第29章 ── 第50話

 整備されていない土が剥き出しの赤い道を突き進む。

 あっという間に飛行自動車の車体は土埃まみれになってしまう。


 ティエルローゼも舗装された道なんて殆どなかったし、道があるだけましなんだけど後で洗車しないとな。



 オーストラリア大陸には五つの神隠しの穴が存在し、その一つ目がオーストラリア北東部ジャーディン・リバー国立公園内に存在しているらしい。

 そこまでは道なき道をいかねばならないので、土埃まみれでも車で移動できる道はありがたいのだ。


 というか、土産屋があったりするのに道はずっと舗装されてないのはどういうことなのだろう。

 これだけ広いと必要なアスファルトの量が半端ないだろうし、国家予算が足りなくなってしまうのかもしれない。


 何時間も移動してようやく国立公園に続く道までやってきた。

 それでもまだケープ岬のエリアから抜けてない。


 北海道はでっかいどーとか聞いた事あるけど甘いね。

 オーストラリアのデカさはチートクラスだぜ。


 つか、大マップ画面のラベルを確認してみると、この近隣は国立公園があちこちにあるのな。

 一つにまとめるにはデカすぎるんだろうか。


 ジャーディン・リバー国立公園に入ってから道なりに進んでいたが、目的の場所に行く方向への道がなくなった。

 ここから、徒歩でいかねばならなくなる。

 はっきり言って面倒だ。


 幸い自然豊かな自然公園の地域だ。

 ここまで未開の土地だと人の目などある訳もない。


 俺は飛行自動車のハンドル中央にある高度レバーをスライドさせる。


 エンジンの回転率が上がり、シュワーーーーッと車体下部から強烈なエア・ジェットが吹き出て車体がふわりと空に舞う。

 地球でも闇石ダーク・ストーンの重力を切り離す能力は健在だ。


 さすがに空から行くと目的地には簡単に到着する。

 鬱蒼とした森の中に流れる川沿いに開けた土地があったので、そこに車を着陸させた。

 見れば、小さい洞窟から水が湧き出てきて川に流れ込んでいる場所がある。

 大マップ画面で確認してみると、その洞窟の奥が神隠しの穴らしい。


 ここまで辺鄙な場所だと迷い込む人間はいなさそうだな。


 周囲を探索して状況を確認。

 この洞窟の前に大きな岩でも置いてしまえば、完全に人が入れなくなりそうだ。


 しかし、周囲を探索したので、この近辺には洞窟を塞げそうな適当な大きさの岩がないのは解っている。


 さて、どうするか……


 大マップ画面でより遠くを確認しても、周辺に適当な岩場はない。

 かなり南の方に行けばグレート・ディヴァイデイング山脈があるから、そこらで調達するのがいいかもしれない。


 などと考えていると、背後の森の中に何かがいるのを大マップ画面で確認できた。


 その存在は木々に隠れて俺の様子を伺っているようだ。

 赤い光点ではないので敵意はないと思われる。


 光点をクリックして正体を確認する。


『ヨーウィー

 レベル三〇

 脅威度:なし

 オーストラリアに生息するといわれる伝説の生物。

 アボリジニの伝承には六本の足があるとされ、頭と胴体はトカゲ、尻尾は蛇と伝えられている』


 むむ。

 オカルト本御用達の有名UMAの登場だ。


 俺の読んだ本ではイエティとかビッグフット系の獣人UMAと聞いているが、アボリジニの伝承では違うのか。


 俺はヨーウィーを驚かさないようにゆっくりと振り返った。

 茂みの間から黄色く光る目が覗いている。


「やあ、こんにちは。

 怯えなくていいから出てきなよ」


 俺がそう言うと、ヨーウィーが茂みから顔を出した。


 ふむ……たしかにトカゲと言われればトカゲか……


 それはリザードマンほどの大きさのバジリスクだった。

 本来、バジリスクはもっと大きい。

 なので、新種かもしれない。


「お、お前は……お、おいらの言葉をしゃべるのかい?」


 神の力で生物全般に言葉が通じるのだから、そう思われても仕方ないのだが、俺自身は日本語で話しているつもりなんだよね。


「というか、地球にバジリスクがいるとは知らなかったな……」


 中東あたりの砂漠地帯の伝説だと思っていたんだが、オーストラリアのアボリジニにはヨーウィーとされていたとはね。


「こんな所に人間が来るなんて久しぶりだよ。

 お前は何でこんなところに来たんだ?」


 言葉として聞くとこのように聞こえる。

 音として聞こうとすると「ギャイギャイ」と言っているようにしか聞こえない。


「あの穴の調査だ。

 できれば人間が通れないように塞ぎたかったんだけどねぇ」

「あの穴はおいらが守るように仰せつかった穴だよ。

 だから誰も通さないよ」

「なんだと?

 誰に言われたんだ?」

「えーっと、人間には神って言われてたかな?」


 バジリスクはとある森で生まれたそうだが、それはもう何千年も前の事だそうだ。

 ある神と一緒に洞窟を通って来たら、この地に着いたという。

 そしてその神に言われた「この穴は誰も通してはいけないよ」と。

 バジリスクはそれ以来この地で穴を守って生きてきたらしい。


「何千年? 君はそんな年寄りには見えないんだが……」


 ティエルローゼにいるバジリスクもそれなりに長寿らしいが、それでも数百年くらいしか生きられないと物の本には書いてあった。

 晩年のバジリスクは「エルダー・バジリスク」と呼称され、体長は二〇メートルを超えると言われている。


 目の前にいるバジリスクはせいぜい二メートル。

 どうみても若年期の個体だと思われる。


「おいらは成長しなくなったんだよ。

 お前たちがいう神がそうしたんだと思うよ」

「その神の名は?」

「知らない。でも逆らっちゃダメなのは解ったよ」


 ふむ。名前は名乗らなかったのか……


 神の目をオンにしてバジリスクを見てみると、例の白い糸が何重にも絡みついているのが解った。


 なるほど、確かに神力の糸が絡みついているな。

 あれがバジリスクを不老不死にしているに違いない。

 不老不死の加護というより一種の呪いだけど……

 八百比丘尼伝説によれば死にたくても死ねないそうだからなぁ。


「ふむ……

 で、俺を見ていたのは?

 入れちゃダメなら、止めるべきだったんじゃないの?」


 俺は周囲の探索時に穴の中まで調べたからね。

 見ていたなら止める義務があったのではないかと思ったんだ。


「雰囲気が、神と呼ばれてた人に似てたから……

 戻ってきたかと思って」


 似ていただと?

 命じたのはやはりハイヤーヴェルなんだろうか?


「そうか。

 でも、俺は神じゃないよ」

「そうみたいだ。

 神じゃないなら石にしようかと思ったけど、やっぱ逆らっちゃダメみたいな気がしてならないんだ」


 俺は苦笑が漏れてしまった。


 彼の予感は正しい。

 多分、彼のレベルでは俺を石化させられないだろう。

 一応、俺も神の後継に選ばれた人間だからね。


「色々了解した。

 申し訳ないが、引き続きここを守っていてくれるか?」

「そのつもりだよ」


 バジリスクは洞窟のあたりまで歩いてくるとクルリととぐろを巻いて目を閉じた。


 彼が穴を守っているなら、俺が余分な事をする必要はないな。

 しかし、ああやってるとマジで岩にしか見えないねぇ……


 それにしてもヨーウィーの正体がバジリスクだったとは……

 ダイアログでバジリスクと表示されなかったのは、アボリジニがヨーウィーとして認知していたからかも。

 この地ではヨーウィーが正式名称なんだから、当然といえば当然か。


 ここまで辺鄙な場所だと今後も人が入ってくることもないだろう。

 さっき周囲を調べた時に石像みたいなものも転がってなかったから、誰も近寄ったことはないという事だろう。



 俺はバジリスクが守る洞窟から離れて飛行自動車を取り出した。

 操縦席に乗り込んで、ふと振り返ると、バジリスクが頭をもたげてこちらを見ていた。

 俺が手を振ると、バジリスクも手を振り替えして来た。


 スライド・レバーを操作して空へと飛び上がる。


 次の穴はここからずっと南に行った所にあるらしい。

 場所はマウント・サマリア州立公園内だ。

 

 やはり人があまり近寄らない場所にあるって事だろうね。



 飛行自動車でも二~三日は掛かると思われるので途中でどっかに泊まろうか。

 空を移動するなら夜に移動した方が目撃者を心配しなくてもいいかもしれない。


 とりあえず、一番近くの道まで出て仮眠を取ろう。



 ノーザン・バイパス・ロードの脇に駐車して仮眠をとる。


 後部座席をリクライニングさせると身体を伸ばして寝られるのがワンボックス型の強みだよね。


 しばらく寝ていると、窓ガラスをノックする音で起こされた。


 目を開けると何か制服を着た二人組が外にいるのが見えた。


 俺が窓を開けて顔を出すと、顔に懐中電灯を照らして来る。


「何だ、日本人の観光客か?

 こんなところで寝ているとヨーウィーに食われるぞ?」

「ああ、済みません。

 ちょっと時差ボケで寝てたところなんですよ」


 彼らはこの周囲を定期的にパトロールしている自然保護官、俗にパーク・レンジャーと呼ばれる存在らしい。


 何にしても起こしてもらって感謝だ。

 既に夜の七時を回っていて周囲は漆黒の闇に包まれている。

 この暗さなら空を飛んでいっても解らないはずだ。


 途中までパーク・レンジャーの車に先導されて道を進んで来たが、枝道でレンジャーたちに別れを告げた。

 しばらく進んで彼らが付けてこないのを確認してから空へと飛び立つ。


 自然公園付近だと、パーク・レンジャーがいるんだな。

 肝に銘じておかないと。


 さて、あと四箇所だ。

 気を抜かないで行くとしよう。

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