第29章 ── 第49話

 オーストラリアに飛行フライの魔法で移動している最中、少し目がシパシパする感覚を覚えた。


 そういえば何日も食事も休憩も睡眠も取っていない事に気づく。

 それどころか魔法を使いまくり、宇宙空間にまで行ってたな。

 ステータスを確認してみたら無尽蔵かと思っていたSPが残り一割くらいまで減っている。


 うは。

 そりゃ身体に異常が出るわな。


 周囲を見回してみると、幾つかの島が集まっているところを見つけた。

 上空から確認した限り人間が住んでいる島ではなさそうだ。

 大マップ画面ではマウグ島という島らしい。


 俺は適当な島に降りて高め木の根本で野営の準備をする。

 今はソロ活動中なので木の上で寝るつもりだから、こんな所に陣取ってるんだよ。

 木にロープで身体を括り付けて寝るのはドーンヴァースでも良くやったから慣れている。


 それにしても、高めの木は斜面にしか生えてないのがネックだな。

 キャンプには不向きだが、平地に陣取るほど警戒心に欠ける行動は取りたくないから仕方ないか。

 大マップ画面で見た限りでは無人島らしいけど、危険な動物がいないとも限らない。

 レベル差があっても警戒はしておくべきだろう。


 水で洗ったレタスと焼いたベーコンをパンに挟み、胡椒と辛子マヨネーズを塗り込んで頬張る。


 ティエルローゼに転生してからソロ活動をすることがなくなったので、今みたいに料理とも呼びたくない簡単な食事は久しぶりだ。


 水袋から水を口に流し込む。

 乾いた喉に張り付いたパンの欠片が胃に流れていく。


 ふう……

 地球こっちに戻ってきて実感した。

 俺は現実世界では一人ぼっちだ。

 誰も俺を気にかけないし、俺も会いたいと思う人間がいない。


 当然と言えば当然の事ではあった。

 家族にしろ知人にしろ俺を邪険にする世界だったんだからね。


 まあ、大学を出た後の方が世界を飛び回れて面白かったのはある。

 仕事上の付き合いは多少あったにしろ、深い関係とは呼べなかった。

 心を閉ざしていたから、そう思った可能性はあるけど、今更知り合いに会いに行っても意味はない。

 俺の人生の基盤はティエルローゼに移ってしまった。


 今頃、仲間たちは何をしているんだろう?

 あいつらの事だから、世界樹攻略とかやってるかもな。


 仲間たちを思うと、今の状況が無性に寂しく感じる。

 俺は少しショックを覚えた。

 一人ぼっちがこれほど堪えるとは思いもよらなかった。

 これを人と馴れ合う事のデメリットと考えるべきか悩むところだが、ティエルローゼで仲間たちと関係を結んだ事に後悔はない。


 早いところ地球での仕事を終えてティエルローゼに戻りたい。


 俺はパンの欠片の残りを口に放り込んでから立ち上がる。

 焚き火に足で砂を掛けて火を消してから木に登った。


 折れそうにない太い枝にロープを括り付け、反対側を自分の身体に巻く。

 寝ている内に身体を動かしても落下しないようにする為だが、俺は寝ている状態で枝から落ちたことはない。

 枝に座って目を閉じ幹に身体と首を持たせ掛ける。


 ふと、気配を感じ眼を開けると、暗闇の中でつぶらな瞳と眼が合った。


「うお!?」


 よく見たら巨大なコウモリが頭上にある枝にぶら下がっていた。

 だが、コウモリは警戒心がないのか逃げもせずに俺を見ている。


 コウモリって夜行性じゃなかったっけ?

 何で狩りとかに行かないんだ?


 俺が首を傾げるとコウモリも首を傾げた。


 不意に『誰?』と声が聞こえた気がした。

 気の所為かと思っていたら『猿?』と再び聞こえた。


「猿じゃねぇ。人間だ」


 俺がそう言うと頭上のコウモリがモゾッと動いた。


『人間? 時々来るよ。

 僕らを捕まえに』

「マジか」


 そういえば、マリアナ諸島の人ってコウモリ食うらしいね。

 美味いのかな?

 でも、あのつぶらな瞳で見つめられたら食う気はしないなぁ……


「まあ、俺は捕まえないから無視してくれ」

『それは助かるな。今日は具合が悪いから動きたくないんだ』

「ふむ」


 コウモリは体調不良らしい。

 獣医じゃないから体調不良の原因とかは解らないけど、言葉を交わしたので少し情が湧いてしまった。


病気治療キュア・ディシーズ


 青い煌めきがコウモリを包む。


『うわ!? 何これ!?』


 コウモリが驚いて翼を広げてバタバタさせる。

 デカいだけあって結構な風量が生まれるのね。


「病気が治る魔法を掛けてやった。体調はどうだ?」

『え?』


 コウモリが顔を身体の方に向けてモゾモゾ動き回る。


『そういや、気分が良くなったかも。お腹も痛くない』


 どうやら効果はあったようだ。


『君が治してくれたの?』

「まあ、そんなところだ」

『ありがとう! 人間にもいいヤツがいるんだね?』

「まあ、俺みたいなヤツは少ないだろうね。

 だからこれからは人間を見たら逃げろよ?」


 コウモリは鼻をヒクヒクさせた。


『木に登って寝る人間は君が初めてだよ。

 だから逃げずに見てたんだ』


 警戒心がないワケではなかったか。

 こうやって野生生物とも話ができるようになって解った事だが、動物も高度な精神活動をしている事が判明した。

 ゴリラやチンパンジーのような霊長類は様々な実験をされていて精神活動が確認された事例もあったが、こういう動物では判明していなかったので面白いなと感じる。


 ただ、動物と心を通わせると「狩る」事に躊躇いを覚えるのでやめておいた方がいいだろう。


「それじゃ、俺は寝るよ」

『人間は夜寝るんだね。僕は体調が良くなったから狩りに出かけるよ。あっちの島の甘い木の実を食べに行かなきゃ』

「気をつけてな」

『バイバイ』


 コウモリは別れの挨拶をすると翼を広げてスイ~ッと夜の空に滑るように飛び出した。


 小さな出会いだったが寂しさが少し紛れた。

 ありがとう、コウモリ君。



 茹だるような暑さで目が覚める。


 南海の孤島は熱帯雨林である。

 太陽はカンカン照りな上、湿度は高い。

 見ればコウモリは昨日ぶら下がっていた枝とは違う場所で逆さになっていた。


 ここは彼の寝床らしいので、静かに俺は木を降りた。


 焚き火をすると、上の彼を起こしてしまいそうなので、インベントリ・バッグ内のハンバーガーで朝食を済ます。


飛行フライ


 俺は魔法を唱えて上空へと舞い上がる。


「それじゃコウモリ君、元気でな」


 眼下に広がる木々の中にコウモリの姿を思い描いきつつ、俺は別れの挨拶をする。

 もう会うこともないだろうし聞こえもしないだろうが一応ね。


 俺は南に向かって飛行を開始する。



 海原を何時間も飛んでいると前方の海面上にぼんやりと大きな影が見え始めた。

 あれは多分パプアニューギニアだろう。

 すでに太陽は傾きつつあるし、日没までにオーストラリアに到着したいところである。


 飛行速度から計算すれば、あと二時間も飛べばオーストラリアの最北端に到着するはずである。



 何も考えずに飛行に専念していたら、不意に後ろから甲高い機械音が聞こえてきた。

 振り返ると大型旅客機だった。


 やべっ!


 俺は一気に高度を下げる。


 目撃されるほど近づかれなかったとは思うが気をつけないとな。

 飛行フライの魔法は飛行機ほどの速度は出ないので、今度改良してみようかな。


 この時、旅客機の機長が空を飛ぶ人の影を目撃した事を俺は知らない。

 後々、ゴシップ紙やオカルト本に「ビスマルク海のフライング・ヒューマノイド」という大層な名前が付いたという。


 俺は高度を下げて超低空で海面スレスレに飛行を続けた。

 飛行機と遭遇してから一時間半ほどしてから、ようやくオーストラリア大陸が見えてきた。


 大マップ画面を開いて人に見られないように注意しながら、オーストラリア大陸への上陸を目指す。


 既に夕暮れ時だったので目撃される事もなく何とか大地に降りることが出来た。


 ティエルローゼと違って気を使うねぇ。

 マジで現実世界面倒くさいわ。


 とりあえずもう夜になるし、今日は人気の無いところで野営でもして、諸々の仕事は明日から色々とやりましょうかね。


 夜、寝ていると野犬か何かの遠吠えが幾つも聞こえたが、近づいてくる気配はなかった。

 掻いだことのない匂いが風に運ばれて来て警戒していたのだろうか。


 その後は何もなく朝を迎えた。


 岩陰から身体を起こして周囲を見回す。


 ここオーストラリア最北端のヨーク岬。

 最北端だけあって看板は立っているし観光客も来る。

 舗装はされてないが、踏み固められた道はできている。


 俺はその道を伝って南下する。


 地図によれば、最北端に来る人用の駐車場があるらしいのだが……


 人が住んでいる場所からは結構離れているし、こんな朝っぱらに観光客もいないか。

 やはり空を飛んで行くのが楽なんだが、それだと人に見られるので何か考えないと……


 しばらく歩いて駐車場に出た。

 案の定、人の気配すらない。


「あ!」


 そこで俺は思い出した。

 インベントリ・バッグを開けて飛行自動車二号を駐車スペースに置いた。


 現代社会で人目を気にせずに移動するなら車が最適だ。

 こんな事も気づかないってことは、ティエルローゼにどっぷり浸かりまくってる証拠かもね。


 俺は苦笑いを浮かべつつ運転席に乗り込んだ。


 この自動車なら見た目はワンボックスカーで通るだろう。

 ナンバープレートっぽいモノは付いているが、オーストラリアのナンバーっぽくなかったので、即席でそれっぽいヤツをでっち上げて交換した。


 銃架になってる屋根をサンルーフと見てくれると助かるんだが……

 銃は積んでないから大丈夫!

 そう思うことにして、まずは移動を開始しましょうかね!

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