第29章 ── 第35話
まず、基本的な転移陣発生装置を作る。
転移の起点ポイントになる
起点装置をインベントリ・バッグに入れたら実験のためにティエルローゼにいる片割れに工房の中か外に装置を設置するのよう念を送る。
頭の中に『了解』と思われる思念が飛んできたので、転移陣発生装置をリビングの中央に設置、要らなそうな物……今回はポーションの空き瓶を使おう。
念の為、どこに転移されたか表示できるように大マップ画面の検索ダイアログを使ってポーションの瓶にピンを立てておく。
準備が終わると瓶を淡く光る転移陣の上に放り投げる。
ポーションの瓶は一瞬で消え、心の中に思念が届く。
『失敗』
やはりそう簡単にはいかないって事ですなぁ……
瓶の行方をマップで確認すると、オーストラリア中部の砂漠にピンが立っている。
ふむ……ティエルローゼ大陸が地球にあったら、多分あの辺にあるんだろうな。
色々と手直ししながら何度も何時間も実験しての結論。
現在の魔法陣発生装置では次元を越えられない。
となると、 起点装置の方は座標を次元間で拾っているようだし、魔法陣を発生させる部分に次元を越えるための魔法術式を織り込む必要がありそうだ。
次元を越えるってのはそう簡単な事ではない。
簡単だったらプールガートーリアの神々も簡単に地球に来れたはずだからな。
では、どうすればいいのか?
本来なら時空を歪めるほど大きな質量でも作り出さないと上手くいかないだろう。
そう、物理法則を無視するほどの質量だ。
ブラック・ホール……か……
しかし、地球上にそんなものを発生させたら……
考えたくもないな。
では、どうしようか?
天文学でいうところの一般的な「ブラック・ホール」を生み出したら大問題ではあるが、シュバルツシルト半径が量子サイズのマイクロ・ブラック・ホールならどうだろうか?
これにより、超ひも理論的な余剰次元が実証されたと大騒ぎになったものである。
さて、マイクロ・ブラック・ホールなら地球上に発生させても問題がないのかと心配する者も多いだろう。
一言でいえば何の問題もない。
大型のブラック・ホールと違い、マイクロ・ブラック・ホールが空間に存在できるのは刹那の時間だからだ。
小さすぎてホーキング輻射による質量喪失が無視できなくなり、一瞬で質量を失い蒸発してしまうからねぇ。
早速、俺は転移陣発生装置にマイクロ・ブラック・ホールを発生させる機構を備えてみた。
転移の瞬間にマイクロ・ブラック・ホールを発生させるのだ。
結論から言えば失敗。
あまりにもシュバルツシルト半径が小さすぎて人が通れるほどの穴を次元に開けられない。
転移とのタイミングを計るのもかなり問題がある。
最大の問題は音だね。
一度目の実験でリビングがソニック・ブームで吹っ飛んだ。
音と衝撃波がトンデモなかったので、ギャング連中に強かに怒られた。
誠に申し訳ない。
やはり地球上でマイクロ・ブラック・ホールなど発生させるもんじゃないね。
宇宙空間とか磁場形成されたLHCの内部とかじゃないとねぇ……
これ以降は、
ま、ボロアパートの中でやる実験じゃなかったって事だよ。
そこだけ理解してくれれば問題ない。
そういや、組み入れたマイクロ・ブラック・ホール発生機構の中核に
一個人でやるにはかなり無理がある事だけは理解できた。
次元間ワームホールは難しいな。
次の実験に移ろう。
ここまでは純粋に科学知識と魔法知識を融合させて実験した。
ここに神の視点を加えてみよう。
神の力を使った実験ならば、物理法則を凌駕できないだろうか?
神の力をどのように使えば求める効果を発生させられるのかは皆目解らない。
だが、やらなければもっと解らない。
俺は頭の中で神の力によって時空に穴を穿つ事をイメージしつつ、転移陣を発生させる。
例のごとくポーションの空き瓶を放り込んだ。
ティエルローゼからは『失敗』の報告。
しかし、大マップ画面に表示された結果に少しニヤリとしてしまった。
何もない……真っ暗な空間にピンが立っていたからだ。
色々と拡大縮小、スクロールなどをして確認してみたが、マジで何もない空間に転移したようだ。
そこは、ティエルローゼの神々も行っていた「虚空」というものではないだろうか。
宇宙ですらない虚空には本当に何もないようだ。
宇宙は何もないところから作られたらしいので、こういう次元内でビッグ・バンは起きたのかもな。
という事は、虚空には膨大なエネルギーが満ちているという事ですかな。
こういう想像は俺としては非常にときめくんだが、一般的な人には引かれるので早々に切り上げておこう。
さて、糸口は見つかった。
やはりハイヤーヴェルから受け継いだ神の力は異次元転移には必須のようだ。
だが、既に数日実験を繰り返しているが、この力をどう使えば上手くいくのかがサッパリわからない。
俺は気晴らしに図書館へと足を運んだ。
現実世界の図書館は蔵書が大量にあるのが目に嬉しい。
あっちでは本は貴重品というか高価なので大量に本を収集できるのは貴族くらいだし、貴族に集められた蔵書は一般には公開されてない。
他の貴族が家に来た時に見せびらかす程度の役目しか無いようだしな。
俺は色々な書棚を回った。
その中でも入念に回ったのは古代伝承やオカルト関連の書籍が集められている棚だ。
プールガートーリアの神々や魔族が、地球にやってきていたのは魔族連やハイヤーヴェルたちの証言から間違いない。
となれば、彼らが地球に来ていた痕跡がないだろうか。
そこに次元転移のヒントがあるのでは?
大きな図書館なので、そういう関連書籍を当たるだけでも数日を要した。
ついでに書籍以外でも映像記録なども漁って見た。
その中で気になったものが出てきた。
伝説では門のような何かから神々は現れたりする事例があるのだ。
特に南米や中東に多い。
日本だと天の岩戸なんかもそれに近い伝承だろうか。
それと関連して、人間が時空を越えて消えたり現れたりする事象が太古から報告されている。
俗に「神隠し」と呼ばれるものだ。
神隠し現象においては、被害者が帰ってきたりする事もあり、そういった帰還者からの証言が纏められているオカルト本などもかなりあった。
調べていく内に思い至ったのは、神々が使った門と神隠し現象は、明らかな相違がある事だ。
神々が使ったという門については「光り輝く門のようなモノ」の出現が必ず報告されるのだ。
逆に神隠しの方は門の存在を示唆する証言がない。
なんらかのトンネルや洞窟を通った際に気づいたら知らない場所に着いたというものや、普通に歩いていただけで気づいたら知らない場所にいたというものが多い。
神々の門の場合とは基本的に違う。
だが、俺はこれを同一現象であると思った。
もちろん完全に同じとは言わない。
ただ、前者の門に関しては神々がやった事象であり、後者の神隠しは自然現象ではないかと直感的に思ったのだ。
門はハイヤーヴェルの力なのは間違いない。
神の存在が目撃されなくなって以降、門の出現が報告された事象は全く存在しない。
ハイヤーヴェルが門を閉じたからこそ、二度と目撃されることがなくなったという事だろう。
では、神隠し現象は?
これはどの時代においても報告されている。
もちろん本に載る事件は古いものばかりだが、インターネット内はどうか?
インターネットが開発されて一〇〇年以上、様々な情報がネット海に流されてきた。
その中でも某有名大型掲示板においては、神隠し現象に似た異世界に行った話などが大量に投稿されている。
嘘や作り話が殆どだとは思うが、いくつかは異次元転移した実話じゃないかと思われる話も存在する。
現実世界では発行さえされてない「記念硬貨」とかの物的証拠とされる物なんかもあるらしい。
まあ、その話が事実だとしてもティエルローゼとは別の異世界っぽいけどな。
こういった神隠し現象には
転移陣等と同じ、落とし穴に落ちる形式の転移現象ではないかと感じた。
転移陣が自然発生するとか考えたくもないけど、そういった推測から地球には異世界に繋がる自然発生的な異次元トンネルがあるのではないか?
以前、フソウのアオモリからアキヌマに移動するのに使ったフェアリー・リングが神隠し伝説になっていたのを思い出す。
アキヌマの神社裏の森も「神隠しの森」なんて呼ばれていたっけ。
まあ、俺が探しているのはフェアリー・リングじゃなくて、本物の異次元転移する現象だけどな。
色々調べてきたが、この落とし穴形式の転移現象は日本に集中して存在している。
もちろん海外にも存在しているが数が少ない。
日本でいう神隠しは「天狗隠し」や「鬼隠し」とも呼ばれ、被害者は突然消えてしまう。
消えた被害者は基本的には返ってこない事も多いのだが、何年も経ってから帰って来たりする事例も少なくない。
発生場所を確認すると、俗に神域とされている神社や山や森の中などが多い。
水戸黄門ですら畏れたという「八幡の藪知らず」はかなり有名な神隠しスポットだろう。
神隠しと聞くと時代を感じさせるが、日本だけでも一〇万人以上も失踪者、行方不明者が年間出ている。
全部が全部、神隠し現象とは言わないが、いくつかの失踪事件は転移現象である可能性はないだろうか?
こういった日本における神隠し現象は、古くは平安時代に記録されているし、江戸時代や明治、大正、昭和といった中世代や近代においても発生している。
これは日本に調査に行った方がいいかもしれんな……
図書館の本や設置されたネット端末等で手に入れた情報をプリントアウトしてインベントリ・バッグに仕舞い、活動拠点であるアパートに戻る。
アパートの扉に手をかけた時、背中にチリチリとした感覚を覚えて、徐にしゃがんだ。
パーンと乾いた音と共に入り口の扉のど真ん中に銃弾が着弾する。
俺は横っ飛びに入り口付近にあった積まれたドラム缶群に身を隠した。
アパート前の広場でたむろしていたギャングの若者たちも音に反応して様々な物陰に隠れたようだ。
敵襲か?
俺は大マップ画面を呼び出して周囲を確認する。
赤い光点が数個表示されていた。
光点をクリックすると、どうやらこのアパートのギャングとは敵対するギャング団の奴ららしい。
ドラム缶の隙間から襲撃者を確認する。
それほど口径が大きくないピストルを襲撃者それぞれが持っているのが確認できる。
俺は苦笑した。
無意識に回避行動を取ったけど、あの程度の銃器で今の俺が死ぬとも思えない。
防具をつけてなくても全弾回避できるだろうし、万が一身体に着弾しても致命傷を与えられるダメージは叩き出せないだろう。
継続ダメージのデバフでも付かない限り、HPが一点でも残っていれば死なないからなぁ……
俺のHPはおよそ五〇〇〇。
襲撃者が持つ銃器のダメージはマップ画面の検索して調べてみたら一〇~五〇程度らしい。
通常武器がクリティカルしてもダメージ二倍だから、あの武器で与えられる最大ダメージはおよそ一〇〇。
何点かのステータス修正値を足したところで俺のHPは殆ど削れない。
まあ、これはドーンヴァースやティエルローゼの物理法則から計算した場合だけどね。
現実世界でもステータス画面などは同じように動いているので、こっちでもその法則が当てはまると判断している。
俺は愛剣をインベントリ・バッグから出してドラム缶の後ろから立ち上がった。
案の定、襲撃者が俺をターゲットにして撃ちまくる。
さあ、戦闘の始まりだ!
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