第29章 ── 第55話
サイクロプスはかなりレベルが高いので、地球の軍隊とでも戦えそうである。
彼は神隠しの穴の上手い使い方も心得ているようだし、地球人がティエルローゼに軍隊を送り込んでくるような事態は心配なさそうだ。
ならば、この神隠しの穴の守護は任せておいても問題はないだろう。
さて、となれば退路は確保できたと思って良い。
サイクロプスの魂は俺とは似ても似つかないし、あんなに大きいのに転移ができているのだから安定度はバッチリだ。
彼に任せておけば、地球人にしろティエルローゼ人にしろ、無闇に転移しようと思わないだろうしね。
「んじゃ、今後もよろしく」
俺が拳を入れた
「何かありましたら、またお越しください」
「ああ、近々人間の女性を二人連れてくる予定だよ」
俺が言った事の意図を察したのか、彼は隣で尻尾をビュンビュン回しているフェンリルの頭の上に手を置いた。
俺はそれを見て軽く頷いてから
転移するとアパート前である。
俺が突然変なモノから現れたので見張りの若者が銃を構えたままポカーンとしていた。
「ご苦労さん」
「い、今のが……」
「そ、魔法だよ。君たちを別世界に連れていく時に使うヤツだ」
若者は「ほえ~」と素っ頓狂な声を上げているが、多分理解していない。
某有名SFの「転送」とかの方が馴染みがあったのかもしれんな。
俺が留守にしていた間、コンテナの実験体たちは元気にしていただろうか。
中の様子を見てみると、至って元気そうだった。
食料も備蓄してあったし当然といえば当然か。
まあ、連れて行かれた仲間が帰ってこないので不安はあるようだがね。
さて、今後の予定だが……
今回の仕事でもっともハードルが高い難問が残っている。
アースラ妻子の説得だ。
はてさて、どうしたものか……
劉玄徳は三顧の礼を持って諸葛孔明を配下に迎えたというな。
やはり日参して粘り強く説得するのが順当か。
俺は風呂と着替えを済ませてからアースラの妻子が住んでいるアパートへ向った。
扉の前まで来てインターフォンの呼び出しボタンを押す。
「……はい」
すぐに反応があったので俺はマイク部分に口を近づけて話す。
「済みません、以前お伺いしたクサナギと申しますが……」
俺がそう言い終わらないうちに扉が開いた。
「お入りください……」
以前とは違って中に入れてくれるようだ。
アースラがあっちで何かしたかな?
俺は招き入れられつつ、そんな風に思った。
俺が何もしていない以上、誰かが彼女の心変わりをさせたって事だ。
リビングに通されてソファを勧められたので隅っこに座った。
アースラの奥さんは向かいに腰を落ち着けた。
「本日の用件ですが……」
「お聞きしています。主人のところに連れて行ってくださるのでしょう?」
「本人と連絡が取れたって事ですか?」
「はい……メールだけですが、間違いなく主人と思われる人物から連絡が来ています」
彼女の話によると俺を追い返した日の夜にドーンヴァース経由でアースラから連絡があったそうだ。
アースラも随分と迷ったようだが、彼女には嘘を言いたくないとかで真実を打ち明けたらしい。
最初のうちは彼女もアースラからのメールだとは信じてなかったようだが、何通も届くメールの内容を見るうちに疑いから確信へと心の内が変わっていった。
決定打だったのは結婚指輪の内側に掘られた文字列を言い当てて来た時らしい。
指輪の内側には一六進数で「57 69 74 68 6C 6F 76 65 66 72 6F 6D 52 69 6B 75 74 6F」と刻まれているという。
この文字列は彼と彼女しか知らない。
いわゆるアスキーコードとか言うヤツだ。
まあ、本人同士で解っていれば良い内容だそうなので深くは聞かない。
「了解しました。
メール主が本人だと確認が取れたって事ですね」
「はい……この前は失礼を致しました」
「いえ、事情を知らないウチには信じられない事でしょうし」
「主人に貴方の事を話したところ、貴方が何者かと疑っていましたが、名前を伝えたところ、『ああ、ケントならありうるな』と申しておりました」
ん? 何であいつが疑ってるんだ?
こっちに俺が来ることになったのはあいつが頼んできたからだろう。
俺も首を傾げる事になったが、直ぐに疑問は氷解した。
そういや、俺が死んだ瞬間に転移するように調整したんだっけ……
以前繋がっていた時間軸と今繋がっている時間軸が違っているんだった。
そりゃ伝わってないはずだよ。
ただ、アースラも相当頭がキレる男なので、俺のやりそうな事は予測できたらしい。
未来の俺が過去に飛んで行ったのだろうと思ったそうだ。
そして俺が奥さんに言った内容から、俺を送り込んだのは未来の自分だと判断したようだ。
かなり短いやり取りしかしなかったんだけど、そこまで推測したんですか。
ビックリしますな。
まあ、少ない情報から全体像を推理、把握するのは俺も得意な方だと思うので理解はできます。
さて、そこまで話が進んでいるなら話は早い。
「俺はご主人から貴女たちを連れてくるように依頼されました。
貴女はそれに同意しますか?
貴女が拒否するなら無かった事にしますが」
「私はまだ少し半信半疑です……
でも娘が大変乗り気なのです……」
娘さんは現在小学生だそうだが、かなり聡明な子供だそうだ。
アースラからのメールが来た時、奥さんは泣き崩れてしまったという。
それを見た娘さんが、しばらくアースラとのメールのやり取りをしたらしい。
アースラがドーンヴァースにいると知って、彼女もドーンヴァースに入った。
そこで死んだはずの父親に会い、それが父親で間違いないと彼女は判断した。
それ以来、彼女はドーンヴァースでアースラと会うようになった。
何日か経って、娘さんの反応や会話から奥さんもようやく信じるに至った。
そして指輪に刻んである文字が決定打になったワケだ。
まあ、それが俺が来てから今までの経緯だ。
ここ数日でアースラと凄いスピードでやり取りが為されているようで、奥さんは仕事も休んで対処中だとか。
確かに寝てないみたいで少しお疲れのように見えますね。
何でそんな事になってるんだと思ったが、アースラが俺に仕事を依頼してきたのと、ティエルローゼからドーンヴァースにログインできるようになった頃って結構時間が開いていたはずなんだよね。
その間に奥さんを説得していたとすると、時間間隔としては凄い圧縮されているはずなんだよね。
辻褄を合わせようとするとね。
この現象が両世界がバランスを正常に保とうとするために働かせている
俺が時間を逆行させて繋げた所為なんですが、そこはアースラにも奥さんにも黙っておきましょう。
怒られるかもしれないし……
そういや、仕事を頼んできた時のアースラ、歯切れ悪かったなぁ。
全てを承知しつつ、その時点では何も知らない俺に頼み事をしたってヤツだろうか。
知らない振りとか高度な情報戦術を使いますなぁ……
まあ、いいか。
「で、どうしますか?
彼のいるところに行ってみますか?」
「そうしましたら、こちらの世界とは全く関わりがなくなるという事になるんですよね……?」
「そうですね。
あっちとこっち、好きに行き来できるような状態は良くないので、一度転移してしまったら封鎖したいと思っています」
「やはりそうですか……」
奥さんはまだ悩んでいるようだ。
「別に直ぐに答えを出す必要はありませんよ。
俺がこっちにいるうちに決めて頂ければ」
「それはいつまででしょうか……」
「そうですね、あと一週間くらいかな。
俺も少しゆっくりしたいし……
こっちでしか手に入らないモノとかを買い集めたいので」
俺がそういうと奥さんは「解りました」といって名刺を差し出してきた。
「これから一週間考えたいと思います。
私の連絡先になりますので、お持ちください」
「あ、これはどうも」
俺もスマホの番号を奥さんに渡しておくことにした。
「もし、何かありましたら、この番号に連絡ください」
メモ帳に番号を走り書きして、彼女のスマホに電波でページを飛ばす。
「有難うございます」
その時、ガチャガチャと入り口の扉から音がしてガチャリと開くと可愛らしい女の子が入ってくるのが見えた。
「ただいまー。
あれ? お客さん?」
俺がキョトンとした顔をして女の子を見ていると、奥さんが「娘です」と言った。
「ああ、なるほど……」
奥さんに相槌を打ちつつ、娘さんに自己紹介をしておく。
「こんにちは、俺はケントと言います。
貴女は?」
「こんにちはケントさん。
私はレナよ。
お母さんのお友だち?」
快活で物怖じしない娘さんだねぇ。
「いや、お母さんのじゃなく、お父さんの友だちかな?」
「ダディの!?
じゃあ、ダディが言ってたティエルローゼってところの人!?」
「あはは。
まあ、簡単に言えばそうなるのかな?
正確に言えば俺は日本人で、君のお父さんと同じようにあっちに飛ばされた人間なんだよ」
「へぇ、そっか! 解った!」
解ったのかよ!?
理解早ぇな!
若いって良いな、おい!
それからというもの、レナちゃんは俺が帰るまで質問攻めにして来た。
まあ、かなりアースラが事情を話しているようなので、知られると不味い事などは当たり障りのない言い訳で濁しつつ、大体の事は真実を話しておいた。
レナちゃんは転移希望なようで、ドーンヴァースみたいなゲームっぽい世界なら今すぐにでも行きたいと言っている。
そこまで楽観視できるほど安全な世界ではないのだが。
レベルが低いと確実に死ぬしな。
もし転移する事になったら、短期集中パワーレベリングを施してやらないといけないかもね。
ああ、パワーレベリングならアースラ本人がやるかな?
まあ、あいつは神なので下界で好き勝手できないだろうから、俺が協力するのが前提になるとは思うがね。
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