第29章 ── 第36話

 案の定、襲撃者の射撃精度はお粗末だった。

 ただ歩いているだけの俺に弾丸を当てるのすら覚束ない。

 移動目標に銃弾を当てるのは難易度が高いから仕方ないのかもしれない。


 それでも時々弾丸が俺の身体をかすめていくし、偶然ながら命中する事もある。


 命中弾が飛んできた時は、当たった時の被害状況を予測し、デバフの効果が高そうなヤツは愛剣で撃ち落とす。

 目の周囲に当たると視覚を奪われるし、足なら傷による移動阻害もありえるからねぇ。


 襲撃者に近づけば近づくほどに命中精度が上がるので、撃ち落とすのも面倒になってきた。


可変盾バリアブル・シールド


 俺は魔法のシールドを出して防御の補助をさせる。


 目に見えない盾に弾丸が当たるとあらぬ方向に弾丸がギンギンという耳障りな音を立てながら飛んでいく。


 俺は盾の角度を変えつつ様子を見ながら更に進む。


「うわ!!」


 受けた弾丸が敵がいる方向にいくつも跳ね返されていく。


「ぎゃあ!」


 跳弾が上手いことに襲撃者に肩に命中した。

 肩を押さえながらバタバタのたうち回る襲撃者に素早く近づいて足を踏み抜く。



「ぐあぁあ……」


 足は簡単にポキリと折れた。


 一人やられたのを見た他の襲撃者が浮足立つ。


「て、撤退だぁ~~!」

「逃さねぇよ。氷の壁アイス・ウォール


 アパートに繋がる路地の入り口に分厚い氷で出来た壁がそびえ立った。


 逃げようとした襲撃者は壁を見上げながら足を止める。


「な、なんだこりゃぁ……」


 呆然自失になりかけた襲撃者の背後に俺は忍び寄り順番に襲撃者を愛剣の柄頭で小突いていく。

 襲撃者がバタバタと行動不能になって地面に崩れ落ちた。


「スタン・スティンガーは有効か」


 これは愛剣グリーン・ホーネットの特殊能力の一つ。

 目標に柄頭を命中させると気絶性のショック・ウェーブが目標の身体中を駆け巡るのだ。

 気絶抵抗判定に失敗すると、先程のように意識が事切れるわけです。


 それ以外にも様々なデバフを与える事ができるので便利な魔法の武器なんですよ。

 現実世界でも有効かどうか実験したかったので今回の襲撃は良い機会でした。


 俺は襲撃者を一人ずつロープで縛る。

 襲撃者を縛っていると、アパートのギャング連中がやってくる。


「た、助かりました」

「こいつらアルカートんところのヤツらだ」

「とりあえず運びます?」


 礼を言う者、襲撃者の正体を教えてくれる者、俺の意図を察して動こうとする者……

 俺が無言で頷いてやると、運ぶかどうか聞いてきたヤツが「おい、そっち持てよ」とか他のメンバーに指示を出して襲撃者を運んでいく。


 俺は氷の壁の魔法を解除し、襲撃に使われた銃や薬莢なども全て回収しておく。


 銃はコルティ・インディケーターか……


 コルティ社のベストセラー商品がコレである。


 現代において最もポピュラーで手に入りやすいセミオートマチックのピストルといえようか。

 とてつもなく安いので貧乏なギャング団なら御用達にしている事だろう。

 Modパーツも多い事で知られるけど、回収したやつは全部どノーマルっぽい。

 殆どの九ミリ弾が使えるし、装弾数が一六発なので連射しまくれるのも特徴ですかな。


 オタク知識として知っている銃ではあるけど、実銃で撃ちまくられるとは思って見なかった。


 実銃で撃たれるとか普通経験できないよ。

 長生きはするもんだなぁ。

 まてよ……俺は一度死んでるんだっけ?

 いや、実銃で撃たれたら普通死ぬから。

 何はともあれ自分が人間をやめている事を実感させられる事件だねぇ……


 アパートの中に入ると、俺の部屋の前に襲撃者が並べられている。


 実験体、新たにゲットだぜ!


 捕虜の見張りをしているギャングの若者に聞く。


「アルカートんところのヤツって言ってたけど敵対組織か何か?」

「そうです。

 南のアルコット・ストリート近辺を縄張りにしてまして……」


 アルカート・ミューラーをボスとするギャング団「ヘルズ・スキミック」で、アルコット・ストリート辺りを支配しているらしい。

 規模としてはこのアパートのギャングよりいくらか多い程度だそうだ。

 メンバーがほぼ銃器で武装しているので、厄介な敵らしい。

 アパートの連中とは、長年抗争状態にあるらしい。


 アパートの連中「トライアル・ソウル」は銃器はあまり持ってないので、カモられる気味ではあるものの、アパートをキッチリと防御陣地として使っているので今までは何とかなってきていたようだ。


 トライアル・ソウルの連中は金持ちを家族に持っているヤツばかりなので、警察が家族に忖度しているので、事件が表沙汰になる事がほとんどないらしく、逮捕されても直ぐに釈放される事が多い。

 その為、メンバーが減ることがあまりない。


 逆にヘルズ・スキミックの奴らはバンバン刑務所に送られる。

 これがトライアル・ソウルがヘルズ・スキミックに対抗できている最大の理由らしいよ。


 なんだかガキの喧嘩にしか見えないところが、弱小ギャング団らしいというべきか。


 俺にしてみればどっちもどっちなんだが、俺に銃弾をぶちこんできた事でヘルズ・スキミックも完全に敵になった。


 あ、ちなみに、トライアル・ソウルも友好的に接してやってるけど、ホテル出たところで襲撃してきたし、こいつら同様に敵だよ?

 優しく接してやってるのは、転移実験用の拠点を提供してもらってるからに過ぎない。

 転移実験が上手くいくようになったら開放してやりますが。


 この実験で世界を行き来できるようになったら、こいつらの家族を味方に付けて地球の資源とか物資を定期的にティエルローゼに運び込んでも良いかとも思ってますが。


 ま、上手く行けばだよ。

 上手く行かなかったら……世界に新たなる神隠し伝説が広まるだけでしょう。




 足の骨折と肩の銃創で満身創痍のヘルズ・スキミック野郎を引きずって部屋に入る。


 なにやら「痛ぇ」だと「殺す気か」だと喚いているが、俺がジロリと睨んだら大人しくなった。


 転移陣の真ん中に大人しくなったギャングを置く。

 このギャングにも一応大マップ画面で所在が解るようにピンを立てておく。

 神の目をオンにして次元の壁に穴を開けるようなイメージをしつつ転移陣発生装置を起動する。


 当然の事ながらギャングの姿が忽然と消える。


 ふむ……やはり転移陣周辺に俺やハイヤーヴェルの子孫の色に似た波動《》が広がっているね。

 その波動と転移対象の魂の色が反発しているのが見えたよ。

 この反発を中和しないと、次元の穴に人体を正確に通すのは難しいって事か。

 ちなみにギャングは例の虚空に転移した。一瞬で絶命しただろう事は想像に難くない。


 魂の色を変容させることはできないので、装置側で発生する波動の色を調整するしかない。

 まず、波動の色を変える方法を模索しないとならないんだが、どこから手をつけて良いのかサッパリです。


 俺はティエルローゼの俺にこの辺りを調べるように伝えた。



 あっちの俺が波動に関して調べている間、俺自身は当然暇になる。

 となれば、やることは一つだ。


 俺に敵対してきたヘルズ・スキミックの奴らを一網打尽にして追加の実験体にするだけだ。


 ヘルズ・スキミックのメンバーは全部合わせても六〇人もいないらしいが、それだけの人間を捕まえて来ても留置しておく場所がないと困る。


 まずは入れ物を手に入れてくるか……


 アメリカの西海岸で主要な貿易港で、もっとも近い場所はどこか。

 今いるロサンゼルスにそれはある。ロサンゼルス港だ。

 貿易港には船で輸送する為にハイキューブ・コンテナがいくつも積まれている。

 このハイキューブ・コンテナに捕まえてきたギャングどもをぶち込んでおくのが一番楽な監禁方法だろう。


 俺は早速ロサンゼルス港へと飛んでいった。



 文字通り、飛行フライの魔法で飛んできたので、夕暮れの光に包まれるロサンゼルス港を空から眺める。

 アメリカ最大級の貿易港だけあってすごい数のコンテナとタンカーがひしめいている。


 中古でいいのでコンテナを安く譲ってもらえれば助かるんだが。


 俺はゆっくりと港へと降り立つ。

 周囲を見回しても俺に気を止めるヤツは誰もいない。


 もう夕方だというのにコンテナを釣るクレーンは絶えず動いており、フォークリフトとか大型トレーラーなどが動き回っている。


 二四時間営業なの?

 俺は「どこの世界も運送関連は大変ですなぁ」などと思いつつ港内を散策する。

 港の管理をする事務所があったので中に入る。


 もう夕方なので事務員は少ないが、二四時間営業なので何人かのスタッフがいた。


「すみません」

「ん? あんた誰だ?」


 少々恰幅の良いチェックのシャツを着込んだメガネの中年が呼んでいた書類から顔を上げて俺の方をみた。


「ああ、中古のハイキューブ・コンテナが欲しいんだけど……」


 男は眉間にシワを寄せたが、一応俺が客だと思ったのか口角を上げる。


「中古のコンテナ?

 まあ、廃棄前の古いやつなら港の端に集めてあるが」

「譲ってもらえる?」

「そうだな。現金なら安くしておいてやるが?」


 俺に現金の持ち合わせはない。


「今はマネー・カードしかないんだけど……」


 男は鼻で笑う。


「それじゃ、また明日こい」


 今すぐ欲しいところなんだが、出直そうか……


 男は俺の逡巡を見て溜め息を吐いた。


「急いでいるなら、仕方ねぇな。

 今日の飲み代を奢るなら、タダで持って行っていい」

「マジで?」

「俺は贅沢だから高くつくぜ?」


 男は他のスタッフに「仕事を任せる」と言うと作業ジャンパーを着込んで俺の背中を叩き、中古のコンテナが並ぶ場所まで案内してくれた。


「好きなのを選べよ」

「でかいのがいいね。あの赤いのがいいかな」

「四〇フィートのドライ・コンテナだな、高さは九.六フィートあるが、あれでいいのか?」

「ああ、これだけあればいい」

「お前のトレーラーを持って来い。クレーンで積んでやる」

「ああ、そういうのはいいんで」


 俺はインベントリ・バッグにハイキューブ・コンテナを仕舞った。

 それを見た男は顎が外れたように大口を開けて唖然としている。


 あ、いつもの調子でやっちまったか……


「ああ、イリュージョンってやつだよ」


 物凄い苦し紛れの言い訳だが、「え? 手品?」とか言って納得してしまった。

 かなりアホなのかも。


 その後、男の車に乗って高級なクラブに連れて行かれた。

 メニューにある高い酒を上から三本ほどリザーブされたが、マネーカード内のお金で十分賄えた。


 まあ、ビンテージワインでもなきゃ払えないなんて事はないけどさ。


 男と高級なウィスキーを世間話で時間を潰した。


 こいつは俺を腕のいい手品師と勘違いしているので、魔法を使って即興の手品を見せてやったりしたよ。

 無詠唱で魔法を使えば、手品にしか見えないしな。

 もっともマジもんの魔法マジックなので種も仕掛けも無いんだが。


 数時間後、強かに酔っ払った男と漸く別れられたので、さっさとアパートに戻った。


 アパート前の広場にコンテナを据え置き、コンテナの改造を始める。

 このままでは、監禁には不向きだからねぇ。

 空気の入れ替えと温度の調整をするための機器の取り付け、防音措置、外と中で会話出来るようにインターフォンの設置、コンテナのハッチを強化などなど。


 内部に隔離用の扉と鉄格子もつけておこうか。

 ほら、出入りばなに逃げられても困るからね。


 トンテンカン、トンテンカンと朝まで煩かったとは思うんだが、ギャングの連中も周辺住民も文句を付けてくるヤツは皆無だったので、キッチリ作業を終わらせられました。

 ご協力感謝します。


 さて、ではこれからヘルズ・スキミックの連中を捕まえに行くとしますかね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る