第29章 ── 第40話

 案の定、三〇分も掛からず最上階までやってきてしまう。

 裏口に続く非常階段の扉は既に開け放たれていて、そこにはエインヘリヤル・シンノスケが仁王立ちになっている。


 大マップ画面を見ればある一室に四人分の赤い光点が確認できた。

 その部屋へ続く扉の前に立ってドアノブに手を掛けた時、断続的に銃声らしき音が耳に飛び込んできた。


 その音と俺の身体に何かが幾つもぶち当たる感触をほぼ同時に感じる。

 音の質と身体で感じる衝撃からサブマシンガンによる射撃だと判断できた。

 今の俺は九ミリ弾など何発食らっても大したダメージにはならない。


 ありったけの弾丸を撃ち尽くしたのだろうか。

 既に銃声も衝撃もなくなった。


 俺はドアノブを握る手に力を入れる。

 錠が下りているが、構わずにノブを回す。

 ガキリと音がしてドアノブは壊れてしまった。

 ドアノブだった部品が扉から外れて小さな穴が開いた。

 そこに指を尽き入れ強引に扉を引っ張る。


──ドゴン!!


 大きな音と共に扉が枠から簡単に外れた。


 開いた隙間から中を覗き込むと銃声と共に再び衝撃が額付近を襲った。


 一発で眉間に当ててくるとか中々、腕は悪くない。

 ただ、やっぱり大した痛みは感じなかった。

 一応、額を触って衝撃を受けた部分を擦る。


 少しヘコんでいる気がするが、穴は空いてないし肌は裂けてはいない。

 ギロリと部屋の中を見ると、四人の男が銃を思い思いに構えている。


 真ん中の男が最後に撃ったヤツだな。

 左右の男はサブマシンガンを構えたまま唖然とした顔をしている。

 三人の後ろで頭を抱えてガタガタ震えているヤツがボスだろうか。


 俺はそのまま部屋の中に入る。


「お粗末な銃だな。全然ダメージ通らねぇし」


 俺が肩を竦めると、真ん中のヤツが再び俺めがけて弾丸を打ち込んでくる。


──バンバンバンバン!!


 何度も鳴る銃声。

 銃を撃つ男は驚愕と悲嘆にくれて顔は絶望しか浮かんでいない。

 涙と鼻水でグチョグチョになっているが、泣きたいのは銃で滅多撃ちされてる俺だと思うんだが。

 まあ、弾丸を撃ち尽くしたというに必死にトリガーを引き続けている様は哀れ過ぎる。


 左右の男は激しく震えている為、マガジンがハウジングに上手く入ってくれないようだ。

 余りの怯えっぷりに少々気の毒になったので、リロードが終わるまで待ってやる。

 五秒くらい掛かって片方がようやくリロードが完了して銃口を俺に向けてきた。


「ば、化け物!!」


 トリガーを何回も引くが弾丸が発射されない。


 そりゃボルトをリリースしないと弾は出ねぇな……


衝撃の矢ショック・ボルト


 左手を上げて魔法名を口にすると、目に見えない気弾に襲われた男が音も無く崩れ落ちる。


 自分の隣にいた男がバタリと倒れた瞬間、真ん中の男が銃を放り出して跪いた。


「も、もう止めてくれ!! こ、降参だ!!!」


 それは悲鳴に近い嘆願だった。

 手を上げて跪く様を見た残りの男も手にしていたサブマシンガンを放り出し同じように跪く。

 三人の後ろにいた男は相変わらず弾を抱えて震えるばかりである。


「無駄な抵抗だったな。

 まあ、これ以上抵抗しないなら攻撃は止めておこうかね」


 全てが終わり、エインヘリヤル・シンノスケに手伝って貰ってヘルズ・スキミックの奴らを残らず転移陣へと放り込んでやる。


 その作業をしているのを後ろから見てボスらしき男が「あんたら何もんなんだ……?」と聞いてきた。


「ん? 俺たちか? そうだなぁ……さっきお前の部下が言ってたけど、化け物が一番近いかもな」


 銃で撃たれても殆どダメージを受けないのは人間とは言えないだろう。

 鎧付けてないのにコレですからなぁ……


 もちろん撃たれた部分は服がズタボロになってるけど、身体は打ち身程度で、数十ポイントHPが減ったくらいだ。

 HP一〇〇〇〇もあると掠り傷にもなりゃしないよ。

 現実世界なのにゲーム内みたいに数分も掛からず自然回復しちゃうんだからぁ。


 ヘルズ・スキミックの奴らにしてみたら信じられない体験だったろう。


 一〇分ほどで気絶した奴らは全て転移完了。

 あとはボスと投降した二人だけだ。


 窓から気絶していた奴らをポイポイ放り投げてた所為で、こいつらは殺されると思っているらしい。


「こ、殺さないで……」

「勘弁してくれ……」

「神よ……」


 ボロボロと涙を流して命乞いを始めた。


「いや、お前らを殺すつもりはないよ?」

「だって下に落として……」

「ああ、大丈夫だよ」


 転移陣とか説明しても理解できないだろうから、突き落とされるとか勘違いされてるな。

転移門ゲートで送ってやるか……


魔法門マジック・ゲート


 転移門ゲートを出したら、男たちは口をパクパクさせて声も出ないようだ。


「殺さないから、ここに入れよ」


 最初の一人を背中を押して転移門ゲートで送り出す。


 仲間が一瞬で消えたのを見て、残りの二人は何が起きたのか理解を越えてしまったようで気絶しそうな感じでフラフラし始めた。


 俺は面倒になってきたので二人を後ろから転移門ゲートへ向けて蹴り入れてやった。


「これで終わりだな」


 声に振り向くとシンノスケがニヤリと笑った。


「ああ、ありがとう。助かったよ」

「じゃあ、またな」


 シンノスケはそう言うと光の柱となって消え去る。


 マジで「幻想戦士召喚サモン・エインヘリヤル」の魔法は謎が多いな。

 ドーンヴァースとティエルローゼで呪文効果が全然違うのもだが、シンノスケが呼び出せるのはなぁ。


 などと考えているとパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。


 ああ、警察がやっとお出ましか。

 時計を見ると襲撃開始から既に一時間近く経っている。


 ちょっと遅すぎねぇか?


 捕まったら面倒なので、三階のベランダから飛び降りた。

 周囲を見回すと近所の人間だろうか、見物人というか野次馬が集まり始めている。


 俺は転移陣発生装置をインベントリ・バッグに仕舞ってから一階の駐車場に駆け込んだ。


 俺が転移門ゲートを出して飛び込もうとしたちょうどその時、アパート前にパトカーが止まるのが見えた。


 ご苦労様。


 俺は心の中でそう思いながら転移門ゲートに飛び込んだ。



 転移門ゲートから出ると東の空がようやく明るくなり始めた頃だった。


 転移門ゲートを閉じ、改造コンテナの扉を開けて中を一応確認する。


 奥の隔離スペースに四〇人ほどのヘルズ・スキミックの連中が意識もなく転がっている。

 実験体が大量に手に入ってホクホクですよ。

 まあ、実験に使うまで生かしておくのは面倒だけど、これも仕事ですからな。

 後で必要経費をアースラから徴収しよう。


 そういや拠点を襲撃しに来た最初のスキミックの奴らもここに入れておくとするか。

 まだ三人残ってるはずだしな。



 アパートの中に戻るとギャングの若いヤツが何人か起きていて、廊下で縛られたヘルズ・スキミックの連中を見張ってた。


「お疲れ」


 俺が声を掛けると座ってた椅子から立ち上がって頭をペコリと下げてきた。


「お疲れ様です」

「あの……外のコンテナは何でしょうか?

 時々開いてる穴からピカピカ光が漏れてくるみたいなんですけど……」

「ああ、あれね。

 ヘルズ・スキミックの奴らを閉じ込めておくつもりで作ったんだよ」


 俺がそう答えると質問してきたヤツが納得したようなしてないような顔ではあるが「はあ」と相槌を打つ。


「じゃあ、こいつらはアレに入れるんですかね?」

「ああ、そうしようか。連れてきてくれ」


 俺が頷くと、若い連中がヘルズ・スキミックの三人を立たせる。


「抵抗すんな。ほら、行くぞ」


 反抗的な態度を取ったスキミックのヤツが頭をボコリと叩かれて渋々従う。

 コンテナの扉を再び開けて三人を引っ立てる。


 中を見たヘルズ・スキミックの三人は唖然とした顔で奥を見ている。

 まあ、仲間たちが全員捕まって転がっているんだから仕方ないね。


「ほら、お前らも中に入るんだよ」


 俺は奥と入り口を隔てる鉄格子の扉を開け、顎で中に入るように促した。


「し、死んで……」

「死んでねぇよ。気絶しているだけだ」


 三人は観念して仲間たちが転がる奥へと足を踏み入れる。

 その途端、バタバタと床に転がった。


 眠りの霧スリープ・ミストが絶えず掛かってるからねぇ。当然こうなりますよ。


 寝てしまった奴らの縄を解いてやり、鉄格子の扉を閉める。


 コンテナの中を見た若い連中が「ぴゅう」と口笛を吹いた。


「兄貴、さすがっすね。もうこんなに捕まえたんですか」

「ヘルズ・スキミックは全員捕まえたよ」

「マジすか」


 若い連中は楽しげに笑う。


 まあ、お前らもこいらと同じ実験体なんですけど。

 俺は一般人の迷惑にしかならない奴らには容赦しないから覚悟しておいてね。


 俺は心の中でそう言いつつコンテナの扉を閉じた。

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