第29章 ── 第39話

 コンテナの改造をしていて大分時間が経ってしまった。

 視界の右上に表示された時計は既に午前四時半を回っている。

 だが、こんな時間だからこそ、襲撃に最適といえるだろう。


 現実社会の人間は早朝に襲撃を食らうなど考えていないだろ?

 というか、治安が悪いアメリカといっても、魔物も野獣もいない平和ボケな現実社会だ。

 弱肉強食のティエルローゼで揉まれた俺からしたら甘い甘い平和ボケの連中って事だよ。


 アジトのアパートからノース・エドニー・ドライブを出てずっと南下する。

 アースラの妻子が住むアパートが見えてきたが、今回は通り過ぎる。

 道を進み続けてウィルシェア・ブールバードを越えると通りはサウス・エドニー・ドライブと名前を変えた。


 さらに南に進み続けると、幾つかの通りを越えてようやくW・ピコ・ブールバードが見えてくる。

 この道路の南側がヘルズ・スキミックの縄張りのアルコット・ストリートとなる。


 俺は大マップ画面を呼び出してヘルズ・スキミックのメンバーに立てたピンを確認する。


 早朝だけにメンバーはそれぞれの根城で寝ているのだろうかピンが分散している。

 それでもある建物にピンが集中しているのが確認できる。

 ここがヘルズ・スキミックの本拠地だろう。


 いきなり本拠地を攻め立てても良いが、周囲の分散したピンから攻略していきたい。


 自然と黒い笑みが漏れてしまう。


 俺も相当性格悪くなったな。

 ま、俺を襲撃したんだ。

 ジワジワと真綿で首を絞められるような感覚を味わえ。


「暗黒の力を振るいし死せる戦士よ、汝を再び戦いの場へ……我の声に答え参集せよ!! 幻想戦士召喚サモン・エインヘリヤル!」


──ドン!!


 大きな音と共に俺の目の前に一条の光の柱が出現する。


「天知る、地知る、俺が知る! 闇から呼ばれて吾来る!!

 剛剣振るいし暗黒の! 暗黒騎士シンノスケ! ただいま参上!」


 登場時のセリフが前回と微妙に違う。


 時と場合に名乗り文句変えてんのか?

 芸が細かいな。


 一人だと手が足りないかと思って呼び出してみたが、相変わらずノリは良いらしい。


「エインヘリ……いやシンノスケ、頼みがあるんだ」


 エインヘリヤルなので思考力とかは無いかもしれないと思っていたが、一応名前を呼んでみるとシンノスケはニヤリと笑った。


「俺の力は正義と共に在り!」


 暗黒騎士ダーク・ナイトなのになぁ……


 ただ、俺が呼び出したエインヘリヤルだからだろう。

 俺が言わんとしていた事は伝わっているらしい。

 魔剣グラムらしき剣を抜き、それ以上の声を掛ける間もなく走り去っていった。


 ふむ。こっちのピンに走っていったらしいな。

 では、俺はこっちの近い方のピンに行くか。


 俺の向かった所には結構良い家が建っていた。

 家の中には光点が二つあり、片方はピン付きだ。

 クリックして確認すると片方は女で、ピン付きの彼女らしい。


 ピン付きの光点は「エド・タイラー」って名前だ。

 ヘルズ・スキミックの幹部とダイアログには表示されている。


 家の敷地に足を踏み入れようとした時、ドドドドという音と共にエインヘリヤル・シンノスケが何かを引きずって帰ってきた。

 そしてその何かを俺の横に放り投げると、また走り去っていく。

 引きずってきた物体は白目を向いた男だ。

 もちろんヘルズ・スキミックのメンバーだったよ。


 あれだけの速さで引きずってこられて良く生きてたな……

 怪我もしてないようだし、流石はレベル一〇〇……

 いや、流石はシンノスケと言うべきか。


 俺は改造コンテナの内部に魔法門マジック・ゲートを使って転移門ゲートを開くと、徐に気絶しているヤツを放り込んでおく。


 転移門ゲートを閉じ、幹部の家の正面玄関まで行くとドアノブを回してみた。

 案の定、扉には錠が下りていて開かない。


解錠アンロック


 最近覚えた魔法を使ってみた。

 これはアゼルバード滞在中に知恵の女神メティシアから教えてもらった。

 彼女は知恵の神系列なので魔法全般には詳しかったのだ。


 この手の犯罪に使える魔法は普通なら教えてくれないのが普通だけど、創造神の後継に請われて教えないって選択肢は無かったらしい。


 ただ、この解錠アンロックの魔法には一つ注意しなければならない事がある。

 対象ターゲットになる錠の構造を理解していないと開かないのだ。


 目の前の錠が微かに回り始めた。

 そして「カチャリ」と小さな音を立てて解錠された。


 やはりシリンダー錠は簡単に開くねぇ……

 それにしても、今どきシリンダー錠とか旧式とかセキュリティ意識が低すぎですな。

 昨日泊まってたチープ・ホテルもシリンダー錠だったけどね。


 扉を細く開けて中を覗く。

 チェーン・ロックは掛かってない。


 俺は静かに扉を開けて中に侵入した。

 愛用のスニーカーはゴム底なので音がしなくて侵入作業には向いているね。


 玄関ロビーはかなり立派で、高そうな調度品などで飾られている。

 つーか、どうみてもそれなりに稼いでるヤツの家だよなぁ。

 ギャングの幹部って儲かるのかね?

 ま、どうせ碌な事はしてないんだろうけど。


 ピンを確認すると目標は二階にいる事が確認できる。


 音もなく階段を駆け上がり、ミニマップに表示される光点のある部屋の扉の前に到達。

 聞き耳スキルを使って中の音を聞くと寝息が二つ聞こえた。


 寝てるなら都合がいい。

 扉を開けるとキングサイズのベッドに寝ている男女確認できた。


 転移門ゲートを開き、寝ている男を念力テレキネシスで起こさないように運んだ。


 転移門ゲートの向こうには、未だに気絶したヤツが床に転がっている。

 こいつも念力テレキネシスで邪魔にならないように移動させる。

 奥から並べて置いておこう。


 まだ出現させてある転移門ゲートから元の場所に戻ると、音もなくシンノスケが戻って来ていた。

 床には気絶したヤツがもう一人。


 シンノスケは全身真っ黒の鎧姿なので、見た瞬間心臓が止まるかと思ったよ……

 ヘルメットのバイザーが上がってなかったら呪いの鎧にしか見えないしな。


 ヘルメットから覗くシンノスケの顔がニカッと笑った。

 そして指を二本立てて頭の前でピュッと振る。


 何その絵になる仕草……

 シンノスケも生前イケメンだったのか?

 いやでも、どう見ても厨二病だよな……


 などと考えていると、シンノスケは又もや走り去ってしまう。


 そこでようやくシンノスケが全く音を立てて無かった事に思い当たり思いました。


 ベッドに視線をやると、幹部の彼女は未だ爆睡中。


「あいつって結構空気読んでる……?」


 ボソリと俺は囁き、幹部宅を後にした。



 こうしてシンノスケと共に、一時間ほどで分散しているピンを全て回収し終えることが出来た。


 全員寝ていたり気絶していたりと意識はない。

 ま、改造コンテナの一つの機能をオンにしてあるので、こっちに転移させた段階で起きることは無くなるのだが。


 その機能とは眠りの霧スリープ・ミストを絶えず内部に掛け続ける機能です。

 騒がれても近所迷惑になるので常設して当然の機能ですが、こうやって運び込む際にも便利に使えますね。



 さて、大マップを確認して、残りのピンを確認する。

 残りのピンは全部で一二本。

 全て四階建ての大きなアパートに集まっているようだ。


 三次元表示して間取りも把握しておく。

 一階は基本的に駐車場で、出口は二つしかない。

 エインヘリヤル・シンノスケと挟撃すれば誰も逃げられないだろう。


 そういや……このエインヘリヤルの魔法……効果時間とっくに過ぎてないか……?


 シンノスケに視線を向けてそんな疑問が頭によぎった瞬間、「細けぇ事は良いんだよ。気にすんな」って言われた。


 確かに今回はヘルズ・スキミックを全員捕らえる事を目的に呼び出した。

 目的が達成されていないのにエインヘリヤルが帰っていくとも思えない。

 前回は剣の一振りで目的が達成されてしまったから、すぐに帰っていったんだろうな。


 ドーンヴァースでは効果時間が過ぎると帰っていく魔法だったが、現実とかティエルローゼでは、効果時間はないと考えていいのかもしれない。

 ただ、そうなると目的を達成する難易度が高い場合はどうなるのかが疑問になる。

 目的が達成されなければ、ずっと現世に留まり続けるのだろうか?


 幻想戦士召喚サモン・エインヘリヤルのMP消費量から考えてそれはありえないはずだ。

 俺みたいにレベル一〇〇のシンノスケとか最強クラスのキャラを呼び出せると完全にチートだしなぁ。


 この辺りは後々検証が必要だな。

 だが、今はその時じゃない。

 ヘルズ・スキミックの本拠地の制圧が急務だ。


「シンノスケは裏を頼む。一人も逃がすな」

「合点承知!!」


 シンノスケが裏口へと走り去る。


 俺は目的のアパートの正面入口に歩み寄る。


 入り口のゲートのあたりに二人ほどヘルズ・スキミックのメンバーが立っている。

 俺が近づいてくるのに気づいて、ニヤニヤ笑いながら声を掛けてきた。


「よう、兄ちゃん、何か用か?」


 俺もニッコリと笑い返す。


「ここがヘルズ・キッチン? のアジトかい?」

「そりゃニューヨークだろ」


 すかさずツッコミを入れてくれるヤツがいてくれてボケた甲斐があったね。


「あ、違った……スキミックだったっけ」

「何だ、舐めてるのか!?」


 もう片方が瞬間湯沸かし器みたいで、瞬時に顔を赤らめて般若のような顔になった。


「うん。舐めてる」


 と俺が言った瞬間、アパートの裏口から「ドゴーン!!」とかいう破壊音と「ぎゃあああ!」という悲鳴が幾つか聞こえてきた。


 突然の事態に二人の男は俺に後ろを見せた。


「お前らバカだろ」


 目も止まらぬ速さで愛剣を取り出し、柄頭を二人の男に当てて行く。


「うぎゃ!?」

「ぐわ……」


 こいつらチョロすぎる。

 ギャングなんかやってるんだから、もう少し警戒心持とうよ?


 さて、毎回魔法門マジック・ゲートを使うのもMPの無駄だから転移陣発生装置でも設置しておくかね。

 改造コンテナ内部には起点装置マーカー・ユニットも設置済みなのだよ。


 俺は上階のベランダから投げ落としやすい場所に装置を設置して起動する。


 神々がいなくなって自然に充満している魔法は無くなってると予想していたけど、ちゃんと動きますねぇ……

 この件も後で考察するとしようか。


 俺は転移陣が淡く輝くのを確認してからアパート正面から乗り込んだ。


 さて、襲撃もクライマックスですねぇ……オラ、何だかワクワクしてきたぞ!


 などと思いながらアパートの一階に踏み込んだ途端にパンパンと軽い音がして銃弾が飛んできた。


 何発か身体に当たったけどダメージ無し。

 中に着込んでいたミスリルのチェイン・シャツで止まったみたいだ。


 俺は敵のHPバーを確認して、魔法を唱える。


魔法の矢マジック・ミサイル


 最低レベルで魔法を三発打ち込んだ。


 この魔法なら多くて一〇ポイント程度のダメージで押さえられるはずだ。


 と思ったら、銃を乱射していた三人のヘルズ・スキミックの奴らが声も発する事なく死んだ。


 一瞬でHPバーが空になったので殺してしまったのが理解できる。


「あれ……? レベル一魔法なんだが……?」


 あ、攻撃魔法って知力の能力値補正の分、ダメージが上乗せされるんだっけ?

 基本ダメージにプラス一二三ポイントか……そりゃ死ぬわな。


 三つの死体につかつかと近づく。

 魔法の矢は外傷を与えないで生命力だけにダメージを与えるので出血は伴わない。


 綺麗な死体が三つ出来上がったワケだが、この状態の死体を現実世界で検死したら死因は何になるんでしょうな?

 ま、警察沙汰も面倒なのでインベントリ・バッグに回収しておきましょう。


 床に散らばった銃も回収。


 フェニックス・ウエポン社のMP二五〇だね。


 先日のインディケーターよりも更に安く流通している粗悪銃だ。

 俗にサタデーナイトスペシャルと言われるヤツですなぁ……


 回収する価値もない気がするが、一応ね。


 裏の方の非常階段からは、まだ爆音が聞こえている。


 シンノスケが派手に暴れて敵を引き付けてくれているのだろう。

 ありがとうございます、助かります。


 この調子で行けば制圧は三〇分も掛からないかも。

 それじゃ、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう。

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