第29章 ── 第42話

 地下にいると陽の光や月の明かりが確認できないので、時間感覚が狂ってくる。

 だからこそ時計などでの時間確認が重要だ。

 能力石ステータス・ストーンを手に入れてる者はステータス画面を表示すると確認できるが、能力石ステータス・ストーンは白金貨二枚という大枚を必要とする。

 王様や貴族、腕の良い冒険者、富豪など金持ちくらいしか持っていない。

 身分も低く大した金を持たないモノには高嶺の花なのだ。


 まして、ハンマールのドワーフは長い事、外界とは隔絶した生活をしてきたため、神殿すら能力石ステータス・ストーンの在庫を持たず、ロストテクノロジー化していた。

 ハンマール国内で持っているのはランドールくらいだろうか。


 制圧作戦が行われている現在は、ランドールがステータスを開く暇があるはずもない。

 なので後方兵站基地にドラを準備した。


 このドラを鳴らす時間は朝六時と正午一二時、夕方時と深夜一二時の合計四回だ。

 制圧作戦は二四時間四交代制で回されているので、決められた時間にドラを鳴らすようにしている。


 ドラの音を聞いて制圧に出ている部隊は休息の為に戻ってくる。

 そして出番の部隊が交代して出撃していく。

 このサイクルが維持できていれば、制圧作戦は上手くいっているといえよう。


 ちなみに、ドラの音はドワーフだけが聞いているワケじゃないので、モンスターも呼び寄せてしまうのが欠点なのだが、休憩している部隊が三隊あるので、その内の一隊が防衛任務に付いている。

 もちろん後方陣地には俺の防衛用の魔法を掛けてあるので、防衛任務はかなり安全だ。

 お陰で兵士たちの士気は高い。


 このドラの時間は食事の時間でもあり、出ていく部隊と帰ってくる部隊が食事を摂れる体制を維持しておくのが俺の業務だ。

 美味い飯も士気が高まる要因なのは言うまでもない。


 このシステムを構成したお陰で、最初に話したように兵士たちの時間感覚が狂うこともなくなった。

 食事は健康のバロメータにもなるので、しっかりと摂取して頂きたい。


 現実世界だと食事は一日三回が普通だと思うが、この世界の習慣では朝と夕の二回しか食事しない。

 本来昼に食べるのは贅沢極まりないらしく、金持ちや貴族たちしか出来ない事だし、量も軽食レベルだそうだ。


 俺は最近まで普通に仲間に昼も食事をさせていたけど、これはかなり贅沢な行動だったらしい。

 まあ、一日二回とか俺が耐えられんわ。


 食事の支度が出来た頃、後方支援の任務のドワーフ兵がバチを両手で持ってドラを思いっきり叩いた。


──ゴイ~~ン!!


 一〇分ほどすると出撃していたドワーフたちが帰って来る。

 出発予定の部隊は、帰還部隊と一緒に食事をしながら制圧状況の情報を共有して出撃していく。


 帰還部隊は、負傷兵を神官プリーストに預けてから休息に入った。


 今回帰還した部隊が持ち帰れたモノは、少し前にアモンたちが持ってきたように精霊鉱石だ。

 ランドールは、後方支援担当の兵士たちに荷車を運ばせている。


「重要な鉱石じゃ。直ぐに昇降機で上に運べ!」

「承知しましただなや!」


 俺が見ているのに気づいたランドールが最高の笑顔で近づいてくる。


「ようやく約束のモノを手に入れたぞい」

「ああ、アモンたちから幾つか渡されたよ」


 彼の後ろにいるアモンとエマも得意げな顔になった。


「で、どうじゃ? お主の役に立ちそうじゃろか?」

「ああ、魔法で物品鑑定してみたけど、精霊鉱石で間違いなかったよ。

 コレが欲しかったんだ」

「掘れる場所は確保できたからのう。

 今後はこの状態を維持していかねばならん」


 地下大坑道の最下層に巣食うモンスターたちは、ドワーフの精鋭たちにですら厄介な存在らしく、完全制圧には相当な時間が必要なようだ。


 それでも俺が構築した後方基地のシステムが上手く回るようになった為、押し負ける事はなくなったとランドールは言う。


 まあ、休息や食事、武器の保全や補充は兵站の基本だし、これが出来てない軍隊は士気が低下して十全な力を発揮できなくなる。

 ランドールが指揮していた制圧軍が、最初は良かったのに俺が来る頃には瓦解寸前まで追い込まれていた理由でもある。


 職人上がりのランドールには部隊運営とか難しかったのだろう。

 もちろん、一〇〇〇年以上も戦争してないハンマール王国の軍部も闇雲に戦っていたようだからなぁ。

 実戦経験って大事だよね。


 ハンマールで一番戦えるのって外の世界に行商にいくヤツか、世界樹の森から物資を集めてくるチームだと思う。

 道中、野獣やら魔物と戦ったりするらしいので、個人戦闘能力だけでなく連携なども出来るみたいだし。


 まあ、オーファンラントでも軍兵士よりも冒険者の方が強いってのが認識にあるらしいので、当然なのかもしれない。


 ただ冒険者を軍に入隊させても、運用面であまり上手くいった試しはないらしい。

 個人プレイが過ぎるというか、戦闘面でバランスが取れない為、戦線の構築が上手くいかないとかオルドリン子爵から聞いた。


 同レベル帯の兵士を並べて配置するのが戦闘力を一番上手く引き出す事ができる方法なんだってさ。

 でまあ、冒険者とかでレベルの高いキャラは、本来なら指揮官として任務に当たらせるのが良いんだけど、我の強い冒険者に兵士は付いていけないし、ついて行きたくもないという事態に陥るワケだね。


 強さに憧れを持つ兵士は多いが、その強さが部隊運営で発揮される事は殆どないのだそうだ。


 確かに、俺や仲間達に憧れる兵士たちは多いらしいが、俺たちが一般兵を指揮して戦うより自分一人で戦った方が効率はいいだろうな。

 一般兵士と一緒だったら、足手まといを庇いながら戦わなくちゃならんし、効率は下がる。

 レベルが拮抗する仲間たちと一緒なら、そういう事も少なくなるんだろうけどな。


 結果として、同レベル帯で部隊を組むのが順当だし、指揮官もそれほどレベルに差がない者を当てる方がいいって事だろうね。


 ランドールの部隊はレベルが三〇代前半、ランドール自身は現在レベル五〇だ。

 出会った頃から比べてレベルは一つ上がっているし人類最強クラスではあるけど、地下大坑道最下層でリンドヴルムの毒霧の中で揉まれてきたモンスターの強さと数に対抗するには力不足なんだろう。


「で、俺がいなくても回りそう?」

「そうじゃな、ケント殿が張ってくれている防御結界がある内ならば問題ありますまい。

 じゃが、あれが無くなってしまうと後方基地の維持は難しかろう」


 この四日でランドールも兵站の重要さが理解できて来たとか。

 今は俺が色々と担っているけど、俺の代わりが出来る人員を補充しないと難しいという。

 まあ、エレベータで人員の追加補充を命令すれば何とかなりそうだというので問題なさそう。


 ま、俺の防御力と攻撃力アップ、毒無効化などをエリア付与するフィールド魔法も重要なファクターだそうだが。

 一応、俺が魔法を解かない限り維持し続けるので、残していくつもりだけどね。

 これを維持する魔力の料金も精霊鉱石で払ってくれるらしいので嬉しいです。

 イルシスの加護で魔力無尽蔵な俺には、何のペナルティにもならないんだけどね。


「バフ付与魔法は残していくけど、武具の保全用の要員と料理人を下ろす必要はあるな」

「そうじゃろう。

 鍛冶職人ギルドへの要請の書状を持っていかせよう。

 あとは何人か料理人を確保せねばならんな。

 城の料理人だけでは足りまい」


 俺の料理速度は普通の料理人の五倍速くらいあるし、時間魔法まで使うので最低でも料理人一〇人分くらいの仕事をしていると思う。


「まあ、料理人は募集すれば直ぐに集まるんじゃないかな。

 ほら、通りとかに屋台とか出てるし、あの辺のヤツなら金を出せば来てくれるんじゃ?」

「ケント殿ほどの腕前は見込めぬじゃろうし、士気の低下は否めないのう……」

「料理スキル持ちって少ないのかね?」

「持っている者は多いんじゃが、レベルがのう……」

「レベル高い人ってそんなにいないのか?」


 ランドールも詳しいワケではないようだけど、屋台の料理人はレベル一~二程度、店を構えていたり雇われ料理人ならレベル四程度だとか。

 超有名な高級レストランで五~六っていったところらしい。


 確かヘスティアさんは料理スキルのレベルが一〇だったよな。

 だとすると、人間の料理スキルってレベル七くらいが上限なんじゃないだろうか。

 俺の料理レベルは料理の神と同レベルだから、そりゃ俺の料理食べたら士気も上がろうってものなんだろうな。


 俺の料理を食べるとバフが付くという噂もあったっけ?

 迷宮都市でそんな話を聞いた気がする。

 本当ならすごいんだが。


「料理スキルのレベルって上げづらいのかねぇ……」

「ケント殿の料理スキルはどの程度なんじゃ?

 とても常人とは思えんのじゃが?」

「ああ、俺はレベル一〇だよ」

「神レベルか!」

「料理の女神ヘスティアさんもレベル一〇だって言ってたな」

「料理神さまとも面識があるのか! ケント殿はますます反則じゃなぁ……」


 まあ、パラディの街の制作に関わったランドールは、俺が神と面識あるの知ってるから秘密にする必要もない。


「俺は結構あっという間に上がったんだけどなぁ」

「料理神さまの加護じゃろな」


 あれ? ヘスティアの加護って受けてたっけ?


 一応ステータスを確認してみるがヘスティアの加護は無かった。

 念話で聞いてみたら、俺からの加護がヘスティアに付いていた。

 師匠には加護は付けられないんだと。


 あれ?

 マストールは鍛冶の師匠だと思うんだが、俺の加護持ちだぞ?

 鍛冶以外の部分で俺の加護が与えられたのか?

 やはりティエルローゼの物理法則システムよく解らん。


 俺が無意識に改変した部分もあるので、その所為って可能性も捨てきれないけど。

 ほら、重さの単位とか世界共通でポンドからグラム単位になってたじゃん……?

 長さもフィート、ヤードだった気がするけど、今はメートルだしなぁ。


 創造神の力恐るべしですな。


「ま、料理人のレベルはそっちで何とかしてくれ。

 精霊鉱石の量がある程度確保できたら、俺たちは帰るからね」

「それは承知じゃ。

 あと数日もあれば、ケント殿が所望する量は確保できよう」

「一応、俺が受けてる仕事に関わるんで頼んだよ」

「了解じゃ!」


 ランドールは鎧を着込んだ胸をドンと力強く叩いた。


 よし、これで色々捗りそうですな。

 精霊鉱石を使った魔法道具の開発が今から楽しみですねぇ。

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