第29章 ── 第52話

 巨大カワウソに別れを告げ、飛行自動車で次のポイントへと向かう。

 オーストラリア大陸南東部、フィッツ・ジェラルド・リバー国立公園が目的地だ。


 飛行自動車には不可視機能を付けたので目撃される心配がなくなった為、昼間でも空をかっ飛んで進めるようになった。

 もちろん、音も隠蔽しておかねばならないので、沈黙サイレンスの魔法も装置に組み込んで対処した。

 この視覚、聴覚から飛行自動車を守る装置を『隠蔽装置コンシーリング・デバイス』と名付けよう。


 隠蔽装置コンシーリング・デバイスの取り付けと共に、飛行速度のリミッター上限を時速三〇〇キロメートルに変更。

 時速一〇〇キロ程度で回るにはオーストラリア大陸は広すぎる。



 昼過ぎに出発したので夕方くらいに国立公園から遠くない街で一泊する事に。

 ホープタウンという街が一番近く、ここにあるホテルで部屋を借りた。

 一階がレストランになっているので、そこで夕食を食べた。


 ステーキプレートを頼んでみたんだが、やはり大味な感じだな。

 フライド・ポテトが山盛り付いてきたから良しとするか。


 次の日の朝、顔を洗ってとっとと朝飯を食べようと下に降りる。

 シュリンプ・サラダにハンバーガーを頼んだ。


 ハンバーガーが俺の顔くらいデカい。

 そして又もや山盛りのフライド・ポテト。

 このフライド・ポテトはレストランにおける標準的な付属物なのだろうか?

 まあ、揚げたてだし嫌いじゃないからいいけどね。



 朝飯を食べながら店員に国立公園の事を聞いてみた。


「最近、あそこはヤバイよ」

「ヤバイ? 何で?」

「眉唾だと思ってたんだけど、最近あの公園内で未確認動物クリプティドが現れたっていうんだよ」

「マジで!?」


 俺がこの世界に戻ってきた事が原因で現れてるんじゃねぇだろうな……?


 俺は安易に『偶然』という言葉は信じない。

 何か原因があって、俗にUMAと言われる存在が俺の付近に現れているんじゃないだろうか?


「その未確認動物クリプティドはどんなやつ?」

「お客さん、日本人だよね? 日本人は知らないかなぁ?

 アボリジニに伝わってるヤツなんだけど『ブルンジョア』ってヤツらしいよ」


 マジか……

 ブルンジョアって言えばティラノサウルスっぽいUMAじゃねぇか!

 俺はティラノサウルス大好きっ子なんだぜ?

 そんな俺がティラノ系UMAの存在を知らないわけがないじゃん。

 これは見に行かねばなるまい。


 メインの目的がブルンジョア捕獲に切り替わってしまったが、本来の目的も忘れちゃいないよ。

 どうせブルンジョアが神隠しの穴を守ってるんだろ?

 俺の推理に間違いはない。きっとそうだ。


 俺はホテルをチェックアウトして、早速国立公園の上空を旋回しながらブルンジョアらしき姿を探す。

 こういう時に底部カメラが役に立ちますな。


 しばらく探しても見つからないので、大マップ画面でブルンジョアを検索してみたら……はい、見つかりました。

 最初からこれやっとけって話だわね。

 場所はやはり神隠しの穴付近でしたよ。


 さっそく飛行自動車から降りて現場に急行しました。


 いました……見た目は完全にティラノサウルスです。

 迷宮地下で見たやつとはちょっと違いますが、雑誌とかで見るティラノはどっちかというとコッチの方っぽい気がしますね。

 羽毛がないし、背骨に添ってトゲトゲみたいのもありますね。


 俺はティラノと出会えて嬉しくなり、ガンマイクを取り出して撮影を開始してしまう。

 それに気づいたブルンジョアが「ゴァアァァァ!」と俺に向かって吠えた。

 で、自動翻訳機能付きの俺が聞いたんだから言っている事が解るかと思ったら、「がぉー」って言ってた。


 それを聞いた俺の顔が相当怪訝な表情になっていたからだろうか。

 ブルンジョアは怯んだ様子を見せ「が、がぉー? あれ? 怖がらない? マジで?」


 などとすっとぼけた事を言い始めた。

 もちろん、自動翻訳機能が拾ったセリフだけど、音的には「グルル?」って感じでしたが。


「あのさ……君、誰の仕込み?」


 俺は身も蓋もない質問をぶつけた。


「え? あ、いや。

 済みません……イフリート様に命じられまして……」


 俺がティラノ好きなのを察してイフリートが手配したエキストラだったようです。


「ということは?」

「はい……私、火蜥蜴サラマンダーでございます」


 サラマンダーってトカゲっぽいヤツじゃなかったっけ?

 何で獣脚類型のヤツがいるんだ?


「ああ、主様。

 私はハイ・サラマンダーですんでトカゲより進化している姿を神から充てがわれたんですよ」


 俺の質問を先回りしてサラマンダーは答える。

 ふむ。

 創造神がティエルローゼを作るに当って精霊と誓約を結んで人格を与えたって話だったけど、こういうやつもその時作ったのかな?


 それにしても……確かにトカゲよりも恐竜のフォルムの方が強そうだよな。


「んで、サラマンダーが何でこんな所に?」

「何でも主様がアストラル・ゲートを探究中という事らしいので、周囲の安全確保の為に派遣されてきています」

「ふむ。

 他の二つは太古の時代に神に言われて守護していたと言っていたんだが……

 お前は最近配属されたって事だよな?

 何でだ?」

「私にも良くわかりませんが、ここのアストラル・ゲートは最近できたばっかで、繋がっている場所はこっちの人間には危ないんで守る必要があるって事みたいですね」


 最近できたばっかり?

 こういうゲートは新しくできたりするのか?

 マジで理由がワカランな。


 だが、ワカランで済めば学者や研究者はいらんのだよ。

 で、俺は俺なりに考えてみました。

 以下、俺理論で恐縮ですがこんな感じなんじゃないかな。


 エントロピー的観念から、情報、物質、エネルギーなどにおいて地球の方が遥かに上位の存在になると思う。

 創造神により人工的に作られたティエルローゼでは太刀打ちできようはずもない。


 エントロピーは低きに流れるので、地球がティエルローゼにちょっかいを掛けているって事になるんじゃないかと思うのだ。


 ここで地球を生物として考えよう。

 ガイア理論で言えば生物だしな。


 こじつけになるが、生物なら自我があっても構うまい。

 人間は大地を神として崇めていた事があるし、そこで人格が生まれたってヤツだな。

 そういう存在ってのは、俗に大地母神と呼ばれる。


 ティエルローゼにもいるよ、大地母神。

 生命の神タンムースとイシュテルの眷属だったはずだ。

 名前は何だっけ……イナンナーだったかな?


 それは置いておこう。


 話を戻すと、地球は意思を持つ神と考えても問題がないんじゃないかな。

 さて、ここでちょっと話が飛躍するんだが、人間が地球を信仰するとどうなると思う?

 信仰心は神力というエネルギーになるのはティエルローゼでも明らかだ。

 こっちの世界でも当然同じことは起こるだろう。

 大地母神たる地球はどんどん神力を溜め込んでいく事になる。


 さて、この神力だが、純粋な信仰エネルギーなんだけど、このエネルギーを使う方向で技術が発達したなら問題はないんだ。

 ティエルローゼでは本当に神がいるし彼らが自由に使っているし、神官プリーストたちが神聖魔法として利用したりしている。


 だが、地球にはティエルローゼのような実体を持つ神はいないし、神聖魔法も存在しない。

 消費されることのない神力がどんどん溜まっていくことになる。

 肥大したエネルギーは溜め込むとあまり良いことはない。

 大抵は暴走するなり大爆発を起こすなりするに違いない。

 となればどこかに放出する必要が出てくる。


 地球さんは考えたんだろうねぇ。

 どっかに吐き出さなくちゃって。

 では宇宙空間に吐き出すのだろうか?


 ここらの宇宙空間は太陽さんの管轄だろう。

 あれだけの太陽エネルギーを放出している人だから、そこに神力を放出したら縄張り争いが起こりかねない。

 というか地球さんは太陽さんの舎弟みたいなもんだろうから、勝手にできなかったんだろう。


 となれば溜まりまくったエネルギーはどこに放出しているのか?

 位相は違えど、相似体としてティエルローゼは作られた。

 いわば、第二の地球さんです。

 あっちはエネルギーが低い世界ですので、地球さんはそっちにエネルギーを逃がそうとしたんではないだろうか。


 これが神隠しの穴の正体では?


 ティエルローゼが魔法世界なのも、色んな意味で地球から送り込まれるエネルギーあっての事かもしれない。

 となれば神隠しの穴、サラマンダーくんが言うところのアストラル・ゲートが、自然発生する意味が理解できる。


 ハイヤーヴェルが地球とティエルローゼを繋げたりしているし、それを見た、あるいは感じた地球が真似したんじゃないかな。


 それにアモンたちも言っていたが、古代には召喚陣によって魔族は召喚されていた事もある。

 神々の御業を継承した魔術師がこっちにも居たって事になるのは間違いなさそうだ。


 ただ、秘密主義の魔術師たちの隠蔽力やら、科学が発達したなどの理由で魔法やら御業は消え去ってしまった。


 もっとも! 次元をぶち抜くような魔法は廃れてくれて結構ですけどな!


 地球が勝手に繋げてくる分には仕方ないけど、他の人為的なルートはない方がいい。

 今回、何度も繋げようと実験したけど、今後は止めておこう。


 空間に負荷を掛け過ぎたら何が起こるか解らん。

 次元が断裂して地球もティエルローゼも虚空に飲み込まれるなんてことも起こり得るからな。


 最悪の事態を想定してしまうのは悪い癖だが、危機管理の面では重要な要素だと思うので辞める気はない。


 さて、考察はこのくらいにしておこう。


「で、ここの神隠しの穴はどうなってるんだ?」


 俺はハイ・サラマンダーくんに現状を確認する。


「はい。あそこの木とこっちの木の真ん中にゲートが開いてます。


 神の目を使って確認すると、たしかに空間にポッカリとした穴が開いていた。

 神の目をオフにすると何もない空間に見える。


「こいつは危険だな。

 ここを知らずに通ったら、あっという間に異世界って事か」

「そうなります。

 だから、私が派遣されたんですかね」


 というか、ちょっと浅はかではあるね。

 未確認生物クリプティドが目撃されたって噂が立ったら、確実に神秘主義者やらオカルティストが押し寄せるだろう。


「確実に逆効果。

 既にブルンジョアが出たって近くの街で噂になってる」

「ブルンジョア? 何ですか?」


 いや、その格好で言うなや。

 絶対狙ってこいつが選別されたよね?


「イフリート!」


 俺が呼ぶと……次元の壁を割って炎の魔神が現れた。


「直ちに!!」

「直ちにじゃねぇ! 次元の壁を簡単に割るお前らの存在はヤバすぎだろ!」

「まあ、我々はどこにでも偏在しますので……」


 呼ばれた早々怒られてイフリートもシュンとなった。


「ハイ・サラマンダーを派遣したそうだが?」

「我が主が好きだと小耳に挟んだので……

 こやつは、気に入っていただけましたか?」

「いや、フォルム的にはバッチリだが、この子は精霊界に帰しなさい」

「なんと!」


 なんとじゃねぇ!


 俺は爆発しそうになりながらもイフリートたちに状況を説明する。


「これ以上、ティエルローゼに地球人が転移するのは困るんだよ」

「まさか、ハイ・サラマンダーを恐れない人間種がいるとは……」

「地球にはいるんだよ。というか地球人は恐れ知らずだからな」


 既に科学文明が進んだこの地球では一層そういう人間が増えている。

 自然的脅威は最早科学力でどうにでもなると思っている人間ばかりだし、そういう人間は得てして好奇心の塊だ。


 そこにティラノサウルスの生き残りがいるかもしれないとなれば、探索に来るのは目に見えている。

 食い殺されるとか絶対考えないんだよね。

 警戒心がないというか恐怖心が麻痺しているというか……


 ティエルローゼの人間は。危険な存在とは隣合わせで生きているからか、セルフ・ディフェンスを考えてくれるんだけどねぇ……


「我が主よ……余計なことをしたようで申し訳ない」


 イフリートが頭を下げたので、俺は手を振って答える。


「いいよ。だけど、すぐに撤収してくれ。

 ハイ・サラマンダーを、これ以上目撃されるワケにはいかない」

「承知」


 イフリートはハイ・サラマンダーに手をかざす。

 すると、空間が歪んで渦を作った。

 ハイ・サラマンダーは俺にお辞儀をするとその渦の中に入って掻き消えた。


 うーむ。精霊に頼んだらティエルローゼへのゲートを簡単に作ってくれそうな気がしてきた……


 いや!

 これ以上作らせるワケにはいかんな!


 さて、この空間トラップになってるゲートを何とかしないといかんな……

 阻害系魔法では意味はない。

 物理的に近寄れないようにするのが望ましいか。


 俺は色々な方法を考えたが、どれも帯に短し襷に流しって感じだった。

 そしてふと思い出した。

 ヤマタノオロチが言っていた事を。


「そういや、無から有を作り出せるんだよな?

 原初魔法って」


 彼に言わせると俺は原初魔法を使えるらしいし、穴を多い隠せるほどの巨大な岩とか作り出せるんじゃねぇ?

 それが出来れば隠蔽は完璧だろう。


 ちょっと試してみようかな?

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