第29章 ── 第41話
ハンマール王国の地下大坑道でドワーフたちの後方支援を始めて四日ほど経った。
支援といっても基本的には物資の補給支援がメインだ。
後方兵站基地を任されていると言った方がいいかもしれない。
新品の武器や防具の補充を始め、それらの修繕、食料やポーション類の仕入れ、負傷兵の治癒や回復など、後方支援部隊で必要な事は全て俺が行っているからねぇ。
エマとアモンはドワーフの制圧部隊に同行させてランドールを守らせている。
ランドールが死んだら俺とハンマール間で交わした約定が守られなくならんとも限らんし、彼には死なれないように守らないとね。
しっかりと兵站の計画を立てずに、これほど大規模な制圧戦を行うのは馬鹿のすることだ。
この事から、ハンマール王国は大規模戦争の経験が殆どない軍事弱小国なのではないかと思われる。
いや、ドワーフ単体としての戦力は相当なモノだと思うよ。
なにせ筋肉だるまだからね。
ランドールもソロで世界樹の森を
だが、個人戦闘と大規模戦闘では要求される能力も経験もまるで違う。
それぞれが強いのである程度は何とかなるかもしれないが、相手方に作戦立案の上手い軍師がいたら確実にやられるだろう。
個人の膂力だけでは戦争は上手くいかないのである。
今回の制圧戦に関して言えば、地下大坑道の構造や生息モンスターなどの基本情報すら手に入れてない状態で突入したらしいので、苦戦するのも当然である。
最下層はリンドヴルムの吐く毒によって、相当汚染された区域だ。
その毒に晒され続けたモンスターには良くわからない独自の身体変化が起きていて、毒耐性はもちろん、毒から妙なバフを受ける奴らも湧いているようだ。
毒の空気を吸うと筋力がアップするとか……どんな進化なのかマジで理解不能ですよ。
地上に出る普通のモンスターよりも強力な存在だと思って間違いない。
それなのに、ただ武装しただけの騎士やら戦士やら魔術師やらを編成した部隊で降りて来ただけだったっつーんだから困ったものである。
これより上の階層では通用したらしい。
しかし、最下層ではこのザマですよ。
気づいた時にはエレベータ・ホールまで押し込まれてたワケですね。
逃げ道となるエレベータを破壊されてたらランドールも含めて確実に終わってるパターンだよ。
俺たちが来なかったらどうなってたんだろうね?
まあ、そんなワケで後方支援を俺が担当してやる事にした。
アモンもエマもランドールの護衛に付けてやってるんだから、お礼はタンマリ頂きますよ?
もちろん、この後方の兵站業務についてもキッチリと料金を支払ってもらいます。
金貨なら一〇万枚程度ですかね。
まあ、小国の国家予算並の金額なので、ハンマールに支払うのは無理だろう
なので、今回は報酬として坑道から発見される各種精霊鉱石数トン分と精霊鉱石の精錬法についての知識を要求しようと思います。
ちょっと吹っかけすぎな気もするけど、王様の命を救ってやったんだから文句言われる筋合いじゃない。
もう王様不在の一〇〇〇年は体験したくないだろしな。
だから「数トン」って言ったワケ。
トン数はあっちで決めさせるつもりなんだよ。
自分たちの王様の値段は自分たちに決めさせれば、後から不平不満を言われることもないだろ?
支払う重さが大した量じゃなければ、王様の価値はその程度って事で他国の貴族にハンマールは侮られるという屈辱を受けることになる。
どの時代においてもそうだと思うけど、王とか国を侮辱されることに国民は耐えられないだろう。
まあ、愛国心とかいう言葉が忌み嫌われた「戦後」と言われた一時期の日本だとそうとも言い切れないけどね。
ハンマール王国は、金のインゴットを買い叩かれても文句一つ言わない、よく言えば寛容、悪く言えば思慮の浅い騙されやすい国なんだよね。
外の世界の銭勘定についてある程度知識のあるランドールが王様になったから良かったけど、今回の一件で彼が死んじゃったら元の木阿弥だからマジで間一髪だったと思ってもらえればいいかな。
こういった軍事に関する知識を持っていないなら、国土防衛の為にもドワーフを何人かオーファンラントの王国軍にで軍事留学させた方がいいんじゃないかな。
ウチの国以外に留学させるのはオススメはしない。
先程も言ったように、ハンマール王国の人間は騙されやすいお人好しが多いと思うからね。
うっかりハンマールの内情など漏らされた場合、その国が攻め込んで来ないとも限らない。
それほどハンマールの地下資源には価値があるって事だよ。
もちろんソレを加工する技や知識も膨大な価値を持つ。
責め落とされて、そういった技や知識が、失われる、あるいは他国へ渡る危険性は努めて排除しなければならない。
まあ、こういう事は本来ハンマール王国のドワーフたちが考えなければならないんだけど……何で俺が考えてるんだろう?
俺もドワーフ並のお人好しって事かもしれないな……
オーファンラントの国益を考えるなら、この国を制圧して支配下に置いた方がいいんだろうしね。
俺一人でそのくらいの事は余裕でできると思うし。
でも、俺はそんな面倒な事はしたくないんで、ドワーフたち自身で頑張って頂きたい。
設置した簡易
「ホコリが鍋に入るだろ! 走るな!」
俺が怒鳴るとアモンが二〇メートルくらい手前で足を緩めた。
「主様、申し訳ありません……」
シュンとなるアモンの肩口からエマが口を開いた。
「随分な言いようね。
ケントの欲しがっているモノが出る場所を確保できたから教えに来てあげたのに。コラクス、仕える主は考えた方がいいわよ?」
マジか?
「精霊鉱石が出たのか?」
「はい、こちらに」
アモンはエマの言葉など聞こえないかのように振る舞う。
彼は腰につけている
赤みがかった黒い鉱石を取り上げて
『火焔鉱石
大きな山脈の地下に埋伏している事がある火の精霊力が宿る精霊鉱石。
この鉱石から精錬される火焔鉄鉱は火属性を帯びる』
おお、間違いなく精霊石だな!!
「埋蔵量はどうだ!? ドワーフたちは何か言ってなかったか!?」
「そこまでは……申し訳ありません」
「ケント、落ち着きなさい。
貴方、配下のモノに労いの言葉が一言も無いなんてどうかしてるわ。
そういうしてもらって当然って態度は慎みなさい」
エマが俺とアモンの間に入って顎をクイッと上げながら抗議してきた。
エマの言うことももっともである。
というか、俺は叱られて当然である。
確かに彼はお仕掛け配下ではあるが、働きに対して報いる義務が俺にはあるし、それをしないなんてのはパワハラやらモラハラの上司と同じではないか。
「エマ、ごめん」
「謝るのは私にじゃないでしょ?」
アモンはレベル一〇〇の最強魔族なのに、俺とエマのやりとりを「え」、「ちょ」とか言いながらアワアワしている。
「コラクス、申し訳ない」
「主様! お顔をお上げください!!」
慌てるコラクスをチラっと上目遣いで見て思った。
イケメンが台無しです。
あまりの慌て顔に「ぷっ」と吹き出したのだが、エマもコラクスの愉快な顔に顔を背けて肩を揺らしていたので安心しました。
「エマ、ありがとう」
「ふん。別にお礼を言われるような事はしてないわよ」
ツンデレ発言頂きました。
さっき笑いを堪えてたから赤いってのもあると思うけど、コレは照れからくる赤面ですね、間違いない。
「ところで、ランドールの護衛は?」
「「あ」」
エマとアモンが同時に口を開いた。
「すぐに配置に戻れ」
「直ちに!!」
「了解」
アモンがエマを肩に担ぎ直して来た道を引き返していく。
俺はその背中を見送った。
多分、俺が求めてた鉱石が発見されたので、あの二人も舞い上がったんだろうな……
部下からの配慮っていうか忖度というか……
高い忠誠心っていうのかな。
なんか、そういうポヤンとしたモノにムズムズするけど、悪い気分ではないね。
ただ、それを当たり前だとか当然だとか思ってしまわないように気をつけろっていうエマの叱責は本当にありがたいものだった。
俺がもっとも嫌う態度だからね。
最近の俺は少し傲慢だったかもしれない。
今後は気を引き締めていこう。
それにしても、俺を叱責したり軌道修正してくれる仲間は貴重だ。
トリシアも俺が間違ったら指摘してくれるんじゃないだろうか。
ハリスは基本的にイエスマンなんだよな……
マリスは俺の傲慢さには気づかない可能性が高いな……「のじゃロリ」だし彼女も相当上から目線キャラだからな。
アナベルは……天然過ぎて判らん。
魔族たちはハリス同様に全肯定なので論外ですね。
つーことで、トリシアとエマを仲間に引き入れられた事は、相当な幸運だったと思いたい。
幸運の女神のお陰とか言うと、フォルナが「えっへん」とか言い出しそうなので言いたくないけど。
ちなみに、「幸運の女神には前髪しか無い」という有名な言い回しはギリシャの詩人だか何だかが書いた詩の一節だそうだが、フォルナの後ろ髪はかなり長いのでティエルローゼでは当てはまらない。
前髪も掴みやすいほど長くないしね。
さて、アモンが持ってきてくれた精霊鉱石を調べたいところだけど、ここはグッと堪えて、制圧隊の奴らが帰ってくるまでに上手い飯を準備しておいてやろうかね。
それが俺が彼らに報いる方法で一番喜ばれるだろうからね。
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