第29章 ── 第46話
転移陣の光が強くなったかと思うとアルカートの姿が一瞬で掻き消える。
俺は大マップ画面を開いてアルカートに立ててあるピンを選択する。
俺はアルカートを次元の壁を超えさせることに成功した。
ただし、アルカートが転移した先は別の次元だった。
どうやら、そこは精霊界と呼ばれる場所のようだ。
アルカートの周囲にはいくつもの青い光点があり、彼を中心にグルグル回っていた。
青い光点の一つをクリックしてみると風の精霊シルフである事が判明。
突然、精霊しかいない世界に現れた人間に警戒しながらも好奇心を押さえきれず、シルフはアルカートにイタズラを仕掛けているっぽい印象がある。
いかに精霊界に転移したといっても、ファルエンケールの女王のような眼(俺はこれを精霊眼と名付けた)を持っていなければ精霊を見ることはできない。
何もいないのにイタズラをされるんだから、アルカートはとんでもない恐怖に駆られたらしく、ステータスが発狂に代わり……そして死んだ。
南無……
発狂死というのがマジであるのかワカランが、発狂しつつ死んだのは間違いない。
恐怖で絶叫した為にシルフにうるさいと思われて殺されたなんて可能性もあるかも……
精霊が俺の下僕だと自称していてホッとする自分がいた。
普通の人には姿は見えないし、声も聞こえない。
そんな精霊が何かしたら恐怖の心霊現象にしか見えないだろう。
マジでポルターガイストだもん。
しかも彼らには力もあるので人を殺すのなど簡単な事だ。
俺は現実世界で不自然な死に方をしている人物は精霊みたいな存在が原因で死亡しているのではないかと思い始めている。
かまいたち現象は風の精霊の仕業以外に考えられないだろう?
自然発火現象なんかは火の精霊の仕業くさいしなぁ……
とにかく、今回の実験は失敗だ。
失敗の原因を突き止めねば。
あ! しまった!
転移した状態をデータ化してログ記録を残しておけば良かったな。
仕方ない。
あっちの世界の俺が腕に付けているリスト・コンピュータみたいなものを用意するか。
俺は街に繰り出してモバイル・ノートを手に入れて来て、転移陣発生装置の制御盤の方も改造してノートと繋げられるようにする。
基本的に稼働させるエネルギー媒体が違うのだが、コンバータとして魔力を電力に変換する装置を噛ませてみた。
アーキテクチャが全く違うので、簡単にコンバートできるとも思えないがダメ元でやってみた。
ダメ元のハズなのだが、ちゃんとデータが取れるんだから困ったものである。
次の実験体を連れてきて第二回実験を行った。
二回目も失敗。今度の実験体は虚空に放り出されてしまった。
取れたログを解析してみて解った事だが、やはり属性の色を同調できていなかった。
これが綺麗に同調できてないと安全な転移は不可能だ。
装置の改造と調整、転移実験によるデータ収集を繰り返す。
一日でこの作業を二~三セットしか出来ないので死ぬほど手間暇掛かる。
必死に作業を続けている内にコンテナ内の実験体が半分を切ってしまった。
うーむ。
色々と改良をしてんのに、ここまで上手くいかない理由は何だ?
根本的な理由があるのではないだろうか?
俺は一度実験を中止し、改めて転移実験の手順などを一つずつ確認した。
やはり一通り確認して理論上は間違っていないはずだ。
では何が問題なのか?
ティエルローゼがある次元はハイヤーヴェルが作り出したことは間違いない。
では地球がある次元はどうなのだろう?
そういや、その辺りを考えていなかった。
ここもハイヤーヴェルが作ったのならば、俺の能力で思いのままに弄くり回せたはずである。
だが、ティエルローゼとは違って、ある程度はコントロールできるが、些末なところで
これは、この次元はハイヤーヴェルとは別の存在が作ったんじゃないかと思われる。
誰が作ったのかはワカランが、こういう小さい部分に失敗の原因があるのではないか。
俺は
流石にこの身体で宇宙に出たら死ぬので、魔法で防御フィールドを発生させておく。
宇宙線はマジで怖いからな。
それと空気もないと死ぬので身体の周囲にエアカーテンを作る魔法を掛けて新鮮な空気を絶えず供給するようにした。
しかし、この作業は必要なのだ。
一週間以上掛かったが、漸く地球を一望できるほどの距離までやってきた。
俺はエア・ブラストの魔法で姿勢を制御して振り返った。
うーむ。
地球は青かったって言った人は誰だっけ?
海で青く見えるみたいだね。
ああ、そんな事をする為にここまで来たんじゃなかったわ。
俺は神の目をオンにしてじっくりと地球を観測する。
ふむ。
世界を織り成す法則はハイヤーヴェルが作ったティエルローゼと大して変わりがない。
ただ、微妙に構成する属性色のバランスが違う。
これは世界を作った存在、あるいは世界が出来ていく過程が違うから現れる差異ではないだろうか?
そういえば、エンセランスが世界を作る実験をしていたっけな。
彼は世界を構成する最小単位を操って世界を作ろうとしていた。
ハイヤーヴェルはそこに精霊力を纏わせる事で形作った。
だが、地球がどのように出来たのかは天文学や惑星科学、宇宙技術の発展などによって色々と判ってきている。
それはティエルローゼのような創世神話には成り得なかった。
今では笑い話にしかならないが、科学が発達する度に某有名宗教における創世記との差異を埋める為にバチカンが相当苦労してきたという歴史があるんだよね。
だが、バチカンは上手く理由をつけて地球の成り立ちと創世記の間の整合性を証明してみせた。
世界に誇る神学者、マジパネェ。
まあ、俺はその論文を興味が無かったので読んでない。
なので詳しい事はさっぱり解らないので聞かないでくれると助かる。
さて、神の目でじっくりと観察してみて解ったのだが、地球に満ちる精霊力の強いこと強いこと。
ティエルローゼの一〇倍くらいあるよ。
神の媒介がないのに生命が自然発生し、さらには独自進化して高等生物が誕生した理由じゃないだろうか。
そこにハイヤーヴェルを筆頭としたプールガートーリアの神々の出現により、色々な方面で進化が加速したんじゃないかな。
この地球の強力な属性色に転移陣発生装置のコアが影響を受けて失敗に至っているのは間違いなさそうだ。
地球上にいるとこの地球独自の属性色に取り囲まれている為、神の目で差異を検知する事ができなかったって事だろう。
しばらく地球を観察していると地球から幾本も外側に細い紐のようなモノが伸びているのに気づいた。
あまりにも細いので見逃すところだった。
あれは何だろうか?
その糸を主体に観察を続けると、面白いことに気づいた。
オカルトやスピリチュアル系において提唱されている世界を取り巻くエネルギー・グリッド理論でよく出てくる地域に、そのラインが見つかるのだ。
例えばイギリスでいえば、グラストンベリーとかストーンヘンジとか……いわゆるレイラインと言われる地帯に何本か発見した。
南米にかなりもある。
あれは何だろうか?
ふと見れば日本にもかなりの数のラインが見えた。
俺は日本の人があまりいなさそうな場所に
ちょうど今、日本は昼を過ぎた頃だが、ここは昼なのに薄暗い。
昔、富士の樹海の散歩コースを歩いた事があったので、昼でも人気がなさそうなここに繋げました。
東京あたりで人がいない場所は知らない。
奥多摩の山中とかなら人もいなさそうだけど、俺は行ったことがないので……
俺はもう一度
周囲をキョロキョロと見回すが、大気内だと空気や空中に舞う様々な微粒子によって例の糸を発見するのが非常に難しい。
眼下には鬱蒼と茂る富士の樹海が広がっている。
これは探すのが難しいか……
いや、慌てるな。
落ち着いて探すんだ。
俺は神の目によりいっそう集中して周囲をゆっくりと見回す。
「主殿、お困りの様子。我も手伝いましょうや?」
不意に後ろから声を掛けられてビクッとした。
振り返ると、羽が背中から生える山伏がいた。
赤ら顔だけど鼻が異様に高い赤毛のイケメン外国人だった。
それが流暢なというより古風な言い回しの日本語を喋ったのだ。
「だ、誰……?」
俺はつい素が出てしまう。
少々怯えた声が漏れてしまった。
「これは失礼申した。我は富士山太郎坊。
この近辺を守護する風の大精霊でございまする」
げ、マジで妖怪出てきた!
つうか、富士山太郎坊って何!?
顔に出たのだろうか、富士山太郎坊を名乗る天狗が、団扇のような形の軍配で地上の方を指し示す。
「我はあそこの社にて守護を任されておりまする」
ふむ、富士山の真ん中辺を指しているようだな。
「それはそうと、俺のこと主と言った?」
「左様でござりましょう?」
いや、こっちの世界で誓約を結んだ記憶はないんだが?
「それはティエルローゼでの話のはずなんだが」
「いえ、主殿。
ティエルローゼとこの日ノ本、精霊界が別物などという夢物語はございませぬぞ。
位相が違うだけで同一世界でありますれば」
なん……だと……
「じゃ、じゃあ、こっちもあっちも同じ世界の精霊がいるって事!?」
「左様。暁月坊殿も我と同様の存在でありまする」
びっくらこいた。
ティエルローゼは異世界なので勝手に遠い世界だと思っていた。
実は位相が違うだけであまり遠い世界ではないという。
確かに転移実験でティエルローゼ大陸がある辺りは地球ではオーストリア大陸があるようだし。
形は違うけど、地球でいう大陸があるところにはティエルローゼも陸地があったりする。
ティエルローゼ大陸から海をずっと北上するとティエルローゼ大陸よりも大きな大陸が存在するのは大マップ画面で確認済みである。
陸地の形は全然違うけどユーラシア大陸に相当する陸地なんだろうね。
ハイヤーヴェルが地球のある次元に寄り添う形でティエルローゼの次元や精霊界とよばれるアストラル次元を作ったって事だな。
なるほど、プールガートーリアからの盾としてティエルローゼ次元を作ったのなら近くて当たり前ではあるな。
「それで、主殿。
何をお探しであらせられましょうや」
「ああ、宇宙から見たら地球から糸みたいに外に伸びてるラインがあったんだよね。
それは何だろうかと思って探してたんだ」
俺は周囲を見回して再度探してみる。
富士山太郎坊は、ふむと言いながら思案顔をする。
「もしやすると……アレの事かもしれませぬな」
「アレって?」
どうやら富士山太郎坊は何か知っているようだ。
俺が振り返ると、富士山太郎坊はニッと笑う。
イケメンは笑っても顰めっ面でも絵になりますな。爆発しろ。
「では、ご案内致しましょう。
ついて参られよ」
そう言うと、富士山太郎坊がさっき指し示した方向に飛び始めた。
俺は素直に彼の後ろを追った。
何の手がかりもないんだから、精霊を名乗る大妖怪について行くしかない。
あっちでもこっちでも「主殿」とか言わてるんだし、何の危険もないですよね?
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