第29章 ── 第45話

 緋緋色物質とガンマイクを回収して、研究室に戻る。


 まずやるべきことは映像の確認だ。

 どのように溶けた鉱石が混ざっていくのかを見ておきたい。


 再生速度を遅く設定して反応皿の真上からの映像を見ておく。


 そこに写っている映像は非常に興味深いものだった。


 相剋する鉱石がぶつかり合った瞬間に火花のような光が発生するんだが、相生する物質が接触すると火花は消えてしまう。

 そして五つの鉱物が混ざり合うと、何もしていないのに皿の上の鉱物がグルグルと渦を巻いて回り始めた。

 しばらく見ていると、渦を巻いたまま溶けた鉱石は固まって動きを止めた。


 ふむ……反応がちょうどよい均衡を保って固まったのか。

 混ぜる時に失敗すると大爆発って感じは否めないね。

 溶かす時に一緒に溶かしちゃうのが一番楽そうではあるが、溶け出す温度が微妙にずれてるので、そこがネックだね。


 一瞬で全ての鉱石の溶解温度を超える熱を発生できる溶鉱炉を用意するのも手かもしれない。

 まあ、一瞬で常温から溶解温度以上の熱量を発生させる方が危険な気がするけども。


 やはり今回の実験のようにレールで導線を作って同時に反応させる方が間違いないか。


 続いて、緋緋色物質とやらを調べてみる。

 鑑定魔法で知り得た情報以外のモノを調べる。

 物質の硬さ、重量、属性の有無、合金にする場合の割合、合金の性質など調べる事はたくさんある。


 順番に調べていこう。


 まず硬度だが、鉄と大して変わらない硬さだ。

 これは、精霊鉱石を一種類、あるいは二種類を混ぜて出来たインゴットと同様という事だ。


 次に重量だが、同じ大きさだった場合、緋緋色物質は鉄の三分の一程度の軽さだった。

 精霊鉱石を一種類か二種類を混ぜて作った精霊金属が鉄の半分程度の軽さだったんだが、五つ混ぜた場合は何らかの作用が発生するようで、重量は一~二種類の金属と比べて些か減少する。


 魔力を流した時の闇石と似た性質が少しだけあるのかもしれない。


 属性は各精霊鉱を同じ分量で混ぜたので各種属性の強さは同じくらいだった。

 分量を変えたら属性の強さも同じように変わる気がするけど、そんな事したら爆発するよねぇ……


 つづいて鉄や魔法金属との合金を作ってみようか。


 俺は魔法実験室に戻って簡易かまどを再起動する。


 まずは鉄と緋緋色物質を半分ずつの量で混ぜてみた。

 結果、本来の鉄より硬度が上がってはいるようだ。

 これで武器を作った場合、伝説の緋緋色金で作ったとは言い難い性能になりそうだ。

 命中率とダメージにいくらかのボーナスは付きそうだが誤差の範囲だな。


 それから一〇パーセント単位で分量を変えて合金を作ってみた結果、一〇対一の割合で混ぜ合わせた時が最も効果が高い緋緋色金になる事が判明。

 緋緋色金を武器にした場合、命中率とダメージが+五〇パーセント増加するという破格の効果が付与される事が判明した。

 重量も通常の鉄の三分の一になります。

 これは素材によるボーナスであり、これに魔法付与をさらに行えるので、チート合金なのは間違いない。


 ミスリル、アダマンチウムでも同様の効果を発揮する。


 ちなみに、オルハルコンはまだ試してない。

 ドーンヴァースで手に入れたオリハルコン・インゴットは持っているんだけど、これってティエルローゼのオリハルコンと同じなのかね?

 このあたりまだ検証してないんだよね。


 鍛冶レベルは一〇なので加工はできると思うんだけど、ティエルローゼのオリハルコンも同じ加工方法なのだろうか。

 その辺りも含めてマストールに相談した方が良さそうだな。


 鍛冶部屋に行くと、マストールがマタハチとガチコンガチコンとハンマーを振るっている。


 作業中は無駄口を聞くと怒られるので、マタハチと共にマストールのサポートに入る。

 三時間ほど作業を手伝っているとマストールは満足したのかハンマーを金床の上においた。


「なんじゃ。お主、おったのか」

「三時間くらい前からな」

「ワシに何か用か?」

「ああ、少しオリハルコンについて聞いておきたい」

「ふむ……」


 俺はマストールにオリハルコンについて色々と質問をぶつけた。

 マストールがヘパーエストから教えてもらったオリハルコンの情報を一通り聞いた。

 基本的にオリハルコンを作る場合、材料は金属なら何でも良い。

 鉄でも黄鉄鉱でも何でも良いらしい。

 意味ワカランと思ったけど、材料を熱して神力を込めたハンマーで叩く事で材料の金属はオリハルコンの輝きを宿すらしい。


 何ですかその不思議な技は。


 ただ、神力を込めるのが人間種には不可能なのだそうだ。

 マストールの場合、ヘパーエストの使徒となり、そして彼に許されているので、ハンマーに神力を宿す事ができるらしい。

 ヘパーエストの神力を神界から送られているんだそうだ。


 うーむ。マジで良くワカランですな。


「じゃあ、ドーンヴァースのオリハルコンとは別なのか?」


 俺はオリハルコンのインゴットを取り出して金床の上に置いた。

 マストールは興味深げにインゴットを手に取り見聞する。


「これはオリハルコンで間違いないのう。

 これを加工するには神力を込めたハンマーで打つ必要があるぞい」


 マジで同じものなのか?

 マストールが言うんだから間違いなさそうだが。

 ティエルローゼ内では、マストールが言う加工法に準拠するって事で考えればいいのかな。


 ちなみにドーンヴァースの鍛冶は、材料が何であろうが普通に同じシステムで武器やアイテムが作成されるんだよね

 鉄でもオリハルコンでも同じって事。


 以上のことから、俺には神力の込め方が全く解らなかったので、オリハルコンの加工はマストールかヘパーエストに全面的に任せようと思います。


 つーか、地上で使うアイテムの素材としては緋緋色金、緋緋色魔銀、緋緋色金剛を作り出せれば十分っしょ。


 そういや十拳剣トツカノツルギも材料が緋緋色系金属だったよ。

 マストールが調べてくれたんだけど緋緋色金剛が材料だそうだ。

 アースラの持つ天叢雲剣アメノムラクモノツルギは緋緋色神鉄なんだとか。


 俺の剣もアースラのヤツも、世界で初めてヘパーエストの使徒になった人物が下界にいた頃に作った武具なんだそうだ。

 工房の前に鎮座するオリハルコン・ゴーレムの身体を打ち出したのもその人物らしいよ。


 さて、色々解ったところで、研究を進めなければならない。


 これら緋緋色系金属を使って次元転移陣発生装置を作らなければならない。


 次元転移を可能にするワームホールを用意しなくては、アースラの妻子をこちらの世界に連れてくる事はできない。

 魂だけを連れてくるのも難しいのに、俺は肉体ごと連れてくる事を画策している。

 これはかなり無謀だと思う。

 だが、知り合いの連れや子供を殺して魂だけこっちに転移させるなんて俺にはできないからな。

 失敗する可能性も考えるととても実行には移せないよ。


 だからこそ、あっちの俺は実験体を多数確保しているワケだよ。

 失敗して魂ごと消滅しても心の傷まない悪人を大量に集めたらしいから安心ですね。


 まず、転移陣は五芒星ペンタグラムが基本構成だ。これに二重のサークルを組み合わせる。

 各角部分にはコアとして緋緋色神鉄を配置しようと思う。

 既に緋緋色神鉄作成依頼をマストールに発注済みだ。

 倉庫に入れておいた精霊鉱石を自由に使って良いと言ったらロハで引き受けてくれたよ。


 この緋緋色神鉄をコアとした部分には魔力を通す魔導回路が組み込まれているが、これには緋緋色金剛を土台にして、魔力導線は緋緋色魔銀を使っている。

 さらに魔導コンデンサを組み込む事で操作盤コントローラ上で各コア内に放出される魔力量を調整できるようにする。

 こうする事で転移陣の色を魂の色に合わせて調整できるようにするワケだね。


 この転移陣発生装置の制作は、基本的には通常の転移陣と仕組みは殆ど変わらないので一日程度で完成した。

 もちろん次元転移用の起点装置マーカー・ユニットも制作は完了している。


起点装置マーカー・ユニットと転移陣発生装置の中にある魔導回路には対になる魔法波紋を発生させる仕組みが組み込まれている。

 これを目印として転移陣と起点がペアリングされるのだが、万全を期す為にも起点装置には、次元転移陣発生装置に使っているコアと同じロットの緋緋色神鉄を使用してみた。

 上手くいくといいですなぁ。


 俺は出来上がった装置をインベントリ・バッグの中に仕舞って、地球の俺に思念を飛ばした。



◇◇◇



 ようやくティエルローゼの俺から思念と共に完成した装置が送られてきた。

 あっちの俺の設計思想を脳内で反芻してみるが、コレが最善の設計なのは間違いないだろう。


 コレを使って転移実験を開始しよう。


 ヘルズ・スキミックの連中は一週間も閉じ込められた所為か、精神的に不安定になって来たみたいで、喚き散らしたり、喧嘩して怪我したりと少々管理が面倒になってきていたんで、実験が進められるのは大変ありがたい。


 早速、自室のロビー部分に次元転移陣発生装置を設置する。


 転移陣の横に制御盤コントローラも設置する。

 制御盤コントローラの上部にスコープが付いていて、転移陣の真ん中を覗けるように位置を調節しておく。


 これで準備は整った。


 まず、コンテナ内の全員に大マップ画面でピンを立てて追跡タグの代わりにする。

 それぞれに番号を振っておけば、ピン一覧から選ぶだけで大マップ画面の中央に被検体を表示できるという塩梅だ。


 被検体番号一番のヘルズ・スキミックのメンバーを部屋に連れて来る。


 こいつはヘルズ・スキミックのボスだ。

 アルカート・ミューラーとかいう名前だったっけ?

 ボスのわりに怖がりの小心者だ。


「な、何をさせるつもりなんだよ……」


 俺に引っ立てられて涙目のアルカート。


「いいからこっちに来い」


 部屋の中央にある転移陣の真ん中に立たせる。


「動くなよ?

 下手に動いたら身体が半分に千切れたりするかもしれないからね」


 まあ、安全装置は組み込んであるのでそういう事にはならないと思いたいけど、やったことのない次元転移なので装置が本当に安全を保証してくれるかは解らない。


 ティエルローゼの俺に確認すると起点装置マーカー・ユニットの設置は完了しているようだ。


 んでは、こっちも装置に魔力を流して……


 俺はスコープから被検体であるアルカートを覗き込む。

 アルカートは俺が何をするつもりなのか判らず、涙目でこちらを見ている。


 魔力が装置内に行き渡ると転移陣の各頂点にあるコアから光の柱が立ち上がる。

 その柱が被検体の頭上で混じり合い、なんとも言えない色になる。

 俺はスコープから見えるアルカートを神の目で見ながら制御盤コントローラで柱の色を調節していく。


 神の目を使いながら制御盤コントローラ上にあるスライド・レバーを上下させるのは結構骨が折れる作業だった。

 一時間ほど掛けて調整作業が終わった。


 アルカートは俺が真剣な顔で何かをしているのを怖がりながらも興味深げに見ていた。


 俺が「ふう」と大きい深呼吸をすると、アルカートは話しかけて来た。


「いや、マジで何をするつもりなのか教えてくれないか?」

「ふむ……まあ、いいか。

 お前を異次元転移させるつもりだ。

 行き先はティエルローゼという異世界。

 力こそ正義という理念が罷り通る野蛮な世界だな」


 俺がそう言うと「何を言っているんだ、こいつは」という顔でアルカートに見られてしまう。

 まあ、当然といえば当然の反応である。


 だが、アルカートは俺やエインヘリヤル・シンノスケを目の当たりしたのを思い出したようで、バカを見るような目つきから猜疑心の宿る目つきに変わる


「そのティ……エルフローズ? ってのはどんな世界なんだよ……」

「んー……そうだな。剣と魔法のファンタジー世界だよ」

「マジかよ……

 お前は、そこから来た異世界人なのか……?」

「いや、俺は日本人だよ。

 まあ、日本からあっちの世界に転生したのは間違いないけどな。

 今はこっちに戻ってきているってところだな」


 アルカートは俺のセリフが嘘か本当かを真剣に吟味しているようだ。

 嘘はないよ。

 信じるか信じないかは君次第だけどね。


「では、転移実験を開始する」


 俺は話を切り上げて実験開始を宣言した。


 まだ心の準備が整っていないのか、アルカートは「ちょ、ま」とか言ってたけど、俺は構わずに「スイッチ・オーン!」と言いながら転移開始ボタンを押した。

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