第29章 ── 第34話

 部屋の整理などを終えて、午後からビバリーヒルズに繰り出す。


 サンセットストリップから南西へ。

 ノース・ドエニー・ドライブで南下し、少し行くとアースラの妻と娘が住むアパートが見えてくる。


 ビバリーヒルズというと高級住宅街というイメージがあるが、普通にアパートなども存在する。

 場所が場所なので、それなりの賃料だとは思うが。


 大マップ画面に立つピンを目標にアパートのエレベータに乗って最上階へ行く。

 エレベータを降りてすぐの部屋がアースラの住んでいた部屋だ。


 俺は部屋の呼び鈴を押す。


 インターフォンから「どちら様?」という女性の声が聞こえてきた。

 俺は予め聞いていたアースラの本名を心の中で反芻しながら口を開く。


「あ、アースラ……いえ、リクト・オカムラさんのお宅でよろしいでしょうか?」

「主人は半年に死にました……」


 そう言うとインターフォンがガチャリという音を立てて切れた。

 取り付く島もない感じだ。


 俺はもう一度呼び鈴を押す。


「はい……」

「あのー、俺はクサナギと申します。ご主人に頼まれてお伺いしているのですが……?」


 一瞬、周囲の音が全て消えたような感覚を覚えた。

 だが、直ぐに怒鳴り声によって静寂は破られる。


「ふざけないで下さい! 主人は……亡くなってます!!」


 突然激高されて俺は怯んだ。


「え? ええ? 落ち着いて下さい!

 だから、そのご主人に頼まれて!」

「趣味の悪い悪戯をするなら警察を呼びますよ!」


 叩き切るような音を立ててインターフォンが沈黙する。


 なん……だと……?

 アースラの話では話はついているんじゃなかったのか?


 頭が混乱してしまう。

 しばし俺の身体の動きが完全に止まったほどだ。


 俺は渋面を作り思考を回転させる。

 そして気づいた。


 あっちの俺が最後に時間軸調整したため、こっちの時間軸は俺が死んだ直後あたりに変わっていたのだ。

 その場合、どうなるのか?

 予想通りなら、あっちで初めてVRギアを使った時に繋がった時間軸よりも前に来ている事になる。


 そりゃ、奥さんにはアースラからのゲーム内メールは届いてないって事になるわな。

 俺は一瞬だが、頭を抱えた。


 これは面倒な事になったな。

 ただ、前倒しの時間軸に飛んで来たのは間違いじゃない。

 この時間軸に飛んで来ていなければ、腐乱死体だったか、あるいは死体は既に処理されていて魂だけで現実世界をウロウロするハメになっていたと思う。


 俺がアースラの奥さんを説得するのは困難だろう。

 だとすると、あっちのアースラが奥さんを説得するまで時間を潰すのが得策か。


 幸い拠点は確保しているし、転移実験もしなければならない。

 アースラに説得されるまで、近づかない方がいいかも……


 俺は周囲に誰もいない事を確認してから、転移門ゲートを拠点のアパートに繋げて転移した。


 さて、こうなっては実験を開始するしかありませんな。


 俺はインベントリ・バッグから工具や材料を取り出して作業テーブルの上に並べていく。

 そして、どういう形式で転移させるかを考える。


 まず、ドーンヴァースを経由した今まで通りの転送は却下だ。

 こっち側の死体をどうするかという問題もあるし、再びこっちに来る必要が出てきた時、死人がウロウロしていますなんて事になると色々大変だろ?

 なので、人体ごとあちらに転移出来るようにしておきたい。


 となると、転移門ゲートを発生させる魔法装置などが必要になるだろう。

 館と工房を結んでいる転移陣発生装置と似たようなモノがいいか。

 魔法門マジック・ゲート系だと転移門ゲートを維持し続ける魔力が馬鹿にならないからな。


 転移門ゲートを常時発生させておくというのもかなり危険だ。

 鏡の表面みたいに目立つ転移門ゲートを安全に秘匿しておく事は難しい。

 人の興味を引くことは間違いないし、現代の神隠し事件が大量発生なんて事になり得る未来しか見えない。


 となれば目立たない転移陣の方がいい。

 館の一階に設置した転移陣発生装置はオン・オフが可能だし、人気のない場所に設置すれば問題は起きにくい。


 問題があるとすれば、転移先が次元軸も時間軸も違う異世界ティエルローゼだという事だ。

 魂だけならばともかく肉体も一緒にとなると、完全にあっちとこっちを結ぶ必要が出てくる。


 それはワーム・ホールを作るのと同じ事なので、地球の技術では絶対不可能な案件である。

 一番の問題はその回廊を維持するための莫大なエネルギーはどうするのかって事だろうか。


 それと、肉体が繋げられた回廊を通る時の安全性を確保できるかどうかも問題だ。

 回廊が糸みたいに細ければ、肉体は通れない。

 無理やり通せば肉体はバラバラになり素粒子に還元されるかもしれないし、宇宙全体が連鎖爆発するなんて事になるかもしれない。

 それを防ぐには回廊をある程度の太さに維持する必要が出てくる。


 この辺りはSF小説などでも考察されているし、現代の科学技術としても理論の構築をしようと研究がなされている事柄でもある。

 ワープ航法関連の話だからね。

 それとほぼ同じような話なんだよ。


 ま、俺が作った魔法門マジック・ゲートという魔法こそが、このワープ航法理論の応用なワケ。


 魔法ならSFでしかお目にかかれなかった夢の技術が可能になるんだ。

 ビバ魔法!


 ただ、魔法門マジック・ゲートでは、時間軸と空間軸が同じ地点しか結べない。

 どちらも異なる次元間となると色々と難しくなるワケです。

 一定の太さでワームホールを維持して、相互に行き来する情報を等しく転移させねばならない。

 厄介極まります。


 さて、転移門ゲートと転移陣の違いだが……

 前者は横に繋がるワームホールだ。

 双方向に行き来できるのは先程言った通りで、非常に便利である。


 転移陣の方は、空間に仕掛ける落とし穴みたいなモノである。

 転移陣の乗ったモノを次元の穴に落っことし、そこに繋がった地点に放り出す。

 要は強制転移だ。

 転移陣形式は基本的に一方通行なんですな。

 相互に行き来できる方式に比べると比較的簡単な術式になるのと魔力も節約できる。


 館一階と工房を結ぶ魔法装置はこっちの技術です。

 だから両地点に魔法装置を置いてあるワケですよ。

 拠点転移ホーム・トランジションの魔法は、これを大型化したヤツですね。


 先にも述べたように今回使う技術はこっちの方がいいだろう。


 窓から外の様子を伺う。

 アパート前の広場では何人かがストリート・バスケをして遊んでいるのが見える。

 彼らはアパート前を警戒している見張りだ。


 彼らギャング団は、群れを作る事で安全を確保している。

 警察の襲撃を気にしてというのもあるだろうが、それ以外の脅威を警戒してという意味が大きい。


 その驚異は同じようなギャング団、マフィア勢力の侵攻を意味する。

 俗に縄張り争いってヤツですね。

 周辺に住む地域住民には迷惑極まりない事ではありますが。


 とっとと仕事を終えてこんな物騒なところからおさらばしたいところですが、状況がそれを許してくれないので溜め息しか出ない。


 さて、話を戻そう。

 まず、ドーンヴァースとティエルローゼを繋いでいる回廊について。


 これはハイヤーヴェルの力を用いた時限回廊だ。

 この回廊を作ったお陰でハイヤーヴェルは相当消耗したらしい。

 常時繋げたままにしているんだし、ハイヤーヴェルという存在の何割かを割かねばならないのは仕方なかったのだろう。


 このリンクをとっとと切ってしまえば、ある程度の力を取り戻せるはずなんだが、ハイヤーヴェルはそれをしなかった。

 未来に襲い来る驚異に備えての事なのだろうが、巻き込まれるプレイヤーはたまったものではないよね。


 今は転生プログラムは停止してあるので、不慮のプレイヤー転生はおきることはなくなった。

 逆にティエルローゼからドーンヴァースにダイブ・インするための回廊として使わせてもらっている。

 俺の趣味の為にハイヤーヴェルの力を使っているんで、ちょっと悪い気もするが、純度の高い資源供給源なので絶対切るワケにはいかん。



 外で遊ぶ実験体であるギャングの若者を神の目で観察する。

 神の目で見ると、魂の色だけでなく、身体を織りなす力の一旦も見ることが出来る。


 身体を構成する物質が非常に複雑に絡み合い、魂が腹あたりから延びる紐で繋がって一つになっている。


 身体自体は培養槽で作った神々の身体と対して変わらない構成なので問題はないが、魂は人によって全く違う。

 これを色と言って分類しているんだが、これが転移魔法に大きく影響を与える事になるようだ。

 直感がそう俺に囁いている。


 今、ハイヤーヴェルが繋いだ回廊と同等のモノを俺の力で用意しても、多分実験は失敗するだろう。


 何故か?

 それは転移される人物の魂の色がハイヤーヴェルの魂と違いすぎているからだ。

 俺やアースラ、他の異世界転移者の魂の色は、ハイヤーヴェルの子孫だけあり、非常に似た色を持つ。


 この色を揃えない事には、魂が次元転移に耐えられないという事だ。


 アメリカに来る前に調べたドーンヴァースプレイ中に発生した数々の死亡事故がそれを裏付けている。

 あの死亡事故の大半は転移に耐えられなかった者たちの記録である。

 俺やアースラ、シンジはハイヤーヴェルの子孫だった為に成功したに過ぎないのだ。


 では、実験体であるギャングの若者たちを転送させたらどうなるか?

 数少ない俺たち成功例以外の死亡事故のプレイヤーたちと同じことになると思う。

 そうしない為のシステムを俺は作り上げねばならない。


 それが出来なければ絶対問題が起きるのだ。

 娘さんの方は問題ない。

 娘さんはアースラの血を受け継いでいるのだから、ハイヤーヴェルの子孫となるからだ。


 だが、アースラの奥さんは?

 彼女はハイヤーヴェルの子孫ではないだろう。


 ハイヤーヴェルの魂を色濃く受け継いだ人間は少ない。

 それが大量にいるならティエルローゼは現実世界の人々だらけになっているはずだろう?


 ティエルローゼは、ドーンヴァースをしていなければ転生できない場所でもないハズだしな。

 トリシアという存在がそれを証明されている。


 彼女は現実世界で死んだ魂がティエルローゼに転生したのだ。

 ドーンヴァース経由で転生してきた存在ではない。

 現実世界での記憶が完全に消え去るという副作用はあるようですが、それは現実世界でも一緒だよね?


 スピリチュアルやオカルト系の話に生まれ変わりの事例がいくつかあるので記憶を残して生まれ変わることもあるようだけど、生まれ変わりというシステムが現実世界にもあるならば「記憶の抹消」は基幹システムなんだと考えた方が良さそうだ。


 これらの事例や証拠から、魂の色が似ていれば現実世界の魂がティエルローゼに転生する事はできるのではないかと推測できる。

 なので俺が今研究しなければならない事は、魂の色に囚われずに転移できる仕組みを考え出す事である。


 厄介だが、アースラの為にもやるしかない。

 まずは窓の外で遊んでる奴らを材料に突破口を見つけ出すしかないか……


 倫理的に問題があるとは思うが、生きているだけではた迷惑なヤツらだ。

 俺の役に立ってもらうとしよう。

 ま、奴らの家族を利用する計画も実行したいところだが、こっちの実験がうまくいってからでいいよな。


 やっぱ、俺ってかなり悪魔的思考じゃん。

 やれやれ……苦笑いしか浮かばないわ。

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