第29章 ── 第43話

 次の日からかなりの量の精霊鉱石が俺の手元に届き始める。


 ランドールは俺が寝ている時に上の街から鉱夫隊を呼び寄せて、各部隊に彼らを編入させて目的の鉱石を掘るように司令を出していた。


 後方基地運営の傍ら、手が空く度に俺は精霊鉱石の研究をした。


 精霊鉱石の加工は思ったより難しいものではないようだ。

 鉄と同じように溶鉱炉で溶かして型に流し込む。

 冷えれば精霊金属のインゴットの完成だ。


 ここで水などで急速に冷やさないのがコツです。

 例えば火焔鉄鋼のインゴットに水をぶっかけると水蒸気爆発に近い状態になります。

 他の属性の精霊鉱も溶けた状態のモノに相剋する物質をにぶっかけると、それぞれヤバイ反応を示した。

 逆に相生する物質を使うと、インゴットの純度が高くなったり宿している属性の力が強くなったりするようだ。


 各種属性の鉱石でインゴットを作り、それぞれを鑑定する。

 間違いなく各種属性を宿した金属のインゴットだと鑑定結果に出た。


 よしよし。

 ここまでは問題ないな。


 さて、出来上がった金属をさらにテストしていこう。

 まず、重要なのは金属の強度だろうか。

 属性を宿していたとしても脆いようでは武器にも防具にも使えないし、魔法道具に仕込んで「数年したら壊れました」では話にならないからね。


 とりあえず鉄やミスリル、アダマンチウムなどの各種金属で出来たナイフを用意し、精霊鉱のインゴットに傷を付けてみるのがいいだろうか。

 で、実際に各種素材でナイフを作って傷つけてみたんだが、どの素材のナイフでも簡単に傷がついた。


 これでは用途が限られてしまうな……

 さて、どうしたもんか。


 単体でダメなら他の金属との合金にすればどうだろうか。

 早速、鉄を基本素材にして火焔鉱を混ぜる実験をやってみる。


 火焔鉱と鉄は難なく混ざりあった。

 冷えて硬化後の鉄は火の属性が色濃く発現する。


 ふむ。これは面白い。

 ただ、フレイム・タンのような刀身に炎を纏うような感じにはなりませんな。

 配合比率とかによって可能かもしれないが、今それを作る必要はない。

 まずは、魔法道具用の素材としての精霊鉱石の実験が重要なのだ。



 他の精霊鉱も確認してみると火焔鉱と同様に混ざり合い、属性効果もしっかりと発現した。


 やはり混ぜ込むのが使用法としては良さそうな素材ですな。


 その後、二日ほど掛け、ベースとなる金属を変えて合金化の実験を行った。

 結果として、鉄、銅、銀、金、プラチナなどの貴金属を始め、魔法金属であるミスリル、アダマンチウムにも混ぜる事が可能なことが判明した。


 オリハルコンとの合金実験は、この場では不可能なので後の課題とする。

 神の金属なので加工技術を持った鍛冶屋も必要って事です。


 俺はオリハルコンの加工技術とか伝授されてないので、マストールに頼らざるをえないですねぇ。

 地上で加工できる人は彼しかいないだろうし。

 もしかすると今ならマタハチも技術を伝授されてる可能性はあるかもしれないな。

 まあ、俺はオリハルコンになる材料が何なのか知らないので作ってもらえるのかは謎になりますが。


 神力うんぬんってのは聞いた気がするけど、神力自体をどうするのかがさっぱりだし、魔力ならともかく神力はどうやって出せばいいんだ?

 何かの加減で出ることはあっても、自分の意志で出し入れ出来るなら苦労はしないんだよなぁ……



 次の日は他の金属との合金について、さらに研究を進めた。

 複数の属性を混ぜた場合の効果についてだ。

 精霊金属のインゴットを作る時に同じような事をしたわけだが、他の金属と混ぜている時にも同様の効果を得られるかの実験である。


 結果、相剋関係の精霊鉱はゼッタイに混ぜるな──だ。


 相剋する精霊鉱を入れた途端、ベースとなる金属が一瞬で弾け飛び、作業していた俺は結構なダメージを負った。

 火の魔法使いスペル・キャスターでもある俺だから良かったものの、そうじゃないヤツなら火傷だけで大変なことになるところだよ。

 火の魔法使いスペル・キャスターは火傷への耐性があるので、ひどい火傷にはならないんだよ。

 それでもダメージを受けた皮膚の表面部分は真っ赤になって一時間くらいヒリヒリした。


 着ていた作業用の平服が燃えてしまったので、近くにいたドワーフたちが大騒ぎになってしまった。

 俺はドワーフたちに平謝り。

 何とか許してもらったけど、ドワーフに弾けとんでしまった溶けた鉄が当たらなくて本当に良かった。


 さて、結果の続きだ。

 相生する精霊鉱を混ぜた場合、相生する物質を混ぜる時よりも効果が増す。

 物質の場合は効果が二割増し、精霊鉱なら五割増しといったところだろう。


 以上の結果から、精霊鉱を混ぜるのは相生する性質の二種類のみとするべきだと思われる。


 ここからさらに踏み込んで見る。

 二つの属性を帯びた金属を作り出すのは現時点では不可能だと思う。


 例えば木と水の精霊鉱を混ぜるとする。

 混ぜる量を水憐鉱を三、木耀鉱を二で合金を作ってみたのだ。

 最初に俺が予想した結果は、強い木属性と弱めの水属性を帯びる金属が出来ると思っていた。


 だが、結果は強めの木属性を帯びた金属が出来る。

 そして、ベースとなる金属の強度が著しく劣化する。

 これは上の素材だけでなく他の素材でも同様の結果が出た。

 相生関係にある素材であっても、補助となる属性が過ぎるとダメになるという事だろう。



 ランドールが言っていた数日が過ぎた。


 俺の目の前には彼が用意するといった各種精霊鉱石が積まれていた。

 一種類につき五トン。

 合計で二五トンだ。


 片手間ながら実験をしていた分は差っ引いてもらおうと思ったが、そんなケチくさい事をランドールは言わなかった。


 ただ、精霊鉱石の加工については実験する必要もなかったっぽい。

 実験の結果を紙にまとめて渡そうと思ったんだが、ハンマールの鍛冶ギルドに精霊鉱石の加工法や利用法についての文献があるらしいんだよ。

 俺の実験は無駄だったのかもしれない。

 上に戻ったら見せてもらうとしよう。


 まあ、精霊鉱石の性質を全く知らないより、実験という現場で経験が積めたのだと前向きに考えておくとしようか。


「約束の精霊鉱石は確かに受け取ったよ。受取書にサインとか必要かな?」

「いや、今回は問題ないじゃろ」

「了解した。それじゃ、俺は用事があるので戻るけど、後の事は大丈夫だよね?」

「問題ないはずじゃ。

 万が一の場合はコレを使わせてもらって良いかの?」


 ランドールは腕に装備した小型通信機を軽く叩く。


「ああ、マジでヤバイときは使ってくれ。

 つーか、俺が来る前の段階で使っとけよ

 ヤバかっただろ」


 念話をした時にも何も言わなかったしな。


「すまん。見込みが甘かったんじゃ」


 まあ、今回のような状況は中々経験できるもんじゃないし、ハンマールの軍事経験の低さでは仕方ないか。


「既に部隊人数は増量しておるし大丈夫じゃ」


 うむ。

 二日くらい前から用意する飯の分量が二倍くらいに増えたもんな。

 材料をハンマールの街に取りに行く料理人を何度か見かけたもんね。

 俺のインベントリ・バッグからも捻出したもんな。


「では、ケント様。

 こちらをお収めください」


 ランドールの副官、財務担当のヤーエル・ホンゾルンから重そうな革袋を受け取った。


 俺は中に金貨が詰まっているのを確認してから値踏みスキルを発動する。

 中身は金貨一二〇〇〇枚だ。


 まあ、そんなもんだろう。

 物資やら何やら、後方基地構築の殆ど全てを俺がお膳立てしてやったんだし、このくらいの金額は頂いてもバチは当たらないよね。


 エマとアモンと俺で山分けしておこう。

 俺の捻出分を考えて、俺が六〇〇〇枚、エマとアモンは三〇〇〇枚ずつでいいかな?


「そんなに貰っていいの?」

「エマとコラクスにはランドールの護衛なんて任務を振ったしな。

 かなり重要な任務だったから、このくらいはいいと思うよ」

「解ったわ、受け取る」

「主様、私ごときに報酬をいただけるとは、望外の喜びでございます」


 アモンは相変わらず堅苦しいですね。


 実のところ、俺と一緒にいれば基本的に食いっぱぐれないし、魔族たちには給料とか出してなかったんだね。

 さすがに無報酬で働かせるのは問題あるので、この際給料を出すようにしたいと思います。


 今、他の仲間たちは何度か昇給を経てたので一ヶ月の賃金が金貨二枚の支給になっている。

 とんでもない高給らしいんだけど、俺の懐に入ってくる金貨に比べると大した事じゃない。

 金は余りまくっているので、俺は国家事業に投資しまくっているくらいだからね。


「コラクスたちにも給料出す事にするよ」

「畏れ多いことです」

「え……? 無給だったの!?」


 エマがビックリして大声を上げた。


 いや、マジでゴメン……

 本当にすっかり忘れてて……

 アモンたちも請求一切しないもんで……


「今までどうしてたの?」


 エマがアモンに質問をぶつけている。

 俺もそれは知りたい。


「いえ、別に魔軍に居た頃に支給された金貨がかなり残っていましたので、必要な分はそこから」

「フラとかアラネアもそうなの?」

「フラもああ見えて結構溜め込んでいます。

 軍にいると使い所はありませんから」


 確かに軍隊とかは衣食住が完全完備……

 って、それは現実社会の軍ならだろ!


 もしかして、バルネットの軍隊は衣食住が保証されてるのか?

 魔軍が現代の軍隊みたいなのか?


 ウチのトリエン軍は、基本的にゴーレム部隊だから整備費以外は掛からないんだよな。

 指揮官の給料も銀貨四枚~八枚程度だし。


「アラネアは彼女の作り出した種族からの貢物がありますからね。

 金銭には困っていないでしょう」


 ああ、アラクネーはマジで商売上手だし、シルクの商売だけで確実に金持ち部族だよね。

 ダイア・ウルフたちも狩猟とかでアラクネイアに肉の献上とかしてんのかもな。

 肉は貴重なので市場に持っていけば高く売れるしな。


 なるほど、魔族たちは財テクバッチリの金持ちだったのか……


 だからといって給料を出さなくて良い理由にはならないし、これからはちゃんと出すから安心してもらいたいね。

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