第29章 ── 第38話
エマは俺が椅子から立ち上がるのを見て「出掛けるのね?」と言うと自らも立ち上がった。
当然、フィルの作業を見学していたアモンも立ち上がる。
「お前も来るの?」
「私は主様の護衛ですから当然です」
アモンは顔色すら変えない。
まあ、単独行動など認めてくれませんよな。
「姉さま……ぼ、僕も行った方がよろしいですか?」
エマは首を振る。
「貴方はここで工房を守りなさい。
ここの職員が二人ともどこかへ行っては問題でしょ」
「そ、そうですね」
フィルは少しホッとした顔になる。
彼のレベルアップは、研究などの実務によるものだから、エマほど急速なレベルアップをしていない。
彼は一般的には相当な実力者なんだけど、戦闘が得意ではないらしいしレベル三〇後半程度に留まっている。
錬金術師の実験や実務で得られる経験値だけでここまで来ていると考えると、昼夜を問わず作業を繰り返しているのが功を奏しているんだろう。
既に
「でも、レベルを上げたいなら、工房はフロルに任せて来てもいいのよ?」
エマがニヤリと笑うとフィルは笑顔のまま身を固くした。
「レベルを上げるならやっぱり戦闘が効率良いみたい。
私はもうレベル七〇よ」
「「え!?」」
フィルが驚いた声を上げたが、俺も同時に声を上げてしまった。
確か世界樹ではまだ六七だったはずだ。
俺は大マップ画面で確認する。
すげぇ……確かにレベル七〇になってるよ……
俺の加護の所為にしても早いな。
上がるだけの経験値は既に溜まっていたけど、レベル・アップを故意に控えていたのかもしれん。
そんな事が出来るのならばだが。
この世界はドーンヴァースの感覚で考えていると肩透かしを食らったり、躓いたりするし……
人それぞれで感じ取ってる世界観がまるで違う可能性すらあるしな……
「レベル七〇っつーと、ソフィアさんにまた一歩近づいたワケか。
エマはマジでがんばり屋さんだな。
その辺りはフィルもか。
方向性は違うけど家族は似るものだなぁ」
俺が納得顔でしみじみ言うとアモンも「全くですね」と同意してくれた。
「ほ、褒めても何も出ないわよ」
「あ、ありがとうございます」
エマは顔を赤くしてそっぽを向き、フィルは素直に礼を言う。
「俺も頑張らないと……」
俺がそう囁くとエマが眉間にシワを寄せる。
「ケントはもうレベル一〇〇でしょ?
これ以上何を頑張るの?」
まあ、そうなんだが。
レベル以外のところで頑張らなければ不味いだろう。
ゲームだったとしてもカンストしたからと言ってプレイヤー・スキルは磨けるのだ。
現実世界なら当然その上を目指す事を考えなくちゃね。
今の俺なら神の力を使いこなす事が最も重要な目指すべき高みだろうし、現在のティエルローゼの仕組みやら法則は当然把握しておかねばならない。
能力があってもいざという時に上手く使えないなんて恥ずかしい事態に陥るのだけは勘弁願いたいしね。
何気ない顔でサラッとこなすのが俺の厨二病スタイルである。
その後ろに血の滲むような努力があるなど、微塵も感じさせないところにカッコよさを感じる。
苦しい時こそ、あえてニヤリと笑う精神こそが男の所業だからな。
「話を戻すが、ハンマール王国のランドールがピンチらしい。
助けに行きたい」
「ハンマール王国ってドワーフの国だったっけ?」
エマはハンマール王国に興味津々のようだ。
「そうだ。
ファルエンケールと違ってドワーフ系の妖精族しかいない国だよ」
エマは俺が作ってやった杖を取り出した。
「緊急性が高い早速向かうべきね」
アモンもニヤリと笑いながら頷く。
「んじゃ支援に向かおう。
俺はランドールがいる地下坑道へと
アモンが先頭で
エマがその次に飛び込んだ。
俺が最後衛を守る形か。
引き抜いた愛剣で
周囲の状況を目視とミニマップで確認する。
エマが杖でケイブ・トロールの足を殴りつけてからバック・ステップ、アモンは
突然俺たちが出現した事にランドールの配下たちが唖然としており、何人かがケイブ・トロールに吹き飛ばされている。
「バカモン! 驚くのは敵を殲滅してからにするんじゃ!!」
ランドールの怒号に兵士たちがハッとしている。
いい王様になってきたじゃんか。
人選は間違ってなかったな。
「右翼!! 防御を固めろ!! 左翼はワシと突貫じゃ!!
ケント殿は支援を!!」
「承知した!!」
俺は先程吹き飛ばされたドワーフ兵士たちを
水属性魔法の
俺の職業では使えない魔法だが、神の力を使うと普通に使えるので便利ですね。
魔法が効いたらしくドワーフ兵士たちが瞬時に立ち上がった。
「ご助力感謝致します、クサナギ辺境伯様!!」
お、この兵士は俺の事を知ってるようだね?
王をもたらした冒険者貴族って肩書でドワーフ王国では一躍有名人ってヤツですな。
顔パスってのも面倒が無くて助かります。
兵士たちは武器を拾い上げると前線へと戻っていく。
乱戦気味だった戦況が、アモンの剣技とエマの魔法で戦線が構築されていくのが判る。
俺が付与魔法をドワーフ兵士たちに掛けたりして魔法による支援を厚くしていくと、より顕著に戦線の維持が容易くなっていった。
一〇分もしない内にしっかりとした戦線になったからだろう、ランドールが俺のところまで下がって来る。
「ケント殿、ご助力忝ない」
一国の王になったというのにランドールは、簡単に頭を下げる。
ランドールには護衛の兵士が二人ついているが、その二人も当然のごとく頭を下げた。
「もう王様なんだから、そういう事しない方がいいんじゃないか?」
「王の権威の事をいっておるのじゃな?
ワシはそんな事は気にする事じゃないと思っておる。
権威主義は何も生み出さん事は、マストールとの事で凝りたからのう」
ランドールは笑うが「今でもマストールの事は嫌いじゃがな」と付け加えるのは忘れない。
まあ、積年のわだかまりが簡単には解消されないってのは仕方ない。
俺だって既に地獄送りにした翔への恨みが未だに忘れられないですからな。
「で、何で地下坑道でこんな戦闘になってんの?」
「ああ、地下坑道の上階は粗方支配権を取り戻したのじゃが、魔法金属が算出される最下層がまだでな。
魔法系金属の優先輸出というケント殿との約束を履行するにあたり、最下層の制圧がどうしても必要なんじゃよ」
魔法金属といえばミスリルとアダマンチウムだが、彼の言う魔法金属はそれらの事ではない。
俺の希望は精霊鉱石から精錬される魔法金属、いわゆる「精霊金属」の事だ。
ハンマール特産の精霊金属が他国へ流れるくらいなら俺が全部買い取るって事で契約が成立しているのですよ。
アースラの頼み事で必要となったのもありますが、ランドールを王にする時にちゃんと契約しておいたから、今こういう事になっているようです。
ただ、最下層は簡単には制圧できなかったようです。
例のリンドヴルムが長年放出してきた毒素により、最下層に行けば行くほど住み着いているモンスターが強くなっているからだ。
あの古代竜がいなくなった事で、急速に毒素は抜けていっているようだが、未だに人体に悪影響を与えている。
俺や仲間もレベル一〇個分くらいステータスが下がっているのがステータス画面を確認して判った。
これだけのデバフを食らうと、屈強なドワーフ軍団も苦戦するのは必至だろう。
数で勝っているとしても、高い再生能力を有するケイブ・トロールが相手では分が悪いに違いない。
俺らが加勢しなかったらヤバかったと思う。
ランドールは俺から念話が来た時には全く余裕が無かったそうで、もうダメかと思ってたらしい。
俺に繋がったんだから救援を求めれば良かったのに、そっちに思考が向かなかったほどに追い詰められていたとか。
間に合って良かったね。
さて、この地下坑道だが、俺らなら簡単に最下層を蹂躙しつくす事は可能だ。
必要な鉱石を手に入れる為にも手を貸すのは吝かではない。
しかし、俺はそれを提案することはしなかった。
ハンマールから正式に要請があれば別だが、ランドールもそれをしてこない。
口には出さないが、ランドールも自国の軍勢だけで何とか出来る状況にしておかねば未来はないと感じているのだ。
俺という戦力が国内に常にいるならともかく、俺や仲間たちは他国人なのだから頼るワケにはいかないのだ。
自国防衛ができない国は、いつかは他国から侵略される。
世界を弱肉強食が支配するティエルローゼでは至極当然の事なので、富国強兵は大抵の国で是とされる思考なのだ。
もちろん他国の軍勢だけでなく、今戦っているケイブ・トロールなどのモンスターや魔獣なども国防上は大変な課題となるのが常であるが、ハンマール王国は地下に存在する国なので外からの脅威よりも国内の地下坑道に巣食うモンスターの方が厄介といえる。
この厄介事を自国だけでどうにかできるようにするのがハンマール王国の最重要課題だと最近議会で決まったそうだ。
それから、ずっと遠征部隊を順次派遣していたらしい。
んで、ようやく最下層に辿り着いたところでケイブ・トロールに襲撃を受けたと……
上の階層がかなり楽に攻略できていた為に油断していたとランドールは言っている。
遠征部隊からの救援要請を受けて王国最強戦力たる彼が出張ったのだろうし、かなり舐めてたんだろうなぁとは思う。
だが、レベル三〇程度のケイブ・トロールは、毒素への耐性と数の暴力によってドワーフたちを型に嵌めていた。
相当に戦い慣れた連中である。
痛い目にあって当然といえよう。
これを教訓に坑道の制圧に尽力してもらいたいものである。
そんな事をランドールにつらつらと言うと、彼の顔は赤くなったり青くなったりしていた。
まだ戦いは終わっていないし、勝てるのを前提に叱咤激励するのも何なのだが、ドワーフたちには勝ってもらわないと俺の計画に支障がでるのであえてこういう言い方をしてみた。
俺が「ドワーフが勝つ」という予測を立てる事で、鼓舞していると思わせる一方で、「君たちには勝つ以外の道はない」という危機感を煽る意味もあった。
そりゃ、パラディの街を作っている時に神々と俺に繋がりがある事を知ったランドールにしてみれば、俺との契約が履行できないという事は大問題だろうからねぇ。
恥ずかしくもあり、かなりの危機感を持つだろう。
王自らが前線に出ていた理由だよね。
ま、必要な材料を手に入れるまではサポートしてやろう。
だが、その後は彼らだけの力でどうにかして頂きたい。
彼らにはある程度強くあってほしいからね。
いつまでも俺の支援があると甘えてもらっては困る。
よって、俺がいなくても国を守れる体制は必須事項なのだよ。
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