第29章 ── 第51話
マウント・サマリア州立公園は、オーストラリア南東部にある。
ビクトリア州都のメルボルンから北東にある山が公園になっているようだ。
山頂の高度は一〇〇〇メートルあるかないかという感じで、頂上からは周囲が見渡せる絶景ポイントである。
だが今回は頂上には用がない。
もう少し暇だったら昼に訪れたいポイントなんだけどね。
夜の内に目的の場所付近に到着した。
静かに近くの山道に車を下ろす。
操縦席から外に出た時、「パンパン!」と軽い破裂音が響き、飛行自動車の車体に火花が飛んだ。
「うわっ!」
俺は慌てて地面に伏せる。
何事か!?
俺は大マップ画面を開いて周囲を確認する。
五〇メートルくらい離れた場所に白い光点が二つ存在する。
銃撃されたのに白いだと?
少々頭が混乱する。
伏せてからもパンパンという銃声は続き、飛行自動車に当たる。
どうやら自動車を狙っている感じだな。
「撃つな! 人がいるんだぞ!」
俺が叫ぶと、銃声が止まった。
「人がいるだって!? 無事なのか!?」
「無事もなにも、君たちが撃っているのは俺の車だ!」
「え!?」
警戒しながら近寄ってきた襲撃者はやはりパーク・レンジャーだ。
こんな深夜にいるのは珍しいが、パトロール中だったらしい。
パーク・レンジャーはハンドガンを腰のホルスターに納めながら謝ってくる。
「いや、済まない。
大きな影が上から降りてきた気がしたんだ」
それだけの理由でハンドガン撃ちまくるのかよ。
まあ、実際空から降りてきたんだけど……
暗くてマジで助かったよ。
「気をつけてくれよ。俺に当たってたら大惨事だよ」
「本当に済まない。車は無事か?」
車はアダマンチウム製なので鉛弾程度では傷など付かない。
ガラスは非破壊属性だから割れることもない。
「ああ、無事だ。
良い角度で当たったみたいで穴一つないよ」
「随分丈夫な車だな。防弾仕様か?」
「いや、普通の車だよ」
コンコンとボディを叩くパーク・レンジャー。
だが、車体の金属が地球上では伝説の金属などとは解らないだろう。
「ところで、警告もなしに銃をぶっぱなすってのは穏やかじゃないね?」
俺がそういうとパーク・レンジャーは顔を見合わせてから肩を落とす。
「俺たちはアボリジニなんだが、この当たりは物騒な獣が彷徨いているんだよ。
君の顔からすると日本人だな?
君たち日本人には解らないと思うが、オーストラリアの各地には危険な獣が多いんだよ」
彼らがいうには、この地域には体長六メートルを超えるブルドッグ顔のワニがいるのだとか。
今から二〇〇年以上前に近くの村が襲われる事が頻発したため、役人がメルボルンからハンターを呼んだ事もあるらしい。
正体は解らない。
ただ、アボリジニたちは自然の中に超常の存在がいる事を知っているから、こうしてパトロールを欠かさないのだと宣った。
「ブルドッグ顔のワニ?
ユーロアの獣ってヤツ?
UMA本に載ってた記憶がある」
「お、知っている外国人は初めてだ。
やはり日本人は勤勉なんだな」
地元の伝説が知られていたという事でアボリジニはご満悦のようだ。
「ところで、何で君は真夜中にこんな場所にいるんだ?」
はい。一番怪しい理由を尋ねられました~。
予測通りですよ。
「今、二時だろ?
これから山頂を目指せば、ちょうど日の出が見られるんじゃないかと思ってね」
「日の出だって?」
レンジャーは眉間にシワを寄せながら首を傾げる。
「日本人にとって日の出は特別なんだぜ?
古来から『日の出る国』と自称するくらいだからな」
そう俺が自慢げに言うと、レンジャーの一人が手をポンと叩く。
「ああ、聞いたことがある。
一月一日にわざわざ山に登る風習があるらしいな?」
「そうそう、それが初日の出だよ。縁起が良いんだ」
「なるほど、日本は国旗も太陽だからな」
アボリジニの二人はうんうんと頷いて納得してくれた。
彼らも自然信仰のある古い民族だから、こういう理由にすれば深く理解してくれると思ったよ。
俺の口八丁も中々だったしな。
「ともかく、この近辺にはヤバイ獣がいるんだ。
本当に人が行方不明になる事件が何件も起きているからな」
「そうだぞ。
だから日の出も良いが、警戒しておくんだ」
アボリジニのレンジャーたちは、ユーロアの獣が本当にいると思ってるらしい。
そんなの都市伝説だろ。
俺はそう思いつつ彼らと別れた。
彼らは車で行ってしまう。
当たりは真っ暗で、虫の鳴き声が静かな空間に響き渡っていた。
さて、ここから道を外れて二キロくらい行った当たりに神隠しの穴があるはずだ。
三〇分ほど森の中を歩くと、それらしい洞窟を発見する。
オーストラリアの神隠しの穴は洞窟にある事が多いな。
ふと入り口の岩の上を見上げた途端、俺は固まった。
大きな白目のない黒い目が一対、俺をジッと見つめていたのだ。
その目を見て俺は身構えた。
「よく気づいたな」
大きな目の持ち主はフンと鼻を鳴らす。
その鼻息が俺の顔を撫でた。
「何者だ……?」
「お前たち人間は『ユーロアの獣』と呼んでいるんじゃないのか?」
「なん……だと……」
ユーロアの獣が……巨大カワウソだったとは……
素早く光点をクリックして解った事だが、体長五メートルを超える巨大なカワウソだとダイアログには表示されているのだ。
「何でカワウソがこんなにデカく……」
「ああ、それは神の手によるものだ。
既に数千年も前になるが、私は神によって守護獣に抜擢された。
この穴を守るためにな」
また似たような話が出てきたぞ?
神とやらに抜かりはないという事か?
「お前は何故この聖地に足を踏み入れたのだ?」
「神隠しの穴の現状調査と封印に……だよ」
「ほう。この穴を封印だと?」
俺は穴にある転移門について巨大カワウソに説明した。
「だから、あっちの世界に人間が迷い込まないようにしておこうと思ったんだよ」
もちろん、生きた人間をあっちの世界に連れていく事も目的だが。
「なるほど……
それを信じるとするなら、お前が神の後継者なら不思議な力があるに違いない。
試させてもらっても?」
「何をすれば良い?」
「そうだな……魔法を見せてもらおうか」
「魔法を?」
「私も神に教わった魔法を知っている。
私と同じ魔法が仕えるなら信じよう」
そういうと巨大カワウソは呪文を唱え始める。
「ブラミス・ラソロス・コリス・アイデル・インヴィル・コリス・ウィンディア。
不意に巨大カワウソが消えた。
うおー! とうとう見つけたぞ!
なるほど、そういう
俺が興奮しつつ色々独り言を言っているとカワウソの姿がまた見えるようにある。
「何なんだ? 何を興奮しているんだ?」
不思議そうにしているカワウソに俺は満面の笑みで答えた。
「君が使った
君は発動タイプの
片方は
という事はもう一つの方、インヴィルが
何を言っているのか解ってないようだが、これはティエルローゼで一度も魔法の書でもお目に掛かってない
俺が色々と解説していると、カワウソが手を上げて俺を制した。
「いや、説明されても解らない」
そう言いながらカワウソは手を後ろの方に動かした。
「お前は、これが読めるか?」
カワウソの手には古びた本があった。
俺は本を受け取り中を確認した。
「これは……魔法の書だな!
しかも、阻害系に関しての解説が!」
とんでもないモノを持ってるな、こいつは。
俺が夢中で読み漁っていると、カワウソがホッと溜息を吐く。
「ようやく、こいつを管理する必要がなくなるな」
「ん? 何だって?」
「その本を管理するようにも言われてたんだよ。
その本はお前にやろう」
「マジで!? いいの!?」
「それは世界に混沌をもたらす書だと神から聞いている。
そんなモノをいつまでも持っていたくない。
お前が神の後継者なら、神に返すまで」
確かにこの
悪事に使えば危険極まりないモノなのだ。
混沌をもたらすというのも強ち嘘でもないか……
「解った。俺が責任を持って預かる」
「これでこの穴の守護のみに専念できるというものだ」
カワウソはご満悦のようだ。
まあ、何千年もこんな所で守護をしているとするなら、それ以外の余計なもんは背負いたくないだろうな。
でも、これさえあれば、色々できるので俺としては大きな収穫だ。
車も改造しちゃおうかね。
それから数時間、俺は神隠しの穴の壁面に魔法術式を書き込んで、認識阻害魔法を仕掛けた。
本来なら魔導バッテリーが必要になる案件なのだが、この穴はカワウソが「聖地」と言うくらいだから魔力が強く集まる性質があった。
これを利用して自然魔力で動くようにしたワケだ。
視覚認識を阻害するだけのシンプルなモノなのも功を奏しているといえるかな。
こうして俺は
飛行自動車に
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