・バッグがある俺には不要とは思うが、俺以外のメンバーは
俺がいない時に彼らが使える方がいいだろう?
さて、商品の傾向だが、炊飯器で見たように決まったワードが多い。
スチーム・オーブン・レンジってやつだ。
ときには石窯なんて言葉も付属する。
あっちへ行ってから、俺は石窯の使い方をマスターした。
魔法を駆使すると温度調整も簡単なので重宝しているが、こっちでも石窯というワードに重きを置いている製品があるのだな。
まあ、石窯はピザやパンが焼けるし、ティエルローゼで言う料理法の「焼き」ってのは基本的に「鉄板焼き」よりこっちの方が主流じゃないかな。
冒険中にお世話になった家などは、居間の隅に小さい石窯を設置しているところもあった。
石窯の上には鍋で煮炊きできる穴があり、下の部分がオーブンになっている。
その下は薪を燃やすところだ。
一つの熱源で幾つもの料理が同時に行える機能的で小型な石窯があるのは比較的お金に余裕がない庶民宅が多い。
都市部では薪は買わなければ手に入らないので、当然といえば当然である。
森が近くにある村なら薪を拾ってくる事も可能とも思えるが、領地の法律次第ではそういった村でも薪は買わなければならない。
領地内の全てのモノが領主のモノである家産国家が殆どなティエルローゼでは、多機能石窯は庶民の生活を支える設備なのだ。
さて、そこで疑問に思ったのが「そんな石窯的な機能が電子レンジに?」である。
んで、俺が選んだのは石窯スチーム・オーブン・レンジという長ったらしい名前の電子レンジ。
電子なのになぁ……焼けるのか……?
疑念は晴れない。
確かにスチームオーブンという意味不明な機能は、ティエルローゼの石窯には存在しないが、ただの電子レンジに石窯的な利点があるというのが解せない。
いや、文明の利器は既にそこまで追いついたのだろうか?
そうであれば、科学文明スゲェ!
ビバ! サイエンス!
などと浮かれる前に、一度使って確かめねばなるまいな。
これも幾つかの種類、いくつかのメーカーを買っておく。
こんな感じで買い物三昧だったんだが……
いやぁ、途中でマネーカードに入れておいた金が尽きた時には焦ったよ。
マジで。
仕方ないので貴金属ショップでゴルド金貨を換金してやった。
純金なのは言うまでもないのでかなりの額で売れたよ。
あんまり市場に流すと金相場がヤバイので一〇枚ずつ一〇店舗で換金。
一店舗あたり二〇〇万くらいで売れたので、合計二〇〇〇万ほど。
現ナマだと基本的に日本でしか使えくなりそうなのでマネーカードに入金してもらった。
俺が売った一〇〇枚のゴルド金貨が、この後世界の金市場で大変な物議を醸し立つことになるのだが、その事実を俺が知る事はついぞなかった。
さて、一週間後。
俺は再び、アースラの妻子の前に来ていた。
レナちゃんが何故か俺の膝の上に乗っているのが解せない。
アースラの奥さんも「レナ降りなさい。失礼でしょ」と嗜めるも、レナちゃんはどこ吹く風だ。
うーむ。まあいいけども。
「さて、あれから一週間経ったワケですけど……」
「色々と考えました。
今の生活……仕事……人間関係……
あの人が亡くなってから、私の生活は既に破綻に近い状態です……」
それを聞いたレナちゃんがコクリと頷いた。
「ダディが居なくなってからマミーは違う人みたい。
私も悲しかったけど、すぐにダディは戻ってきたもの。
ゲームの中だけだけどね」
レナちゃんは父親っ子らしく、ダディ大好きなのでゲームの中だけでも会えたので精神的に持ち直している。
それとは違い、ゲームもしない奥さんはアースラが生きて別の世界にいるという事実を受け入れるのが難しいようだった。
逆にアースラがメールで接触した事によって、精神が不安定になってしまったようだ。
解らないでもない。
死んでしまった事がやっと整理できてきた時分に、生きているとか言われたんだからな。
実際に遺体を埋葬しているのに信じられるわけがない。
それなのに大事な夫が生きているという事実を突きつけられるのだ。
受け入れるには現実的に難のある状況だ。
「んなら、こうしたらどうかな?
一度、あちらに行って陸人さんに会ってみましょう。
それでも信じられなければ、こちらに戻します」
「いいのですか?」
「本来、それをやるつもりはありませんでしたが、人は現在の生活を捨てるって事が難しい生き物です。
それが辛い生活だとしてもね」
俺もそうだった。
社会に出て、一人暮らしをするようになって変われたけど、実家を出られなかったら今も昔と同じ境遇に甘んじていたかもしれない。
嫌だと思っていても精神的な依存関係が構築されていると突き崩すのは難しいのだ。
そこから脱出するには有無を言わせずに環境を変えるという方法がある。
一概にそれが良いとは言えないが、一時的にそういった体験させてみても悪くはないだろう。
俺は上手く行ったからね。
「どうしますか?
行くなら都合つく日を教えてもらいたいんですが」
「もう、一ヶ月も仕事を休んじゃっているし……都合が付かない事はありません。
会いに行って確かめるのも悪くないかもしれないですね……」
奥さんは少し目を瞑って深呼吸をするとコクリと頷いた。
「解りました。行って確かめたいと思います」
そう決心する奥さんを見て、レナちゃんが手を叩いて喜んだ。
「ダディに会えるのね!?」
「そうだね。
あっちに行けば会えるよ」
「私、会うだけじゃなくって、ずっと一緒にいたいんだけど」
「それはご両親に決めてもらう事だなぁ」
屈託のないレナちゃんを奥さんは眺めて少し微笑んだ。
「いつ行けますか?」
「今からでも」
「え? そんなに急に?」
俺は笑いながら頷いた。
「まあ、あっちに行く上で必要になるものは身の回りのモノくらいですかね。
科学技術は中世代ですけど、魔法がありますから結構便利な生活が送れますんで」
奥さんは「そうですか。では少し準備をしますので失礼します」と席を立つ。
「レナちゃんも準備するかい?」
「そうね! ところで魔法、本当にあるの?」
「ああ、あるよ」
俺は無詠唱で
「わぉ!」
レナちゃんは目をキラキラさせて自分の部屋にすっとんでいった。
一〇分もしないウチにリュックを背負って戻ってくる。
リュックの蓋からぬいぐるみの頭がはみ出している。
「もう準備は良いの?」
「ちょっと連れていく友だち選ぶのに時間が掛かったけど問題ないわ。
今回はジュディを連れていくの」
あのぬいぐるみの名前かな。
「そうだね。
あっちに住む事が決まったら、こっちの荷物を一度取りに戻ることになるけど……
いや、後で俺一人が来れば問題ない無いか」
全部、インベントリ・バッグに詰めてしまえば良いだけだからな。
そんな事を考えていると、奥さんが大きなキャリーバッグを二つ抱えて戻ってくる。
「お待たせしました。着替えくらいは持っていきたいと思いまして」
荷物が多いかと心配しているようだが、問題はない。
まあ、旅行って感覚だろうから、そういう感じになるのも解るしね。
自分と子供の分ならあのくらいの量になるだろう。
「いえ、大丈夫です。
荷物は俺が持ちましょう」
「ありがとうございます」
俺がインベントリ・バッグに二つのキャリー・バッグを仕舞うと奥さんはビックリした顔になった。
レナちゃんは案の定、目を輝かせている。
「それ、魔法!?」
「ああ、それに近いモノだよ」
あんだけ大きい荷物が、腰に付けてある小さいカバンにスッポリと入ってしまうのだから、そう思われても仕方ない。
でも、コレって不思議アイテムなので、その原理は俺にも判らない。
ゲーム内の機能だからねぇ……
「では、参りましょう」
「はい」
玄関の扉に向かう奥さん。
俺はそれを制して
「これで移動します」
「魔法! すごい!」
奥さんは「神よ……もう、何がなんだか……」と囁いて天を仰ぎ見た。
貴女の旦那はその神の一人なんすよ。
内心、そんな風に思いながら、
奥さんにしろ、レナちゃんにしろ、大冒険の始まりですよ。
彼女たちが、しっかりと楽しめるといいですな。
ティエルローゼに行ったら創造神を継いだ俺がホストになるのかな?
ならば、俺が楽しませる責任があるのかもしれない。
大役だな……
いや、待て。
これはアースラに責任を押し付けた方がいいかもしれん。
なにせ、今回の件はアースラからの依頼なんだからな!
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